第7話 ヤンデレの恐怖

 さて、あれから数日経ちました。今日は、休日です。あの日以降は平行線上のまま日常を過ごしていたので、これと言った進捗はないような状況です。強いて言えば、僕は今日、シノの家に行かなければならなくったことでしょう。


「結構久しぶりな気がするな………。」


 実際、ここ数ヶ月は行ってない。こういう、呼ばれたときくらいにしか行ってないのだ。まぁ、何だろうか、メンタルケアに近いものだな。


「さてと………準備はこんなところにして、行くか。」


「兄貴、珍しく出かけるんだ。まぁ、信乃ちゃんのところだろうけど。変なことするんじゃないよ?」


「しないよ!」


 と、こんな感じに彩花に釘を刺され僕は家を後にした。

 家もそんなに遠くない。本当に、すぐに着く。インターホンを目の前にして少し固まってしまうが………まぁいつものことだ。

 さて、そろそろ動こう。僕はインターホンを押す。しばらく間をおいて扉が開く。


「シノ、来た―――――。」


 その行動に唖然とする。僕は今どうなっている?振り回された感覚。いつの間にか僕はシノの家の中にいる。そうして、カチャっと嫌な音がなった。薄暗く見慣れた家の中。そうして、いつもなら経験することのない体温。なんだ?何が起きたんだ?


「ハル………ごめん。」


 その言葉で理解する。そうか………僕は今、シノに抱きつかれているらしい。かろうじてそれだけが分かったとき、シノは既に次の行動に移っていた。

 背中が妙に気になる。僅かな一点に、何かの感覚があった。


「ハル、抵抗しないでついてきて………。」


 涙ながらに、震えた声が聞こえた。そうして、1つその一点が何か、僕の中で最悪の仮設がたった。


「なぁ………その包丁、下げてくれないか?言うことはちゃんと聞くからさ。」


「………もう、怖くて………ごめん。部屋まで来て。」


 彼女の中で、1つリミッターが外れたようである。僕は………これは従うしかない訳だ。さて、僕は毎度『なるようになるさ』の精神で動いてきた。今回は、どうにもなりそうに無いな………。

 結局僕は、脅されたままシノの部屋へと向かう。部屋につくと異質な存在が目についた。


「………手錠。本当に僕を監禁するんだな?」


「ごめん………ごめん………。」


 流石に、予想外としか言いようがない。ヤンデレの恐怖というのを今僕は初めて目の当たりにした。人は、何か大事なものが欠如してない限りこういった犯罪には手を染められない。つまり、シノは覚悟を済ませているようだ。


「シノ、やっぱり怖いんだな。僕が急にいなくなるのが?自分で管理したほうが確実だと、そう思ったんだな?」


「………ごめん。」


 返答もまともにできていない。完全に理性を消し去ったわけではないと言うのがよくわかる。さてと………僕だって怖い。いくら幼馴染とはいえ、いくら女の子とはいえ、包丁を持たれていては恐怖くらいする。ただまあ、人の体っていうのは案外頑丈らしい。僕はそれを信じてようやく立っている状態だ。余裕なんて僕もない。大事なのは、悟られないこと。パニックっていうのは伝染する。だから、ここで僕が慌てれば、誰にとっても得しない結末になる。


「いや、それならそれでいいんだ。監禁がいいって言ってるわけじゃない。今まで言葉にしてくれなかったから今回爆発した訳だろう?だからまあ………いいんだよ。」


 自分でも何を言っているのかは考えてない。落ち着く時間が欲しいのだ。僕たち2人が落ち着く時間。


「ハル………。」


「もう何も、喋んなくて大丈夫だから。一旦、包丁おろしてくれ。」


「………できない。逃したく………無い。」


「逃げないよ。逃げても、同じ町に居て同じ学校に通ってるんだ。顔を合わせることになるのは目に見えてるだろう?」


「………それでも―――――。」


「僕だって………怖いんだよ。」


「ごめん………なさい………。」


 どうにも、その一言が効いたらしい。泣き崩れた声とともに包丁はそっと降ろされた。スキが出来た。僕はようやくまともに振り返る事ができるわけだ。そうして………涙でくしゃくしゃになった顔を見る。コイツなりの答えだった。ただ、それが大間違いだった。


「シノ。」


 言葉は言葉で正す。行動は行動で正す。僕は呆然と立ち尽くすシノをそっと、力強く抱きしめた。腕を振るわれないように、ちゃんとここに居ると語りかけるように。


「僕は、どこにも行かないって。」

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