第6話 疲れるから

 何だろうか、この順当な青春の香りは?僕からすれば空気が本当に地獄だ。爽やかな春風のそれが僕の気持ちを最下層まで突き落としてくれている。やんわりと断るか、ちゃんと断るか………どうにしたって、僕に好きな人がいるのは事実なのだ。事実を伝えよう。


「あ、原川君。来てくれたんだ………。」


 振り返り際に、一条さんはそう言った。


「まぁ、無視はしないさ。」


「信乃ちゃんから聞いたんだね?」


「あぁ。」


「じゃあ、えっと………。」


 あぁあ、辞めてくれ顔を赤らめるのは。辞めてくれ、そういう空気を醸し出すのは。もっとこう、スラッと言ってはくれぬか?いや、それはそれで雰囲気終わるけれども。僕にとってはそれがいいのだ。無駄な罪悪感を感じずに済む。ここまでの雰囲気ってことは本気じゃないか。


「原川君………好きです。付き合ってください。」


 こういうのは間を開けちゃいけない。即答でもだめ。落ち着いて普段と変わらずにやればいいんだ。


「…気持ちはありがたいけど―――――。」


「あぁ………やっぱり信乃ちゃん?」


 言葉を遮るように、その先を聞きたくないと蓋をするように、その一言を言われた。まぁ、『やっぱり』に関しては僕のセリフだ。やっぱり知ってるよね。


「まぁ、そうだね。」


「わかってたけどさ………それでも私も好きだから。伝えようと思って。」


「そっか………でも、仮に僕がOKした場合どうだったんだ?僕たち、そこまでの接点もないだろう?あんまり楽しめないんじゃないかと思うんだが。」


「思い出も関係性も作ればいくらでもできるじゃない?」


 わお、青春を謳歌している高校生。楽しみ方をわかってらっしゃる。こういうチャレンジの精神は忘れちゃいけないんだろうな。


「その考え方は案外嫌いじゃないな。」


「まぁでも、そうだよね信乃ちゃんなら納得できるもんな。幼馴染なんだっけ?」


「あぁ、そうだな。」


「はぁ………信乃ちゃんが羨ましいよ。」


「シノも苦労はしてるんだ。人間、関係性だけじゃないんだからな。」


 つい、『羨ましい』の一言に反応してしまう。


「ん?どういうこと?」


「あぁ、いやなんでもない。まぁ今回のことはごめんとしか言いようがない。」


「いいんだって。」


「それじゃあ、僕は戻るから。」


「あ、待って。」


 踵を返そうとした僕はその声でもう少しだけここに留まることになる。


「信乃ちゃんには、好きってその気持ち伝えるの?」


「………僕がシノのことを好きっていうのは本人も知ってる。付き合うかどうかはまた別の話としてな。取り敢えずは様子を見るっていう選択肢を取るだろうな。」


 現在のシノは不安定である。この状況で行くところまで行ったらそれはそれは大変なことになるだろう。だからまだ。安心させるのが先決なのだ。


「伝えてはいるんだね?それならなおさら………私の入る余地なんてなかったんだな。」


 あぁ、すごいやりきった表情してる。殺伐としたヤンデレとの合間に見る青春の表情ってここまで落差のあるものなんだ。まぁ、事情を知らないならいいんだ。それで。知らないままで。説明しても僕が疲れるから。


「僕は………行くよ。」


 こういう慣れないことは、本当に疲れる。いろんな意味でな。


「うん。」


 屋上を後にする。重たい扉はゆっくり閉まるように設計されていて、それが閉まるまでの数秒間、僕は彼女のすすり泣きを背に階段を下る。選択というのはこういう事だ。相手のことを想える者ほど、傷つくものだ。無論、捨てられた者の傷には到底敵わない。そんなつもりは無かろうと、僕は人を泣かせた。その罪悪感は多少ある。しかしそれこそ、仕方なかったと言うやつである。僕には、誰を切り捨てても守りたい人がいる。側にいてあげたい人がいる。


「僕だけは、離れないから。」


 階段を下りながらそう呟く。孤独は虚しいものである。そんなこと周知の事実であるが、直面することはほとんどない。孤独を感じるものほど依存したくなるのだ。


「辞めた、こんな話。暗いだけだし疲れる。」


 いつもの気分に戻りながら、僕は自分のクラスへと急いだ。僕だけは、明るくいないと。シノがいる。それだけで理由は充分だろう?

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