第13話 そういうものと言われても
それから、どれくらいの時間が経っただろう。
怨霊が見えない人達からすれば、着物姿のきれいなお姉さん(ただし男)が何かを罵倒しながら優雅に舞い、『たいまくん』のコスプレをしたイケメン(本当は『たいまくん』の方が
ただ、『慶次郎さん』を分けてもらったお陰で、普段見えないものが見えるようになってしまったあたしからすれば、歓太郎さんは相変わらず次々と飛んでくる黒い球を舞いながら捌いているし、慶次郎さんもずっとあの状態で大丈夫なんだろうか、って心配になるほどなんだけど。
ていうか、二人共かなり息が上がっているのである。休みなく舞い続けている歓太郎さんはもちろんのこと、微動だにしない慶次郎さんもだ。それでもまだ『たいまくん』は中に怨霊が入っているらしく、多少動きは悪くなったものの、口から黒い球を吐き出したり、慶次郎さんを倒そうと抵抗を続けている。
「かんっ、歓太郎っ! 大丈夫か!?」
「んあぁ?! 誰に聞いてんだ! らぁっくしょーだっつーのっ! ただ、まぁ、あれだな。この後焼肉だな。これは二時間食べ放題コースだろ。そんで俺の体力より先に、
御神木がヤバいってどういうこと? と歓太郎さんの手を見ると、さっきまできれいな色をしていた板切れが、先の方から真っ黒になっている。黒い球が触れる度にじゅうじゅうと鳴っていたけど、まさか本当に焼けてたとは。
もし全部真っ黒になったらどうなるんだろう。
そう考えていると、もふもふと寝転んでいたおパさんが、コロコロと転がりながらこちらへ移動してきた。「やっほー葉月」と何とものんきな声で、あたしにぽすりとぶつかり、止まる。
「やっほーじゃないよ。何かちょっとピンチじゃない?」
「そうだねぇ」
「そうだねぇ、って! っかぁー! なぁーんでそんなにのんきなの、おパさんは!」
「大丈夫だよ、葉月」
「何がよ!」
「そのためにぼくがいるんじゃないか」
もふ、と短いおててで(恐らく)胸のあたりを叩く。たぶんかなり凛々しい顔をしているんだろうけど、残念、ひたすら可愛いだけである。
「へ? そうなの? ていうか、『ぼくら』じゃなくて、おパさんだけなの?」
「そうだよ? だってぼく、一番お兄ちゃんだからね」
そう言って、えっへん、と胸を張――っているつもりなのだろう、とにかく、寝転んだまま、身体の中心辺りを、もこ、と膨らませた。
「な、成る程。いっつもことあるごとに長男アピールするもんね。やっぱり一番強いんだ。それで? おパさんは何をするの?」
「えっとね、あの子をね」
「あの子、『たいまくん』ね?」
「そうそう。それをぎゅってしてね」
あれ、何だろう、ちょっと嫌な予感なんだけど……。
「……それで?」
「ぼくごと消滅させ」
「はいストップ」
思わずくるんくるんの
「そんなの駄目に決まってるでしょ!」
「だけどね、葉月。ぼくらって元々そういうものなんだよ」
「でも、おパさん達は慶次郎さんの友達なんでしょ?」
「そうなんだけど。それでもね、やっぱりぼくらは『陰陽師の道具』なんだ。慶次郎はそう思ってないかもだけど、こう見えてもぼくら、ちゃんとその辺は弁えてるんだよ」
「駄目だよ、絶対、そんなの」
「大丈夫、ぼくがいなくなっても、麦と純コがいるよ」
「違うんだよ、二人が残ってれば良いとか、そういうんじゃないんだって」
「それにさ、また新しく慶次郎に作ってもらえば良いんだよ」
「それだって、おパさんとは違うんでしょ?」
「大丈夫、見た目はおんなじだよ」
「見た目だけ同じでも駄目なの!」
もう、何でわかってくれないのよ。主人が主人なら式神も式神か!
そりゃあ式神っていうのは元々そのために作られているのかもしれないし、あたしが見た映画の陰陽師だって、そういう風に使ってた。だけれども、あの慶次郎さんが大事な友達を道具として使うだろうか。
「慶次郎さんはそんなこと絶対に許さないよ」
「かもね。ぼくだって慶次郎の性格はよく知ってるもん。だけど、ぼくは慶次郎のことが大好きだから、役に立ちたいんだよ。いつか消えるなら、慶次郎の役に立って消えたいんだ」
「おパさぁぁんっ!」
もふ、とふかふかの身体に顔を埋めると、よしよし、と撫でてくれる。温かいし、柔らかいけれど、心臓の音は全く聞こえない。心臓がないんだから、当たり前だ。
うわぁん、うわぁん、とその状態で泣いていると、ちょいちょい、と背中を突かれた。誰よ、いまそれどころじゃないのわかるでしょうよ!
ずび、と鼻を啜ってから顔を上げ振り向くと、何やら気まずそうな顔をしている歓太郎さんと目があった。その数十メートル先にはごろりと寝転んだ『たいまくん』があり、向かい合っていたはずの慶次郎さんも駆け足でこちらに向かっている。
「何か感動的な感じになってるけど、大丈夫だからね? 俺も慶次郎もそう簡単にくたばったりしないからね? ていうか、一応目処はついたっていうかさ。いやぁ、今日が平日で助かった」
確かに、横たわっている『たいまくん』はぴくりとも動かない。
戻って来た慶次郎さんがその場に腰を落として、おパさんのお腹の辺りを、ふか、と撫でる。
「そうだよ、おからパウダー。君達が自分のことをなんと思っていても、僕は絶対に君達をそんな風に使ったりしないから」
「何だよぉ、聞こえてたの? んもー、地獄耳なんだから。だって、本当に心配で心配でさぁ」
「おい慶次郎、式神に心配されるとかどうなのお前」
「ううぅ、不甲斐ない……。でもとりあえず、小さいのは全部祓ったよ。ただ――」
小さいの? てことは? と、『たいまくん』を見る。
それは依然として動かず、そこに転がっているだけだ。
「中に、大きいのが」
「……いるんだよなぁ」
「どういうこと?」
そう尋ねると、それが答えだとでも言わんばかりに、『たいまくん』の口から、ずぉぉぉぉぉ、と真っ黒い蛇のようなものが飛び出した。
「えっ、ちょ、何あれ?!」
蛇のような――と思ったが、まっすぐ天高く昇っていったから、龍と言った方が良いかもしれない。長い身体をとぐろのように巻き、首だけを、にゅう、とこちらに向けている。その首は、人の顔をしていた。
「つまりあれだな。あいつがここで一番最初に振られたやつなんだろ」
天を見上げて、歓太郎さんが呟く。手に持った御神木は、摘んでいた角をわずかに残して真っ黒になっている。
「はぁ、さすがにこの規模だと
「大丈夫、僕が何とかする」
「イケるか」
「僕は陰陽師だ」
「知ってるけどさ」
「大丈夫だよ、もしもの時はぼくが」
むくり、と起き上がったおパさんを、いいや、と制する。
「もしものことがあったとしても、絶対に駄目だ。例え晴明殿がそうしたとしても、僕はしない。おからパウダー、頼むからそんなことはもう二度と言わないで。僕の役に立ちたいって言うなら、はっちゃん達を頼む」
はぁ? 別に俺はなぁ、と歓太郎さんは言ったけれども、さすがに身体が言うことを聞かないらしい。おパさんにハイハイとあしらわれ、あたしもろともあっという間にそのふかふかボディの上に乗せられてしまった。
「ちくしょぉ〜。ふっかふかかよぉ〜」
悔しそうにそう吐くと、でん、と大の字になって悔しそうに天を仰ぐ。確かにここはかなり極上だ。
そこへ、
「君ならわかってくれると思うけど」
と、慶次郎さんは言って、ぴら、と御札をこちらへ見せつけるようにしてから、それを口に咥えた。
「お前の考えてることなんてまるっとお見落としだっつーの」
それに応える形で、歓太郎さんもまた懐から二枚の御札を取り出す。その一枚をあたしに渡し、「はっちゃん、ちょっとこれマジな話ね。いまから俺が良いよって言うまでこれ咥えてて。そんで絶対にしゃべらないこと。おパから絶対に離れるな」
小声でそう耳打ちすると、むくりと起きてその場にしなりと横座りになった。いつもなら、あたしに近付くんじゃねぇ、と平手打ちするところだが、どう考えてもそんな状況じゃない。大人しく御札を口に咥えてこくこくと頷く。
それを見届けてから彼も同じく御札を咥えた。
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