第5話 自分の鬼からは逃げられない雑談

学生時代、設備業者のアルバイトをしていた。


簡単にいうと、肉体労働である。


一日中、スコップ一本で穴を掘り続けたり、真冬に縁の下にもぐり込み、背中を浸水させながら水道管を取り換えたりする。漫画やドラマで見るような仕事である。


汗水たらして稼いだアルバイト代金は、簡単には使えず、親からの仕送りを遊びに使っていた仲間とは距離をおいた。


大柄で坊主の親方は、「金を稼いだ実感がある仕事なんだぜ。いいだろ。」と私によく言っていた。


私もそう感じていた。


親方は景気がよかったためか、アルバイトが終わると、泥だらけの作業着のまま、フランス料理をよく奢ってくれた。


「お前、格好つけるな。そのままで行くんだ。」と言いながら、綺麗なソファーに偉そうに座っていた。


飲めや食えやで、アルバイト代よりも高くついたはずだが、親方は笑っていた。


過酷な肉体労働のためか、昼飯はいつもコンビニ弁当3つ食べていた。


人間、フルパワーで働くと、こんなにも腹が減るのかと驚いたものだ。


しかし、そんな生活も長くは続かなった。


疲労とストレスで、大腸を痛めた。


私は世話になっている親方に、意を決して辞めたいと伝えた。


「俺から逃げてもいいけど、自分からは逃げられんからな。」


と親方から一言。


いつも他愛のない雑談や下ネタで盛り上がっていた仲だったが、その時ばかりは、人生の肝となる言葉だと感じ、自分を見つめた。


逃げられない立場に自分を追い込み、働き続ける労働者によって日々の生活は支えられている。


どんな仕事だって、責任があるし、最後までやるという気概がないと続けられない。


「自分の中にいる鬼からは逃げられないのだ。」


かっこいいなぁ。労働者として、もう逃げずに働くと決めた。


あれから、21年、同じ業種で粘っている。自分の鬼は健在である。


※こういう考えもあるという単なる思い出話です。ブラック企業や人間関係で続けられない業種もあります。続けることが美徳ということでは全くありません。転職をすることで開けることもあります。むか~しの話です!






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