第15話 嗜好品 ~後編~
その日から、千早とトオルはコッソリと暗躍する。
種子として保管してあった香辛料を手に、厨房へと突撃し、見事ジャックに成功。
おろおろする調理担当を余所に、ジュワジュワと肉を焼く。鶏肉にフォークを突き刺しまくり、塩コショウでパリパリに皮を焼いた。
残った油に鶏の骨を突っ込み、生姜と蜂蜜とレモンを加え、水溶き片栗粉で甘酢あんを作る。アクセントは細切りにした鷹の爪。
それをパリパリに焼かれた鶏肉にかけて、皆で頂きます。
「美味しい....」
「だろう?」
「美味しいですけど。でも手間暇がかかりすぎです」
心底旨い。懐かしさすら覚える料理。千早は遥か昔を思い出していた。
そう。有り合わせの調味料で、旧人類達もこんな料理を作ってたっけ。
しかし料理人は憮然とした表情を崩さない。
彼にとっては、如何に早く低いコストで料理を作るか。それが重要なのだ。
「材料の無駄遣いです。食事など身体を維持するだけの物。煮るか蒸すかが一番です。残ったお湯で翌朝のスープも出来るし、無駄がない」
料理人の言葉にトオルは唖然とした。空いた口が塞がらない。
効率的の極みにも程があるだろう。
野菜や肉をゆがいたお湯で更にスープって....。
据えた眼でトオルに睨まれ、千早はいたたまれない。ごめん、ここまで酷いと思ってなかった。
確かに旨味が溶け込んでいるんだろうが、あまりに発想が酷い。
バターもある。レモン汁で作ったカッテージチーズもある。卵も牛乳も生クリームもあるのに、何故にここまで粗末な料理しか作らないのか。
そう。作れないわけではない。作らないのだ。料理に必要性を感じず、興味がない。
新人類達は今まで鬼の如く忙しかったため、料理にさく時間などなく、むしろ料理を作るなんて無駄の極みと思われていた。
味気ない料理に慣れていた新人類達は、一時、調理すらしていない食材をそのまま食べていたこともある。
時間や仕事に追われ、用意された野菜スティックを噛りながら生活していたのだ。
無論、千早には調理された物が出されていたので、知りもしない。
「これ、酷いとかって問題じゃねーぞ、千早っ!」
うん、そうだね。
想像以上の悲惨な現状に、千早は少し遠い眼をした。
ヤバいなコレ。多分、全く味覚が育っていない。
新たな問題が数珠繋がりに発覚し、千早の眼は何処かに飛んでいったまま、しばらく眼窟に戻ってこなかった。
急な変化は混乱を巻き起こす。
料理担当の態度や言動から、トオルと千早は計画を練り直す必要性を感じた。
あの様子では大幅なメニュー変更は激しい反発を受けるだろう。ならば徐々に改善すべきだ。
「まずはデザートとか、どうよ?」
「デザート?」
「蜂蜜やジャムとかは普通に使ってるじゃん? 一歩進化させてさ、毎食デザートつけてみるんだよ。甘味なら食事と違って別枠的に作れそうじゃないか?」
確かに。食事に手を出そうとすれば猛反発が予想されるが、デザートという新たなカテゴリーを作るのならば、眼を瞑ってもらえそうだ。
「まずは美味い物を教えるんだ。今は水菓子や干し果実しかないだろう? 甘味に製菓の文化を加えようぜ」
にっと人の悪い笑顔を浮かべ、トオルはサムズアップした。
「これは?」
食堂に並べられた料理に見慣れない物を見つけ、新人類達は眼を見張る。
一見、掌サイズの何かの包みのような物体。恐る恐るトングで掴みあげると、しっかり包まれてはいるが思ったより柔らかい。
不思議そうな新人類達を前に、トオルは悪戯気に口角を上げた。
「クレープっつんだ。俺の時代の食べ物だよ。中身しだいでデザートにも食事にもなる、お手軽料理だ」
今回はデザート仕様だというそれを人々に渡し、トオルは大きく胸を張る。
「食べて感想をくれ。俺は居場所に厨房を選びたい」
仁王立ちするトオルとクレープを交互に見つめながら、新人類達はクレープに手をつけた。
なるほど、薄い生地に果物が包まれているのか。茶色く変色したリンゴと、この匂いは蜂蜜? いや、黄色いクリームに蜂蜜が混ざってるのかな?
しげしげと観察しながら口に運び、彼らは揃って絶句する。
そして、俯いたまま手足をジタジタと小刻みに揺らし、ゆっくり咀嚼して飲み込むと、ばっと顔を上げてトオルを睨めつけた。
「これは、一体何ですか?! 小麦粉の生地とリンゴですよね? でも食感も味も全く別物ですっ! とくに、この黄色いクリーム、生クリームとも違う。これは?!」
「カスタードクリームっつーんだ♪ 美味いだろ?」
温室栽培されていたのは香辛料だけではない。バニラビーンズや、ココアビーンズ。俗にいうカカオマスなど多くの香料なども栽培されていた。
ただ植物として栽培され、種採取していただけの新人類達は、その活用法を全く知らなかった。
シェルターには大量の書籍やデータベースが残されているにも関わらず、大地の再生以外には全く無関心な新人類らである。
「俺が来たからには貧しい食事を改善したい。まずは手始めにデザートの概念を入れる。期待しててくれ♪」
バターと蜂蜜でキャラメリゼされたリンゴ、何度も篩にかけた小麦粉でキメ細やかに焼かれた生地。更にはじっくり煮込んでバニラの香りと蜂蜜の甘味で完成されたカスタードクリーム。
どれもが初体験で衝撃的な味だった事だろう。
存分に力を奮える場所を見つけ、トオルはヤル気満々である。本人が一番切実な改善を望む部署でもあるから、その意気込みは並大抵ではない。
数百年ぶりの美味い料理に舌鼓を打ち、千早は新たに吹き込んできた青嵐を、一人密かに歓迎していた。
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