第14話 嗜好品 ~中編~


「要するに、知らない事が問題なんだと思うんだ」


「知らない?」


 千早は首を傾げた。


 香辛料の栽培をしているのは新人類だ。木々の世話をしている彼等が知らない訳はない。

 思案する千早を見透かすかのようにトオルは話を続ける。


「もう何百年も今の食生活なんだろ? 味噌や醤油みたいな調味料は勿論、スパイスとしての香辛料も知らないんじゃないか? ただの食用植物としてしか認識してないんだよ」


 そこで千早は顔をハッとさせた。


 その通りだ。自分にとっては繋がる過去と現在の歴史だが、周囲の新人類達は何度か代替わりしている。

 移り変わった経緯を知らぬ者には、今の現状が日常であり常識なのだ。

 そして百年以上も千早が病んでしまったため、頑なに戒め的な規律が幾つも出来ていた。


 いわく我々は罪人の子孫だ。我々は地球に償わなくてはならない。我々の命は雑草より軽い。先人の犠牲を礎とした自然を決して損なう事なかれ。

 我々新人類は鬼子だ。分別を弁え静かに終わりを迎えよう。


 絶望の陥穽にはまった千早が口にした言葉の数々。自分を神聖視する周囲がどう受け止めたか。


 千早は戦慄く両手を見つめ、呆然と眼を見開いた。


 ..........私のせいか?


 馬鹿な私のせいで幼子が死んだ。多くの新人類達が絶望と罪悪感だけを抱き花畑に散った。


 全てが愚昧な自分のせいだった。


「私は.....なんて事を」


 己の所業を振り返り、千早は全身を粟立てゾッとする。


 トオルの存在が如実にそれを物語っていた。生気に満ちた若者。本来人間はこうあるべきなのに、私はそれを歪めてしまった。

 過去を思い出せば、かつての自分も同じだった。

 多くの旧人類に愛され育まれ、未来に希望を抱き、精一杯生きていた。

 その未来が閉ざされた絶望が千早を歪めてしまった。歪んだ感情は周囲すらも歪めてしまった。

 なまじ愛された過去があった分、千早の受けた絶望は色濃く深い。

 病んだ千早の感情の発露は、シェルター《仁》のみならず、ガイアと繋がる全てのシェルターに伝播した。


 愕然とした顔で両手を凝視する千早から、トオルは話を聞く。

 たどたどしい口調で嗚咽すらまじえながら、千早は己のしでかした過去に気付いたのだと話した。


 全ての元凶は自分だと。


「それ違くね?」


 呆れたような口調でトオルは言う。


「なんで病んでると分かりきってるおまえに取り仕切らせるんだよ。仕事させる周囲が鬼だとしか俺には思えんし? 神聖視だかなんだか知らんが、勝手に信者ふやしたのは周りの責任だろ?」


 呆ける千早にトオルは、とつとつと語る。


 連中は強制された訳でも脅されていた訳でもない。自ら進んで選んだのだ。身を粉にして大地を甦らせたのも、厳しい規律に従う事も。全ては自己責任。

 そして次代に希望を託し寿命を真っ当した。誰が文句を言うものか。


「俺はそう思うぞ。実際、見事に地上は甦ってるし、仁の宮とかいう立派な建物まで出来た。奴等が草葉の陰で喜んでないと思うか? お前の所業を恨んでいるとでも? そんなん、お前こそが奴等を馬鹿にしている」


 千早は、またもや愕然とした。


 自分が後悔すると言う事は、真っ当に生きた彼等を蔑む行為だ。彼等の選択を.... 誇りを踏みにじる行為なのだとトオルは言っている。


 全く考え方が違う。千早がネガティブ過ぎるのか、トオルがポジティブ過ぎるのか。多分、両方だ。


 千早はクスリと笑った。


 本当に価値観や考え方が全く違う。旧人類とは、こういうモノだった気がする。

 遠い記憶の向こうにいる彼等は、常に笑顔だった。試行錯誤で挑戦し、死病にも怯まず、全力で前に進んでいた。


 長い年月に埋もれ忘れていた。


 新人類の素地とて旧人類なのだ。日本人特有の逆境魂は脈々と受け継がれている。

 だからこそ如何なる絶望も越えてきた。病んで自暴自棄な千早すら黙って見守ってくれた。

 彼等にその気があれば、千早を拘禁して執務権を取り上げる事だって出来たはずだ。

 だがそれでは病んだ千早の問題は解決しない。むしろ病状は悪化した事だろう。

 ゆえに千早に好きにやらせた。立ち直ると信じ、じっと見守ってくれていたのだ。


 今更ながら周囲の愛情と信頼に感謝する。


「だからさ。奴等の凝り固まった概念から叩き潰そうぜ。まずは食からだ。メニュー見てると栄養バランスだけしか考えてねぇ。あんなん食材に対する冒涜だ」


 力説するトオルだが、たんに自分が旨い物を求めているだけだろう。

 クスクス笑う千早に気を良くし、トオルは眼を輝かせて旨い食事が如何に人を幸せにするかを語る。


「千早は旧人類と同じ食生活してきたんだろ? 好きな食べ物とかあった?」


 言われて千早は思案した。確かに昔は塩以外にも調味料はあったが、発酵系の物は備蓄分しかなく、数年で尽きた。千早はマヨネーズやドレッシングくらいしか口にした事はない。

 醤油もお煎餅の味というイメージだ。お菓子は結構残っていたから。


 お菓子........ そういえば、あれが美味しかった。


「ヨーグルト........ かな」


「ヨーグルト?」


「うん。ソフトキャンディだったけど、ヨーグルト味。まだ備蓄があってね。お菓子は子供が優先的に貰えたの。あれは忘れられない味だった」


「そか。作ってみようぜ」


 ニヤリとトオルが笑う。


 つられて千早も笑った。


「まずは食事からだ。連中の眼から鱗が落ちるようなのを作って意識改革目指そう。奴等に今を楽しむ事を教えないと、先人が草葉の陰で泣いちまうぞ。そんな人生を子供らに送らせるために頑張った訳じゃないってなww」


 その通りだ。後悔にうちひしがれてる場合ではない。

 気付いたのなら、やり直せば良い。過去は戻らない。無い物ねだりしている暇はない。


 大切なのはこれからだ。


 千早とトオルは立ち上がり、これからどうするか話す。

 足取りは軽やかで、顔には満面の笑みが浮かび、悪戯を企む風な二人は、まるで昔から気心の知れた友人同士に見えた。


 時代を越えて育まれた友情は、この先、仁の宮に風を吹き込む。良しにつけ悪しきにつけ、時代は加速し動き始めていた。


 開拓歴同年。


 トオルが食生活改善委員会を設立する。ただいまメンバー二名。

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