第12話 来訪者 ~後編~


「醜態を晒して、すまない」


 未だ嗚咽を上げながら、千早は目の前の少年を見つめた。そろそろ青年の域に入ろうかという微妙な年頃にみえる。

 線が細く中性的な少年の亡き姉と同じ色の薄茶色な髪と瞳が、さらに千早の望郷を掻き立てた。

 千早はまだ新人類より旧人類が大半を占める頃に生まれたのだ。千早にとって故郷とは旧人類の住むシェルターである。

 彼が何故、指定されたシェルターではなく、番外の試作品らしいカプセルに入っていたのか。それが何故エデンの湖に沈んでいたのか。


 分からない事ばかりだ。


 ガイアに尋ねても、システム《忠》が発動されないと答えられないらしい。


 解除にはガイアの製作者である前首相の遺伝子情報と声紋認証が必要だという。ガイアの根幹に関係しているらしく、製作者本人にしか触れられない。


 ガイアに存在する謎のシステム。


 これには以前姉も手を焼いていた。如何なる場合も人命を優先するガイアが、この謎に関わった時だけ、どんな事態になろうと沈黙する。どれだけ姉が泣き叫ぼうが黙殺する。


 とりつく島も無いくらいに。


 まぁ、既に滅びが目の前に迫っている我々にはどうでも良い事だが。


「あ~っと。今がどんな状況なのか聞いても良いか?」


 酷く困惑した感じの少年に、新人類達は大戦からの歴史を大まかに説明した。

 少年は驚愕に眼を見開き、戦慄く唇に手を当てて訝しげな眼で周囲を一瞥する。


「ドッキリとかじゃなく? マジで世界が滅んだの?」


「我々が証拠でしょう。貴方のおられた時代に、我々のようなアルビノがざらにいましたか?」


 新人類の一人。古参の側近長が薄く微笑む。

 彼は長の古い側近で、前側近長から新たな側近長を継いでいた。そろそろ老齢に差し掛かる。

 彼の言葉に少年の困惑は否応なく増していく。


「.........確かに。あんたらが作り物とは思えないしな」


 赤い瞳はカラコンで再現出来なくも無かろうが、髪の毛一筋に至るまで真っ白な人々。透き通るような肌の白さは病的なまでに美しく、輪郭が霞む透明感は人工の物では有り得ない。

 少年は掌で眼を覆い、暫しの間黙り込む。


 そしてポツリポツリと自分の事を話し出した。


 彼は若いながらも第一線の科学者で多くの研究に携わっていた。件の冷凍睡眠カプセルもその一つだという。

 人間嫌いな彼の研究所は自宅地下深くに作られており、滅多に外出する事もなく、安穏な日々を過ごしていたらしい。

 そんなある日、研究所がいきなり激しい振動に見舞われる。

 エレベーターも動かなくなり、振動は激しさを増し、研究所の壁にヒビが入り始めた時、彼は事態が異常である事に気付いた。

 このままでは研究所が潰れるかも知れない。潰されなくても密閉された空間で窒息する可能性もある。

 そう考えた彼は冷凍睡眠カプセルに避難した。既に試験運用は成功している。この中なら安全だ。

 救助が来るまでの辛抱である。冷凍睡眠なら食糧も水もいらない。名案だと思った。


 .....その時は。


「まさか、五百年以上も発見されないとは」


 少年は湖の畔から自分のカプセルが繋がれていたという鎖を眺める。

 少年のカプセルが発見された辺りは苔むした瓦礫があり、陥没したような真四角空間にコンクリートが固定されていた。


 あれが彼のいう研究所なのだろう。


 話から察するに、彼が見舞われた地震は世界を揺るがした大地震の事だと思う。

 あれによって世界の殆どが壊滅し、新たな歴史が幕を上げたという。文献や保存データの範囲でしか知らないが。

 彼の生存は誰にも分からず、そのままシェルターが建設されたという事である。しかもここから見るに、その距離はほんの十メートル程度。


 運がないにも程がある。

 

 ってか、《エデン》より深い位置に研究所作るって、どんだけ人間嫌いなんだよ。それとも何かに挑戦してたのかよ。

 長い年月に腐食し陥没。そして彼のカプセルが露出するまで暫しの年月がかかったという事か。


 過去に旧人類達が切望した奇跡のパーセンテージを掴み取り、少年は開拓歴へと訪れたのだ。


 ある意味、運があったのかもしれない。


 本来であれば、大戦開幕から通常の冷凍睡眠を経て死病で死んでいたはずだ。

 既に放射能が消え、楽園となった今の時代にやってきた彼は、すこぶる幸運とも言える。

 まぁ、他の旧人類が知る事はなかった滅びの絶望を知る事にはなるのだが。


 千早は自嘲気味に微笑んだ。


「ようこそ開拓歴へ。私はシェルター《仁》の施設代行、千早と言います」


 すると少年は奇妙な顔で軽く眼を見開く。


「《万里の道 千尋の海原 千早ぶる 我が人生》のか? 上に万里と千尋っていたりする?」


 彼の言葉はマイナーな詩だった。だが千早は知らない。彼は首を左右に振って否定する。


「姉はいましたが、百香と言います」


 そんな千早に振り返り、少年はニカっと笑うと右手を差し出した。


「そか。名字は?」


 千早の眉が微かにひそめられる。


「その....私には有るのですが、人工子宮生まれな他の者には無いので。敢えて名乗っておりません」


「なるほど。俺も家には良い思い出がない。あんたと意味は違うが名字はいらないか。トオルと呼んでくれ」


 人工子宮生まれなと注訳するからには彼女は母体生まれなのだろう。トオルは目の前の少女を検分する。


 銀にも近い白髪を腰まで伸ばし、華奢な身体は折れそうな程に細い。こんな繊細な生き物をトオルは今まで見た事がなかった。

 そして何より眼を引くのは、血色を映し出す深紅の瞳。自然の神秘が織り成す奇跡のグラデーション。

 悪戯気に微笑むトオルの眼には千早が女性に映っている。


 ある意味、間違いではない。新人類達は半陰陽なのだから。全体的に中性的ではあるが、各々男性寄り、女性寄りと個性はある。千早は女性寄りだった。


 動き出した時代を見守りながら、シェルター《仁》の地下深くでガイアのコンソールが瞬いている。


《マスター。ウロボスハ順調デス。.....呑ミ込ムカ生マレルカ。ワタシハ 見守リマス》


 密やかなガイアの呟きは誰にも拾われる事なく、シェルターの中に静かに響いた。


 開拓歴五百四十二年。

 

 生き延びた旧人類が発見される。

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