第11話 来訪者 ~前編~


 生きると決めた千早は、ただ職務に没頭した。


 現在残っているのはシェルター《仁》とシェルター《信》 どちらも既に冷凍保存された卵子は尽きている。

 なれば発展しているシェルター《仁》でともに過ごさないかと千早は《信》の代行に提案してみた。

 通信スクリーンに映る《信》の代行は、弱々し気に微笑み、気まずげに答える。


「望む者は送りましょう。ですが長よ。我々古い世代は《信》に骨を埋めたいと存じます」


 生まれ育った土地から離れがたいのだろう。千早にもその気持ちはよく理解出来た。

 それに了解し、千早は望む者は受け入れると快諾する。


 後日、《信》からやってきたのは三十人ほどの若者と五人の老人。老人達は観光で、命尽きる前に仁の宮を一目見たかったのだという。


「写真や映像でしか見た事ありませなんだが。....立派な物ですなぁ。これが我々の民族を象徴する和風建築というものなんですね」


 言われて千早も気がついた。


 街に建てられた家は、和風建築とは言え現代風だ。先祖伝来の和風建築とは言い難い。

 そういった文献や記録映像は残っていたものの、実物を眼にした新人類は一人もいない。


 そう思うと感慨深いな。


 知らず微笑みを浮かべる千早の視界には、両手を合わせて仁の宮を拝む老人達がいた。


 老人達は畏れ多いと辞退しながらも、薦める千早に逆らえず仁の宮に一晩泊まり、翌日三人の若者と共にシェルター《信》へ帰還した。

 彼等の最後の願いを叶えるため、三人の若者が同行してきたのだという。老人達だけでは運搬用のロボットを動かせないからだ。


「アンドロイドでは機微がなく、お年寄りの疲労などに気がつきませんから」


 三人の若者はそう苦笑すると、揃って頭を下げて、ありがとうございましたと言いながら運搬車に乗り込み、手を振りつつ帰っていった。


 それを見送る千早に、残った《信》の若者が話かける。


「では長様。わたくし達に仕事はあるしょうか」


 にっこり微笑む若者に、千早は少し眉をひそめた。


 何時の頃からだろう。皆が私を長と呼ぶようになったのは。

 他のシェルターでも代行までが私を長と呼ぶ。新人類の長なのだと。

 自分のシェルターの人々が呼ぶのは、まだ分かる。シェルター代行と言えば長とも言える。

 しかし他のシェルターの人に言われると、不愉快な違和感が拭えない。君達の長は別にいるだろう? と思ってしまう。

 まして、その他の代行本人から長と呼ばれる謎。

 良くわからない状況に、千早は軽く眩暈を覚えた。


 千早は知らない。他の新人類達が自分を神聖視しているなどと。


 旧人類から生まれた唯一無二、最後の新人類。旧人類と苦難を共にし、現在までの開拓歴全てを知る最年長者。


 時が止まった彼の存在は、どう控え目に見ても奇跡である。生きる歴史だった。

 他の新人類達が敬い奉るのも道理なのだが、異質な新人類の中において、更に異彩な存在感の自分に気がつかない、不幸な千早である。



 そして時が流れ時代が動き出した。



「ナンバーの振られていない冷凍睡眠カプセル?」


 眼を見開く千早に、シェルター《信》からやってきた青年は頷いた。


「何時のものかも分かりませんが、間違いなく旧人類の遺産です。未だに稼働しています」


 神妙な面持ちの青年に、千早は絶句する。五百年前にカプセルは耐久値が限界に達したはずだ。なのに未だ動いている? 馬鹿な。


 急いで千早は発見されたというカプセルに駆けつけた。




 件のカプセルは、《エデン》中央の湖の中にあるのだという。


 《エデン》の湖はシェルターからの排水でタービンが電力を起こし、湖の水に酸素を送り込み、中の生き物や微生物が水を浄化して、それをフィルターで濾した水が再びシェルターに供給される。水質循環システムだった。

 水底まで見透せるほどの湖の底にカプセルが発見されたのだ。たまたま園芸ロボットの調整をしていた者が見つけたらしい。


 既に調査に入った新人類達が、駆けつけた千早に頭を下げる。


 それを一瞥して、千早は潜水している者と会話出来るようガイアに命じた。

 少しの雑音のあと、彼のインカムに潜水夫の声が聞こえる。


『長様。このカプセルはコンクリートの土台に鎖で繋がれています。周囲に衝撃用のエアバッグがあり発動しているので、鎖を切れば浮力で浮くと思われます』


 頷きながら、千早は鎖の切断を命じた。


 浮き上がり岸に寄せられたカプセルは、そのまま湖の畔に上げられる。確かにカプセルは稼働していた。


「信じられない」


 驚愕に震えながらも千早はスタッフに指示を出し、即座に外郭から内部コンピューターにガイアのケーブルを接続する。

 暫しの機械音のあと、上部ハッチが静かに開いた。

 周囲が眼を見開いて固唾を呑むなか、カプセルの中の人物は、うっすらと眼を覚ます。


 薄茶の髪に薄茶の瞳。


 千早の唇が微かに戦慄く。言葉にならない衝動が嵐のように彼の中を駆け巡っていた。

 震える千早の視界の中で、その人物はゆっくりと身体を起こす。


「....ここは? あんたら誰? 白いのはコスプレ?」


 寝たボケた顔でガシガシと髪を掻きむしる少年。


 千早の頬に涙が伝う。


「お帰りなさい」


 万感が込められた呟き。目の前の少年は、間違いなく旧人類だった。

 あまりの懐かしさと嬉しさに千早の視界が歪む。


「おっ? おいおい、どうした?」


 はぇ? と首を傾げる少年の前で、千早は力なく崩折れ、嗚咽をあげながら号泣した。


 開拓歴 五百七年。


 時を越えた来訪者がやってきた。

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