第7話 新人類 ~前編~
とにもかくにもシェルター内を平定するため、百香は、まだ未発症な者達を《エデン》に移動させた。
死病は伝染性のものではない。隔離された健康な者達にも発症者が出るかもしれないが、今はこれしか出来ない。
幸い《エデン》の中にも居住区が存在している。あれからも増えた発症者により健康な人々は激減したため、《エデン》の居住区は部屋が余るほどだった。
それでも良い。百香は事態の収集に目処がついた事に人知れず安堵する。
妙齢の乙女なはずなんだが、殺伐として、忙しないわー。
げんなりと独りごちる百香だが、ある意味世紀末を生きる彼女等に、平穏など無縁である。
そして現在。
発症者達によって再び地上の開拓が為されていた。
緑の甦った土地周辺を宅地化するため、一定間隔で地固めする。二階建て平屋な感じの家を二十軒ほど建てる予定だった。
そんな感じの小さな街を、まずは四方に作り、更に四分割して八方に作る。シェルター周辺の緑を囲うように街を作る予定だ。
街建設予定地の準備が終われば、また開墾。
最初に開墾されたシェルター周辺には、新たに植樹が始まっていた。ブナやクヌギなど、土を肥やす落葉樹中心に植えられる。
ここまで半年。本来なら、ここでウサギ等の小動物も放ちたいところなのだが、残留放射能の濃度から諦めた。
焦る事はない。植樹が定着し、街が出来上がってからでも良い。欲張らず、一つ一つ確実にこなして行こう。
出来上がった街には、そのまま発症者達が住む予定だ。
命に期限はあれど、人として生きる。彼等はそう決めていた。
むしろ、死病になったおかげで数年とはいえ地上を満喫出来ると彼等は笑う。
その吹っ切った笑顔に強がりはなく、輝く瞳には、某かを乗り越えた者特有の苛烈な炎が揺らめいている。
刹那を生きる者は、皆このような炎を瞳に宿すのか。
百香は、父石動に見た鋭利な眼差しを思い出して苦笑した。優しい人々の変貌は常に刮目するものがある。文字通り化けるのだ。
今の彼等には狼狽えて泣き叫んでいた頃の面影は全くない。優しさは強さなのだと実感する。
男性達が街や道作りに燃える中、女性達は黙々と開墾していた。
街の予定地外周をせっせと耕し、野草の種を蒔く。
子供達に少しでも多くの緑を。そう願い、一心不乱に土地を開墾していた。
緑が多いほど、土地の自浄力も高まる。それは過去の原発事故などが証明している。なれば、やる事は一つだ。
いずれ萌だす緑を夢見ながら、彼女等は土地の緑化に全力を注ぐ。近い未来、彼女等が開墾したこの土地には、豊かな畑が出来るだろう。
微笑む彼女等の瞳にも、件の炎が揺らめいていた。
そして、人海戦術とは恐ろしい物である。
百香は、じっとりと眼をすわらせた。
百香が内政で留守にしていた三ヶ月の間に、シェルター外周の景色は全く変わっている。
主要な道が四方に伸びて、立派な街路樹になるであろう木が等間隔に植えられていた。道も見事な甃。瓦礫から切り出した石がピシッと歪みもなく敷かれている。
その道の遥か向こうに霞む場所には、でこぼことした建造物の影が見え、百香の張り付いた笑顔を更にひきつらせた。
「おう、代行。久しぶり」
街建築予定地にやってきた百香は唖然とする、
予定地ではない。既に街は出来上がっていた。
古き昭和を感じさせる瓦屋根の平屋が、主要道から升目にひかれた小道に沿ってバランス良く建てられている。
この瓦も瓦礫から削り出したらしい。開墾時には厄介者だった瓦礫が大活躍だ。
主要道周辺は、いずれ政綱所や商店街などを考えていたため空けておくように指示したが、それ以外は完全に出来上がっていた。
家の数も当初の予定より多い。倍以上の五十軒だという。
「思ったより土地が余ったんですよ。みんな庭や畑作るって、予定地より大きくしちまって」
苦笑いする地区担当主任に、百香は眼を見開き、思わず全力で拍手した。
「素晴らしいですっ、びっくりしたっ、凄い、もうこれ、人が暮らせますねっ!」
満面の笑顔で惜しみ無い称賛をおくる百香に、地区担当主任は、複雑な顔をしてチラリと視線を振る。
「その....もう、住んでます」
「はい?」
間抜けな顔で聞き返す百香。地区担当主任はバツの悪そうな顔で説明した。
かいつまむと、お年寄りに楽隠居させたいという話だった。
「爺さんや婆さん達は、もう十分働いたと思うんですよ。大戦前だって、家や家族のために働いてた訳でしょ? もう余命もマジで少ない訳だし、のんびり好きな事やって良いと思うんですよ」
額に汗する老人達を見て、若者がそう言い出したと言う。
自分の父親や祖父世代。五十代から上の世代に、街に住んで管理してもらおうと彼等で決めたらしい。
せっかく作った街が無人なのは偲びないと、若者は上手く誘導し、老人達の仕事を肉体労働から街の管理へと切り替えた。
「一軒に大体五人くらいが暮らしてます。畑や花壇作ったり、休憩所の配膳したり。手作りで色々拵えたり。街は美化されるし、俺らは癒されるし、良い事づくめです」
勝手して事後承諾で申し訳ないと、地区担当主任は頭を下げた。
しかし百香の脳裏には別の事が浮かんでいる。
ああ、だからか。
街に入った時の懐かしい感覚。大戦からこちら無機質なシェルターでの暮らしは、自覚なく精神を削っていたようだ。
老人達が住む家は暖かく、庭先の野草や、これまた勝手に持ち出したであろう野菜の種で作られたらしい畑。数ヶ月の間に立派に育っている。
手作りで拵えた風鈴や郵便受け。実験的に植えられた竹林から間引いた竹の生け垣や、雨水の溜まった小さな池。瓦礫を削って作られたカエルには、草の汁で斑な色がつけられていた。
そこかしこに転がる人間らしい暮らしの欠片。
夜はシェルターに帰るらしいが、老人達の作る街の雰囲気は、百香達が忘れていた何かを思い出させた。
「構わないですよ。物資や緑化に関する影響が無ければ、地区ごとに話し合って、やりたいようにやってください」
微笑む百香に、地区担当主任の顔か破顔する。
つかの間の癒しにほっこりしつつ、百香は人々が自ら動き出した事に感動していた。
刹那の時が人を変えた。嘆きを乗り越え通り越した時、初めて周囲を見たのだろう。老いたもの、幼いもの、弱いもの。その全てが愛おしい。
そして動き出す。自分には出来る事があり、力があるのだと自覚する。
そこに至るまでは人様々だ。自覚し動き出すまで、人は大小様々な苦難に直面する。そして乗り越えなくてはならない。
今回は日本人全体が同じ苦難に遭遇し、同じように乗り越えた。結果、人々は一致団結。思わぬ相乗効果が大きな力を生んだのだ。
想定外の副産物に気を良くした百香は、そのまま街を通りすぎ、街外周の開墾を視察にいく。
うん、分かってた。
百香は生温い笑みを浮かべつつ、目の前の緑を一瞥する。
街が出来上がってたもんね。継続してライフラインを施工する一部の専門家以外は、当然こちらに来てるよね。
近辺に人の影は疎らで、遥か彼方に動めく小さな粒。あれが外周端かな。いや、さらに先まで行ってるかもしれない。
ざっと見ても数十ヘクタール。
「うん、見るまでもないな、順調順調♪」
百香は踵を返し、スッタカターとシェルターに引き返した。
しかし、沈静化したはずの死病が、再び人々に牙を剥く。
「遺伝子情報にキズ?」
医師は沈痛な面差しで頷いた。
「現段階で確認出来ているのは色素です。完全に破壊されています」
一難去ってまた一難。百香は呻くように机に伏した。そして恐る恐る正面のガラスケースを見つめる。
人工子宮の稼働から二ヶ月。中には五人の胎児がいた。
冷凍保存する卵子精子の提供を呼びかけたさい、健康な夫婦者からは、自分たちの子供が欲しいと願われたのだ。
今の御時世、自然出産はリスクが高い。いつなんどき死病に見舞われるか分からないし、それが無くとも閉鎖されたシェルター内の生活でストレスも半端なく、とても順調に妊娠期間を過ごせるとは思えない。
でも夫婦である以上、切実に子供は欲しい。
ゆえに卵子精子の定期的提供を条件で、最優先に提供者の子供らが育成される事になった。
だが結果はこれだ。
百香は胎児達を見つめながら深い溜め息を吐く。
人工子宮内の胎児五人のうち、明らかに白い胎児が四人いた。
「色素疾患のある胎児の親は、後日どちらか、あるいは両方が死病を発症しました」
思わぬ牙が潜んでいたものだ。
最初は個人差だと思われていた胎児の肌。しかし成長するにつれ、その異質さは如実になった。
眼が真紅なのだから。
色素を持つ我々が旧人類なら、白い胎児は新人類とでも呼ぶべきか。
「まいったね」
心からの言葉。もう呟く言葉も見つからない。
男性はほぼ百パーセントが発症している。キズのない遺伝子を持つ精子は、大戦前に父が準備していた物だけだ。
百香は暫し眼を瞑り、絞り出すように吐き捨てた。
「経過観察。生まれてから検査して、順調に育つようなら、彼等を次世代としましょう」
神妙な顔で医師が頷く。
もう、疲れた。なるようになれ。
百香は自棄気味な思考を振り払いたかった。しかし心の片隅では妙案に思う自分もいた。
しかし後日、百香は考えを180度翻す事となる。
ビバ! 新人類!! 君達のために我々は全力で世界を作るよっっ!!!
開墾歴元年秋。
通称、新人類と呼ばれるアルビノの存在が確認された。
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