第一話 後章 オーバードライブアクト《remnant in legacy》

カラオケ屋は案外にも体力がいるが

それを忘れるほど接客が大変だ。

「お客さんがファンってのはわかるんだけどな……」

空歌がうまいことを知る常連はやたらと

曲をリクエストしてくる。

大半が苦手な演歌ということに加え

嫌と言えない状況なためプレッシャーなのだ。

雪代港ゆきしろみなと】という曲がとてつもなく多い

この地域においてソウル演歌とも言えるため

否定のしようがない。

帰路は誰もいない時間なのが

まだ救いと言える。

だが怖い道を途中に通る

街灯のない坂道だが

怖いのはそこではなく着物の何かが座っていて

この頃は毎日だ。

「今日もいるよね……」

案の定にも坂道の祠前で立っていた

しかし今日は人に見える。

「あれ?」

美人だなと心の中でふと思い

じっと見ていると目が合った。

「ようやく見つけてくれた……」

頭の中に声が響くが

別に嫌な気持ちではない。

「えっと…… あぁっ! お客さんですか?」

首を横に傾ける仕草でピンとこないことはわかる

しかもこんな人が来たら確実に

老人会からアイドルの座を掻っ攫われる。

「違いますよ? 主様はご冗談が過ぎます」

怒る顔がすごく可愛いというか

子供のようで可笑い

それが疲れている時にすごく助かる。

「あははっ! お姉さんこそすごい面白いと思う!」

どうしても笑いが止まらないからか

面白い人だなと心から安堵した。

「愉快なのですね? よかったです!」

雪雲から漏れだす陽光のような

錯覚をする。

「で? なんで待ってたんですか?」

そう答えようと前を向いたが

着物の女性はいない。

しかし着物の女性がいた場所に

簪が落ちていた。

「きれいだな…… 忘れ物?」

赤くキレイな灯篭が特徴的で

金と赤の装飾が煌びやかに太陽を表す様に

宝物みたいだと思った。

怖い話ではなく

温かく不思議な出来事だ

芯の底からポカポカする。

星は燦燦と主張するが

無視してしまえるくらいこの出会いが

眩しい気がした。

あと少しで家に着く

きっとこの気持ちを胸に幸せな夢を見るだろう。


家の前に

薄明な街灯が出迎える。

「この時間ってホントに不気味だよね」

誰も聞いてない独り言は

案外にも母が聞いていた。

「頑張りすぎじゃない? ほらカレー温めといたわよ?」

お腹を刺激する匂いが伝わるのを

体が一番に反応する。

「ありがとぉっ!」

「意外に元気ね……」

たじろぐ母を我関せずカレーに飛びつくよう

匂いに向かうと

今更にお腹が鳴る。

「今日は豚肉とレンコンだから

ちょうど良いでしょ?」

疲れ方を予言するところが

空歌の母らしい。

まったく話を聞かず

そのまま手を合わせ食べる。

怒ろうとしたが

鞄についていた汚れが

カラオケ屋特有のものと見て押し黙る。

ある意味で本番慣れするバイトが

カラオケ屋だ。

どんな状況でも歌えるようになるし

ほとんどのお客の歌のオーダーがわかる

総合的なアドバンテージだろう。

空歌はいつでも夢に真っ直ぐで読書でさえ

歌に関する本か音楽系の娯楽書しか読まない。

文字を見慣れるのは歌詞を書くことに

これ以上ない教科書で感性を育てるということが出来る。

「ほんとに合理的か感情的なのかわからない子ね……」

カレーをかっ込む空歌は喉に詰めたのか

水を求めていた。

「はいはいっ! 水ね?」

ちゃっかりデザートはアイスクリームを食べ

疲れ切った体をベッドに沈める。

空歌のすごいところはどんな疲れた状態でも

ご飯だけは欠かさないという常識が

身に染みているということ。

ベッドに沈んで

どのくらい経ったのだろうか

夢を見た。

それは見たことのない少女が泣きながら

自分のことが嫌いだと叫んでいる。

横には自分に対し

どうしようか迷う少女が

あたふたしていた。

そして場面が切り替わる

次は川の桟橋で絶望に染まりきり

瞳に光も宿さない少女が

今にも飛び込もうとしている。

父親のような男性が

飛び込む直前に庇って代わりに落ちた。

ハッと気付いた少女は叫ぶ。

【お父さん? なんでっ! 私なんてほっとけばいいのにっ!】

【ふざけんな! いつか世界を変えるんだろうが!】

《生きろ! 空歌! 空に響き渡るその歌で世界を変えるんだ!》

視界が真っ暗であろう少女に駆け付けた女性は

崩れ落ちそうなことを抑えながら抱きしめた。

【バカっ! こんなこと考えるなら相談できなかったの?】

ごめんねと何回も染みるよう悲しみを込めて

謝っている。

「これ昔の私? お父さんは私を……?」

【違いますよ? 気付いて欲しかったんだと思います】

不意に後ろから声が響く

そこには白い着物の女性が笑っていた。

響人ひびとはあなたに気付かせたかった

あなたは凛に似ているからそう考えるけどそれが違うと……】

「誰?」

【ひどいですね…… 名前ぐらいは聞いているでしょう?】

考えることもなくパッと浮ぶ。

【雪代港】

しかしそれは曲の名前であり

父が作曲した地元のソウル演歌だ。

【私は【原初のギア】と呼ばれていますが

本質はあなたがいつも紡ぐあの歌です】

白い着物の女性は

後ろに指をさして朧げに消える。

次に夜道で会った着物の女性が

こう続いた。

【救う時が来ましたね……

あなたは想いを自然に引き継いだのです】

私は【神灯村雲カガリビノアカリ】と名乗ると

あの日本刀のギアに変化する。

パチッと目が開くと同時にお腹が鳴り響いた。

「お腹空いた……」

涙が耳裏を濡らしていたのを

誤魔化すよう空歌は下に降りていく。

冷蔵庫を目指し壁伝いに歩くと

写真立てがキラリと光ったのが視界にチラついた。

そして仏壇の父が笑っているような

写真立てにそっとごめんね…… と呟く。

冷蔵庫で父が唯一にも食べれる甘味の

羊羹をそっと食んだ。

「美味しいな……」

幼いころだ

歌手になったらお父さんに

高級羊羹を供えたいと夢を見る。

すごく簡素でも当時は

空にいる父に届く精一杯の夢で

自身への戒めだった。

羊羹を一本を

平らげて決意を新たにする。

「なんでかわからないけど明日だよね」

勘なんだけどなと

続けたが本当に起きそうな気がした。

深夜の風鈴は

体を休めることに誘導する

サビで解き放つためかのようである。

星は瞬いたのだろうか

人知れずそこで光を放ち

偶然に目撃する通行人と自身のため

本気で主張していた。

空歌もその一人で

いつか何より輝く煌星【ポルックス】という形で

唯一の奏でる星で光をもっとも伝えるという優しく健気な星になる。


休みの朝を知る人なら誰でもわかる特有な

喧噪と静けさの調和に安堵する気持ち。

それを胸に力を得た二人の鼓動を

強調する。

疲労なんて微塵も感じさせない

示し続ける覚悟と在り方に

何も知らない世界は流れながら

気づかないけど……

「まさかこんな弾丸的な攻略になるとはねぇ」

疑問を浮かべ知重を見る

空歌に呆れているのは今の世界では初めてだ。

「準備は出来てるよ?」

「そういうことじゃないけどなぁ」

今度は普通の長谷知重に戻りツッコむ

表裏の違いが徐々にわかってくる。

もっとも意外なのは

世界の支配者が行きつけのカラオケ屋の

いわくつきの部屋にいたということ。

「ここってなんか嫌な場所なんだよね……」

「感覚でわかるのは【歌いフォール】の証よ?」

感激したのか

証明があまりに漫画っぽかったのか

おぉっ! と感嘆する。

扉に触れた瞬間に

感情が流れてきた。

【あの娘のせいで私たちの夢はぁっ! 恨めしいぃっ! 恨めしいぃっ!】

「どうかした?」

「ううん…… ちょっと昔がチラっとした……」

過去に言われたことが

浮かんだことが偶然かは後にわかる。

機械を起動するまでもなく

画面が光った。

待っていたように世界に引き込まれると

視界を開く

目前に見知った背中が何かを抑えている。

「ご苦労様です! 響人司令!」

「おぉっ! 元気だっ……」

空歌と司令の目が合う

涙が自然と視界を滲ませたのは空歌の方だ。

「お父さん……? なんで?」

「ははっ すまないなぁ」

照れながらポリポリと頬を掻く。

「その癖はやはりそうだったのね?」

よく見せる仕草で見極められていたが

どうやらそれで知り合おうとしたわけではなかった。

「でっでもっ! あなたのことを妹みたいに思っていてね?」

「うん? そんなの関係ないよ? 知重はもう親友でしょ」

顔が赤くなるようなセリフを素で放つ辺りが

歌い手らしいのかもしれない。

「じゃあ後は頼むぞ? 積もる話は終わったらな」

抑えていたものを吹っ飛ばし

叫んだ。

「てめらが言ってるのは甘えだ!

俺がいてもいなくても進めないくせにほざくなっ!」

その言葉に反応するよう

瘴気にまみれた人型の魔神は雄たけびを返す。

【うるさぁぁぃぃっ! 狂わせたのはおまぇえっぇぇえらだぁぁっ!】

すごい理不尽だなと

たじろぐ知重を置いて空歌が答えた。

「苦しかったよね…… 私のせいで自身を呪うしかなかったんだよね?」

【そのとぉおりぃぃっ! お前がぁっ!】

「でも! そこで止まったのは自分じゃない? お父さんはあの時に

辞表を出してたから……」

【嘘をつくなぁぁっ!】

ギアを展開して続く。

「アカリを灯すのは心という朝日だっ!」

「そうね…… 私はそのアカリが暴いた闇を洗い流す!」

天宙三中主あめのみなかぬし

知重も槍剣型のギアを展開した。

始めに突進したのは浄火を纏う剣閃と

押し通る光に乗せた感情の双眸である。

思わず魔神もたじろぎ防ごうとするが

知重が阻むように空から水の槍を降らした。

器用に避けながら魔神の

懐まで走る浄火が勝機を窺う。

そして圏内に入り

爆発的に速度を増しながら

飛翔して振り下ろす構えを取った。

【絶望を断ち切るっ! 神灯の木漏れサンライトフォールっ!

果てないほどの煌めきが魔神を照らし

気づいた頃には炎柱が迸る。

【グアァッアアァッ!】

「あっけない…… というか遅いのは準備?」

後ろで皮肉が放たれたが聞こえないのか

振り返り剣を横にっていた。

世界が解けるように

感覚と意識が解けていく。

明るい視界だとわかるほどに当たる光が陰ると

聞き覚えのある声が響いた。

「どうした?一人で歌手ごっこか?」

「ひどいなぁっ! お父さんは……?」

そこには店長がサングラスと帽子を取って立っている。

「いつも頑張ってたな! ジュースバーで一杯行こう! お二人さん!」


後編 終


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ワールドオンステージ あさひ @osakabehime

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