間話 レストマイステージ《every my story》

よだれをベッドの上に落とし

腹を出して豪快な寝相で転がっていた。

それは女子高生の寝起きじゃない

むしろ無邪気な犬か

少年の方がしっくりくる寝相でしかない。

「空歌! お友達との約束はっ!」

部屋の向こうから声が響き

次に溜息が聞こえるとドアが開く。

「空歌! 起きなさい!」

よく通る女性の声が

浸透する錯覚を覚えさせた。

「んにゃ?」

腑抜けた声の後に目がパチッと開き

体を起こす。

空気が抜けるような声を出しながら

腕を伸ばした。

「お母さん? どうしたの?」

母と呼ばれた女性が無言でカレンダーに指を向け

視線も誘導される。

カレンダーの赤い丸を寝ぼけ眼で捉え

徐々に明ける視界が練習会と認識した。

笑顔の顔文字でよほど嬉しかったのか

文字がランランしていた。

「あっ…… 何時? おっおかあさま?」

うげっと顔をあからさまに歪ませた母親は

時計を見るよう目配せする。

壁の時計は

待ち合わせ三十分前を示していた。

「どうしよ? このまま行くしかない……」

意外そうに母は

熱がないか額に手を当てる。

「熱ないのに身なりを気にしたの?」

目の前に信じられない奇跡が起きたかの様に

口を塞ぎ感動していた。

「しかたないわねぇ」

ふふっとほくそ笑みながら

おいでと荷物だらけの机を

手早く片付けて椅子に座らせる。

「今から裏技を見せたげるわね?」

「まっ任せるぜっ!」

口調がおかしい

どこの江戸っ子だと言わんばかりの言葉で身構えていた。

髪をささっと解きながら整え

寝癖を根本からクシュクシュと美容師の手捌きで

直していく。

いつもよりキレイな髪型と

おまけに髪留めでオシャレ過ぎるぐらいになり

美少女が現れた。

「おぉっ! 誰? 私がこれ?」

「性格が少しお淑やかなら百点なのにねぇ」

終わるとささっと立たせ

クローゼットから服をピックアップする。

「空歌は動くからチノパンが良いかな?」

足に当てながら説明すると

次は上着をレクチャーする。

「ティーシャツにカッターシャツ系の羽織で爽やかとふわっとした印象を……」

そしてベルトを持ち

腰に当てゆるっと絞った。

「おおっ! お姉さん系っぽい?」

「違うわよ…… チアフルクールよ?」

「ちあふる? くーる?」

横文字に弱いため戸惑いながらも

いつもと違う自分に心音を高くしている。

「ふふっ 女の子らしいとこもあったのね」

少年のような性格を知る

そんな母からの応援染みた励ましに

照れくさそうに笑った。

「あっ! これ食べなさい」

手にポンとラップで包んだおにぎりを置き

おかかと昆布ねと耳打ちすると

出発を急かす。

どたどたと降りていくのを見送り

ガラス越しの空に微笑んで呟いた。

「あの娘も成長しました…… あなたの言う通りでしたね」

日差しが少し強くなって答えるように

春がやんわりと吹く。


朝が少し過ぎたぐらいの

心地いい陽気が街を包み込む。

季節は

冬から春に徐々に変わるぐらいで

時折に白い紙を持った学生もチラホラと見えた。

「そういえばあの娘って元気かな?」

新入生であることを思い出し

空を見上げる。

ジーンズの少女は

キャップのつばを少し調整した。

同じような気候

目の前にいる少女は周りを不安そうに見回している。

【どうしたの?】

その問いに戸惑いながら

持っていた紙を見せてきた。

紙に線と四角が書かれており

バッテンの場所に行きたいらしい。

【ええと…… ここなら今から用があるから行く?】

瞳孔を輝かせて同年代ぐらいの少女が

ふんふん頷き

手を取りブンブンと感情を表した。

【わっわかったから行こ?】

振り回された手を止め

引っ張って案内を始める。

【緊張してるの? 声も出ないぐらい?】

しかし首を横に振る少女は

切ない顔をしながら視線を落とした。

【何かは知らないけど声がどんなでも

心がこもったならそれは個性で誇るべき能力だよ】

その言葉に考え込む少女

手を引っ張りながら目的地に近くなり

あることに気付く。

【もしかしてうちの学校に来る人?】

考え込んで聞こえてないことを

確認した後にとりあえず目的地まで進んでいった。

そうこうするうちに目的地の

心響学園しんきょうがくえん】に到着する。

まだ考え込む様子に堪らず

魔法をかけることにした。

【あそこ見て?】

強引に両頬を持ち

グイっと名物の桜を見せる。

頬を伝う感動を

実感しながらこう続けた。

【桜はいつでもキレイじゃないけど

いざという時に最大限に輝くの……

それは日々の中で

証明するため存在し続けたからなんだよ?】

桜を見つめる少女は涙を滲ませ

精一杯に声を出す。

端的な感謝の言葉だが

何より透き通り響いていく

誰もが振り返る声である。

そんな感傷に浸っていると

どこからかあの声が聞こえてきた。

声の方向を驚いて見ると

そこには空歌が手を振りながら走ってくるという

情景が広がる。

「もしかして……? ふふっ よかった……」

慈愛を称える笑顔で出迎えた。

「おっそーいっ! なんてね? さっき来たことにしとくね」

息を切らす空歌に

長谷は握手を求める。

「どっどうした?」

「これからもよろしくの握手だよぉ」

いつもの長谷だったが

違ったのは雰囲気が優しいこと。

相手は戸惑いながら

求めた側は確信しながら

想いが繋がった。

「さあ行こ?」

やがて世界最強のデュオ

あべこべな初心者と優しき中堅が手を取った

そんな普遍的な奇跡が紡ぐ。

目的地は

立つだけで逃げ帰る者が多数という魔巣

その暗がりへ木漏れ日の応援を背に向かった。


暗闇に支配された

どんよりしたカラオケ屋跡の敷地に

足を踏み入れる。

廃墟には結界のような

隔絶された見えない壁が張られていた。

結界を目前に

長谷が話しかける。

「そういえばギアについてまったく知らないよね?」

「そうだねぇ…… ごめん」

珍しく萎らしい空歌を抱き寄せ

頭を優しく撫でた。

「大丈夫だよ? 私がいるからね」

頭に残る感触で何かを思い起こすと

呟くように吐き出す。

「なんか懐かしいな……」

それで思いついた長谷は

耳元で囁いた。

「このままじゃ空歌の側にいれないなぁ」

悪戯っぽい言葉は

本当に魔法だったらしく

効果は見違えるほどに発揮し始める。

戦闘中はむしろ長谷を守るほどの

立ち回りを魅せたのだ。

「すっすごいね…… 空歌は出来る子だねっ!」

息を切らし長谷は

褒め称える。

「私が長谷を守るからっ! その…… 側に居てね?」

「長谷じゃなくて知重ちえって呼んでほしいなぁ」

「じゃあ知重? 私が絶対に守るからね」

純粋だなと思いながらも

真っ直ぐな気持ちが嬉しい

そして笑顔で照れながらよろしくと言葉を重ねた。

世界から戻った時に

一応にも知重ちゃんのソングダイブ講座を催す。

「まずギアとはなんでしょうか?」

「はいっ! ギアとは声質でタイプが決まり

これまでの歌唱した経験とクオリティが能力を決める

特殊な異空間の力です」

「よく出来ました! あとで膝枕します!」

人によっては

鼻につく仲の良さを

繰り広げる二人は勝利を誓った。

オンステージは謎に包まれており

無理やりデバイスの干渉で

システム介入が出来る。

迷い込む【歌いフォール】は

監督生が見守るのが決まりで

空歌と知重は偶然にも

その双方だった。

ある意味で示し合わせなのかもしれない。


間章 終





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