ワールドオンステージ

あさひ

第1話 前章 ワールドメインソング 《world in to me》

あの日、私は見たんだ

歌で世界を変えろって叫んでたあの人を……

「城守空歌さん?」

【空歌】と呼ばれ

うたた寝していた

よだれを垂らす少女は幸せそうだ。

先生に訝しがられながらも

関係なしに眠っている。

となりの席にいる同級生の長谷は

クスクス笑いながら脇腹を突っつき

起こすふりをした。

「茶化さないでくださいね」

あしらう様に注意をする先生は

メガネをキリっと持ち上げ、耳元で囁く。

「補習は何時間ほどご所望で?」

「ほしゅ…… う……?」

眉間に皺がよる

どうやら脳内で言葉が反復しているらしい。

数秒後に理解が追いついたのか

パチッと目が開き

良い声で叫ぶ。

「ちょっと待ったっ!」

ビクッと先生が反応するのを

無視してマイクの仕草を一様にした。

「カラオケは私の命ですっ!」

しかし気付いた

これは仮想空間のアバター越しではないということ。

茹るよう一気にのぼせ上がり

ひゅーっと後ろに倒れる。

その様子を半笑いで見ていた

隣人は王子様の演技っぽく吐き溢す。

「ああ…… やっちゃったねぇ」

先生は慣れた口調で

隣の席にいた長谷に指示を出した。

「はーいっ」

テンションが理解不能でふざけ癖の長谷は

お姫様抱っこで保健室まで運ぶ。

演劇部ならではの嫌がらせと評判だが

意味がわからないのが大半だ。

《てか空歌さんって配信者?》

《それ思ったぁ!》

小声で盛り上がっている

それを後目にほくそ笑みながら

優雅に進んでいく。

とてつもなく無駄に

もう劇場並みに。


木漏れ日が

薬品の匂い漂う白い部屋に差し込む頃……

「うぅーん…… うあぁっ……」

横にはスマホゲームに夢中な適当女子が座っていた。

「おっ起きたかい? いつも助かるぜぇ!」

何がとキョトンとする空歌を

無視した長谷は続ける。

「城守っていつも寝てるよねぇ? なんで?」

疑問に常識を聞かれたような反応で一言を放った。

「眠いからだね」

「おっおぅ……」

あまりに自然な物言いに

反応に困る。

長谷は少し考えて

ハッと気付き

自身の鞄を漁りコンビニの袋から

ピックアップしながら横目に聞いた。

「城守さんってお腹空いてる人でしょ?」

まあそうだねと軽く答えながら

ポリポリと頬を掻き少し照れた。

「ふふっ 可愛いね」

手に【おかかの気持ち】と書かれたおにぎりが

乗っかかっていた。

「おかか? わかってるぅっ!」

感動を込めて

長谷から贈呈式のように受け取る

はむはむと美味しそうに食べ始め

すぐに詰まったのか鳩尾を叩き始めた。

「はいっ」

【抹茶と陽だまり】と書いたラテを

素早く開けて渡す。

さすがは演劇部の長であり

マネージャーの長谷さんは心配そうに屈みながら見ていた。

「ぷはぁっ!」

お姉さんようにふふっと笑い

頭を撫で始める。

「あの…… 長谷さん? なんで撫でるの?」

愛玩動物を愛でる飼い主を彷彿とした

情景を恥ずかしいのか

少し赤い顔で質問した。

「あっ ごめん…… うちって姉弟多いから……」

家の中を想像するとありそうだなと

感心しながら自分を恥じる。

初めての友達的なものを想像した空歌は

少しがっかりした。

「まあ城守さんって目を離せないから友達になっとこうかな?」

すごい軽く友達宣言を言い放ち

スマホを出すよう合図すると

やり方の知らないよねと代わりに操作する。

「いつでも呼んでねぇんっ」

「ふざけてるだけじゃなくてちゃんとしてるんだね」

「ひっどぉ~いっ! ははっ!」

素の表情で流しながら言われるのは

意外に辛辣なのだが笑いながら対応した。

「あっ! カラオケ屋が閉まる?」

「城守さんって自由だねぇ」

グッと拳を突き出しニカっと笑い

セリフで返答する。

「人生という荒野は自由なのだよ」

「おっ! やっぱしブレイカーだね?」

「知ってるの?」

【ブレイカー】とは

カラオケで設備が搭載され始めたアーケードゲームのこと。

「私は【レイン級】の【clearn】って言うアカウントだよ」

スマホでアプリの画面を開くと

アカウントにちゃんと記載があった。

「すごいっ! 私なんて【リバー級】なのにっ!」

ひらひらと手を振り

そこまでだよと謙遜する長谷は

協力プレイ出来たらいいねと受けながす。

その後に【ブレイカー】談義で盛り上がり

保健室の先生にどやされ早退した二人だった。


陽がまだ高い位置だが

帰り道がてら自転車でカラオケ屋に寄る空歌に

遠くから声が聞こえる。

「くうのすけっ!」

「ひゃいっ!」

怒っていると思ったが

穏やかなおじさんが近づいてきた。

「店長? どうしたんすか?」

「どうしたって…… 学校は?」

「いつものっすよ」

慣例化し過ぎて麻痺しているのか

価値観の相違かと納得する。

店長こと【神西彰人かんざいあきひと】は

店へ招き入れた。

「で? どうして学校に真面目にならん?」

「私の仕事は学校では出来ないっすから……」

あまりに正論染みていて面食らう店長を置いて

適当なカラオケの一室へと向かう。

「あいつ…… まあ仕方ないのかねぇ?」

呆れているのか自由にしたいのか

店長は口角を引き上げながら受付に肘をついた。

「店長っ! ドリンクバーって使っていい?」

「はいよっ! 給料から天引きなっ!」

「えぇっ!」

「冗談だっ! 高いのばっか飲むなよっ!」

空歌が一室に入った後は

しばしばキレイだったりクールな歌声が響いていく。


ルーティンを一通り歌い終わり

休憩していると周りが静かだなとに気づいた。

「あれ? そろそろ営業は良いのかな?」

出口に近づくと不意に声が響いく。

【所定の位置にお立ちください】

機械の声が画面で位置を指定していた。

「こんな機能あったっけ?」

不審ながら立ち位置で

マイクを握り締める。

【ソングダイブモードを展開します】

「ん?」

【バトル…… オンステージ】

世界が塗り替わるように

青とルミナに染まった。

「何これ? どういう新システム?」

そして空間の奥に見たことのない

竜か犬のようなモンスターがいる。

「あれは…… なんだろ?」

【エンカウント感謝します】

事務的な音声が説明を始めた。

【今回の【歌いフォール】様に

討伐していただく【歌喰い《イーター》】は

《フェンリエン》です】

横文字の多さに戸惑う空歌に続けて

機械音は告げる。

【チュートリアルは必要ですか?】

「あっ! パスで!」

【ではご健闘をお祈りします】

グアァァァッと猛り狂う獣が突進してくるのを

見据え止めるために歌いだした。

しかし意味がないのか

止まらないまま目前に迫る。

《バカっ! ボケっとしないで!》

横から聞いたことのある声が響く

そこには長谷こと【clearn】が

大きな槍を構えた状態で

モンスターを吹っ飛ばしていた。

「ここで天然やめて!」

「長谷さん? なにそれ?」

「説明はあと! ギアを展開して!」

ギアがなんのことかさっぱりの空歌は

変身ヒーローのモノマネを始める。

「なにしてんの?」

「ギアを出そうと……」

ポカーンっとしている長谷は

ある答えに辿り着いた。

「もしかして知らずに来た?」

その問いさえピンと来ない様子に

溜息を吐くと簡素に説明する。

「へえっ! すごいね!」

「展開して! 来るよ!」

吹っ飛んだモンスターが雄たけびを

空間に響かせ再び突進してきた。

「ええと……」

【ソングダイブ! オンステージ!】

言葉を認識した空間中の光が

徐々に大きな日本刀とデバイスを顕現する。

神灯村雲カガリビノアカリ

デバイスから告げられた名に長谷が

ハッと振り向いた。

「どっどうしたの?」

「あなたが【終曲者エンドコール】だったのね」

「ん? えんどこぉーる?」

「まあいいわ…… じゃあ城守さんに任せるから頑張って」

「え? うん」

少しだけ息を整え猛然とした足音に感覚を研ぎ澄まし

勝機を待ち焦がれる。

構えを取って音の本体に狙いを定め

見極めた一閃を放った。

紅い線が獣を塵に返す

それを見届けた長谷はホッとした様子で続ける。

「ようこそ城守さん」

【私たちは歓迎します 】

【希望のフォールを】

世界は解けて希望達を元の世界に送り届ける

視界が暗くなり目前の画面から

声が響いた。

「いつまで歌ってんだ! さっさと受付の準備をするぞ!」

「わかった! ごめ……」

長谷は一室にいない。

「あれ? おかしいな……」

不思議な現象に遭った後でもバイトのため

更衣室に慌てて向かった。


不思議な空間はやがて未知を世界に変えていく

夢幻の真実はそこに曖昧ながら存在し続ける。

未完成な在り方もいつかは

【人生という曲になるかもしれない】


前章 終






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