第17話 アークトゥルス
『アヤボシと、学び舎での再会を果たしたムギボシは、怯える彼女の手を取って、共に学び舎へと足を踏み入れた』
『ムギボシは、アヤボシと、ベニボシの分身達と、彼女が大切にしていた花達の世話をする。ベニボシに世話を焼かれた事で、守るために変わりたいと、改めて彼は願った』
『臆病だったムギボシは、幼い日の鎖から逃れるべく、父と母と向き合っていた。突き刺す視線に耐えながら、彼は折れずに心を伝える。彼の成長に心を動かされ、条件を課す事で二人は彼を許し、アヤボシの手渡した勇気によって、願いを叶える一歩をムギボシは確かに踏み出した』
私の部屋を出た後、アークの提案で、私達は彼の部屋を訪れていた。目の前で展開されていた物語の場面が、ゆっくりとフェードアウトしていく。
「これは、多分この間の話だと思う。って、事は、俺の話は此処で終わりって事か?」
アークが本を閉じようとすると、不意に強い風が吹いて、本が逆向きに捲られ始める。
今までに無かった出来事に、私達が驚いていると、今度は目の前に、幼くなった登場人物の物語が展開され始めたのだ。
『幼いムギボシは、走るのが得意な活発な少年だった。誰にでも分け隔てなく接する彼の周りには、星の子ども達が集まっていた。いつも一人ぼっちのアヤボシが気になり、何となく目で追っていれば、彼は、毎日甲斐甲斐しく花の世話をする、彼女の心根に気が付いた。その優しい笑顔に惹かれ、彼の花はゆっくりと育っていく』
「なんだ。これ? 今まで此処に来ても、こんな風に、小せぇ頃にまで話が戻る事、無かったと思うんだけど」
「俺の記憶の中でも、こんな出来事が起こった事は今までに無い。外の時計に変化が起こった事で、それぞれの物語が、過去へと戻っているのかもしれないな」
ページを捲る必要も無く、私達の戸惑いを無視して、本は勝手に、過去の物語を、スラスラと書き記していく。
『家のしきたりに、逆らう事を諦めたムギボシは、ある日、美しい、世話好きな少女を紹介される。一つ上の幼なじみで、何度か遊んだ事もある従姉弟の彼女は、ムギボシの妻になる予定の少女で、名をベニボシといった』
『婚約者と言われたものの、此方を見ない少女に疑問を抱えたまま、それを了承した彼は、彼女の心に触れながら、姉のように彼女を慕うようになる』
「また戻った。これ、何処まで戻るんだ?」
「ボクと君が、改めて婚約者だと紹介された日の事か?」
アークの物語が過去へと戻って行くと、何処か落ち着かない様子で、プロキオンが彼に尋ねる。
「うん。多分、戻り始めた最初が、小学校入った位ぇのとこで、次が年長頃だと思う。んで、次が……」
『走るのが好きな幼いムギボシは、家のしきたりに従う事への疑問を感じていた。ある時、疑問を口にしたムギボシは、父と母から手痛い洗礼を浴びせられ、自分の心を見せる事を諦める。モヤモヤした気持ちを抱え続けたまま、成長した彼は、酷く臆病になっていた』
「これは俺が、初めて親に逆らった四歳位ぇの話じゃねぇかな。俺、この頃から、人に合わせるようになって、自分の意見って、あんま言わねぇようになったんだよな。多分、言っても通らねぇし、言った後に、それが原因で嫌われんのも怖かったんだ」
彼の本心が口から零れて、彼が優しい理由を悟った。大切な人に嫌われるのが怖くて、彼はずっと、自分の意見を我慢していたのだろう。慎重で臆病な彼は、この星の樹での経験を通して、確かに変わったのだと思う。
恐らく彼の本当の願いは、変化だったのかもしれない。
『変化と勇気を望んだムギボシは、アヤボシに背を押され、成長と共に、願いの羽を手に入れる事が出来たのだった――。 了』
アークの物語が終幕すると、彼の桜の表紙だった本は、一片の羽へと変わっていた。その羽が浮かび上がると、私の藍色の本の中へ吸い込まれて、本の表紙の桜に、羽が一枚足されている。
「こういう風に物語が集まるのか。では、次に行こう。早く兄さん達を、此処から解放してあげないとね」
「アーク。仮面が」
「ん? あ。本当だ」
私の指摘で、いつの間にか仮面が消えていた事に気付いた彼は、自分の顔に触れながら、その感覚を確かめている。
「仮面必須のこの場所で、仮面無い方が逆に目立つよな?」
落ち着かずソワソワしながら、自分の頬を擦って、何か代りを探そうとする素振りを見せるアークに、アルタイルが近付いて、彼へと面を差し出した。
「実際に、物語が終幕した後にどうなるのかは、管理人の俺でも知らなかったんだ。急ごしらえではあるが、そんなに気になるならば、それを付けておけ」
「あ。星座のお面だな。サンキュー。アルタイル。なんかこれ、こうやって被ると、祭りっぽくていいな。ちょっとだけテンション上がる」
「そうか?」
頭に斜めに掛けた面を見せながら、明るく笑うアークに、釣られるように私も笑って。
「夏祭り、いいよね。皆で行けたらいいのに」
「だよな。夏祭り一緒に行けたら、絶対ぇ楽しいと思う。アルタイルが、星の樹から、少しだけでも離れられたらいいのにな? 星祭(ほしまつり)り。毎年この樹の近くだろ?」
「そうだな。この年齢だと、共に楽しむというよりは、君達の保護者になってしまいそうだが」
十年前の星祭、眠ってしまう前の彼とは、もう私は出会っていた。あの時、一緒に彼と祭りを回れていたら、きっととても楽しかっただろう。けど、私の目の前で、私を庇った彼は、事故に遭ってしまったのだ。そう考えると、申し訳なく、私が肩を落とすと、プロキオンがそっと私の肩を叩いた。
「兄さんを此処から出してあげよう。出た後に、また改めて、皆で祭りに行けばいい。さあ、次は兄さんの部屋へ行ってみようか? 仮に物語が過去へと戻っているのならば、時間が止まっていた兄さんの本にも、何か変化が起こっているかもしれないしね」
プロキオンに促され、私達は、アルタイルの部屋へと向かった。
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