第12話 雨上がり
雨はいつの間にか上がっており、私は強引に月華(つきか)を連れ出して商店街に向かい、キャラメルいちごみるくを買ったあと、本屋やゲームセンター、ショッピングモール、カラオケや百円ショップなど、自分のお気に入りの場所や物を、沢山彼女に勧めたのだった。
お嬢様育ちであろう彼女には、庶民の娯楽が物珍しかったようで、その反応はいちいち新鮮だった。
「こんなに遊んだのは、いつぶりかしら? どれも知らない世界で楽しかったわ。ありがとう。オリナさん」
監視の目を、夜葉(よるは)と星菜(ほしな)に誤魔化して貰い、僅かな自由時間を得た彼女は、両手一杯に荷物を抱え、嬉しそうに礼を言うと、その荷物を私へと差し出した。
「これを持って帰っては、遊びに出たのがバレてしまって、父と母に叱られてしまう。この荷物は、オリナさんに差し上げるわね。仔猫が戻って来て、オリナさんのご家族の理解が得られたら、活用してちょうだい。質のいいものを選んだつもりだから、きっと仔猫も気に入ってくれると思うわ」
楽しそうに、けれども真剣に選んでいた彼女の眼差しを思い出し、そういう事だったのかと理解するも、こんなに沢山の仔猫のお世話グッズを貰ってしまうのは気が引けて、私が迷っていると、「迷惑だったかしら?」と、彼女は俯いてしまった。
「いえ、違うんです。嬉しいんですけど、なんだか申し訳なくて。うち、あんまりお金無いし。無駄遣いしたって母に叱られてしまいそうなのもあって。母を説得するまで、預かって貰う事は出来ますか? 先輩も、預かりものだという事にしておけば、叱られなかったり?」
「名案かもしれないわね。分かったわ。では、それでいきましょう」
生徒会長なんて、堅いイメージの仕事をしている月華が、私の提案をあっさり受け入れるのがなんだかおかしくて、思わず小さくふき出すと、彼女は不思議そうに瞬くのだった。
次の日私は、随分と久し振りに学校へと向かった。迷いに迷った末、遅刻ギリギリで校門をくぐる手前、足が竦んで動けなくなってしまった私に気付いた慧(けい)が、手を引いて校門を一緒にくぐってくれる。
学校中の生徒が私の陰口を言って、嘲笑しているように感じてしまう。生徒達の視線が怖く、俯いて胸を押さえると、視線から庇うように、月華が私の前へと現れた。
「おはようございます。オリナさん。昨日はありがとう。花壇の世話を教えて頂きたいのだけれど、今日の体調はいかが?」
絶対的女王様である彼女が、自分から私に挨拶をし、お礼を述べ、更には、花壇の世話の事を訊いたものだから、にわかに周囲がざわつき、さっきまでの冷たい視線は、すっかり羨望めいたモノへと変わっていた。
『ど、どうしよう。この華やかサンドイッチ』
学校内でも一際華やかな男女に連れられて教室へ行く、この間までいじめられっ子だった地味子の私は、一体どんな風に生徒達に映るのか。
どこか落ち着かず、教室への道中は、自然と早足になっていた。
この間までの苦しい時間が嘘のように、学校は平穏を取り戻していて、代り映えのしない授業が終わると、私達は、花壇に集合したのだった。
「俺がオリナに、花の世話の事訊こうと思ってたんだけど。なんで、お前までいるんだよ。ツキカ」
「あら、私はオリナさんとの約束を守るために此処にいるのよ? ケイこそ、お邪魔虫なんでは無くて?」
「誰がだ。誰が。オリナが休みの間、ずっと俺が花の面倒見てたんだからな」
気の置けないやり取りという表現がなんだかピッタリで、私が笑い出すと、二人は同じタイミングで此方を見て、同じように不思議そうな顔で瞬く。
「先輩とケイ君、本当に仲がいいんですね? 私がお邪魔虫になっちゃわないかな?」
「いや、無いな。親が決めた婚約者同士とか、今どき時代錯誤過ぎるだろ? 俺は普通に恋愛してぇよ」
悪気無しに答えた慧の言葉に、一瞬だけ月華が切なそうな表情を浮かべたが、彼女の感情は、また星の樹の図書館と同じように、彼女の奥へと飲み込まれていったように見えた。
「だったらもっと……はぁ。まあいいわ。オリナさん。まずはどうすればいいかしら?」
「だいぶ雑草が生えてしまっているみたいなので、雑草を根元から抜いて、雨で流れた土を寄せてください。元気が無いみたいなので、肥料もあげておきますね」
私の指示で、月華と慧、星菜と夜葉が、花壇の雑草を抜き、土を寄せ出す。月華と慧という、華やかツートップな二人が、花壇の世話をするという違和感だらけの光景に、申し訳ない気持ちになりながらも、いつも一人でやっていた花壇の世話を一緒にやって貰えるのが嬉しくて、つい笑顔になってしまった。
「一生懸命咲いている花は、こんなにも美しかったのね。本当に悪い事をしたわ。ごめんなさい」
優しく花たちに声を掛け、土を寄せて行く月華の所作がなんだか綺麗で、本当に物語の天女のようにも見えて来る。きっと本当の彼女は、とても優しいのだろうと、改めて思った。
私と同じように、見惚れていたのだろうか、不意に動きを止めた慧の頬には、土が付いていた。
「ケイ。此処。土が付いてしまっているわ。本当に子どもみたいなんだから」
「やめろってツキカ。一個しか離れてねぇのに、子ども扱いするなよ」
慧の頬に付いていた土に、いち早く気付いた月華が、取り出したハンカチで、呆れたように頬を拭こうとするのを、身を離して阻止するものの、彼女のハンカチは受け取って、慧はそれで頬を拭った。世話を焼こうとする月華は、本当に慧の姉のようにも見えて微笑ましかった。
皆の協力で、綺麗に整えられた花壇の花たちは、生き生きとしていて、私はそっとその葉を撫でた。
季節は新緑を濃くしていて、間もなく、雨の季節の到来を迎えようとしていた。一人取り残されたようにして立ち尽くす、丘の上の古木以外の木々は、若葉を茂らせ、その色を鮮やかに反射し始めている。
アーク『なあなあ。最近この板動いてねぇけど、皆何かあったのか?』
ベガ『えっとね。うん、ちょっと。いや、すっごく? 色々あった』
プロキオン『あったね。ボクとベガはその事について、協力を約束する事にしたんだ』
アーク『うわっ! お前が会話に参加して来るの、何気に初めてだよな?』
プロキオン『確かにそうだね。でも大丈夫だ。ボクは怪しい者じゃないから』
アーク『いやいや。結構不穏な事、一人で呟いて無かったか?』
プロキオン『それについては、次に会った時に分かるよ。ベガにはボクの正体が分かっているようだしね』
アーク『正体? もしかしてプロキオンも、ベガが誰だか分かってるのか?』
プロキオン『うん。この間分かったよ。それからはオフラインでも、最近はお世話になっているんだ』
アーク『なんかオレだけ仲間外れ感があんな』
ベガ『えっとね、アルタイルには、皆の本当の顔が、最初から分かっていたみたいなの。それでアークにも協力して貰えたらなって』
アーク『マジか。でも、詳細が分からない事には協力も何も』
ベガ『あのね。来週の日曜日の二十三時に、星の樹のところに来て欲しいの。現実の星の樹。桜の古木の丘の根元に』
アーク『随分と遅めの時間からの集合だな? その日は今のところ予定無いから大丈夫だけど。そういや、そのアルタイルは? 今日は居ねぇの? いつもアイツ反応早いのに、今日は、だんまりじゃん』
ベガ『時間が夜なのは、会いたい人が、夜にしか居ないからなの。その人は、この星の樹の物語について、良く知ってる人物だと思うから、話を聞きたいんだけど、会えるかは分からないんだよね。それと多分、アルタイルが此処に居ないのは、私のせいかもしれない。実はね……』
私はアークに、星の樹の図書館であった出来事を簡単に説明して、なんだか落ち着かない気持ちのまま、その日は眠った
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