第4話 星の樹
次の日も学校へ行ってみたが、日に日にいじめはエスカレートしていき、私の足は、学校から自然と遠のいていった。
会えない日もあったが、私は、桜の古木の元へと通う事が増え、夜にしか会えないシリウスに会うため、夜間に家を空ける事も多くなっていく。
「シリウス。居るんでしょ? また此処で本を読んでもいい?」
「そろそろ俺は、お前の体調が心配になって来た。お前、ちゃんと寝てるんだろうな?」
初めて自分から会いに来た時とは違い、夜間であれば彼は、声を掛けると直ぐに姿を見せてくれるようになっていた。
「寝てるよ。昼間に。だって昼に此処に来ても、シリウスには会えないでしょ?」
「学校はどうしてるんだ?」
「行きたくない。苦しいだけだもん。それよりシリウス。なんで貴方とは、夜にしか会えないの?」
私の言葉に、何かを察してくれたのか、彼はそれ以上何も訊く事は無かった。
「俺は病弱なんだ。昼間に動くと酷く疲れる」
「そうは見えないけど……。 そっか」
私も彼にそれ以上訊く事は止めて、彼と肩を触れ合わせ、此処での日課になっている本を読み始めた。
此処で過ごす彼との穏やかな時間が、私は好きだった。
私は久し振りに、星の樹の元へと辿り着いた。本を持つ私は、門前払いされる事も無く、初めて光の扉をくぐる事が出来た。
中は広い図書館と広場になっていて、壁から天井まで、びっしりと本が並んでいた。本棚にはいくつかの扉もあり、それぞれの扉には、仮面と同じ、星座の印が付いている。
広場の中には市場もあり、仮面の人々が、私達と同じように、この場所で生活を営んでいるのを感じられる。
中の様子に圧倒されていると、一人の仮面の男性が、私へと近付いて来た。
「ようこそ。《紫薔薇の君(しばらのきみ)》無事に招待状は受け取れたようだな?」
優雅な仕草で一礼する男性の仮面には、鷲座の印が付いていて、私は直ぐに、彼が此処の門番だったと気が付いた。
「アルタイル。お招きありがとう。で合っているのかな? ベガです。実際に話をすると、なんだかちょっと緊張しちゃうね」
「俺は二回目だが。前回は君に、招待状の話をしたくらいだったしな。それじゃあアークを……。 いや、恐らくあれだな」
「えっ? 何処?」
私が見付けるよりも早く、アルタイルが送った視線の先には、声を掛けたいのか、近くを通り掛かる人々に、少し近付いては離れる。そんな挙動を繰り返している、牛飼い座の仮面の人物が居た。
「あ、それっぽい。てか、絶対そうだと思う」
「君がアークだな? 《紫薔薇の君(しばらのきみ)》は見付かったか?」
「あ! アルタイルか? て事は、隣にいる子が?」
「ベガです。初めまして。いつも心配してメッセージくれてありがとう。アークって分かり易いね、話すイメージのままなんだもん」
「この奇妙な場所で、平然としてるお前らの方が、俺には不思議過ぎる。外にある時計も、歯車回って無いのに動いてんじゃん? 違和感が満載過ぎて、すっげぇ不気味だしさ」
「あー、そうかも。確かに、自然の物である樹に、あんな大きな人工時計が、歯車の力無しに進んでるの、とっても不思議だよね」
「だろ?」
はにかむように苦笑いを浮かべたアークの言動に、現実世界での出来事を思い出し、ほんの少しだけ胸がチクリと痛んだ。
「揃ったところで、簡単にこの場所の説明をしておこう」
「待ってアルタイル。招待状を持つ人は、私を入れて五人なんだよね? 此処には三人しかいないけど」
「プロキオンは、また自分の部屋に籠っているんだろうな。ほら、あの小犬座の部屋だ。来るには来るが、ほぼ広場には顔を出さなくてな。もう一人は、この世界のシステムをよく知っているから大丈夫だ」
「プロキオン君とは仲がいいの? アルタイルは、とても彼をよく知ってるみたい」
「……肉親だからな。きょうだいなんだ」
メッセージのやり取りで感じた、アルタイルとプロキオンの関係について尋ねると、彼は複雑そうに話してくれた。
「さて、朝まで時間がない。説明を始めるぞ。此処は、君達が持つ招待状。桜の本の舞台、ミルキーウェイという場所だ。招待状を持つ、外部から来た俺達以外の住人は、此処が本の世界だとは知らずに生活している」
話し始めたアルタイルの言葉に耳を傾けながら、桜の古木の下でシリウスに聞いた内容を思い出して、私は持っていた本を胸元に抱え直した。
「皆、それぞれの本の登場人物で、住人の中には、過去に迷い込んだ人々の物語を彩った者達も含まれる。役目を終え、持ち主の願いを叶える事が出来た人々は、全ての羽が揃い、七夕の夜に、天の川の橋を渡る事が出来る。橋を渡った人々は生まれ変わって、それぞれの新しい人生が始まるんだ」
「持ち主の願いを叶えるって。なんで此処の住人がそんな事出来るんだよ? 本の登場人物。って、だけなんだろう?」
アークは、改めて持っていた本をパラパラと捲り、表表紙と裏表紙を確かめるように手のひらで撫でながら首を傾げている。
「そうだな。信じる、信じないは、君次第だと言うしかないが。此処に住まう登場人物達は、それぞれが強い力を持つ、生まれたばかりの流れ星なんだ。此処はいうなれば、流れ星達の貯金箱。願いの力を溜め、使い方を覚える場所だ。そして、持ち主の願いを叶えるという最終試験に合格し、羽を貰えば、晴れて立派な流れ星となって天の川を渡れる。その後の人生は彼ら次第だけどな。俺達の本は、その流れ星の力を借りて、外部とこの図書館を行き来する事で埋まり、完成する仕組みになっている」
「アルタイル。此処にとっても詳しいんだね」
「と言うか、詳しすぎるよな? アルタイル。お前本当は何者だよ?」
私達が疑問を口にすると、アルタイルは、少し困ったように身を竦めて。
「まあ、それは追々な。さて、物語を進めるためには、それぞれの星座の印の部屋に入る事が必要だが。これは説明するより、見せた方が早いだろうな。アーク。君の部屋にお邪魔させて貰うぞ」
言葉を濁しつつ、アルタイルが呟くと、私達はあっという間に牛飼い座の扉の前へと着いていた。
「なあ。わざわざ訊いた意味……。 まあ、いいけどさ」
アークが、慣れた様子で扉に手を掛けると、金属が軋む音を響かせて、彼の部屋の扉が開いた。
プラネタリウムの天井のように星々が輝く薄暗い部屋に、牛飼い座が輝くと、彼が持っていた本が浮き上がった。
牛飼い座を形作る一つの星が天井から零れ落ちると、私も知っている、冒頭の文字の書かれたページがパラパラと捲られ、彼の白紙のページに文字が浮き上がって来た。
『優しくスポーツ万能なムギボシは、星の少女たちの憧れだった。毎日笑顔で花々の世話をするアヤボシの心に惹かれていたムギボシは、いつしか彼女に声を掛けたいと願っていた』
『ある日、溺れそうになっていたアヤボシを助けたムギボシは、ありったけの勇気で、育てた花を手渡したが、ベニボシに見られていた事に気付き、恥ずかしさのあまり逃げ出してしまった。アヤボシから差し出された、返事の花の顛末を知らぬままに』
天井のスクリーンには、本の中の光景が、私が読んだ時と同じように展開されている。
「私の話にも繋がってる?」
出て来たのは、自分の本と同じ名前の登場人物で、そう感じ口にすると、アークは続きを読み出した。
『後日花の顛末と、アヤボシの傷を知ったムギボシは、素直になれなかった自分を責め、彼女を探して辿り着いた星の樹の丘で、不思議な鍵を拾った。変わりたいと願った彼は、光の扉をくぐったのだった』
本を読んだアークは、考え込むように文面を眺めていたが、私の言葉に頷いて。
「多分な。まだなんとも言えねぇけど、ちょっとアルタイルを問い詰めてみたいとこだな」
彼の視線をかわすように、首を傾げたアルタイルは、部屋の中から扉を開ける。眩しい光に包まれて、私達の体が透けると、私は現実世界へと戻って来ていた。
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