第3話 消えた友達

 光莉ひかりが消えてから、早くも1ヶ月が経過した。この1ヶ月間、仲が良かったという理由から事情聴取をされたり、全校集会が開かれたり、集団下校が始まったりと、光莉が居なくなった現実を突き付けられる機会があまりに多く、疲労はかなり蓄積されていた。こちらだって光莉が居なくなったことに対して、困惑しているし、不安も感じているし、心配だってしている。しかし、いじめはなかったか、喧嘩はしなかったか、悪い噂はなかったか、と、捜査に必要な質問なのだろうが、まるで原因が光莉や周囲の友人にあるかのような問いかけに、大人達を信頼する気持ちはどんどん萎んでいった。結局は、自分で光莉が居なくなった原因を探すしかないのだ。

 昨日の放課後は、光莉と一緒に行った電話ボックスへ行ってみた。しかし、扉がぎいぎい音を立てるばかりでおかしなところはなく、試しにその公衆電話を使用し家に電話もかけてみたが、問題なく繋がった。電話ボックス自体に怪談があったり、変な話があるわけでもない。やはり、電話ボックスに来たから光莉が居なくなったというわけではないのだろう。オカルト面から光莉を探すとするなら、やはり「呪いの電話番号」だ。光莉は怪談通りに電話をかけた2週間後に姿を消したのだから。実際にその「呪いの電話番号」に電話をかけてみたいところだが、その電話番号を書いたメモは光莉が持って行ってしまい、手元にはない。そのメモ自体も一瞬しか見ていないため、電話番号を覚えていないのだ。先頭3桁が「077」である事だけは印象に残っていたので覚えている。光莉と「022で始まるんじゃないんだね」と会話をしたことを、つい昨日のことのように思い出す。しかし、その他の番号はどうしても思い出せなかった。

 ふと思い立つ。あのメモを光莉が捨てていないのなら、光莉の家に残っているのではないだろうか。ランドセルの中やペンケースやポーチの中。あの日持っていた物の中にしまっているのではないだろうか。光莉の母親とは面識もあるし、光莉が居なくなった理由を探りたいと言えば部屋に入れてもらえるのではないだろうか。

…行ってみる価値はあるかもしれない。

今日の授業は今受けている国語で最後だ。放課後は、光莉の家へ行ってみよう。そう心に決めて、鉛筆を握る手に力を込めた。


◆◆◆


 光莉の家は学校から10分程度の位置にある。途中までは電話ボックスへ行く道と同じだ。分かれ道で右へ進み、コンビニの横の道を真っ直ぐ進むとグレーの外壁の、シックな二階建ての家が見えてくる。何度も光莉と一緒に歩いた道だ。迷う事なく進んでいく。光莉の母親は光莉と違って物静かで、優しいお母さんという印象だった。父親は仕事で帰りが夜遅いらしく、会ったことはない。光莉が眠った後に帰ってくるようで、光莉からも話を聞いたことがなかった。お互い一人っ子で、家に帰っても遊び相手がいないという共通点もあって、よくお互いの家で遊んだ。光莉がいなくなったこの1ヶ月間は、学校が終わったら真っ直ぐ家に帰り、本を読んだり、パソコンで怪談を調べたりするだけの日常だ。早く戻ってきてくれないと、友達との会話の仕方を忘れてしまいそうだ。

 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか光莉の家に着いていた。インターホンの上に「八乙女」という表札が掛かっている。ちらりと表札を確認してから、躊躇わずにインターホンを押した。

『…はい。どなた?』

少し間を置いて、インターホンから女性の声がした。恐らく光莉の母親だろう。確かあきらという名前だったはずだ。

「こんにちは。里菜です。」

『あら、里菜ちゃん?久しぶりねぇ。…光莉の事かしら。ちょっと待ってね。』

ぷつっと声がひらくと、がちゃりと玄関のドアを開けて光莉の母親が姿を現した。

「里菜ちゃんいらっしゃい。どうぞ上がってって。」

「ありがとうございます。お邪魔します。」

きっと光莉の母親も話を聞きたかったのだろう。もしくは、話し相手が欲しかったのか。すんなりと家の中へ通してくれるようだ。3段ある階段をのぼり、中に入る。玄関に入ると、隅にフリルがついた小さめのピンクのスリッパが置いてあることに気が付いた。光莉のスリッパだ。少し目線を落とし、スリッパの横をすり抜けてリビングへと入った。

「どうぞ座って。光莉が居なくて変な感じかもしれないけど、遠慮しなくていいからね。お茶淹れて来るから、少し待っててね。」

そう言うと、光莉の母親は台所へと姿を消した。広いリビングにL字型に置いてある大きなソファへ腰を乗せる。いつも甲高い光莉の声が響いていた部屋の中は心なしかいつもより暗く、静まり返っていた。光莉が居ない、光莉の家に入ったのはこれが初めてで、形容し難い違和感がじわりじわりと襲って来る。そっと左手を右手で握った。

「…お待たせ。はい、どうぞ。」

戻ってきた光莉の母親がそっとテーブルに紅茶を置いた。いただきます、と呟いてからカップに指を絡ませた。

「光莉が居なくなって話し相手が居なくなっちゃって。里菜ちゃんが来てくれて嬉しいわ。」

「急に来てごめんなさい…。」

「いいのよ。いつでも遊びに来て。里菜ちゃんがいる時につられて光莉も帰ってくるかもしれないし。…本当に、どこに行っちゃったのかしら。」

遠くを見つめて話す横顔を見て、胸が締め付けられるようだった。十中八九、居なくなった原因は電話のせいだが、大人には言っても信じてもらえないだろう。実際、学校で聞き取りをされた際にそれとなく「呪いの電話番号」にかけてしまったという話をしてみたが、子どもが話す有名な怪談という認識を与えただけで、嗜められるだけに終わった。

「ねぇ里菜ちゃん。あ、里菜ちゃんのせいだとか、嘘を言っていると思ってるわけじゃないの。…光莉が居なくなった理由とか、どこにいるかとか、心当たりはないかしら。あの子、友達は多かったけど、ずっと一緒にいる付き合いの長い友達は、里菜ちゃんだけだったから。」

「…ごめんなさい、おばさん。私もずっと考えてるんだけど全然わからなくて。」

「そうよね…。」

「あの、ひとつおばさんにお願いがあって。」

「なぁに?」

「光莉の部屋に入っちゃだめかな。」

一瞬、光莉の母親の目が動揺に揺れる。

「…どうして?」

「光莉と一緒にいた時間が1番長いのは私なの!だから、光莉と一緒にいた部屋を見て、今までどんなことを話してたのか思い出して、居なくなった理由とか、探したい!お願い!」

真っ直ぐに見つめると、光莉の母親はひとつ瞬きをしてにっこり笑った。

「いいわ。里菜ちゃんなら。いつ戻ってきても良いように、部屋もそのままにしてあるんだけど…誰かに見られるなら、光莉も里菜ちゃんが良いって言うわ。」

ほっと胸を撫で下ろす。ティーカップを持ち上げると、ぐいと全て飲み干した。

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