第2話 杉山小学校の噂
小学6年生になっても、腐れ縁なのか
「
釈然としない様子で話しているのは、その『呪いの電話番号』と呼ばれている怪談が尾ひれどころか足も生えて脚色され広まっている所為だろう。元の話はあるのだろうが、小学生の間で語り継がれ過ぎて、最早何という題目なのかすら誰も知らないのだ。
「知ってるよ。かけると死んじゃうんでしょ。」
「そうそれ!かけると死んじゃうとか、会話しなければセーフとか、会話しても呪いが解ける電話ボックスに駆け込めば大丈夫だとか、なんか色々噂はあるんだけど。」
この噂を知らない小学生の方が珍しいのだが、興奮した様子で光莉は続ける。
「元々はね、その電話番号に電話をかけて繋がった相手と会話をすると、2週間後に死んじゃうっていう話みたいなの。普段は繋がっても男の人の話し声が聞こえるだけで、話しかけても無視されるんだけど…。」
1週間のうち水曜日だけ、女の子が電話に出るらしいの。
光莉の話によればこうだ。昔々、ある男に小学生の女の子が殺された。その女の子が殺されたのは水曜日で、だから水曜日に電話をかけるとその女の子が助けを求める声が聞こえる。うっかり返事をしてしまうと、2週間後、その女の子が助けを求めてやってくる。そしてそのまま〝あっち″まで連れて行かれてしまうのだそうだ。
「阿保らし。どこにでもあるような怪談じゃない。其処彼処で噂されてるんだから元の話はあるだろうし。」
「えー、里菜はロマンがないなぁロマンが…。あ、ねぇねぇ今日水曜日だし、折角だから本当に女の子の声がするのか電話して確認してみようよ!学校だと先生に邪魔されそうだし、北仙台駅のとこの電話ボックスから!地下鉄の!」
きらきらとした瞳でこちらを見上げてくる。学校が終わったらまっすぐに家に帰り、温かいココアを飲みつつドラマの再放送でも観ようと思っていたのだが、光莉に話してもロマンの欠片もない、つまらない時間だと思われるのだろう。こうなったら何としてでもやり遂げようとするのが光莉だ。不意に出たため息を光莉は肯定と捉えたようで、にっこりと目を細めると大きく頷いた。
◆◆◆
とっくに桜も散り、積もる花びらも消えてしまった。夏が近付いているのか、日影から出るとじんわりと汗がにじむ。体力が無い人間にとって徒歩20分の距離はなかなか大きなものだと思うのだが、日々駆け回っている光莉には関係ないようだ。
「もう!里菜遅い!」
「光莉が早いんだよ…。」
余程気合が入っているのか、ずんずんと先を進んでは追いつくのを待ち、また先を進んでは追いつくのを待つ、ということを繰り返していた。
目的地の駅は少し通学路を外れた所にある。その駅から地下鉄に乗って帰る生徒も多いが、電話ボックスがあるのは駅の裏側で、人通りが少ない穴場となっている。
「ところでさ、電話ボックスに行くのはいいんだけど、その電話番号、本当に本物なの?」
そう前を歩く背中に話し掛けると、光莉はぴたりと足を止めた。他にも電話を掛けたという生徒の話は聞いたことがあるが、もう使われていない番号だったり、どこかの知らない会社に繋がってしまったり、そもそも存在しない番号だったりと、骨折り損となった結末しか聞いた事がなかった。
「これは本物。ネットで調べてて見つけた番号なんだけど、実は先週、電話をかけてみたの。」
首だけをこちらへ向け、光莉は淡々と言葉を並べる。表情が影になってよく見えない。
「電話番号を見つけて、居ても立っても居られなくなって、土曜日だったんだけどね、家の電話からかけてみたの。そしたらね、受話器の向こうから男の人の声がしたの。ぶつぶつずっと何かを言ってて、でも聞こえなくて。その声がずっと耳から離れなくて、気持ち悪さが残ってて…それで、」
「光莉!どうしたの!」
いつもとは違う様子に、咄嗟に光莉の肩を掴むと、はっとしてからいつもの表情に戻った。しかし、先程の話は本当なのだろう。光莉の表情にどことなく、形容し難い違和感があった。怪談が好きな光莉にしては珍しい反応だった。
「あ…ごめん、大丈夫。ちょっと気味が悪くて。でもまぁそういう訳だから本物ってことは信じてよ。」
その気味の悪さの正体が本物かどうか、光莉はそれを確かめたいのだろう。光莉の様子に多少の不安を感じつつも足を動かしていると、いつの間にか目的の電話ボックスの前に着いていた。
電話ボックスをまじまじと眺めると、金具はところどころ錆び、中にある緑の電話機にも薄く埃が積もっている。今では小学生でもスマホを持ち歩いているくらいだ。滅多に使う人がいないのだろう。光莉が取手に手を掛けると、ぎぎぎぎぎ、となんとも苦しそうな音を立てて扉が開いた。
「ふたりで入るにはちょっと狭いね。」
「扉は開けておこうか。電話なんだけど、言い出しっぺだし私がかけていい?」
「まぁいいけど…本当に大丈夫なの?別に噂なんて確かめなくたって…。」
「大丈夫!それに私が確かめないとすっきりしないのよ!」
先程は不安に駆られているように見えたが、それを振り払うためか、光莉は両手を腰に当ててのけぞった。
「まぁ大丈夫ならいいんだけど。そういえばその電話番号ってどれ?」
そう問いかけると、光莉はごそごそとポケットから小さなメモを取り出した。受け取って開いてみるとそこには鉛筆で書かれた10桁の数字が並んでいた。殴り書いたのか、数字は斜めに歪んでいる。特に光莉の書く数字の「7」は独特で、1番長い線の部分が直線ではなく、ひらがなの「て」のように丸みを帯びているのだ。
「へぇ。022から始まるんじゃないんだ。なんかそれっぽいね。」
「だから本物なんだってば!ほらかして。」
光莉はメモを荒々しく掴むと、いつの間にか取り出した10円玉を電話機へ入れた。10円玉はかたかたと音を立てて電話機の中へ落ちていく。かちゃん、と1番下まで落ちた音を聞いてから、光莉は右手の人差し指でダイヤルボタンを押し始めた。メモに書かれた数字を確認しつつ、ひとつひとつ確実に押していく。そして最後の番号を押すと、そっと受話器に耳を当てた。こちらには音が聞こえず、実際に電話が繋がっているのかも分からない。
「ねぇ、電話繋がったの?何か聞こえる?」
光莉の肩を揺すると、光莉は、しぃーと人差し指を口に当てて見せた。仕方がないので光莉の様子をじっと見つめる。すると。
「…え?」
光莉が突然目を見開いた。
「なん、え?誰…?」
こちらには全く音が聞こえない。
「ねぇ光莉、何か聞こえたの?何が聞こえるの?ねぇってば!」
先程より強く肩を揺すっても光莉は受話器を離さない。目を見開いたまま固まっているようだ。
「ちょっと、どうしちゃったの?ねぇ、返事してよ!」
声を荒げても光莉からの反応はない。手が咄嗟に光莉の持つ受話器に伸びた。強引に光莉の手を解くと、受話器を叩きつけるように電話機へ戻した。電話機から、がちゃん、と大きな音がした。戻した受話器はぐらぐらと揺れている。光莉の手に力が入っていなかったおかけですぐ解く事ができたのは幸いだった。
「ちょっと光莉!」
力なく座り込む光莉をなんとか電話ボックスから引き離す。身長は光莉より高いが、小学生の力では完全には支えられない。半ば引き摺るようにして、やっとの思いで近くのコンビニまでやって来た。駐車場の隅に座らせると、ようやく光莉が口を開いた。
「ご、ごめん…。今日はもう帰るね。」
「え、ちょっと、なんで、なにが聞こえたのか話してよ。」
あんな様子を見せられたら気になって仕方がない。どこに繋がったのか、誰が出たのか、何を話したのか。そしてそれを聞いて何故光莉がそんなにも驚いたのか。それにただならない様子の光莉ことが心配なのも確かだ。しかしそんな心配をよそに、光莉はふらふらと立ち上がる。
「…あの番号、もう使われてない電話番号だったみたい。お掛けになった電話番号は現在使われておりませんって言われちゃった。」
ふふ、と困ったように笑うが、光莉が嘘をついているのは一目瞭然だった。本当は何が聞こえたのか一から問いただしたかったが、光莉が疲弊しているのも確かで、また、一度決めたら譲らない頑固者であることも知っていた。きっと今日は何を言っても話してはくれないだろう。
「…わかったよ、今日は何もきかないよ。」
その言葉に安心したのか、光莉はひとつ頷いた。
「まぁまたそれっぽい話は集めてみるよ!今日は付き合わせてごめんね。もう帰ろっか。」
「そう…そうだね。私も今度調べてみるよ。」
「じゃぁ、もう帰るね。また明日ね!」
「うん。また明日。」
精一杯強がっているのか、ばいばいと大きく手を振り離れていく光莉を見送った。その表情もまた、影になって見えず、光莉が何を考えているのか読み解くことができなかった。
私はこれが光莉と過ごす最後の時間となったことに、この時はまだ気が付いていなかった。
この2週間後、光莉は姿を消した。そしてそれは「杉山小学校の6年生の女の子が怪談通りに居なくなった」と、他の学校でも噂されるようになっていくのだった。
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