EP.30「逆転の光」

「ゴホッ!ウェッ!」


 また、咳をした。

 口から鉄の味がする。

 間違いない……。

 あの時の西川くんと同じく、擬似魔力器官が魔力の代わりに生命エネルギーを消費し始めたんだ……。


 一方、男の方は、さっきまで青白かった顔がみるみる内に健康的な肌色へと戻っていた。


「チッ、今ある魔力を全部、血に変えてやったがよ……。クソっ!思っていた以上に、身体から血が出ていやがった……」


 ま、魔力を血に変えた?

 さっきは切断した右手をくっつけたし、どこまで、なんでもありなんだよ!魔法ってヤツは!?


「ゴホッ!ゴボ!ゴボ!」


 咳が止まらない。

 しかも、喉から……いや、胃か、肺から出ているのか?僕は今、血を吐いている。

 そして、さっきから、目眩と吐き気がして、心臓の鼓動がだんだん弱くなっているのを感じる。

 目で見ているものの焦点が合わない……。見るものすべてが、二重か、三重になって見える。

 更に、左手からは血が流れ続け、右ふくらはぎもナイフが刺さって血が流れ続けている。

 や、ヤバい!

 僕の身体を覆っているスーツがだんだん薄くなってきているような気がする!それに、黒い消し炭のようなカスまで出始めた!

 コレって、魔力が無くなってきたから、この黒いスーツが消えようとしているってことなの……?


 か、かなり、ヤバい状態じゃないのか、これ!?


 男は血色の良い顔になったが、まだ右手首が痛むのか、ややふらつきながら歩いていた。

 こちらに向かってくる……。


「オイ……黒グソ。お前、なんか、身体からカス出てんぞ。カスはカスだから、カスを出すってか?」


 アイツにもわかるぐらいに、僕が今、纏っているスーツがだんだん剥げていってるようだ。


 さっきまでは、男の周りに小さなトカゲの群れが居たが、今は一匹も居なくなっていた。

 アイツはさっき魔力を血に変えたと言っていたので、たぶん、魔力でトカゲを作る余裕がなくなったのだろうか?

 散々、苦しめられたトカゲの群れが居なくなってくれたのはありがたいが、身体を動かせるだけ、アイツの方がだいぶ有利だ……。

 こっちは体調不良に重ねて、右脚にナイフが刺り、うつ伏せのまま、倒れっぱなしで動けない……。


 男はフラフラと歩きながらも、僕の前に立った。

 僕は地面に這いつくばりながら、下から男の顔を見上げた。

 ……男は無表情だった。そして、まるで地面に落ちているゴミでも見ているかのように、冷ややかな眼だった。

 態度に出さなくても、かなり怒っているのが、伝わった。


「この便所のゴキブリが!!!」


 男はそう叫んで、僕の顔を蹴り上げた。


「うげっ!!」


 僕はまるでサッカーボールのように地面を転がり、仰向けになった。転がった拍子で、右ふくらはぎに刺さっていたナイフが更に深く右脚を貫いた。

 仮面をしているから、蹴られた顔は無事だが、仮面にヒビが入ったようだ。ふらつく視界にヒビが入ってる。

 ゼーハー、ゼーハー、ゴホッ!!

 僕はもはやまともに呼吸すら出来なくなっていた。それでいて、口から血を流している。

 だんだん、身体も動かなくなっている……。

 どうやら、もう立ち上がるのも無理のようだ……。


「オラ!オラ!!このクソが!!ゴキブリが!!ふざけた真似しやがって!!オラ!!」


 男は僕に何度も何度も蹴りを入れた。

 僕は仮面の中で血反吐を吐きまくった。視界が真っ赤に染まり、血が顔に付着する。


 僕は、この男をいきなりぶん殴ったし、不可抗力とはいえ、右手を切断してしまった……。

 だから、この男はとても怒っているのだろう。

 蹴りの一撃、一撃がとても重く、弱ってきた内臓がグチャグチャになっているのを感じる。

 たぶん、何本かあばら骨も折れているだろう。

 なんとかしたかったが、もう、なにも出来なくなっていた。


 疑似……偽物の魔法使いは生命エネルギーがなくなると、こうなってしまうのかよ……。

 もはや、まともに動くことも、喋ることも出来ない。

 それに意識もだんだんなくなってきた。心臓の鼓動も弱くなっている……。心臓がちゃんと動いているのかさえ、わからないぐらい弱々しい。

 リサイクルショップで倒れた西川くんも、こんな感じだったんだろうな……。


「ぺっ!」


 男は一通り、僕を蹴り終えると、唾を吐いた。

 そして、さっき僕が手から離してしまったサムライソードを見つけて、地面から拾った。

 僕の魔力で作られたサムライソードは、僕が弱ってきたせいか、ボロボロと黒い粒子を落としていた。


「これ、ジャパニーズサムライソードって言うんだっけ?クソみてぇに黒くてボロボロで、てめぇみたいになってんぞ……」


 僕の魔力がなくなり、ボロボロになっているサムライソードだが、刃はまだ輝きを放っていた。

 男はサムライソードを左手に持ち、月が昇っている夜空に向け、振り上げた。

 僕はこの男がこれからなにをしようとしているのか、わかった。


「てめぇが何者かは知らねぇが……そろそろ、ウザくなってきたから……」


 男はサムライソードをギュッと握った。


「死ねや」


 コイツは、いよいよ僕を殺すつもりだ……。

 そのサムライソードで、首を斬るのか、心臓に突き刺すのかはわからないが……。


 僕はもう抵抗すら出来なかった。

 意識もなくなっていたし、もう脳が考える事もしなくなっていた。


 僕は、これから、この男に殺される……。


 死にたくない、なんとかして、この危機を乗り越えたいとは思っているが、そう考える事すら出来なくなっていた。

 なんていうか、生け簀から出されて、まな板の上に乗せられた魚のような気分だ。

 死にたくないけど、死ぬしかない……。


 人は死ぬ前、脳に走馬灯が流れるものだと聞いていたが、僕の脳にはなにも流れなかった。

 脳の動きが止まっていたからか、それとも、僕の生きた16年間が空っぽなので走馬灯が流れないだけなのか……。

 まあ、どっちでもいい……。

 もうすぐ、死ぬんだから……。


 ……。


 僕は薄れていく意識の中で、爺さんが死ぬ前の事を思い出した。

 病室で一緒にB級映画を観ていた。くだらない映画だった。

 でも、爺さんをそのくだらない映画を観終わった後、満足そうな顔をして、この世から去った。

 あの時、僕は死ぬときはあんな風に満足した顔で死にたいと思った。


 仮面で隠れているが、今、僕はどんな表情をしているのだろうか……?

 死んだ爺さんのように、満足した表情をしているのだろうか……。

 あんな風に、満足した顔をして……。


 顔を……。


 すると、急に頭の中で、さっき目にした金色の髪の毛で紫色の瞳をした少女の顔が浮かんできた。

 その少女は弱り切っており、口をパクパクさせ、僕になにかを言おうとしていた。

 だが、少女はなにも言えずに気を失った。

 少女の手は皮膚がズダズダに裂け、血が流れていた。

 そんな彼女に、僕は確か、こう、言ったんだ……。


『安心して。僕が、絶対にキミを助ける』


 ドクン!!


 弱っていたはずの僕の心臓が、いきなり大きく鼓動した。


「じゃあな!ゴキブリ!!」


 男はサムライソードを振り落とした。

 刃が僕の首に向かって来る。

 その時……!!


 ガシッ!!


「……え?」


 男は驚いた顔をした。

 それは無理もない。

 僕だって驚いている。


 僕は、振り落とされたサムライソードの刃を左手で握って止めたのだから。


 サムライソードは作った本人である僕が弱っていたせいか、切れ味がなくなっていた。

 だから、左手で掴んでも問題はなかった。

 ただ、ちょっと痛かった。左手から、また血が飛び出た。

 僕がサムライソードを掴むと、サムライソードは一気に黒くなり、消し炭のようになって消えた。


 男は困惑していた。

 そして、少しだけ怯んでいた。


「な、なんだ、てめぇ……なんなんだ、てめぇ!!?」


 男はそう叫んだ。

 うるさい……と、僕は思った。

 左手……。

 左手は、まだ動くようだ……。


 意識はまだ薄れているし、心臓の鼓動も弱いままだ。

 だが、さっき、ほんの一瞬、心臓が強く動いた。

 だからか、ほんの少しだけ左手が動くみたいだ……。それに、ナイフが刺さっている右脚も少しだけ動かせる……。


 心臓が強く鼓動する前、僕はこう思った。


『まだ、僕は、彼女……ティアを助けていない……。だから……まだ、死ねない!!』


 そう思っただけだった。

 そしたら、急に心臓がドクン!と力強く動いた。

 ほんの少しだけ、意識はあるし、左手と右脚だけだがまだ動ける……!

 だったら、まだコイツを倒すチャンスはある……!!


 怯えた男の眼が光った。

 すると、やっぱり、またナイフが出てきた。

 男は左手でナイフを持った。

 そのナイフで僕にトドメを刺すつもりなんだろう。


「てめぇ、本当にゴキブリみたいだな、オイ……」


 男はナイフを逆手に持ちかえる。

 どうやら、思いっきり、ナイフを心臓に突き刺すつもりだ。

 仰向けになっている僕に向かい、男は、


「俺はゴキブリがこの世で一番、大嫌いなんだよぉおおおーーー!!!」


と大きな声で叫んだ。

 そして、僕の心臓にナイフを突き刺そうとした瞬間。

 僕は無意識にこんな言葉を言った。


「……ジャパン神秘の光……。サムライ、ニンジャーパワー……」


 本当に無意識だった。

 何故こんなことを言ったのかは、僕にもわからない。

 すると、僕の身体は金色に光った。


「なに!?」


 男はいきなり僕が光ったのに驚いて、動きを止めた。

 アイツに大きな隙が出来た。

 僕はその隙を突いた。

 僕は動くことのできる右脚を曲げた。右脚のふくらはぎには、アイツが魔法で作ったナイフが突き刺さったまま。

 そして、左手で、右脚からナイフを引き抜いた。感覚がぼやけているから痛みはないが血が出た。

 ナイフを左手で掴んだ僕は、そのまま、ナイフをアイツにめがけて投げた。


「え!?」


 あまりにも突然だったので、男は僕が投げたナイフに反応できなかったようだ。

 男は飛んできたナイフを避けれなかった。


 僕が投げたナイフは、狙い通り、男の右手首を斬り裂いた。


 すると、男の右手首はまるでダイコンのようにスパッと切断された。

 僕が投げたナイフは勢いを失い、宙から地面に落下した。

 やっぱりだ……。いくら、魔法を使って接着させたとはいえ、完全にはくっついていなかったようだ……。


 男の右手が、地面にボトっと落ちた。

 すると、また手首から血が滝のように流れ始める。

 男は切断された右手首を見つめ、そして……。


「ぎにゅああああああああーーーーー!!!!」


 とてつもなく、大きな声を上げた。

 やった……ね、狙い通り……け、計算ど、どおり……。


「ガハッ!!!!」


 僕も大きく咳をした。

 喉から、大きな血の塊のようなものを吐いた。

 急激に意識と、心臓の鼓動が無くなっていく……。


 完全に力……生命エネルギーが尽きたようだ……。


 身に着けていた黒いスーツと黒い仮面は黒い消し炭になって、霧散した。

 吐いた血が顔中に飛び散った。

 本当の本当に、もう僕は死ぬみたいだ……。


 でも……。

 たぶん、今の僕は満足した顔をしているだろうな。

 あの日の爺さんのように……。


 僕の意識はここで途絶えた。

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