EP.29「タイムリミット」
男は血が流れる右手首と、地面に落ちている自分の右手を交互に見つめる。
そして……。
「なあ?あの、ゴミみたいに落ちてるのって、もしかして、俺の右手?俺の右手がゴミみたいに落ちてるのか?そうなのか?」
僕は回答に困った。
確かにコイツに対して怒りはあったし、ナイフを向けられたからと言って、(不可抗力で)右手を斬ってしまうなんて、さすがにやりすぎだと思った。
罪悪感みたいなモノが、僕の心に芽生えていた。
すると、男は、
「ふざけんな、テメェえええーーー!!!」
と、メチャクチャ激怒した。
男は右手がなくなった腕で、僕の顔(仮面)を殴った。
痛くはないが、断面図が見えてグロい!
「いてぇ!超いてぇ!ふざけんな、テメェええ!!チクショウ!!」
殴った男の方が痛がっている。
僕は右手に持っているサムライソードを見つめた。血がついている……。
まさか、僕の魔法で、こんな刀を作ってしまうなんて……。
しかも、それで人の右手を斬ってしまうなんて……。
だけど、向こうも僕の心臓を刺そうとしたし、実際に左手を刺された。
これで、おあいこ……なわけないよな……。
不可抗とはいえ、右手を斬り離しちゃったし……。
僕は今までに感じたことのない罪悪感を感じていると、ふと自分の腰と両脚が軽くなっていることに気づいた。
僕の腰と脚にへばりついている大量のトカゲたちが、青い光を放っている。
そして、トカゲたちは青い光の粒子となって消えていった。
トカゲを作り出した男が右手を失い、痛がっているんで、その影響なのか?
僕は軽くなった両脚を動かし、後方へジャンプした。
ようやく、あの男から離れることが出来た。
ただ、大量の返り血を浴びてしまったが……。
あれだけ沢山居たトカゲの群れは、青い粒子となってすべて消えていた。
数時間前。ソフィアが、西川くんの作った偽物のビデオを消した時もビデオは青い粒子となって消えた。
どうやら、魔法で作った物はなんらかの理由で壊れると、青い粒子となって消えていくようだ。
そして、地面にはナイフを握ったままの右手が地面に転がっている……。
それを見ると吐き気がしたので、僕は目を逸らした。
「いでぇ!いでぇよ!!」
男は右手首を押さえながら、苦痛の声を上げ続ける。
……。
罪悪感が凄い……。
どうしよう……。
今、地面に転がっている右手を拾って、アイツに渡すべきか?
いや、そんなことしても、なんともならないだろ!?
「くっ……は……」
「う、うう……」
罪悪感に苛まれている僕の耳に、人の声が聞こえた。
僕は、その声の方に振り返る。
ベンチに横たわっているティアと、西川くんの声だ。
意識が戻り始めたのか?
とりあえず、この男のことは一旦、置いといて、僕は今すぐ、二人の元に駆け寄って様子を確認しようと思った。
しかし……。
「グッ!」
右脚のふくらはぎに強烈な痛みが走った。
な、なんだ!?
予想だにしない突然の激痛に、僕は膝から地面に倒れ、うつ伏せになった。
その衝撃で、サムライソードを手から離してしまう。
すぐに顔を上げ、右脚のふくらはぎを見た。
すると、僕の右脚には信じられない光景が広がっていた。
僕が(不可抗力で)切断した男の右手が、僕の右脚をナイフで刺している!?
「ウソだろ!?マジかよ!?」
本気でビックリした。
吐きそうなぐらいにビックリした。
切断された右手が動き出して、僕の脚をナイフで刺したって言うのか!?
ありえないだろ、こんなこと!?
右脚の痛みよりも、切断された右手が動いたというグロテスクさに僕は気分が悪くなった。
なんなんだよ、これ!?
僕が驚いていると……。
「バーカ……」
男の声が聞こえた。
僕は男の方に顔を向けた。
男はさっきまで苦痛の声を上げていたのに、まるで何事もなかったかのように、今では涼しげな顔をしている。
だが、右手が切断されたままで、手首からは血が流れ続けている……。
僕は恐怖した。
切断された右手が勝手に動いた。右手を切断されたのに冷静な男。
この異常な光景が、あまりにも不気味だった。
思わず、僕はガタガタと情けなく震え、ビビってしまった。
左手と右ふくらはぎの痛みを忘れるほどに。
「……さすがに、いきなり剣が出てきて、俺ちゃんの右手を斬ったのにはマジでビビったし、痛かったけどさ……。こんぐらい、『魔法』でどうにかなるんだわ……」
男がそう言うと……。
カサカサ!と僕の右脚から音がした。そして、妙な感触も。
僕は再び、自分の右ふくらはぎを見た。
すると……。
「なに!?」
今、僕の脚に突き刺さっている男の右手をよく見ると、先程、消えたはずの小さなトカゲたちがいた!
トカゲたちは、右手の影に潜んでいた!
ま、まさか……。
僕は誤解していた。
切断された右手が勝手に動いて、僕の脚をナイフで刺したのではなく、小さなトカゲたちが男の右手を持ち上げ、動かし、僕の脚を刺したのだ!
さっきのトカゲたちは消えたのではなく、あの男がわざと消して、僕を油断させたのだ!!
群れを成した小さなトカゲたちは、その切断された右手を頭や背中で持ち上げた。
そして、僕の右脚にナイフだけを残し、右手をまるで食べ物を運ぶ蟻の群れのようにして運んでいく。
そのおぞましい光景に、僕は思わず、鳥肌が立った。
なんて、不気味でグロテスクな光景なんだ。
しばらくすると、忘れていた右ふくらはぎから激痛が走った。
ヤバイ!かなり痛い!!出血もしている!
今、この右脚で立ち上がるのはキツい!
いや、立ち上がれたとしても、さっきみたいに建物の屋根と屋根を飛び越えたり、走ったりするのは無理だ!
歩くぐらいは出来そうだが、これでは、まともに歩くのも難しいぞ……。
トカゲの群れは、切断された右手を持ち主(?)の男の元へと運んだ。
男はトカゲたちが運んできた自分の右手を左手で拾う。
まるで、落としてしまったパンでも拾うかのように。
そして、切断された自分の右手をじっくりと見ている。
自分の手の断面図なんて見て、気持ち悪くならないのか、こいつ?
しかも、斬られた右手首は未だに出血している。
それなのに、なんなんだ、この男のこの余裕は?
「ゴホッ!」
気持ちの悪い光景を見たからか、僕は咳をした。
しかも、疲れが出てきたのか、なんだか急に体が重く、だるくなってきた。
左手と右ふくらはぎを刺されて、出血したからか?
しかし、ダメージなら右手を斬られたアイツの方が大きいはず。
すると……。
「ったくよ、無駄な魔力を使わせんなよ、黒クソが」
男がそういうと、男の眼が光った。
今まで何度か見てきたが、魔法使いが魔法を使うときに起きる現象だ。
男は目を光らせながら、左手に持っている右手の切断面と、血が流れ続ける右手首の切断面を合わせるようにして……くっつけた。
それは、まるで粘土で作った人形に手をくっつけるかのように。
あるいは、ロボットのプラモデルか、可動系フィギュアに手のパーツを装着させるかのように。
なにをやっているんだ、こいつ?
まさか、そうやって、自分の手をくっつけるつもりなのか?
確かに、キレイにスパッと斬ってしまったけど、そんな簡単にくっつくわけがないだろう……。
切断された手の接着なんて、お医者さんじゃないと、無理だろ、そんなの……。
そう思っていると、突然、大量のトカゲたちが男の身体に張り付いて、よじ登り始めた。
まるで、木の蜜か、夜の電灯に群がる虫のように……いや、トカゲにこの例えは変か?
ゾロゾロと動くトカゲの群れは、男の右手の切断面へと向かっていく。
そして、男の右手を覆い尽くすようにして大量にくっついた。
なにをしようとしているんだ?
アイツとあのトカゲの集団は……?
すると、男の手にくっついたトカゲの群れが青い光を放って消えた。
一瞬の出来事だった。
僕は仮面をしているが、思わず目を閉じる。
そして、しばらくして、目を開けると……。
「まー、こんなところか……ちょっと痛みは残ってるけど……」
男はそう言って、自分の右手を開いて閉じたり……グーとパーを何度も繰り返して動かしていた。
ま、マジかよ……う、嘘だろ……?
切断された(した)はずの男の右手がくっついて、動いている!?
な、なんでだよ!?
斬られた男の右手首は切断面や傷もなく、キレイに接着していた。
……ま、まさか、さっき、あの大量のトカゲが男の右手にくっついた時。
あのトカゲたちは青い光を放って、接着剤みたいになり、切断された右手と右手首をくっつけたのか?
そ、そんなことありえるのかよ!?
僕は心底『魔法』というものの不可思議さを味わった。
あの大量のトカゲが接着剤になるなんて、気持ち悪すぎると思った。
……。
だが、男の手が接着したことで、僕の中にあった罪悪感が薄れたので、ちょっと複雑な気分だ……。
右手がくっついたが、男は青白い顏になって、フラフラしていた。
「ああ!クソ!フラフラする……。貧血気味だ、クソ!さすがに血を流しすぎたか?」
男はイライラしながら、そう言い、接着したばかりの右手を自分の胸に手を当てた。
「ゲボ!ゲボ!!」
フラフラすると男は言ったが、僕の方もなんだかフラフラする……。気分が優れない……。
それに、さっきから咳が止まらな……。
!?
そう思った瞬間、僕の脳に、リサイクルショップでの西川くんの姿が浮かび上がった。
リサイクルショップで倒れる前の西川くんは顔色が悪く、咳を何度もしていたし、フラフラしていた。
そして、吐血して倒れた……。
ま、まさか……う、ウソだろ?マジかよ……?
嫌な予感で、僕の手が震え始めた。
僕はふと右手を見た。
気のせいか、手を包んでいるゴム手袋みたいなスーツが、だんだん薄くなっているような気がした。
ぶ厚いゴム手袋ではなく、薄いゴム手袋のような……。
「ゴホッ!ゴホッ!ウェッ!」
僕はまた咳をした。
仮面をしているからわからないが、喉の奥から何か出てきた。
それは口の中で、鉄の味がした。
……や、やっぱりだ。
僕は重要なことを忘れていた……。
魔法使いは……僕の場合は擬似の魔法使いだが、魔法を使えば使うほど、魔力を消耗する……。
そして、擬似魔法使いの場合、魔力がなくなり始めると、生命エネルギーを消費し始める……。
つまり、今、僕の魔力はなくなり始めているのか!?
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