EP.28「サムライソード」

「来いよ!トカゲ共ォ!!コイツの面、仮面ごと切り刻んでやれ!!」


 男の言葉に反応するかのように、動きが止まっていたトカゲの大群が一斉にまた動き始めた。

 なっ、なんだ!?気持ち悪っ!!

 トカゲの大群は物凄い速さで僕の脚に群がってきた。


 僕は自分の脚に引っ付いてきたトカゲの群れを手で払う。

 いくら魔法で作られたトカゲとはいえ、小動物をいじめているようで、あまり良い気分ではない。

 だが、そんなこと思っている場合ではなかった。

 いくら払っても、次から次へとトカゲの群れが僕の身体に引っ付いてくる。

 そして、仮面にトカゲの群れがひっついた。視界がトカゲによって覆われる。


「この!離れろ!!」


 僕は仮面の目の部分に、へばりついたトカゲを掴んで投げ捨てた。

 すると……。


「死ね!!」


 !?

 いつの前にか、僕の目の前には男が居た。

 そして、その手には鋭いナイフが。

 ナイフの刃が僕の心臓に向けられている。

 ヤバイ!

 僕はトカゲがへばりついた右脚を上げ、ナイフを持つ男の手を蹴った。


「ぐっ!」


 男の手からナイフが離れた。

 僕は右脚を再び地につけ、男の顔のど真ん中に右の拳をぶち込もうとした。

 だが……!


「やらせねぇよ!!」


 男の顔の前に、大量のトカゲが群れで集まってきた。

 すると、見るもおぞましいトカゲの大群で出来た壁が。

 トカゲの大群で出来た壁は、まるでクッションのようになり、僕の拳は男の顔まで届かず、弾かれた。


「わっ!!」


 情けない声を出してしまった。

 そのトカゲの壁は、まるで大きなバルーンでも殴ったかのように反発し、僕はバランスを崩した。

 すると、トカゲの大群でできた壁が一瞬で崩れ、再び、男の姿が目の前に現れた。

 両脚で踏ん張って、なんとか姿勢を整えた僕だったが、相手の手にはまたナイフがあった。

 僕がバランスを崩した隙に、魔法でナイフを再び作り上げたのだ。


「ブッ刺されよ!!」


 しまった!!

 男は、またナイフを僕の心臓に向けて走らせていた。


 僕は他人とこういう風に戦ったことなんてない。

 ましては、ナイフを持った人間と戦ったことすらない。

 いくら、姿が変わって身体能力が上がったとしても、肝心の僕がヘッポコではどうにもならなかった。

 だから、この向かってくるナイフに対して、どう対応して良いのかわからなかった。


 ど、どうする!?

 避けるにしても、避けきれずにナイフが身体のどっかに刺さる!

 当たり前だけど、身体のどこかにナイフが刺さるのは嫌だ!致命傷にはならなくても、痛いのは勘弁したい!

 だが、避けないと心臓に突き刺さる!!

 ヤバイ!ナイフがもう迫ってきて……。


 ザクッ!!


 ……。

 もはや、どうするも、こうするもない。

 僕は向かってきたナイフを、左手で止めた。刃は僕の心臓までは届かなかった。


 ……だが、代わりに左手のど真ん中にナイフが突き刺さった。


 ナイフが刺さるのは嫌だと思ったが、心臓に刺さったら死んでしまうし、だったら、もう左手を犠牲にして防いだ方が良いと思ったが、メチャクチャ痛かった……。


 ……更に正直に言うと、僕の魔力で作られたこの黒いスーツは頑丈で、手にはナイフが刺さらないと期待していた。

 だが、そんなことはなかった。

 ザックリと、左手にナイフが突き刺さってしまった。

 ナイフはゴム手袋みたいな黒い皮膜を裂き、僕の手の皮膚と肉と血管を裂いて、貫通し、刃が手の甲から飛び出ていた。

 左手から血が流れ、ポタポタ……と地面に落ちている。


 ……。


 このスーツ、刃物を防ぐことは出来ないのか……。

 本当に、ただのゴム手袋ぐらいの強度なのかよ……。

 とりあえず、メチャクチャ痛い。


「クッソ!!」


 あまりの痛さに、僕は勢いで左手からナイフを引き抜いた。

 当然だが、ナイフは刺さってるのも痛いし、引き抜くのも痛い。

 あまりの痛さに、僕はナイフを地面に投げ捨てた。

 左手には、ザックリと傷穴が残ったままだ。

 自動的にスーツが傷を治癒してくれるとか、そういうのを期待していたのだが、そんな機能もないようだ。スーツ自体もナイフで切られたまま……。


 なんだよ、これ!

 確かに身体能力は上がっているけど、本当に身体能力を上げているだけで、スーツの強度は普通のゴム繊維ぐらいで、治癒とか、自動修復とか、そういう機能はないのかよ!?


 僕がスーツの強度と機能に対して、そう不満を抱いていると……。


「オイ!仮面クソ野郎!さっきの威勢はどうした!?ああん!?」

 

 ヤバイ!3分……いや、1分でカタをつけるつもりだったのに、1分はもう過ぎている。

 左手が痛い!しかし、今はティアと西川くんが苦しんでいる。

 それに比べたら、こんな左手の痛みぐらい……やっぱり、痛い!

 確かにアイツの言う通り、僕には、さっきまでの威勢が無くなってしまっていた。

 姿や身体能力が変わっても、中身がポンコツの僕じゃあ、根本的にはなにも変わってないじゃないか!?


「オラオラ!さっさとくたばれ!!」


 ひっ!

 男の眼が光った。

 アイツはまた魔法でナイフを作り、手に持った。

 僕は一旦、ヤツと距離を置き、ナイフが届かない位置まで下がろうとした。

 だが……!


「げっ!」


 思わず、声に出てしまった。

 両足には、大量のトカゲがくっついている!

 一匹、一匹は小さなトカゲだが、こんなにも大量のトカゲが足にへばりついていたら、重さで足が思うように動かせない!


「クソ!離れろ!離れろよ!!」


 僕は脚にへばりつくトカゲを払いたかったが、そんなことをさせてくれる時間を、アイツはくれなかった。

 また、ナイフが迫ってきた。

 的確に確実に、僕の心臓を狙ってきている。


 マジのマジで、ヤバイ!

 避けようとしたくても、脚にへばりつくトカゲの大群で自由に脚が動かせない!

 しかも、トカゲの大群が僕の腰まで覆い始め、上体を動かすのも難しくなっている!

 なら、今度は右手で防ぐか!?

 だが、右手もダメにしたら、本当の本当にピンチだ!

 しかし、このままだと、心臓にナイフが……い、いや、よく考えたら、心臓じゃなくても、上半身のどこかを刺されたら、もうおしまいだ……。


 僕は、甘く考えていた。

 アクション映画の主人公だと、ナイフを持った敵を素手でスパ!スパッ!とカッコ良くあしらい、薙ぎ払うのに、僕にはそんなことが出来なかった。


 正直、僕は『ナイフ程度』と思っていた。

 だが、実際に刃物を向けられると、こんなにもナイフが危険な物だったなんて……。

 ナイフを甘く見ていた……。


 僕が変わったのは、本当に『見た目』だけだった。

 劣勢になり、ビビり始めた僕は、本当にただの映画オタクの小心者のダメダメなガキだった……。

 仮面の中で、僕は泣きそうになっていた。

 こんな時、『仮面ニンジャー』なら『サムライソード』を持ってカッコ良く決めるのだろうけど、僕はナイフ一本にビビる、ただの偽物だ……。


 『仮面ニンジャー』みたくなれない……。


 仮面ニンジャーと違って、トカゲに苦戦しているんだから……結局、僕にはなにもでき……。


「ハッ!」


 ナイフが徐々に僕に向かってきている。

 だが、この時、僕の頭の中には映画『仮面ニンジャー対悪魔のトカゲ人間』のワンシーンが流れていた。

 仮面ニンジャーが『サムライソード!』と叫ぶシーンが!

 ……まさかだけど、やってみる!

 というか、やるしかない!!


「死ねぇー!!」


 男は叫んだ。


「サムライソード!!」


 僕も叫んだ。

 すると……。


 スパッ!


 ドサッ!


 なにかが出てきて、なにかが落ちた。

 一瞬、僕はなにが起こったのかわからなかった。

 たぶん、向こうもなにが起きたのかわからなかったと思う。


 ただ、現状を言うと、僕の右手から、いきなり刀が出てきた。

 日本刀が。

 長さは95センチ。刃の長さは70センチぐらいだろうか。

 その刀を今、僕は右手で握っている。

 僕は驚いた。

 そして、このあと、さらに驚いた。


「え?」

「あん?」


 ……。


 ナイフを握っていた男の右手がなくなっていた。

 男の右腕は右手首から先がなくなっており、筋肉繊維や筋、骨、血管、神経などが露出していた。


 ブシャー!!!


 そして、男の右手首から大量の血が噴き出す。

 吹き出した血は僕の仮面とスーツを赤く染め、男の顔と服をも真っ赤に染めた。

 男は自分の右手がなくなり、血を噴き出している右手首を見つめた。


「……。オイ、なんだよ、これ?」


 ……。

 僕に聞かれても困る。

 男は瞬きせずに、自分の右手首から血が出ているのを見つめる。

 僕は横目で、チラッと地面を見た。


 ……。


 ナイフを握っている右手が落ちていた。

 真っ赤なプールを作って……。


 ……。


 男も、地面に落ちている右手を見つめた。

 無表情だった。

 手首から血が流れ続け、僕と自分と地面を赤く染め続ける。


 男は地面に落ちている右手を見つめ……。


「……オイ。だから、なんだよ、アレ?オイ?」


 ……。

 あんたの右手だと思います……。

 たぶん、僕が斬ってしまった右手かと……。

 そう心の中で言った。


 ……。


 どうしたらいいか、わからなくなっていた。

 まさか、『サムライソード』と叫んだら、いきなり刀が出てきて、この男の右手を斬ってしまうなんて……。

 そんなことになるとは、思ってもいなかったから……。


 今までの僕の人生の中で、他人の右手を斬ってしまったことなんてない。

 いや、あるわけがない。

 この現在社会で、そんなことあってたまるか。


 だからこそ、今どうしていいのか、わからなくなっている。

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