EP.27「僕はコイツを許さない」

 僕、東園奏太の耳に、ティア・ゼペリオ・シュガーライトと西川くんの助けを呼ぶ声が遠くから聞こえた。

 そして、気づくと全身が黒いウェットスーツのようなものに包まれ、顔には黒い仮面が被さった。

 古いB級映画のヒーロー「仮面ニンジャー」によく似た姿だ。

 この姿になった僕の身体能力は、明らかに人間の身体能力を大きく超えていた。

 これでオリンピックに出たら、全種目で金メダルが取れそうだ。


 僕はティアと西川くんの声が聞こえた場所へと、住宅の屋根と屋根とを跳んでから、途中、猛ダッシュで走った。

 時速何十キロ出ただろうか?


 ティアと西川くんの二人は公園に居た。

 二人とも、地面に倒れている。

 僕は公園の入口前で一旦、足を止めた。


 公園内には、ティアと西川くんの他に知らない男が居た。上下、革の服を着ている。

 そして、おぞましい数のトカゲの大群が地面を動き回っていた。

 誰だ、アイツは……?それに、あのトカゲの大群はなんなんだ?

 そう思っていると、男の手からナイフが出てきた。

 魔法だ。魔法で作られたナイフだ。

 男は手にしたナイフの刃を、ティアに向けた。


 それを見た瞬間、僕は駆け出した。

 説明がなくても、この光景を見れば、彼らが今、どういう状況なのか察しがつく。

 そして、僕がなにをすべきかも。


 僕はその場に猛ダッシュで駆けつけ、名も知らぬ男を全力でぶん殴った。

 女の子に刃物を向けているのだ。

 どう考えても、コイツは危険人物だ。

 それに……。


 ティアが泣いていた。


 ティアを泣かせたのは、コイツだ。

 だから、僕はコイツをぶん殴った。

 反省はしていない。


 刃物を持った男が吹っ飛んだあと、僕はティアと西川くんを改めて見た。

 倒れているティアと西川くんは身体が麻痺しているのか、どうやら動けない様子だった。

 なにかの魔法を受けたのか、薬物などで、身体が動かせなくなったのか?

 それに、ティアの身体にはトカゲ数匹が張りついている。

 だが、今は動かなくなっている。

 ティアのあのか細くてキレイだった両手は、皮膚が裂けてボロボロになり、血で染まっていた。

 ……。

 傷だらけの彼女の手を見て、僕は胸が痛んだ。


 僕は動けなくなっているティアの身体を抱きかかえるようにして、両腕で持ち上げた。

 彼女の身体に張りついていたトカゲがボトボトと地面に落ちる。

 普段の僕なら、絶対に彼女の身体を持ち上げることは出来なかっただろう。


 ……。


 というか、これって、所謂お姫様だっこってヤツではないだろうか……?

 僕の手に、ティアの背中と太ももの柔らかい感触が……って、こういう時になにを考えているんだ、僕は!!バカか!?

 今は、ティアを安全な場所に置いておかないとだろう!!


「あ、あ、あ……」


 ティアは口をパクパクさせた。

 なにか言おうとしているみたいだが、声が出せないようだ。

 僕の(仮面で隠された)顔を、ティアはその紫色の瞳で弱々しく見つめる。その目からは涙が流れていた。

 彼女は、まともに言葉を発することが出来ないぐらいに弱っている。

 いくら姿が変わったとはいえ、今の僕に弱った彼女を回復させる力はない……。

 だから、せめて……。


「安心して。僕が、絶対にキミを助ける」


 そう言うしか出来なかった。

 気休めにしかならないけど、それしか今は言えなかった。

 僕の言葉を聞いた彼女は、再び、目から涙をこぼした。

 そして、彼女は弱々しく微笑み、ゆっくりと目を閉じた……。

 呼吸はある。心臓の鼓動も聞こえる。

 彼女は意識を失っただけだ……。


 ……。


 ティアの身体をベンチの上に静かに置いた。

 ……このベンチ、何故か、焦げてて濡れている。


 ボロボロになって気絶している西川くんもお姫様だっこし、もう一つのベンチに静かに置いた。

 ティアもだが、西川くんもかなりヤバイ状態だった。彼の口から出た泡を手で拭いとったが、呼吸が弱々しく、脈も弱い。

 そして、全身が傷だらけでボロボロだ……。

 顔が特に酷い。まるで、刃物かなにかでズダズダに切り刻まれたようだ。

 リサイクルショップでの出来事といい、どうして、西川くんはこんな目にばかり遭うんだ……?


 ……。


 僕は地面に膝をつけ、動かなくなったトカゲを一匹捕まえた。

 今は冬だ。なんで、トカゲがこんなにたくさん居る?

 しかも、僕が公園に来る前までは動き回っていたのに、あの男をぶん殴ってから急に動きが止まった。

 今では、まるでよく出来た爬虫類のフィギュアみたいだ。


 ……だんだん、状況が把握できた。

 このトカゲは『魔力』で出来ており、『魔法』で作られたものだ。

 見た目はどこにでも居そうなトカゲだが、どういうわけか、この黒いゴム手袋のような手で触ると、これが本物のトカゲじゃないってのがわかる。

 そして、このトカゲのせいで、ティアと西川くんが衰弱している……。


 ティアと西川くんをこんな風にしたのは、さっき、ぶん殴ったあの男……あいつの仕業だ……。

 間違いない。

 あいつが『魔法使い』……いや、例の『強盗』なのか?

 そして、このトカゲを使って、二人を苦しめたのか?

 

 僕は手からトカゲから離した。

 今、僕の心の中はマグマのように怒りでグツグツと煮えたぎっている。

 だが、今は怒っている場合ではない。


 まずは、二人を病院に連れて行かないと。

 救急車を呼ぼうと思ったが、僕のスマートフォンは今、壊れている……。というか、この姿に変わってしまったんで、どうやってスマートフォンを取り出せば良いんだ?

 こうなったら、二人を直接、病院に運ぶしかなさそうだ。

 今の僕の力なら、この二人を両脇に抱えて、病院まで行くことが出来そうだ。

 僕は立ち上がった。

 今すぐ、ティアと西川くんを病院に……。


 コツン!コツン!


 公園内に足音が強く響く。

 僕は足音の鳴る方に顔を向けた。


 そこには、顔が腫れ上がった男が足音を鳴らしながら、ゆっくりと歩いてやってきた。

 さっき、思いっきり僕の拳がめり込んだからか、男の左頬は腫れ上がっており、唇は切れて血が流れていた。

 男の眼は血走っており、手で自分の頬を押さえていた。


「てめぇ……どこのコスプレ野郎だ、チクショウが……。歯が一本折れちまったじゃねぇか、コラ!!」


 男は口から、ブッ!と血と折れた歯を吐き出した。

 地面には血がかかり、歯が突き刺さった。

 男はかなり怒っている。


 しかし、僕だって怒っている。

 アイツがなにかしたせいで、ティアと西川くんの二人は気を失い、しかも傷だらけになっている。

 西川くんは泡を吐いているし、ティアの両手は皮膚がズダズダになっていて傷が酷い。


 そして、なにより……。

 ティアに刃物を向けたコイツが許せない……。


 だが、ここは冷静にクールにならないといけない。

 まずは、ティアと西川くんを病院に運ぶことが最優先だ。

 コイツの相手をしている場合じゃない。


「おい……なんか、言えよ、コスプレクソ野郎。この星には、いきなり人を殴っても良いって、ルールでもあんのか?ああん?このクソカス野郎が」


 男の喋り方に品性というモノが、まったく感じられなかった。

 僕は男を睨んだ。仮面でわからないだろうけど。


「今から、この二人を病院に運ぶ……。邪魔をするな……」


 ハッキリと、男にそう言ってやった。

 怒りは抑え、冷静にクールに。

 すると、男は……。


「行かせねーよ……。そのメガネは生きてるうちに、ハラワタ切り裂いて『カケラ』を取り除いてからぶっ殺す……。そして、その女もパルフェガーディアンズへの見せしめとしてぶっ殺す……」


 その言葉で、僕の頭の中でカチン!と音が鳴った。


 コイツ……今、『ぶっ殺す』って、二回も言ったよな……。


 マグマのように煮えたぎる怒りが、だんだん抑え切れなくなってきている。

 僕は拳をギュッと力強く握りしめた。


「そんなでもって、テメェもぶっ殺す!!」


 ティアを、西川くんを、病院に連れて行かなければならない。

 それは、なによりも最優先すべきことだ。

 だが、コイツはハッキリと『行かせない』と言った。

 僕がこの二人を抱えて移動しようとしても、コイツは絶対に邪魔をしてくるだろう……。

 それに……。


 ティアと西川くんを『ぶっ殺す』と言われて、黙っていられるか!!


 二人がまだ無事な内に、コイツを叩きのめす!!

 僕はこの男に向かって、駆け出した。

 3分……いや、1分でカタをつけてやる!!

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