EP.26「そして、彼がやってきました」

 私の身体は、手足どころか、指一本動かすのも厳しい状態になっていました。

 まるで、身体中の神経がショートしてしまったかのような……。


 かろうじて、首だけは動かせました。

 西川くんは意識を失って、倒れたままです。

 ようやく、トカゲの群れから救い出せたというのに、このままだと彼は……!

 すぐにでも治癒魔法をしないといけないのに、私の身体は痺れて動きません!


 唯一、動く首を違う方向に向けました。

 さっき、トラップで吹っ飛んだトカゲたちが体勢を整え、また群れになって動き始めていました。

 私は心の底から絶望しました。

 大量のトカゲがゾロゾロとリザリザの足元に集まっていました。

 とてつもなくおぞましい光景でした。


「あ、あ、あ……う、う、そで……しょ」


 私は声を出すことも、まともに出来なくなっていました。

 なんで?どうして?いつ?と、ボヤけて来た意識の中でいろいろ考えました。

 すると、この公園に来てすぐ、トカゲに噛まれた時のことを思い出しました。

 あの時、噛まれた傷は小さな傷でした。

 ですが、少しだけ痺れていました。


 ……まさか!?


 すると、パチパチと拍手をする音が聞こえました。

 首を精一杯の力で動かし、音の鳴る方に顔を向けました。

 リザリザが拍手をしていました。


「素晴らしい……!素晴らしいよ!エクセレント!!まさか、あの危機的状況を簡単な結界魔法で乗り越えるなんて!!素晴らしい!!感動した!!」


 この男の人の神経を逆撫でするような態度だけは、神経が麻痺していても、腹が立ってしまいます。

 リザリザはパタンと拍手をやめ、真顔になりました。


「だけど、ざんねーん。惜しかったねー。キミー。俺の方も俺の方でトラップ仕掛けていたんだよねー。かわいい、かわいいトカゲちゃんたちにちょっとしたイタズラをね……」

「あ、あ、あな、た……ま、ま、まさか……」


 私は口を動かして、なんとか言葉を発します。

 すると、リザリザは……。


「オイオイオイ。無理して、喋るなって。身体が痺れて動けないんだろ?」


 やっぱり……!

 迂闊でした。

 またしても、私は大きなミスをしてしまいました。

 今、この状態になるまで、敵が最初から仕掛けていた罠に気がつかなかったのです。


 あのトカゲたちの牙と爪には『痺れ薬』か、あるいは、なにかの『毒薬』が塗られていたことに……。


「まあ、トカゲちゃんに仕込んだのは、身体が動けなくなるだけの痺れ薬だから安心しなよ。死には至らないから……。まー、でも、俺ってさー、自分で言うのもなんだけど、性格が悪くてさー」


 あなたの性格が悪いのは、誰にだってわかります!


「本当だったら、毒薬をトカゲちゃんに仕込みたかったねよー……」

「なっ……!?」

「だけど、うちの『リーダー』が、人間の体内に『カケラ』がある内は殺すなと命令されててねー。毒薬仕込んだら、逆に俺がリーダーに殺されちまうよ」


 り、『リーダー』……?

 強盗団というからには、もしかしてと思いましたが、やっぱり、リーダー的な存在が居たわけですね……。


「体内に『カケラ』のある人間が死んだら、そいつの体内にある『カケラ』も消えちまう可能性があるらしいんだわ。だからさ、そこのメガネくんは死なないと思うから安心しなよー……。でも、ヤバイかな、これ。口から泡吹いているし。ヤッベェー。メガネ、死ぬかも。でも、まあ、その前にメガネのハラワタから『カケラ』切りとっとくけどー」


 リザリザは、またもや嘲笑います。

 体内に『カケラ』のある人が死んでしまったら、『カケラ』も消えてしまう……?

 そんな重要な話、私はお父様からもソフィアリーダーからも聞かされていません……。


「ぐっ、あっ……」


 しかし、今はそのことについて考えている余裕はなさそうです。


 西川くんの身体全体に大量のトカゲが張り付いた時、トカゲの牙と爪に仕込まれていた痺れ薬は傷口から入り込み、今、彼の身体を麻痺させました……。

 私の場合、魔法使いであるので、体内の魔力によって痺れ薬に耐性があったのか、痺れ薬の効果が効いてくるまで時間がかかったようです。

 あるいは、西川くんの身体からトカゲを引き離していた際、大量のトカゲを掴んでいたので、その時に手の傷口から痺れ薬が多く入り込み、効いてきたのか……。

 どちらにせよ、最悪のピンチです。

 私は魔力を体内に循環させ、なんとか痺れ薬を中和させているので、脳や心臓、肺までは麻痺していません。

 ですが、手足が動かせず、指一本動かすのも厳しいです。それに、意識もだんだんボヤけてきました……。

 私はまだしも、西川くんが大変です。

 彼は『擬似魔法使い』なので、魔力で痺れ薬を中和させるなんてことはできません。

 このままだと、彼は……。

 私はまたしても、この言葉を口から出してしまいました。


「たすけて」


 麻痺し始めた喉と口を動かして、精一杯、声を絞り出しました。

 リザリザは耳に手を当てました。


「あん?今なんて言った?」


 魔力での痺れ薬の中和が追いつかないのか、だんだん、身体が思うように動かなくなってきました。

 それでも、私はまた言ってしまいました。


「たす……助けて!!」


 精一杯の、精一杯の叫びでした。

 それを聞いて、リザリザは大笑いをしていました。

 もう、どうにもなりません。

 深い、深い絶望感が私を包みこました。

 目からは涙が溢れ出てきました。

 何度も何度もミスを繰り返して自信を無くし、それでもなんとか逆転出来たと思っていたら、最後の最後で相手に上を行かれ、絶望のドン底に叩きつけられました。

 私には、もうなにも出来ません。どうにもなりません。


「ごめんね、ごめんね。俺、本当は優しい男なんだけどさー。キミみたいにカワイイ子なら、助けてあげても良いんだけど、リーダーの命令でパルフェガーディアンズは誰であろうが絶対に始末しろって、言われててねー」


 リザリザは笑いながら、喋ります。


「だから、死ねよな」


 リザリザは笑うのをやめ、真顔で言いました。

 私はこの時、死を覚悟しました。

 怖くはない……。

 死ぬのは、怖くはない……。

パルフェガーディアンズに入団した時から、死と隣り合わせなのは、覚悟してしまいました。

 だから、死ぬのは怖くない……。

 私は自分にそう言い聞かせました。


 だけど……。


 やっぱり、怖いです!

 死ぬのは怖いです!!

 とても、怖いです!!

 私は、死にたくないです!!

 死にたくなんてないです!!

 誰か、誰か助けて!!


 私は叫びたくても、声が出せませんでした。

 リザリザの足元に居る大量のトカゲが私に迫ってきます。

 トカゲの群れは私の身体に張り付いてきました。

 まるで、死神のようでした。

 確実に迫ってくる死のようでした。

 私はただ、その確実に迫ってくる『死』を受け入れるしかありませんでした。

 リザリザは魔法で手から、ギザギザした『ナイフ』を出しました。

 そのナイフで、私を……。


「俺、優しいからさー。その意外と大きめの胸をひと突きして、それから……」


 お母様、ごめんなさい。

 私、これから死んじゃうみたいです……。

 憧れのパルフェガーディアンズに入れたのに、私はヘマばかりしてしまい、とうとう、こんな形で人生を終えることになってしまいました……。

 本当にごめんなさい。

 いきなり居なくなり、見知らぬ土地で死んでしまうことをお許し下さい……。


 最期に……。

 お母様の作ったパンケーキが食べたかったなぁ……。


 私が最期に思うのは、それだけでした。

 リザリザが私の近くに立ちます。

 そして、刃を私に向けました。


「んじゃあ、ひと突きであの世に送って……」


 リザリザが喋っている途中でした。

 足音が聞こえてきたのは。

 ドタバタと。

 駆け足のようでした。


「あん?」


 リザリザは音がする方に首を向けました。

 私は首が麻痺し始めたので、音がする方に顔を向けられませんでした。


 ゴギャッ!


 なにかが砕けるような音がしました。

 骨……でしょうか?

 すると……。


「ぶぎゃああああああーーー!!!」


 なにが起きたのか、わかりませんでした。

 ただ、これだけはわかります。

 リザリザは叫び声を上げて、遠くに吹っ飛んでいきました。


 え?え?え?


 なんなんでしょう、これは?

 一体、なにが起きたんでしょうか。

 なんとか意識をハッキリさせると、私の近くには、いつの間にか黒い人影がありました。


 ……。


 いや、全身真っ黒な人が立っていました。黒い仮面を被っています。

 月灯りか、公園の灯りがなければ、見えなくなるほど黒い身体をした人が、今、私のそばに居ます……。

 その人は、私の身体を抱きかかえ、持ち上げます。

 先程、リザリザが吹っ飛んだ影響か、私の身体に張り付いたトカゲが次々と地面に落ちていきます。

 黒い人は、その黒い仮面を私の顔に向けています。

 一体、誰なんでしょうか?


「あ、あ、あ……」


 あなたは誰?と言おうとしましたが、もう無理でした。

 喉が麻痺をして、言葉を発することができません。

 すると、彼は、


「安心して。僕が、絶対にキミを助ける」


と、優しく言いました。

 彼のその言葉を聞いた瞬間、なんででしょうか?

 目からまた涙が溢れてきました。

 さっきのような絶望で冷え切ったような涙ではありません。

 暖かい涙が、自分の目から零れました。


 この人は、仮面でどういう表情をしているのかわかりません。

 だけど、きっと、優しい顔をしているんだろうな……と私は思いました。

 だんだん、意識が遠のいてきます……。

 意識がなくなる前に、せめて……せめて、この人に『ありがとう』と伝えたかったな……。


 ここで、私の意識は途切れてしまいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る