EP.23「何故、私はこうも魔法が下手なんでしょう」

 私と西川映作くんは、とにかく走りました。

 後ろを見ても、あの『強盗』は追いかけてきません。

 それはそれで良いのですが、逆に追いかけて来ないのが不気味でした。

 あの余裕のある態度に、人を見下したような喋り方……。

 なにか、とても感じが悪いのです。


 病院から離れ、私たちは走り続けました。何分ぐらい走ったのでしょうか。結構、走りました。

 すると、目の前に公園がありました。

 真ん中に円形の噴水があり、周囲は木に囲まれています。

 私は背後を見ました。『強盗』の姿はありません。

 とりあえずは、もう大丈夫そうだと判断した私は、ここで足を止めました。私の後ろを走っていた西川映作くんも足を止めます。

 どうやら、あの強盗から逃げ切れた……と思いたいところです。


「ゼーハー、ゼーハー……」


 西川映作くんは大量の汗を流し、呼吸を激しく乱していました。


「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫ではないであります……る……」


 彼は、かなり疲れている様子でした。ヘトヘトになりながら、公園にあるベンチに座りました。

 私は周囲を警戒します。

 公園には、時計がありました。時間は深夜0時を過ぎており、人の気配はありません。

 あの強盗から逃げきれたとは思いますが、これから、どうしましょう?

 通信機は壊れて(壊して)しまいましたし、誰とも連絡が出来ません。

 なにより、ソフィアリーダーとは病院で合流する予定だったのが、病院から離れてしまいました。通信機もなしにどうやって、リーダーと会えば良いのでしょうか?

 とにかく、考えても仕方ありません。

 西川映作くんが落ち着いたら、ここを出て、あの場所……あの地下室のある基地に向かいます。

 あそこの地下室は、『魔法使い』の身を隠せるように結界が張ってあるので、到着すれば一安心です。


「う、うぐぁっ!!」


 西川映作くんが妙な声を出しました。

 急いで、私は彼が座っているベンチへと駆け付けます。

 もしかして、なにか攻撃を受けたのでしょうか?それとも、どこか怪我をしてしまったのでしょうか?


「どうかしましたか!?」


 私は西川映作くんの顔を見ました。

 すると、西川映作くんは、


「わ、わ……」


 わ、わ?


「わき、わき腹が痛いでありまする……」


 ……。

 どうやら、彼は大丈夫みたいです。

 西川映作くんはわき腹を抱えて、呼吸を整えています。

 いきなり走ったので、お腹がビックリしたのでしょう。


「ワタクシ、普段、体育の授業でしか運動なんてしないのに、こんな長距離をいきなり走らされたら苦しいでありまするよ!!」

「普段から、運動してくださいね」


 今の私には、それしか言えませんでした。


「喉が渇いたでありまする……ハァハァ……」


 そうは言われても、私にはなにも出来ません。

 魔法で作った水は飲めませんし、飲み物をここに持って来るテレポート魔法は出来ません。

 私は西川映作くんに背を向け、周囲を見ます。

 この星の自動販売機を探しました。私の星にも飲み物を販売する自動販売機があります。

 どこかに自動販売機はないかと、公園内を見渡します。

 んー、噴水や木しか見えません。どこにも自動販売機はなさそ……。


「ひっ!!」


 また、西川映作くんが変な声を上げました。

 今度はどうしたのでしょうか?

 私は振り返ります。


「今度はどうしましたか?」


 西川映作くんが私に指を差しています。


「と、トカゲ!!トカゲが!!」


 トカゲ?

 西川映作くんが私の右肩に人差し指を向けます。


「肩!肩にトカゲがついてありますぞ!!背中から、か、肩に移動したでありまする!!」


 へ?

 私は自分の右肩に目を向けました。

 チョロッ。

 確かに、私の右肩に小さなトカゲが居ました。

 私の目とトカゲの目が合います。

 トカゲは舌をペロって出しました。


「うわあああーー!!?」


 ビックリしました。

 いつの間に、私の肩に!?

 これにはさすがに驚き、大声を出しちゃいました。

 いつ、どこで私に飛びついたのでしょう?


 ……。


 なんだか、とんでもなく嫌な予感がします。


「と、トカゲ……!?」


 私は肩に乗っかっているトカゲを掴みました。

 そして、掴んだトカゲを私は凝視しました。頭からシッポの先までの長さは大体20センチぐらい。牙が二本、見えます。

 このトカゲ……顔も、手足も、シッポもどこをどう見ても普通の小さなトカゲです。私の住む地球にも、この星にも居る、どこにでも居るただのトカゲです。

 でも、なにが違います!!決定的になにかが違います!!

 西川映作くんは驚いています。


「うひぃ!よくトカゲに触れるでありますな!ワタクシ、爬虫類系は見るのは大丈夫ですが、触るのはちょっとぉ……って、アレ?今は1月でありまするぞ……。何故、冬にトカゲが……?」


 彼も気づいたようです。

 このトカゲは、普通のトカゲではないことに。

 さっき、このトカゲは西川映作くんの病室に居ました。

 そして、あの警備員の姿をした強盗の肩にも乗っていました。

 ということは、このトカゲ……。

 かなりヤバいです!?

 これは、トカゲの形をした『魔力』の塊!!魔法で作られたトカゲです。


 ガブッ!


「痛ッ!!」


 トカゲは私の手に噛みつきました。

 私は痛みで思わず手を開き、トカゲを離します。

 地面に落ちたトカゲはカサカサと動き回って、どこかへと去って行きました。

 私の手には小さな歯型がつき、そこから血が少し出ています。


「噛まれたのでありますか!?大丈夫でありますか!?」


 西川映作くんが私を心配してくれました。

 大した傷ではありません。

 私は治癒魔法によって、すぐに傷の手当てを始めます。

 治癒魔法は比較的に簡単な魔法です。魔力により自然治癒力を活性化させ、それにより、傷ついた皮膚細胞を修復。傷を埋めます。

 小さな傷なので、傷はすぐに塞がりました。流れた血は持っていたハンカチで拭きます。

 ちょっと手に痺れがありますが、特に問題はなさそうです。

 西川映作くんは驚いた顔で私を見ています。


「い、今のはなんなのであります!?ま、まるで、傷が手品のように消えたではありませんか!?」

「簡単な治癒魔法です」

「ち、治癒魔法……?……ま、魔法!?……で、ありますか……?」

「そうです。魔法です」


 私がそう言うと、西川映作くんはポカンとしています。

 驚いたのでしょうか?

 すると、彼は、


「魔法……?そんな、非現実な……。ワタクシ、オカルト映画は好きでもオカルトじみた話は信じないでありまする……」


と言いました。

 どうやら、彼は魔法の存在を信じていないようです。

 先程、地面が柔らかくなったり、傷を治癒したのを見れば、少しは信じると思いますが……。


 いや、今はそれどころではありません!

 あのトカゲ……!あのトカゲが私にくっついて、今ここに居ると言うことは、とても、まずいです!いや、かなり、まずいです!

 本当に私はポンコツでダメダメな魔法使いです……!

 病院から離れた時、あの警備員の姿をした強盗の肩に乗っていたトカゲが、いつのまにか私の服についていたのです!

 何故、気が付かなかったのか……!

 逃げることに必死で、トカゲの存在に気づかなかったという言い訳はできますが、今は言い訳も、反省もしていられません!

 あの魔力で作られたトカゲは『発信機』だったのです!

 なので今、強盗はトカゲが放つ魔力から、私たちが公園に居ることを知っています!

 だから、追ってこなかったのです!

 いや、今から追ってくるかもしれません!

 私は西川映作くんに顔を向けます。


「西川映作くん!聞いてください!今、とんでもなく大変なことになりました!」

「へ?」

「今すぐ、この公園から出ましょう!」


 すると、西川映作くんは物凄く嫌そうな顔をしました。


「ええーでありまする!?また走らないといけないのでありますか!?」

「走らないといけないのです!!」


 私たちがここに居ることを、向こうはわかっているのですから、いつやってくるかわかりません!

 ですが、西川映作くんはベンチから立ち上がってくれません。


「なんなんでありますか、あなたは!?病院の窓から飛び降りたり、走ったり、『魔法』とか言い出したり……一体、何者なのでありますか!?走るにしても、ちゃんとした説明をして欲しいのであります!!」


 どうやら、彼は混乱しているようです。あの時の東園奏太くんみたいに。

 ですが、今は説明している余裕はありません!

 一刻も早く、ここから離れないと!!


「とにかく、今はここから離れるのです!!じゃないと」


 私は大きな声を出しました。

 すると、


「じゃないと、ここで二人とも死んじゃうからでーす」


 私の言葉が、誰かの声で遮られました。

 男性の声です。西川映作くんの声ではありません。

 私は背筋にゾワッという感覚が走りました。

 こ、この声……まさか!?

 私は声がする方に顔を向けました。


 そこには、もう一つ、ベンチがありました。

 そして、ベンチの上には……小さなトカゲが居ました。

 ……さっきのトカゲです。


「メガネくんは身体の中には『ロード・ストーン』の『カケラ』が入り込んでしまったのでーすー。だから、その貧相な身体を切り裂いて『カケラ』を取り出してあげないといけないのでーすー」


 トカゲが口をパクパク開けて、喋っています。


「ひぃいいー!!と、トカゲが喋っているでありまする!!」


 西川映作くんが驚きました。

 私も驚きましたが、不気味さの方が勝っていました。

 私の住む星に言葉を喋るトカゲは居ません。たぶん、この星にもいないでしょう。

 あのトカゲは『魔力』で作られたトカゲです。

 このトカゲを作った『魔法使い』、いや、『強盗』は魔法でトカゲに自分の声を送り、このトカゲを操って喋らせているのでしょう。

 トカゲがまた口をパクパクします。


「そして、そこの金髪でキュートな女の子も死ななくてはなりませーん!彼女は、パルフェガーディアンズの一員だからでーす。残念だけど、『僕たち』の邪魔をしてくるので、死ななければなりませーん。うわーん、かわいそー」


 私は、物騒なことを言うトカゲを睨みます。

 そして、右手をトカゲに向けました。

 広げた右手に魔力を込めます。そして、徐々にその魔力を電気エネルギーへと変えていきます。

 トカゲはまだまだ口をパクパクさせます。


「だ・か・ら!この公園は、二人のお墓になり」


 トカゲが言い終わらない内に、手に集中させた電気エネルギー……電撃をトカゲに向けて放ちました。

 私の目はたぶん、今、紫色に光っているでしょう。

 私の手のひらから、ベンチの上に居るトカゲに向けて、紫色の閃光が走ります。

 ドガーン!!という音が響きました。

 私の放った電撃がトカゲに当たったのです。

 トカゲは一瞬で焼けました。

 そして、黒焦げになった後、青い粒子になって霧散しました。

 このトカゲ。青い粒子になったということは、やっぱり、本物のトカゲではありません。『魔力』で作られたものです。


 そして、トカゲが乗っていたベンチ……。ちょっと電撃の威力が強すぎたのか、木製だったからか……。

 ベンチが燃え始めました……。

 トカゲを消し去る程度に魔力を加減したつもりでしたが、ベンチを焦がしてしまい、そのまま火がついてしまったようです。


「わ、わ、わ、わ!!!」


 私は急いで燃えているベンチに駆け付けました。

 急いで消化しないと!

 得意ではありませんが、水の魔法を使います。

 開いた右手を燃えているベンチに向けます。

 私の目がまた紫色に光ります。


 すると、大量の水が私の頭上からバシャーン!!と落ちてきました。


 おかげで、ベンチの火は消えました。

 ですが、私はずぶ濡れになりました。髪の毛も、服も、靴も。

 冷たい風が吹いています。寒いです。

 ……やっぱり、水の魔法は苦手です。

 火の魔法を使って服を乾かそうと思いましたが、自分の服を燃やしてしまいそうなので、簡単に魔力で自分の体温を上げ、ヒーターのようにし、濡れた髪や服を乾かそうと思います。

 ふと、西川映作くんの方に顔を向けます。


「あががが……」


 彼は今、なにが起きたのか、訳が分からず混乱している状態でした。なにか言いたくても、なにを言ったらいいのかわからないって状態でしょうか。

 トカゲが喋ったり、雷が出たり、大量の水が落ちてきたりと、彼には信じられない出来事が連発したのですから。

 ですが、こうしている場合ではありません。

 『強盗』……『敵』に位置が知られたのです。もしかしたら、もうすぐここに来るかもしれません。

 混乱しているところ、申し訳ないのですが、すぐにここから出ないと。

 私は再び、西川映作くんの元に駆け付けます。


「あがががが……い、一体全体、本当になんなのでありまするか、これは……!?ドッキリ?かなり手の込んだ素人ドッキリなのでありますか、これは!?」

「混乱している場合ではないのです!今すぐ、ここから……」


 出ましょうと言おうとした瞬間でした。


「ここから、出られません。ざんねーん」


 横から飛んできた声に、私の声が遮られました。

 コツン、コツンと靴の音……人が歩く足音が聞こえます。

 私は恐る恐る、声がする方に振り向きました。

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