EP.20「僕は黒い仮面を被った」

 ぐわっ!!


 とうとう、黒いドロドロが僕の目と鼻を覆った。

 そして、頭まで。

 こ、呼吸が!呼吸が出来ない!!


 僕は、とうとう黒いドロドロしたなにかに全身を包まれた。

 もうなにも見えなくなり、なにも聞こえなくなった……。

 そして、呼吸も出来なくなった……。

 ……あ、呼吸は出来た。鼻の穴だけは穴が空いてるようだ。

 だが、僕の身体は、もう指も動かせない状態になっていた。

 嘘だろ、マジかよ……最悪だ。

 たぶん、今頃、ダイヤは僕を見て笑っているだろう……。


 ……。


 こんな風になるのが、『僕の願望』……『願い』だって言うのか……?

 こんなわけのわからない黒いドロドロに身体を飲み込まれるのが、僕の『願い』……。


 ドン!


 そんなわけあるか!!

 僕は右腕で地面を殴った。


 さっき、僕の耳に聞こえた声はなんだったんだ!?

 西川くんとティアの声だったじゃないか!

 あの二人の「助けて」って言う必死な声だったじゃないか!

 あれは妄想や幻聴なんかじゃない!!

 確かに、あの二人の声だった!


 西川くんは、クラスで浮いていた僕に話しかけてくれた。

 僕と同じく映画が大好きなオタクで、南城くんと一緒に「映像科学研究部」とか言うイタイ部活動をはじめたり、一緒に珍しい映画を観たり、探しに行ったりした友達だ!

 西川くんは僕の友達なんだよ!!


 ティア・ゼペリオ・シュガーライトのことは、よく知らない!

 見た目は可愛いけど、魔法使いなのに魔法を使うのが下手だとか致命的な問題があって、彼女のせいで、僕は気を失い、電気磁石人間になってしまったし!

 だけど、彼女は『カケラ』が体内に入った僕のことを心配してくれたし、魔力が尽きて倒れた西川くんを助けてくれた!

 そして、西川くんが倒れた後も、寒い病院の外で西川くんの様子を見ていてくれたりと、心の優しい女の子だってことはわかる!!


 そんな二人が、さっき必死に助けを呼ぶ声が聞こえたんだよ!!

 間違いなく、この耳に入ってきたんだよ!

 だから、僕は二人を助けに行きたい!!

 それが僕の『願い』、『願望』ってヤツじゃないのか!?


 こんな黒いドロドロに包まれるのが、僕の『願い』なわけがあるか!!


 今の僕の『願い』は……『西川くんとティアを助ける』ことだ!!


 すると、急に目がパッと開いた。

 さっきまで黒いドロドロで視界が塞がれていたが、今はハッキリと周囲が見える。


「アレ?」


 いつの間にか、僕は立ち上がっていた。

 本当に気づかない間に。

 さっきまで、身体にまとわりついていた黒いドロドロがなくなったのか、身体が軽くなっていた。

 目の前には、まだダイヤが居た。


「……」


 ダイヤは大きく目を開けたまま、唖然とした顔で固まっている。

 なんだ?どうしたんだ?

 さっきまでの高圧的でヤンキーみたいな態度はどこへ行ったのか、ダイヤはなにも言わず、その場で硬直している。

 まるで変なモノでも見ているかのように、黙って、ジーッと僕を見つめている。


「な、なんだよ……」


 僕がそう言うと、ダイヤは指を差し、


「……そ、それが、お前の『願い』……なの、か?」


と言った。

 え?彼女がなにを言っているのか、僕にはわからなかった。


 ……。


 ふと、自分の手を見てみた。

 両手が真っ黒だった。

 絵の具か、ペンキみたいな塗料で両手が真っ黒になっているってわけではない。

 黒いぶ厚いゴム手袋のような物が両手に被さっていた。

 いや、手だけじゃない!

 両腕、両足、股関節、腹部、背部、胸部、首回りも、ぶ厚い黒いゴムのような物で包まれている!

 というか、今、僕は黒いウェットスーツみたいな物を着ている!!


「な、なんだよ、これ!?」


 ダイヤは冷めた目で、


「いや、あたいに聞かれても困るし……」


 僕は恐る恐る自分の顔に触れた。

 硬い。

 僕は黒いゴム手袋のような物が着いた手で、自分の顔をパンパン叩いてみた。

 硬い。

 まるで、鉄板でも叩いているみたいだった。


 ……。


 まさかだとは思うが……。

 僕はダイヤに目を向けた。


「あの、ダイヤ……さま?」

「な、なんだよ……」


 ダイヤは怪訝な表情をしている。

 だが、それでも、彼女に聞かずにはいられなかった。


「もしかして、今、僕の顔に仮面みたいなものがついてませんか?」

「……うん。ついてる。両目しかない、だっさい黒い仮面が」


 ……。

 やっぱり……。

 さっき、僕の身体を包んだ黒いドロドロが、一体どういうわけか、仮面とウェットスーツみたいなものに変わって、僕の身体に装着されている。

 なんで、こうなった?

 そう思っていると、ダイヤの瞳がまた緑色に光った。


 鏡だ。

 鏡が出てきた。


 ダイヤは魔法で鏡を作ったようだ。

 そして、親切に鏡を僕の方に向けてくれた。


 鏡には、てっぺんが尖り、両目だけがある黒い仮面を被り、全身に黒いウェットスーツのような物を着ている男の姿が写っていた。

 その鏡に写っている男は、他の誰でもない。

 この僕だ……。


 さっきの黒いドロドロが固まって、何故か、こんな黒い姿になってしまっている……。

 なんでだよ!!


 それに、この姿、どこかで見たことがある……。

 まさか……。

 僕は『カケラ』が身体に入り込んだ日のことを思い出していた。


 あの日、僕は部屋で『仮面ニンジャー対悪魔のトカゲ人間』を観ていた。

 その映画には、仮面を被り、黒い装束を来たニンジャ……『仮面ニンジャー』が登場していた……。

 今、僕が身につけているコレは、その『仮面ニンジャー』の衣装にソックリだ……。

 マジかよ!嘘だろ!!

 なんで、仮面ニンジャーの姿になっているんだよ!!


 すると、さらに思い出した。

『カケラ』が体内に入り込んだ時、僕は足を滑らせて転倒。頭を打って、気絶した。

 その時……気を失う前の僕の頭の中には、仮面ニンジャーの姿があった……。


 ……。


 もしかして、ソレ?

 あの時、頭に浮かんだ仮面ニンジャーが……僕の『願い』?

 そして、擬似魔法使いになった僕が使える魔法は……。


 『仮面ニンジャーの姿になること』……なのか?


 マジかよ、嘘だろ。

 仮面が被さった頭を僕は抱えた。

 仮面ニンジャーになるのが、僕の『願い』だったのか……。

 こんなしょうもないことが、僕が使える魔法なのか……。


 すると、ダイヤはプフッ!といきなり吹き出した。


「アハハハハハ!!超だっせー!!それが、オメーの願望かよー!!アハハハハハ!マジだせー!!アハハハハハ!!」


 ダイヤは魔法で作った鏡を消して、腹を抱えて大笑いをしていた。

 彼女の笑い声が閑静な住宅街に響き渡る。

 うるさい!静かにしろ!!近所迷惑だろうが!!と言いたかったが、ダサいのは否定出来なかったし、これが自分の願望だと考えると哀しかったので、なにも言えなかった。


 改めて、ぶ厚い黒いゴム手袋みたいな両手を見る。

 まさか、仮面ニンジャーになることが、僕の願いだったなんて……。

 僕は落胆していた。

 てっきり、誰かを助けるのが、僕の願いだと思っていたのに……B級映画のキャラクターのコスプレをするのが、僕の願望だったなんて……。

 ギャグでも笑えない……。


「ギャハハハハ!腹痛い、マジ腹痛い!!」


 ダイヤはまだ笑っている……。

 いいかげん、近所迷惑だから笑うなと言おうとした瞬間……。


「たすけて!」


 !?

 また、声が聞こえた!女の子の声だ!


「ギャハハハハハハ!!」


 今、僕を見て笑っているダイヤの声じゃない!!


「助けて!!」


 これはティアの声だ!!

 さっきも聞こえた!

 また、彼女が「助けて」と言っている。

 さっきもだが、なんで、病院……遠くに居るはずの彼女の声が聞こえてくるんだ!?

 すると、僕の脳にあるセリフが浮かんできた。


『ニンジャーは、例え遠くに居ても助けを求める人の声を聞くことができるのだ!』


 これは、この姿の元ネタである『仮面ニンジャー対悪魔のトカゲ人間』のナレーションである。


 ……。


 まさかな……。いや、もしかしたら、そうかもしれない。

 さっき、聞こえたティアと西川くんの助けを求める声……。

 なんで、僕が魔法で仮面ニンジャーの姿に変わったのか、だんだんわかってきたぞ……。

 もし、そうなら……!


「あん?」


 ダイヤは笑うのをやめて、僕を見た。

 僕は両膝を曲げた。


「なにしようとしてんの、お前?」


 そして、勢いよく、膝を伸ばした。


「ワッ!!」


 一瞬にして、僕の身体は宙に浮いた。

 膝を伸ばしただけで、住宅の屋根を越えるぐらい高くジャンプした。高さは、大体30メートルぐらいは跳んだか?

 マジかよ、嘘だろ!

 まるで、紐なしで逆バンジージャンプをしたような感じだった。

 宙に浮いてから、だんだん落下していくが、空中でなんとかバランスを取り、僕は誰かの家の屋根に足で着地した。

 思っていたより、静かにストンと着地が出来た。

 屋根はコンクリートだからか壊れてはいない。

 ただ、ちょっと衝撃はあったので、家にいる人が驚いて起きなければ良いが……。


 振り返ると、遠くでダイヤが愕然と僕を見ている。

 屋根の上に居るので、ここからだとダイヤが小さく見える。

 ダイヤは口を開けて、驚いている。

 なんだか、気分的にもダイヤが小さく見える。

 僕はダイヤに向けて、手を振った。

 ダイヤは僕に向けて、中指を立てた。


 さぁて、と!

 これで、ようやくわかった……!

 僕の『願い』から生まれた魔法は、仮面ニンジャーのコスプレをすることじゃない!


『仮面ニンジャーのように、人を助ける力を得ることだったんだ!!』


 そうとわかれば、この魔法……いや、この力、ちゃんと活用させてもらう!!


 僕はまた大きく膝を曲げ、ジャンプした。

 そして、次々と住宅の屋根に飛び移り、ティアの声が聞こえる方へと向かって行った。


 西川くん、ティア!

 待ってろよ!

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