EP.18「見なかったことにしよう」
部屋から出ると、そこは埃と蜘蛛の巣だらけの廊下だった。弱々しく電灯がついている。
埃を被った箱や、空き瓶やペットボトル、缶が転がっている。
なんだよ、ここは?ちゃんと掃除されていないのか?
この廊下には、さっきまで自分が居た部屋のドア以外にも、いくつかドアがあった。
だが、今はそんなことはどうでも良い。
右を向くと、登りの階段があった。その先にはドアが。
やっぱり、ここは地下室だったか。
駆け足で階段を登り、ドアを開ける。
ドアを開けると、その空間にはテーブルや椅子がいくつかあり、カウンターテーブルのような物まであった。
灯りはなく、窓から月の光が差し込んでいる。
薄暗くてよく見えないが、どこかに出入り口はないか、周囲を見渡して見る。
木造建ての室内になっており、ほのかにコーヒーの香りがする。
カウンターテーブルの向こうには、棚があり、コーヒーカップや食器などが並べられ、奥にはキッチンが見えた。
どうやら、ここは喫茶店かなんかだったようだ。
だが、ここも埃と蜘蛛の巣だらけになっており、営業しているという感じではない。
いかにも閉店した店って感じだ。
たぶんだが、ソフィアたちは、この潰れた喫茶店を自分たちのアジトにしているようだ。
僕は大きな扉を見つけた。
どうやら、この扉がここの出入り口か。
駆け足で扉に向かい、僕は扉を開けた。
埃だらけの空間から出ると、そこは灯りの消えた真っ暗で静かな住宅街だった。
夜空には、月や星が浮かんでいる。
僕は体内に溜まった埃を吐き出すように、大きく息を吸って吐いた。
間違いなく、ここは外だ。日本だ。地球だ。
ソフィアから切り裂かれたTシャツに、冷たい風が入り込んできた。胸元が寒い。
僕は急いでワイシャツとブレザーのボタンをはめた。
冬の冷え切った空気が冷たかったが、あの澱んだ雰囲気で閉鎖的なコンクリートの地下室よりは心地良かった。
そういや、今何時だ?
ブレザーの内ポケットに入っていたスマートフォンを取り出す。
電源が入っていない。スマートフォンの電源をオフにした覚えはないのだが……。
電源をオンにしてみた。
しかし、スマートフォンは起動しない。
アレ?おかしいな。
確か、昨日の夜に充電しておいて、今日の夕方までバッテリーの残量はあったはず……あ。
僕は思い出した。
夕方、リサイクルショップ『万物中古市場』でティア・ゼペリオ・シュガーライトから電気ショックを受けたことを。
もしかして、あの時の電気ショックでスマートフォンに大量の電気が流れ、壊れてしまったのか……。
マジかよ、嘘だろ!?
あの、ポンコツ魔法使い……!
この現代社会で生きていくのに必要なスマートフォンを壊すなんて……。
せっかく、外に出れたのに、これじゃあ、時間も、今居る場所もわからないじゃないか!
最悪じゃないかよ!!
僕は頭を抱えて叫びたくなったが、近所迷惑なのでやめた。
だが、よく見ると、近くにある電柱に現在地の住所が書かれてある。
『本郷町』……。
確か、昨日(今、何時かわからないので、もしかしたら、もう一昨日になっているかもしれないが)、来た場所じゃないか……。
駅前の古本屋に行って、そこで僕は初めて、ティア・ゼペリオ・シュガーライトと会ったんだった。
あの時はスゴい美少女だと思った。
だが、リサイクルショップに放置され、魔法で電気を流されて、電気(磁石)人間にされ、スマートフォンを壊された今となっては、彼女がいくら美少女であっても、もうただのポンコツ魔法使いというイメージしかなくなっていた。
思えば、昨日、古本屋でティアと初めて会った時。
ティアは僕の体内に『カケラ』があると、手が触れた時に気づいたのだろう。
だが、ティアは自分では『カケラ』をどうすることも出来なかったので、あの場は去ることしか出来なかった。
それで、そのあと、ソフィアに相談でもしたのか、今日の夕方、改めてティアは僕の前に現れた。
何故、リサイクルショップで会ったのかはわからないが(たぶん、魔法で見つけたのだろう)。
きっと、ティアは今日一日、僕を探していたに違いない。
危険なストーンの『カケラ』を持った僕を……。
そして、今、僕はそのティアを探している……。
ポンコツだけど、心優しい魔法使いの女の子を。
西川くんが運ばれた病院は、加美野町にある県立加美野町病院。
しかし、ここ本郷町から加美野町まで行くのは、遠いぞ……。
昨日はボーっとしていて、たまたまここに来ただけで、この町のことはよく知らない上に、今は電車が動いているかもわからない。バスももう動いていないだろう。
タクシーを使おうかと思い、ズボンのポケットに入れておいた財布を取ろうとした。
だが、なかった。
え?あれ?マジで?嘘でしょ?
僕は着ている服のポケットというポケットを叩いて、手を突っ込み、財布を探したがどこにもない。
なんで!?どうして、財布が無くなってるの!?
盗まれたのか!?
いつ、どこで!?
「あ!」
この時、僕はあることを思い出した。
ティアから電気ショックを喰らった時、僕はどっかに放置されていたらしい。
もしかしたら、その時に誰かから財布を盗まれたのでは……。
あのポンコツ魔法使い!!どこまで、そのポンコツっぷりで僕を苦しめるんだ!?
いや、ちょっと待てよ……。
そういや、ここの地下に拘束されていた時、ソフィアが僕の学生証を持っていた……。それで僕の個人情報を知っていた。
学生証は財布の中に入れていた……あ!
あいつか!?ソフィアが僕の財布を持っているのか!?
ソフィアが僕のポケットから財布を取り、学生証を見て、個人情報を調べたんだ!?
あいつか!?あのアブノーマルおじさんが、僕の財布を取ったのか!?
だとしたら、僕の財布はソフィアが持っているのかもしれない。
いや、あるいは、ソフィアが地下のあの部屋に財布を置いたままにしているかもしれない!
今から、あの地下室に戻って、探せば僕の財布が見つかるかもしれない!!
……。
だが、今、あの地下室には、赤毛のヤンキー魔法使い少女、ダイヤ・ソリッド・シュガーライトが居る……。
彼女とは「5分以内に食べ物を持って来る」という、地下から出るためにした破るための約束をしていた。
もし、手ぶらで、あの地下室に戻ったら……。
「腹裂くぞ」
ダイヤがチェンソーを持つ姿が頭に浮かび上がった。
チェンソーのエンジン音と排気音が、脳内に響き、真っ赤な鮮血が飛び散るヴィジョンが見えた。
想像したら、思わず、吐きそうになった。
ダメだ!地下には戻れない!!
部屋に僕の財布があったとしても、ダイヤが居るんじゃあ、あの部屋には戻れない!!
さらに、なにか食べ物を持って来ないと、本当に腹を裂かれてしまう!
だけど、今から弁当かなにかを買うにしても財布がないんだから金は無いし、たぶん、もう5分はとっくに過ぎている!!
「ダイヤ様。すみません。財布忘れて、なにも食べ物を持ってこれませんでした。本当にごめんなさい」
また、ダイヤがチェンソーを持つ姿が頭に浮かび上がった。
そして、脳内にチェーンソーのエンジン音と排気音が響き、真っ赤な鮮血が飛び散るヴィジョンが……う、オエ!!
想像したら、軽く胃液が逆流した。
ヤバイ!ヤバイ!!
あの地下室から出れたのは良いが、病院まで行く手段がないじゃないか!!
それにあの地下室にも戻れない!
これじゃあ、ただ、ダイヤに腹を切り裂かれるという運命が待つだけになってしまったじゃないか!!
病院に居る西川くんは一体、今どうなっているんだ?
敵が現れたと言ったティア。そして、病院に行ったソフィア。
もしかしたら、二人は今、西川くんの体内にあるカケラを奪おうとしている強盗と戦っているかもしれない!!
どうすればいいんだ!!
結局、僕にはなにも出来ないじゃないか!!
……。
待てよ……。
よく考えてみたら、僕が病院に行ったところで、なにが出来るって言うんだ?
というか、僕は何故、病院に行こうとしているんだ?
行って、どうするつもりなんだ?
仮に『カケラ』を狙う強盗団が病院に居たとする。
それで、僕になにが出来る?
強盗団はこの星(地球A)の人間ではない、遠い星(地球B)からやってきた『魔法を使う魔法使い』なんだぞ。
そんなヤツらを相手に、ただの人間である僕になにが出来る?
僕は偶然、ロード・ストーンとか言う石の『カケラ』が体内に入っただけの、ただの人間、一般人なんだぞ。
そんなただの人間が、魔法を使う強盗団に対してなにが出来るんだ?
ポンコツだけど魔法使いであるティアと、危ないオッサンだけどベテランの魔法使いであるソフィアが居るんだぞ。
むしろ、僕が居たら邪魔になるかもしれない。
うん、そうだ。きっと、そうだ。
なにも出来ない僕が病院に行ったところで、なにも出来ない。
僕は、一体なにを焦っていたんだろう?
僕が病院に行っても、なんの意味もないじゃないか。
そう考えたら、急に肩の力が抜けてきた。
もう普通に自宅のアパートに帰ればいいだけじゃないか。
今日の起きたこと、聞いたことはぜーんぶ忘れて、自宅のアパートに帰ればいいだけじゃないか。
ただ、財布は……。
まあ、無くしたと思えばいいだろう。
学生証も再発行すればいいし。財布の中身も、そんなに大金はいれてなかったし。
そうだよ、帰ればいいんだよ。帰れば。
この地球に『カケラ』が散らばっているとか……。
『カケラ』を回収しようとしているパルフェガーディアンズとかいう組織があるとか……。
『カケラ』を奪おうとしている強盗団が居るとか……。
よく考えたら、僕には無関係じゃないか。
ただ、僕の体内には『カケラ』があるだけで……。
この『カケラ』が体内に入っていても、なにも起きなかったし、たぶん、ほっといても大丈夫だろう。
なにかあっても、西川くんも回復したんだし、きっとソフィアがなんとかしてくれるだろう。
だから、もう大丈夫。
このまま、全部忘れて、いつものように日常を過ごしていれば……過ごしてれば……。
……いい……のか?
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