EP.17「腹裂くぞ」

「んじゃあ、そういうことで、あたい寝るから……」

「ちょ!ちょっと、待ってください!!」

「ああん!?」


 ダイヤが不機嫌そうな顔でソファーから顔を出した。

 メッチャ機嫌が悪そうだ。

 だが、ここで退くわけには行かない。

 もし、ここで退いてしまったら、せっかくのチャンスを失ってしまう。

 それに、こんな身勝手で自分勝手な性格のヤツに屈してしまうのは、僕の些細なプライドが許さなかった。

 ダイヤが病院に行くのも、ソフィアに連絡するのも嫌なら、もう僕がなんとかするしかない!

 ダイヤはイライラを露わにして、


「テメー、そろそろいいかげんにしろよ!あたいはさっきから眠い、眠いって、言ってんだよ!聞こえねーのか、このボンクラが!!」


と言った。

 このダイヤという名の少女。口が悪い上に、相当、自分勝手でワガママなようだ。

 僕としては、仲間であるティアやソフィアを気にせず、遊び疲れて、寝ようとしているお前にいいかげんにしろと言ってやりたい。

 しかし、今は耐える。

 そして、なんとかして、上手くこいつを利用する!

 僕はなんとか表情を緩め、


「す、すみません……ダイヤ様……。ただ、ダイヤ様、先程、喉が渇いたー、お腹が減ったーと言っていたので、眠る前になにか食事をした方が良いかなーと思いまして……」


 時代劇の悪代官にすり寄る小悪党のような気持ちで、僕はダイヤに言った。

 すると、ダイヤはなにかに気づいたように……。


「……言われてみると、そうだった……。あたい、腹が減っていたな……」


 ダイヤがそう言った瞬間、僕はこの部屋の周辺を見渡した。

 TVや棚などはあるが、冷蔵庫らしきものは見当たらない。

 たぶん、この部屋には食べ物や飲み物はない。

 そうなると、ダイヤは食べ物と飲み物を欲しがるはず。

 だが、彼女は今、疲れた、眠いと言っている。腹は減っているが、わざわざ自分の脚で食べ物を買いに行ったりするのは億劫なはず。

 それに、この女王様気質の性格なら、自分の脚で食べ物や飲み物を買いに行かず、僕をパシリに使うはずだ。

 その時、ダイヤは僕をパシらせるために、僕の首や両手両足についている邪魔な枷を全部外してくれるはず。

 そして、僕は買い出しに行くフリをして、直接、西川くん、ソフィア、ティアの居る病院へ。

 これが、僕の考えた作戦だ。


 ……。


 だが、この作戦には問題点がある……。

 魔法使いが、食べ物や飲み物を出すことが出来たら、この作戦は失敗だ……。

 魔法使いは『魔力』を使って、物を作り出すことが出来る。

 それならば、魔法使いは『魔力』を消費して食べ物を作り出すことが可能かもしれない。

 もし、魔法使いが魔法で食べ物を出すことが出来るのなら、僕の作戦は失敗だ。また別の、違う作戦を考えなくてはならない……。

 そう思っていると、ダイヤは僕に顔を向けて言った。


「あー、オイ!えーっと……名前忘れたけど、お前、ボンクラ。なんか食いモンと飲みモン持ってこい」


 心配していた問題が、アッサリとクリアした。

 名前を呼ばずにボンクラと呼ばれたのには、ちょっと腹が立ったが……。

 どうやら、魔法使いは魔法で食べ物、飲み物などの飲食物は作れないようだ。

 しかし、なんでだろ?

 ……気になったんで、一応、聞いておくことにした。


「アレ?魔法使いって、魔法で食べ物や飲み物を出すことは出来ないんですか?」

「あん?魔法使いは食いモンと飲みモンを作ることは出来ないんだよ。ソフィアから聞いてねーのか?」

「え?なんで、ですか?」


 ダイヤはイラつきながら、


「あー、めんどくせーな!魔法使いは自分の『魔力』で食べモンや飲みモンを作っても、くっそ不味いんだよ!!魔法で出したただの水ですら、くっそマズイんだよ!詳しい理由はわからねーけど、魔法使いは形だけの食べモンや飲みモンしか作れねーんだよ!」


 数時間前ぐらい。ソフィアが言っていたが、魔法使いは作ろうと思う物をよく理解していれば、魔法でそれを完璧に作り出すことが出来ると言っていた。

 だが、よく理解していない物を魔法で作ってしまったら、デタラメな物が出来てしまうとも言っていた。

 ちゃんと作ろうとしている物を理解していれば、本物と同じ偽物が作れる。


 だが、食べ物と飲み物は例外なようだ。

 どんなに食べ物や飲み物、水のことを深く理解していても、魔法で作った食べ物、飲み物、水などは口にすることは出来ないようだ。

 ダイヤのあの様子だと、かなり不味くて食べれないらしい。


 もし、仮に自分の魔法で食べ物を作って、食べれたとしたら、地球Bに住む人々は食に困らなくなるだろう。魔法による自給自足が出来るから。

 しかし、そうはならなかった。

 なんていうか、どこの世界も、どこの星も都合の良い話はないんだなー……。


 ……だが、待て。

 ソフィアは魔法でウーロン茶を出していたぞ。あれは一体?

 続けて、ダイヤは言った。


「まあ、魔法でどっかから食べモンや飲みモンをテレポートさせて出す魔法もあるっちゃあるけどな。ただ、どの場所の、どの位置になんの食べモンがあるかを完全に把握していないと無理だし、テレポート系の魔法はかなり高度でめんどくせーし、魔力をかなり消費する魔法だから、あたいには出来ねーよ……」


 テレポート……!

 違う場所か遠い場所にある物を、いきなりこの場に移動させる瞬間移動のことだよな?

 超能力系の映画でよく出てくる能力だ。


「……で、でもだな!まあー、あたいが本気を出せばテレポートぐらいの魔法なんて、本当は簡単に出来るんだけどな……。ただ、あたいの場合は、その……めんどくせーからやらないだけで……。決して、出来ないってわけじゃないからな!やらないって、だけだからな……!」


 ダイヤはまるで自分に言い聞かせるように、言い訳じみたことを言っている。

 たぶん、僕に見栄を張るためと、己の自尊心を保つために言っているんだろう……。


 魔法使いは食べ物や飲み物……物体をテレポートさせることは出来るのか。かなり難しい魔法のようだが。

 あの時、ソフィアがここでウーロン茶の入ったポットを出したのは、どこからか、テレポートさせたわけか……。テーブルや椅子、食器は魔法で作ったものかもしれないが、ウーロン茶の入ったポットだけは、どこからかテレポートさせた物だったのかもしれない。

 そして、ダイヤにはテレポートの魔法はできないようだ。

 いやー、良かった。

 おかげで、作戦が順調に行きそうだ。


「つーか、そんなこと、どうでもいいから腹減った!!さっさと、なんか食いモン持ってこいよ、ボンクラ!!」


 よし、きた!

 そのセリフを僕は待っていた。


「いやぁ、そう言われても……」

「なんだよ、嫌なのかよ?腹裂くぞ」

「いや、そうじゃなくて、この状態だと僕、なにも出来ないんですけど……」


 僕は枷がはめられた両手両足をバタつかせ、身動きが取れませんアピールをした。

 それを見て、ダイヤは、


「自分で外せよ」


 無茶を言うな。

 自分で外せないから、何時間もこの状態なんですけど!


「あのー、ダイヤ様ー……。この拘束、外せるなら、とっくに外しているんですけどー」

「なんだよ、テメー。そんな枷も外せねーほど、貧弱なのかよー。めんどくせーな」


 力でこの頑丈な枷を外せと言うのか、こいつ……。

 ゴリラじゃなきゃ無理だろ。

 いや、ゴリラでも無理だろ。

 かなり頑丈で硬いんだぞ、この枷。


 すると、ダイヤは右手を出し、大きく手を広げた。

 彼女の翡翠色の瞳が、まるでLEDライトのように光り始めた。

 そして……。


 ボン!ボン!ボン!ボン!ボン!


 小さな爆発音が何回かした。

 微かに白い煙が出て、硝煙の臭いがする。

 なんだ?

 今、なにが起きたんだ?

 そう思っていると、僕の首と両手両足を固定していた枷が外れ、床に落ちて行った。


 ……いや、違う。

 枷は外れたのではなく、枷は破壊されている。

 さっきまで僕を縛り付けていた頑丈な金属が、今では砕け、黒く焦げた金属片と化して床にばら撒かれている。

 僕は床に足をつけ、自由に動けるようになった手でその枷だった金属片を拾った。


「あ、あっつい!!」


 あまりの熱さに僕は思わず、金属片を投げ捨てた。

 熱い!!手で触った部分が、軽く火傷している!間違って、熱したフライパンに触った時のような。

 金属片は物凄く高温になっていた。

 なんだよ、これ?

 粉々になっているし、少し煙も出ている。更には、焦げている。

 ……爆発でもしたのか?


 僕は自分の両手両足を見た。

 怪我はしていないし、特に異常はない。

 首に触れてみる。触った感じ異常はない。


「オイ!ボンクラ!あたいが親切丁寧に枷を壊してやったんだから、もう動けんだろ!?さっさと、食いモン持ってこい!!」


 ダイヤは僕に向かって叫んだ。

 ……今のは、ダイヤが魔法を使って、この頑丈な金属製の枷を破壊したのか?

 たぶん、あの小さな爆発音と、この黒く焦げた金属片を見る限り、彼女の使った魔法は……。


「オイ!聞こえねーのか!さっさと食いモン持ってこい!5分以内に持ってこいよ!!」


 なにが起きたのかは、よくわからなかったが、とりあえず自由に動けるようになった。

 今は、それで良いとしよう。


「ありがとうございます!ダイヤ様!!すぐに、食べ物を買って持ってきますね!!」


 ダイヤ・ソリッド・シュガーライト……。

 かなり凶暴で口が悪く、性格も悪く、更には気分の波が激しい危険な女の子だが、とにかく助けてもらったことには感謝する。

 だが、正直言って、もう二度と彼女には会いたくない。

 なんていうか、水と油、炎と氷のように根本的に合わないなにかがある。


「5分以内だぞ!5分以内に持ってこいよ!!じゃないと、腹切り裂くぞ」


 本当に口が悪い……。

 言葉遣いが良ければ、普通にカワイイ女の子なのに……。

 ちょっとだけ残念である。

 僕は駆け足で、ドアまで向かう。ドアノブに手をかけ、


「じゃあ、行ってきますー!!」

「さっさと行け!」


 ソファーで横になりながら、ダイヤは僕に中指を立てた。

 そっちの星でも、中指を立てる侮辱表現は存在しているのかよ……。

 本当に、口と性格が良ければ、普通にカワイイ女の子なのに……。

 少し気が悪くなったが、僕はドアを開けた。

 5分以上はかかる食べ物の買い出しへと、僕は出かけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る