EP.14「緊急事態による放置」

「シュガー……。この国だと、『お砂糖』と呼ばれてるアレ……。つまり、『糖分』を摂取すれば『擬似魔力器官』は魔力を作り出すことが出来るわ」


 シュガー!?砂糖!?糖分!?

 つまりは甘い物を食べたら、『擬似魔力器官』でも魔力を作り出すことが出来るってわけ!?


「ええ……。そうよ……」


 だったら、『擬似魔力器官』であっても砂糖を食べれば魔力が作られ、生命エネルギー、命を削らなくても良いってことじゃないか!!

 そりゃあ、なにもなくても魔力が補充される本物の『魔力器官』に比べたら不便だけど、砂糖を食べれば『擬似魔力器官』だって、ちゃんと魔力を作り出せるのなら……。

 すると、ソフィアは冷めた目で僕を見つめた。


「ええ。確かに『擬似魔力器官』であっても、お砂糖を摂取すれば魔力が作り出せるわ……。だけど、砂糖を胃の中に入れてから、消化され、吸収されるまでは魔力が作られないわ……。時間がかかるのよ……。その間に魔力がなくなり、生命エネルギーが無くなったら『死』よ……。なんでも、食べれば解決する問題じゃないのよ……」


 ダイエット食品を食べたところで、すぐには痩せないように、砂糖を食べたところで、すぐには魔力が作られないのかよ……。

 アレ?でも、魔力が尽きて倒れた西川くんは、ティアから『アポカリプスェット』を飲ませたことで蘇ったじゃないか!?


「アレは緊急処置よ。この星だと、スポーツドリンク……『アポカリプスェット』って飲み物が一番、糖分の吸収が早いのよ。スポーツドリンクは胃で吸収出来るから」


 だから、あの時、ティアはアポカリプスェットを飲ませたのか……。

 奇行に見えたが、ちゃんとした理由があったんだ……。

 それなら、アポカリプスェットをずっと飲んでいれば良いんじゃないの……?


「500mlのアポカリプスェットで作られる魔力は微量よ。魔力が尽きて、死にかけてる人間を回復させる程度……。胃が破裂するぐらい飲まないと、完全に魔力は回復できないわよ。更に言うと、西川映作くんが飲んだアポカリプスェットには、ティアが『魔力』を込めておいたから、あそこまで回復できたのよ」


 ああ……。

 世の中、そんなに甘い話はないわけか……砂糖なだけに。

 だが、『擬似魔力器官』は糖分を摂取することで、魔力を作り出すことは出来る……。

 特にアポカリプスェットだと吸収が早く、西川くんの体内にある『擬似魔力器官』は、アポカリプスェット(と、ティアの魔力)で少しだけ魔力を作り出したから死の淵から甦らせたのか……。


「……でも、一つだけわからないことがあるのよね……」


 ソフィアは意外なことを言った。

 こっちは、だんだん『擬似魔力器官』についてわかってきたのに。


「西川映作くんの魔力の消費が早すぎるのよね……。あたしたちが予想していたよりも早く魔力が尽きたのよ、彼……。いくら、偽物のビデオを三本作ったとはいえ、消費が激しすぎる。人間、食事をしていれば、糖分を摂取し、ある程度は『擬似魔力器官』も魔力を作っていたはずなのに……。魔力が尽きるのが早すぎたのよねぇ」


 どうやら、普通に朝昼晩で食事をしていれば、多少は『擬似魔力器官』から魔力が作られるようだ。

 だが、西川くんの場合、魔力の消費が激しかった。

 ……。

 推測だが、その理由は僕は知っている。


「え?なんなの、その理由って?」


 ソフィアはメスを下ろした。

 西川くん……。

 西川映作くんは……甘い物が苦手なんだ……。


「……」


 ソフィアは静かになった。

 西川くんは、甘い物が苦手なんだ。

 だから、映画鑑賞する際もずっとウーロン茶か、砂糖の入ってないコーヒーか紅茶を飲んでいたし、食べるお菓子もせんべいか、茎わかめ、カリカリ梅と甘くない物ばかり。ポップコーンも塩味しか食べなかった。

 間違って砂糖入りのコーヒーを飲んでしまった時、その場で吐き出したぐらい、彼は甘い物が苦手だった。

 たぶん、彼はご飯やパンなどの炭水化物でしか糖分を摂取していなかったと思う。


「なるほど……。それだと、『擬似魔力器官』が作り出せる魔力の量はほとんどないに等しいわね……。そんな状態で偽物ビデオを三本作ったら、そりゃあ、早く魔力が尽きるわ……」


 そうだと思います……。


「……わかったわ。おかげで、こちらの疑問が解消したわ。今後、他にも同じようなケースがあるかもしれないから、参考にするわ」


 それなら良かったです……。

 僕はホッとした。

 そして、ソフィアは僕にメスを向けた。


「んじゃあ、これから、切り取るわよ」


 いきなりだな!!

 だから、まだ覚悟ができていないって!!

 ていうか、どうせ、『擬似魔力器官』を切り取るなら、僕が気絶してる間にすれば良かったじゃないか!!


「……。そうしようと思ったわよ……」


 思ったの?

 勝手に、人の身体を切るとかやめて。


「だけど、気絶中のあなたの身体は、ティアの電気ショックのせいで、身体中が電気に帯びていたのよ……。触るたびに感電するし、更にはあなたの身体が磁石みたいになってたから、メスがくっついて切り取るのは無理だったのよ……」


 ……。

 ティア・ゼペリオ・シュガーライト……。

 本当にポンコツなんだな……。


「ちなみに、こうして、今あなたを壁に張り付けているのも身体が磁石化したせい……。いろんな物がくっついて大変だったから……。あたしの解除魔法で電気を取り除こうとしたけど、あの子の電気魔法は中途半端に強力で解除は無理だったわ……。だから、とりあえず、あなたの身体から電気が抜けるまで待ったのよ……」


 一体、僕はどれだけの電気を浴びたのだろうか?

 なんか、今の生きているのが不思議になって来たのだが……。

 ソフィアはメスを再び構えた。


「そんなわけで、さぁ、切り取るわよ」


 どんなわけだよ!!

 こんなことなら、もっと電気浴びれば良かったよ!!


 ソフィアの持ったメスがだんだん僕に近づく。

 ……もう、観念して覚悟した方が良さそうだ。

 どのみち、死に至る可能性があるんなら、こんな『擬似魔力器官』なんてない方が良い……。

 ただ普通の、一般人の身体に戻るだけだ……。


 ……だが……。

 何故、僕は『擬似魔力器官』で『擬似魔法使い』になったのに、西川くんみたいに魔法を使えなかったのだろ?

 西川くんは無意識で魔法を使っていたようだが、何故、僕も彼と同じようにならなかったんだろう……。

 でも、考えても無駄か。

 これから、その『擬似魔力器官』がなくなるんだから……。


「それじゃあ、今からあたしの魔力であなたの意識を失わせるわ……それから、あなたの神経を」


 ソフィアがこれから、なにをするか説明している時だった。

 いきなり、砂嵐だったTVに鮮明な映像が映った。

 映像が上下に揺れて乱れているが、画面には誰が映っているのかはわかった。

 金髪で紫の瞳……。


「ソフィアリーダー!こちら、ティア・ゼペリオ・シュガーライト!!緊急事態です!!西川映作さんの病室に何者かが侵入しました!!」


 それは、ティア・ゼペリオ・シュガーライトからの通信だった。

 ソフィアはTV画面の方に振り返った。


「なんですって!?状況を説明しなさい!!」


 ソフィアの手からメスが消え、急いでTVの前に駆けて行った。


「西川映作さんの病室のドアに張ってあった『結界』に、魔力を持った誰かが触れました!!『束縛魔法』が発動したので、現在、私は病院の方に向かっています!!」


 TVの前に立つソフィア。背中しか見えないが、緊迫しているのがわかる。

 画面に映るティアも必死な様子なのがわかる。画面が上下に揺れているのは、彼女が通信機を持って走っているからだろう。


「『結界』に触れたのが、誰だかわかる!?」

「ちょっと待ってください……アレ、どうしたんだろ、なんで!?」

「どうしたの、ティア?」


 何故か、ティアが焦っている。


「リーダー!すみません!『結界』触れたのが誰なのか、わかりません!」

「なんですって!?」

「さっきまで、病室内の様子がわかっていたのに、今はまるで霧がかかったようにハッキリと認識できません!!」

「……病室内を認識できなくなったということは、相手は『ジャミング』系の魔法を使っているってことね……。だとしたら、『奴ら』の可能性が高いわけね……」


 ソフィアは爪を噛んだ。

 さっきまでのグダグダだった空気はどこへ行ったのか、いつの間にか、部屋中に緊張感が走っていた。


「リーダー!病室に到着したら、すぐに戦闘を開始しますか!?」


 ティアは力強く、言った。

 戦闘!?

 明らかに、穏やかじゃない単語だ。

 というか、病院で戦闘なんてやめろ!!

 そこには、西川くんや、多くの患者が居るんだぞ!!


「ティア・ゼペリオ・シュガーライト!冷静になりなさい!『ジャミング』で相手が誰だかわからなくても、あなたの『結界』に触れて『束縛魔法』が発動したのなら、相手は今、動けなくなっているはずよ!!まだ、『結界』は破られてはいないでしょ!?」

「あっ!……そうだった……」


 さっきまで、意気込んでいたティアが急に鎮まった。


「えっと、はい、まだ『束縛魔法』は破られていません!!相手は『束縛』されたままです!!」

「ティア・ゼペリオ・シュガーライト!いい!?よく聞きなさい!!そこは病院よ!患者さんたちの迷惑になるから、病院での戦闘は絶対にやめなさい!!仮に相手が束縛を破って攻撃を仕掛けてきたとしても、なんとか攻撃をかわして、病院の外まで相手を引っ張り出しなさい!!いい!?わかったわね!!」

「はい!」


 ソフィア・ニュートラム……。

 いろんな意味で危ない人かと思ったが、リーダーと呼ばれるだけあって、冷静に状況を理解し、判断。そして、ティアに的確な指示を送っている。

 やっぱり、この人、掴みどころがない。


「これから、私も病院に向かうわ!それまで、なにがあっても病院内での戦闘だけは絶対に避けなさい!!」

「はい!了解しました!!もうすぐ、病院に着きます!!一旦、ここで通信を切ります!!」

「無茶だけはしないでね!!あなたは病院の外まで、相手を引き付けることだけを考えなさい!!」

「了解!!」


 TV画面には、上下に揺れるティアの姿は映らなくなった。

 通信が切れたということか。

 ソフィアは爪を噛んだ。


「数時間前にライラ、エイグル、ダイヤに通信を送ったというのに、全然返信が来ないわ……。なにをやっているのかしら、あの子たち……」


 ソフィアはTVの前から離れ、駆け足でこの部屋のドアに向かって行った。

 ちょっ、ちょっと待って!!一体、今なにが起こったの!?


「見ればわかるでしょ!『敵』が現れたのよ!『敵』が!!」


 敵!?

 敵って、誰だよ!


「『ロード・ストーン』を奪い、このトラブルを起こした連中……『強盗団』よ!!奴らが、『カケラ』を回収しに現れたのよ!!」


 『強盗団』!?

 それに、『カケラ』の回収って……あっ!西川くんの体内に入った『カケラ』のことか!!


「そうよ!」


 ロード・ストーンを奪った強盗団が、地球にばら撒かれた『カケラ』を回収しに来ただって!?

 そんなバカな!?

 ロード・ストーンを奪った強盗団は宇宙船に乗っていたけど、なんらかの理由で宇宙船が爆発してしまったんじゃなかったのか!?

 それで、奴らもその爆発の巻き添えになったのでは……?


「ちょっと!あなた!今、急いでいるんだから、静かにしなさい!!」


 ソフィアがイラつきながら喋っている。

 彼も相当、慌てているようだ。


「宇宙船は爆発したけど、ストーンを盗んだ奴らは無事だったのよ!連中は宇宙船が爆発する前に脱出して、地球に降りたのよ!」


 な、なんだって!?


「何故、宇宙船が爆発したのかはわからないけど、地球にばら撒いてしまった『ロード・ストーン』の『カケラ』を、連中が回収しに来るのは当たり前でしょう!?」


 そ、それはそうだけど……。

 乗ってた宇宙船が爆発する前に脱出して、地球に降りたってことは、ストーンを盗んだ連中は大気圏を突入してきたってことだよな……。

 もしかして、あの時の流星群の中には、ストーンを盗んだ奴らも居たってこと?

 しかも、大気圏で燃え尽きずに地球に降りたってことは、どんだけ頑丈なんだ、強盗団の連中は……?

 あるいは、大気圏突入用の魔法か、装備でもしてあったのか?


 僕がそう思っても、ソフィアは無視をした。

 もう、僕を相手にしている余裕はないという感じだった。

 そして、そのままドアを開けて出て行った。



 ……僕は、もはや、ただ壁に固定されているだけだった。

 制服とワイシャツのボタンはすべて開けられ、Tシャツは胸元が切られていたので、肌寒かった。

 改めてだが、ここはどこなんだろう?

 TVの画面は砂嵐が映り、ザーザーとノイズを部屋中に響かせていた。


 ブォオオオーーン!!!


 !?

 部屋の外……頭上から、けたたましいエンジンと排気音が聞こえた。

 車!?それともバイク!?

 どっちかはわからないが、乗っているのはソフィアに違いない。

 きっと、乗り物でティアと西川くんの居る病院まで行くのかもしれない。


 ……。


 エンジン音が頭上から聞こえたってことは、やっぱ、ここは地下室なのか……。

 なんか急に息苦しさを感じるようになってきた。

 部屋に一人ぼっちになった僕は改めて、いろいろと考えた。

 流星群……いや、ロード・ストーンの『カケラ』が身体に入り込んでから、急に僕の身の回りではわけわからないことが立て続けに起きた。

 どうして、こうなったんだ?


 ただ、西川くんのことが心配で仕方なかった。

 僕の数少ない友達である西川くんのことが……。


 そして、もう一人、ティア・ゼペリオ・シュガーライトのことが心配だった。

 わけわからないことを言う少女だと思っていたが、倒れた西川くんを助けてくれたし、僕のことを心配してくれた、あの金髪の少女が……。


 ……。


 僕は……。

 どうしたらいいんだ?

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