EP.12「ロード・ストーン」

 『ロード・ストーン』……。


 魔法使いが魔法を使うのに必要な力、魔力を上げる石……。

 その石は四角柱で長さは200cm、幅は100cm。厚さは25cmぐらいで、重さは日によって変化する。成人男性が二人居れば持ち運べるぐらいのサイズだ。

 虹色に光っていたそうで、地球Bの人間、つまり魔法使いがそのストーンに素手で触れ続けると体内の『魔力』が急激に増幅してしまい、魔法使いの身体を滅ぼしかねないほどの力があったそうだ。

 例えるなら、風船が破裂するまで水を入れられたような状態。

 ロード・シュガーライトはこの『魔力』を増幅させるストーンをどう扱うべきか、慎重に考え、厳重に保管していたそうだ。


 だが、何者かによって盗まれてしまった。


 盗んだ犯人が誰かは不明。

 ストーンは保管庫にあり、警備員と魔法で作った結界によって守られていたはずだったが、犯人は警備員と結界を破った。

 そして、ストーンを運び出し、後からやってきた警備員たちを振り払い、宇宙船に乗って逃走した。

 このことから、犯人は複数人のグループ……または『強盗団』で、綿密に計画を立てて、ストーンを盗んだ……。


 そして、強盗団は宇宙船で地球Bから離脱。

 それは、パルフェガーディアンズの監視衛星が確認している。


 だが、ストーンを盗んだ強盗団の身になにが起きたのか、地球Aの上で宇宙船が爆発してしまう。

 その衝撃から、宇宙船にあった『ロード・ストーン』は砕けてしまう。

 そして、砕けた『ロード・ストーン』は細かくバラバラになり、『カケラ』となって、この地球Aに降り注いだ……。


 今日、リサイクルショップで会ったティア・ゼペリオ・シュガーライトが何度も言っていた『カケラ』とはこのことだったのか……。


 あ!一昨日のあの流星群は、その『ロード・ストーン』が砕けたものだった!!……のか?


「グッジョブ!正解!電気ショックが効いたのかしら、あなた、良い感じじゃなーい」


 ……。

 だが……。ストーンが砕けて地球に落ちたんなら、地面とかどっかに落ちているだけじゃないのか?

 確かに、探すのには苦労しそうだが、『パルフェガーディアンズ』とかいう魔法使いたちの組織が総動員しているなら、時間はかかるかもしれないが、見つけるのはそんなに難しいことではないのでは?


「確かに、あなたの思う通り……。砕けた『カケラ』が地面かどこかに落ちていたのなら、私たちの仕事は簡単だったわ……」


 ?

 地面か、どこかに落ちていたのなら?

 まるで『カケラ』が地面に落ちなかったような言い方……。

 何者かが奪った『ロード・ストーン』は砕けて『カケラ』になり、この地球Aに落ちた……。

 それは間違いない……。

 だが、落ちたのに、地面に落ちていない?

 こんな時に、なぞなぞはやめて欲しいんだが……あ。


 この時、急に頭の中にある映像が浮かんだ。

 一昨日、僕が部屋で『仮面ニンジャー対悪魔のトカゲ人間』を観終わった後、僕は『流星群』を見ていた。

 そしたら、急に流れ星が迫ってきて……ああっ!電気ショックが効きすぎて、僕の頭はぶっ飛んだ発想するようになったのか?

 『ロード・ストーン』の『カケラ』は地面に落ちないで、『人間の身体の中に入った』ってこと!?


「グッジョブ……。その通りよ……。だから、回収に苦労してるのよ……」


 あの日、僕が流れ星にぶつかったと思っていたのは、夢や幻、妄想とかではなく……砕けた『ロード・ストーン』の『カケラ』が流星群となって地球Aに降り注ぎ、その『カケラ』の一つが僕の身体の中に入り込んだということなのか!?

 マジかよ、嘘だろ!

 そんな『ロード・ストーン』とかいう、なんかとんでもない石の『カケラ』が僕の身体の中に入っているだって!?冗談じゃない!!

 しかも、僕だけでなく、他にも同じようなことが起きている……と考えれば……。


「そうよ……。砕けた『ロード・ストーン』の『カケラ』はすべて、地球Aに居る人間たちの身体の中に入っていったのよ……」


 マジかよ、嘘だろ……。

 それじゃあ、砕けた『カケラ』を回収するのはかなり難しいじゃないか!!

 そんな得体の知れない物が身体の中に入り込んだら……!?


 ……。


 ……いや、待てよ……。


 『ロード・ストーン』は地球Bの人々、つまり、魔法使いの『魔力』を触れただけで、急激に増幅させるパワーアップアイテムみたいなものなんだろ?

 それが砕けて、『カケラ』になり、この地球Aのあっちこっちに散らばったとして、魔法使いではない僕ら人間の体に入ったところでなにか問題があるのか?


 地球Bの人々にとって『ロード・ストーン』は凄いパワーを持った石で、その『カケラ』にも凄いパワーがあるのかもしれない。

 だが、魔法が使えない地球Aの人々の身体に入ったところで、なんの問題もないのでは?


 だって、ほら。

 実際、身体の中に『カケラ』が入っている僕だが、今のところ、なにも問題はない。

 ちょっと電気ショックを二回くらったけど、別にどこも身体はおかしくなっていない。

 全くもって、健康体だぞ。


 例えるなら、地球Aの人間がDVDしか再生できないDVDプレーヤーで、『カケラ』がブルーレイディスクだとする。

 DVDしか再生できないDVDプレーヤーに、DVDより高性能なブルーレイディスクを入れたところで映像は再生されないだろ?

 そして、地球Bの人間がブルーレイディスクを再生できるブルーレイプレーヤーだとする。

 ブルーレイプレーヤーなんだから、ブルーレイディスクを再生できるはずだ。


 つまり、地球Aの人間に『カケラ』が入っても、問題は……


「大ありなのよ……」


 ソフィアはため息を大きく吐いた。

 そして、どこかガッカリしている。


「あなた、ホント、中途半端に頭が良い子ね……。そういうタイプが、一番タチ悪いのよねぇ……」


 なにか、えらく辛辣な言葉をぶつけられた……。

 なに?なんなの?

 確かに、学校の成績は学年で平均よりちょっと良いぐらいだけど、なんでそんなガッカリされなきゃならないのだ。

 ソフィアが、ちょっとイライラしているのが伝わってくる。


「あなた、一体、今までなにを見てきたの?」


 え?

 そんな、いきなり、なにを見てきた?って、言われても……。


「先程、あなた、地球Aの人間と地球Bの人間のことをDVDプレーヤー、ブルーレイプレーヤーとかいう、この星の映像再生機器で例えていたわね?」


 は、はい……。

 違う呼び方では、ビデオとも言います。


「この星のDVDとか、ブルーレイとかいう映像再生機器のことは、よくわからないけど、地球Bにも映像再生機器……ビデオはあるわ」


 あるんだ……。

 つまり、あっちの星にも映画はあるってことか。

 違う星の映画とは、一体どんな映画なんだろう……と考えていると、ソフィアは物凄い眼光で僕を睨んだ……。

 ダメだ、もう余計なことは考えない方が良さそうだ……。

 ただ、無駄にソフィアをイライラさせるだけだ。


「確かにビデオで例えるなら、地球AのあなたたちはDVDしか再生できないDVDプレーヤー。そして、私たちは地球Bの人間はブルーレイを再生できるブルーレイプレーヤーだとするわ……」


 ソフィアは、先ほどの僕の例えを使って話をしている。


「もし、ある日、DVDしか再生できないはずのDVDプレーヤーが、突然なにかがあって、いきなりブルーレイディスクが再生出来るようになったとしたら……?」


 ……。

 ソフィアの言っていることが、どういう意味なのかよくわからなかった。

 僕が先にDVDとブルーレイで例えたが、DVDしか再生できないプレーヤー(地球Aの人間)が、ある日、突然ブルーレイディスクを再生できるようになったら……。


 あ!


 身体中に衝撃が走った。

 ようやく気付いた。ソフィアの言ったことの意味が。

 確かに、僕はバカだ!

 本当に今までなにを見てきたんだ!?

 実際に、地球Aの人間の体内に『カケラ』が入ったらどうなるかを見てきたじゃないか!!

 この目で!今日、いや、昨日から!!


「ようやく、事の重大さがわかったようね……」


 ……。

 そうか、そういうことだったのか……。


「そう、あなたはずっと見てきたのよ。体内に『カケラ』が入ってしまった西川映作くんの姿を」


 なんてことだ……。

 本当に僕はバカだ……。

 なんで、今になって気づくんだ?

 一昨日の流星群によって、西川くんの体内にも『カケラ』が入り込んでしまったことに……。


「地球Aの人間の体内に『カケラ』が入り込むと、地球Aの人間も、私たちと同じく、魔法が使えるようになるわ……」


 ……。

 言葉が出なかった。

 頭では理解できているのに、心が理解しようとしない。

 だが、ソフィアは口を動かし続ける。


「私たちは、魔法使いになってしまった地球Aの人間を『疑似魔法使い』と呼んでいるわ。『カケラ』が体内に入ってしまった西川映作くんとあなたは……つまり、その『疑似魔法使い』なのよ」


 『疑似魔法使い』……。

 あまり良い響きではなかった。

 いや、全然良くない。

 まるで、偽物か、贋作、模造品みたいな響きだから。


「地球Aの人間の体内に『カケラ』がなんらかの形で入り込むと、『カケラ』は体内で『疑似魔力器官』という臓器に代わるのよ。それで、この星の人間も体内に『魔力』を宿すようになり、魔法が使えるようになるのよ……」


 ソフィアの言葉で、頭の中で漂っていた破片のようなモノが、まるでパズルのピースのように次々と繋がっていくような感覚がした。

 確かに、おかしなこと続きだった。

 だって、入手困難になっている映画DVD、VHSを三日連続で手に入れるなんて、奇跡……いや、魔法でも使わないと無理だと思っていた。

 それが実際、本当に魔法のおかげだったんだから、とんでもない皮肉ってヤツだ。

 西川くんは『疑似魔法使い』になり、魔法で自分が欲しがっていた映画DVD、VHSを手に入れていた……。

 そして、魔法を使ったから、昨日から西川くんの体調がおかしくなり、今日になって吐血した……そういうことだろ?


「そうよ。魔法を使ったのなら、その分、『魔力』を消費しなければならないわ。そして、『疑似魔法使い』の場合、『魔力』が尽きたら『生命エネルギー』が代わりに消費されてしまうのよ」


 そう言いながら、ソフィアは椅子に座りつつ、着ている上着の内ポケットから四角い物を取り出した。

 それには、『ハンバーガーが人を襲っている絵』が描かれていた。

 ……西川くんが倒れる前に手に入れた、ポーター・ジョンソン監督の幻の作品『クレイジーマッドハンバーガー』の映画ビデオだ。

 西川くんが救急車で運ばれた後、僕が拾ったはずだが、それを今、ソフィアが手にしている。


「これが、この星のビデオと呼ばれるものね。こんなレンガみたいなもので映像が観れるんだ。それに、確かこの絵、ハンバーガーっていう食べ物よね?なんで、それが人を襲うの?」


 ソフィアは『クレイジーマッドハンバーガー』のパッケージを興味深そうに、細かくいろんな角度で見ていた。

 ああ、そうだよ。そのレンガみたいなVHSで映画が観れるんだよ。

 それと、なんでハンバーガーが人を襲うのかは、こっちも知りたいところだよ。

 どうやら、このソフィアの反応を見るに、そちらの星、地球BにはVHSのようなアナログなビデオは存在しないようだ。

 一通り、『クレイジーマッドハンバーガー』のパッケージを観たソフィアは……。


「ふーん……。まあ、とりあえず、実物は見たことないけど、これ本物じゃないわよ」


 え?


「西川映作くんの『魔力』で出来た、ただの四角い物体よ」


 え、え、え?えええーーー!!

 驚いた。アンド、ショック!

 本物じゃない!?

 マジかよ、嘘だろ!!


 すると、ソフィアは人差し指を突き出した。

 気のせいか、その指の先端が青く光っているように見えた。

 そして、ソフィアはその青く光る人差し指で『クレイジーマッドハンバーガー』のパッケージを軽く突く。

 すると……。


 あ。


 『クレイジーマッドハンバーガー』のケースが、まるで角砂糖を砕いたようにサラサラと青い砂……粒子となって形を崩していく。

 さっきまでビデオだと思っていた物が、キラキラした青い粒子に変わって行き……消えた。

 跡形もなく。


「ほらぁ、やっぱり。これ『魔力』で作られた偽物よ。簡単な解除魔法で消せたわぁ」


 ……。

 今日、西川くんに教えてもらうまで、その存在を知らなかったポーター・ジョンソン監督の幻の映画『クレイジーマッドハンバーガー』。

 それが魔法で作られた偽物だったとはいえ、映画のビデオが目の前で砂のように消えていくのを見るのは、なにかとても辛いものがあった。

 なんだろ、この気持ち……。

 『あの日』のことを思い出してしまったのだろうか。

 僕はとても不快な気持ちだった。


 そう思っていると、ソフィアはどこからかカバンを出現させた。

 そのカバンには、見覚えがあった。

 西川くんのカバンだ。ビデオと一緒に倒れる前に持っていた物だ。

 ソフィアは、カバンを開けて、中を探る。


「このカバンから『魔力』を感じるんで、回収しておいたけど……。やっぱり、この中にも偽物があったわね……」


 ……まさか、まさかだろ……。

 ソフィアはカバンの中から『プレーンデッドリーマイフレンズ』と『バッドビップボーイ』のDVD、二つ取り出した。


「うんうん。この二つも『魔力』で作られた偽物ね」


 そ、それも偽物だったの!?

 ソフィアの手が、また青く光った。

 やめろ!いくら偽物とはいえ、映画が、ビデオが、DVDが消えていくのを観るのは精神的にキツい!

 この気持ちをどう説明していいのか、わからないんだけど、とにかくツライ!

 やめろ、やめてくれ!


「ごめんなさいね。でも、これはあくまで魔法で作られた『偽物』だから」


 謝るな!

 僕のやめろという声は、ソフィアには届かなかった。

 鬼才、ポーター・ジョンソン監督作品『プレーンデッドリーマイフレンズ』、『バッドビップボーイ』のDVDは青い粒子になり、キラキラと輝いて消えた。

 あ、あああ……。

 僕はとても哀しい気持ちになった。

 ごめんよ、ポーター……。

 君の作品は、青く光って消えてしまったよ……。


 ソフィアは手に着いたホコリを払うかのように、手をパンパンと鳴らした。

 青い粒子が落ちて消えた。


 僕は夏の終わりの線香花火を見つめるような気持ちで、DVDが消えたのを見ているしか出来なかった。


 思わず、目から涙がこぼれていた。


「泣くことないじゃないのー。どうせ、形だけの偽物なんだしー」


 お前に僕の気持ちがわかるか……。

 映画が消えていくのを見る気持ちが。


「わからないわよ」


 鬼、悪魔め……。

 ポーターと、出演者、映画スタッフに謝れ!


「私は、鬼でも、悪魔でもなく、『魔法使い』よ。それに、ちょっと一言言っておきたいんだけど、『偽物』を作る方が、『本物』を作った人々に対して失礼じゃないの?」


 ……。

 ぐうの音も出なかった。

 確かにそれはそうだった……。

 違法コピー、海賊版は犯罪ですからね……。

 ただ、僕の場合は、ちょっとトラウマを思い出してしまったというか……。


 ん。ちょっと、待てよ?

 確か、西川くんは、そのDVD……『プレーンデッドリーマイフレンズ』を観たって言ってたぞ。

 だから、昨日は『プレーンデッドリーマイフレンズ』のケースだけ持ってきて、肝心のディスクはDVDプレーヤーの中に忘れてきた。

 どういうことだ?


「魔法で作られた『偽物』であっても、作った人間がその『物』を深く理解していれば、形や機能は本物と変わらないわよ」


 え、つまり、魔法で作った物であっても、本物同様に使えると……。


「そうよ。例えば、魔法でペンを作ろうとしましょう。ペンがどういう物が知っていれば、魔法で作った偽物のペンであっても文字は書けるわ。だけど、もしペンを知らないでペンの偽物を作ったら、それでは文字もなにも書けないわ」


 そう言って、ソフィアは手からペンを出した。

 ペンを指先でクルクル回す。


「西川映作くんは無意識に魔法でビデオを作り、ちゃんと機能する偽物を作った。だけど、ビデオの内容は本物ではなかったでしょうね。たぶん、西川映作くんの『妄想』か、想像で出来た『僕の考えた映画』が再生されたはずよ……」


 ソフィアの手からペンが消えた。

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