EP.05「クレイジーマッドバーガー」

 授業が終わるのは大体、午後4時。

 放課後。僕ら三人は真っ直ぐに『万物中古市場』へ向かった。

 その店は学校から20分ぐらい歩いた先にある。

 大きく『万物中古市場 加美野町店』と書かれた看板があり、広い駐車場、そして、二階建ての黒い建物があった。

 ここが、僕らがよく通うリサイクルショップ『万物中古市場』だ。

 ここには数多くの中古品が売られてあり、また要らなくなった物を幅広く買い取っている。

 一階は、古本(主に漫画)、ゲーム機やゲームソフト、カードゲーム、ヒーロー物のオモチャに、アニメキャラのフィギュアやグッズ、プラモデルやラジコン、釣具、ギターなどがあった。更に奥に行くと、「18歳未満立ち入り禁止」のコーナーがある。

 二階には、古着やアクセサリー、ブランド物のバッグなどがあり、TVやパソコン、冷蔵庫などの家電類に、テーブルやソファーなどの家具が置かれてある。

 そして、この二階には、僕らにとって一番重要な中古DVDコーナーがあった。もちろん、ブルーレイ、VHS、音楽CD、レーザーディスクなんて物もある。

 ジャンルは映画からアニメ、ドラマ、ミュージシャンのライブ映像など、様々な種類の映像ソフトが幅広く並べられている。


 僕ら三人は、定期的にこの場所に来ては珍しい中古の映画DVDはないかと探していた。

 これも映像研究部、略して映研部の活動の一つである。



 万物中古市場の入り口に着いた。

 だが、どうも西川君の様子がおかしかった。


「ゴホッゴホッ!」

「大丈夫?」

「大丈夫であります……。最近、ちょっとバイトがハードでした故に……」


 移動中。いや、今日一日中、西川くんの顔色は悪かったし、歩く時もフラフラしていた。

 思えば、昨日から体調が悪そうだった。

 いくら好奇心とはいえ、体調が悪そうな彼を連れてくるのは良くなかったのかもしれない……。

 そう思っていると、


「さぁーて!!今日もお宝映画がないか、探すでありますぞ!!東園氏!南城氏!!」


 西川君はテンション高く、腕をあげる。


「あ、う、うん……」


 本人が大丈夫と言っているし、大丈夫だろう……と、思うのは安易だろうか?

 僕ら三人は、店内の中古DVDコーナーへと真っすぐ向かった。



 店内の二階にある中古DVDコーナーに着いた僕らは、レアな映画DVDがないかと棚を凝視し、一本一本のDVD、またはブルーレイのタイトルを確認した。

 一通り棚を見たが、これと言って珍しいレアなDVDは見つからなかった。

 一昨日、僕が来た時と変わらない品揃えだった。

 ただ、『仮面ニンジャー対悪魔のマンモス人間』のDVDがあった……。

 確か、四作目でだんだんシリーズが迷走し始めた頃の作品だ……。

 マニアックだが、これはそんなにレアな映画ではない。

 首を傾げる西川くん。


「んー。今日は珍しいDVDがないでありますなー。さすがに、三日連続だと奇跡は起きないでありましたなー」

「うん、そうみたいだね」


 残念そうな西川くん。

 どうやら、西川くんも南城くんもレアな映画を見つけることは出来なかったようだ。


「はぁー。もしかしたら、今日も……と思いましたが、さすがにそこまで神は甘くありませんでしたな」

「うん、残念だったね」


 そう言う僕だったが、心の中では安心していた。

 もし、今日も珍しい映画DVDを見つけていたら、きっと喜びではなく恐怖を感じていただろう。

 いくらなんでも、入手困難になっている珍しい映画DVDを二日連続で入手するのは運が良すぎる。

 それに、何故だかわからないが、恐怖すら感じていた。

 西川くんが『プレーンデッドリーマイフレンズ』と『バッドビップボーイ』を二日連続で安く購入出来たのは、なにか偶然が重なったか、本当に運が良かっただけかもしれない。

 残念そうではあったが、西川くんも三日連続で珍しい映画DVDの入手はありえないと思っているみたいだ。


「んー……。『プレーンデッドリーマイフレンズ』と『バッドビップボーイ』がここにあったので、もしかしたら、今日は『アレ』があるかもと思ったでありますが、さすがになかったでありますな……」

「『アレ』?」

「そうであります。『アレ』でありますよ。東園氏はご存知ないでありますか?」


 『アレ』ってなんだよ……。

 『アレ』ってだけで、『アレ』だとわかったら、人間、誰もコミュニケーションに困らないよ……。

 メガネをクイッと上にあげる西川くん。


「フフッ、さすがの東園氏も『アレ』を知らないでありますか、フフッ……」

「いや、まず『アレ』と言われて、なんだかすぐわかるわけないだろう……」


 不敵な笑みを浮かべる西川くん。


「『アレ』とは……。つまり!ポーター・ジョンソンの隠れに隠れた幻のスプラッター映画!『クレイジーマッドバーガー』のことでありまする!!」


 西川くんはそう言った。

 ……。

 『クレイジーマッドバーガー』……?

 名前からして、イカレて狂ってるハンバーガーって意味だろうか?

 初めて聞いたタイトルだった。

 自分で言うのもなんだが、僕はかなりの映画オタクだと自覚してるし、自負してる。

 だが、映画の知識量においては、西川くんの方が上だ。

 彼の方が、僕より映画に詳しい。

 なので、ちょっと悔しい。

 悔しいのだが、なんとなくタイトルで内容が予想できる……。


 たぶん、なんか危険な薬品がかかったハンバーガーが怪物になって、人々を襲うとか、そんな内容だろう……。


 西川君はまた咳をし、笑う。


「ゴホッ!『クレイジーマッドバーガー』とは、ポーター・ジョンソンがスランプ期に撮った映画でありまする。ストーリーは、ある日、危険な実験ばかりを行うマッドサイエンティストが作った謎の薬品がハンバーガーにかかってしまい……」


 やっぱり、タイトル通りな内容なのか……。


「それで、この『クレイジーマッドバーガー』。公開当時、観客たちからも評論家たちからも酷評で、ポーター自身も失敗作だったと認めている作品なのでありますよ。ですが、ポーターはその失敗をバネにし、この作品の後に『プレーンデッドリーマイフレンズ』を生み出し、再びヒットメーカーとして返り咲いたのでありまするよ」

「へぇー、そうだったのか」


 それは知らなかった。

 あのポーター・ジョンソンにもスランプや失敗作があったのか。


「だからか、この『クレイジーマッドバーガー』は日本では公開されず、DVD化もされなかったのでありますよ」

「え!ポーターの作品なのに、DVD化もされていないの!?」

「興行成績も評価も最悪だったでありますからな。本国のアメリカでVHS化はされておりますが、やはり、生産された数も少ないので、大金持ちのコアなポーターファンでなければ入手できないでありましょう」


 そう言われてしまうと、どんな映画なのか観たくなってしまうのが、人情ってもので。

 一体、どれぐらいつまらない映画だったのだろうか?なんとなく、タイトルでどんな内容なのかわかるが。

 しかし、アメリカにしかなく、DVDではなく絶滅したVHSでしかソフト化されていないのなら、これはもう普通に入手困難どころか、入手不可能だろう。


 もし、ここに『クレイジーマッドバーガー』のVHSがあったのなら、それは幸運や奇跡どころではなく、もう異次元か、ホラーの領域だろう。


 ……。


 いきなりだが、僕は尿意を感じた。

 珍しい映画DVDはもうここにはなさそうだし、トイレを済ませたら帰るとするか……。


「ちょっと、トイレに行ってくるよ」

「了解であります。ワタクシらは、もう少しここに居るでありまする」


 もうここに居たって、珍しい映画は見つからないと思うのだが……。

 西川くん、南城くんはDVDコーナーに残り、僕は階段から一階へと降りた。

 階段から降りる際、段ボールの箱を持った店員とすれ違った。




 トイレを済ませた僕は、古本コーナーの前を通った。

 トイレに行くには、ここを通らなければならない。

 このまま二階に向かって、西川くん、南城くんと合流する……つもりだったが……。

 僕の足は、古本コーナーで止まった。

 そして、自分の目を疑った。


 金色の髪の毛。色白の肌。白いブレザーに、チェックのスカート。ニーソックス……それらを身に着けた小柄な少女が古本コーナーに居た。


 僕の心臓は激しく脈打ち、目から入った情報を脳が処理しようとしている。


 間違いない!あの少女だ!

 昨日、古本屋で会ったあの少女だ。

 僕は自分の顔が一気に赤くなるのを感じた。

 マジかよ……ウソだろ、何故こんなところに……。


 リサイクルショップの古本コーナーで、本を探す彼女の姿はまるでファンタジー映画のワンシーンのようだった。

 そんな彼女の姿は、僕だけではなく、他のお客たち……特に若い男子たちの視線を集めていた。

 あの少女はなにか本を探していた。

 本を探す仕草がいちいち愛らしく、その横顔を見ているだけでも幸福感に満たされていた。

 あんなカワイイ女の子とおしゃべりとかできたら、最高だろうな……。

 今の僕はオタク友達二人と、映画鑑賞と映画収集ばかりで、黒寄りのグレーな青春を送っているからな……。


 ああ、それにしても、可愛らしい。

 本当に別の世界から来たんじゃないだろうか?

 話しかけてみたい。

 でも、なんて話しかければいいんだ?


 やあ。キミ、昨日『忍者入門書』を手に取ろうとしてた子だよね?忍者好きなの?それとも、忍者になりたいの?忍者、最高だよね。僕も将来、忍者になろうと……。


 ……いや、忍者はどうでもいいよ。

 しかし、あの少女にそんな風に話しかけられたら、いいのになぁ……。

 とか、考えている内に、他校の不良っぽい男子生徒二人が少女に近づいた。

 彼ら二人は髪を茶髪に染め、制服を着崩し、首に金ぴかのネックレスをつけていた。


「ねぇ。君、この辺じゃあ見かけないけど、どこの学校の子?なんか、本探してるの?」


 男子生徒は慣れた口調で、少女に話しかけた。

 ……まあ、これが現実だよね。

 こっちは、なんと言って話しかけようかと必死に考えていたのに、あの男子二人組はあっさり少女に話しかけることが出来た。

 これが、現実……。所詮、この世は弱肉強食。

 僕はガックリとため息を吐いた。


 男子二人に話しかけられた少女は、本を探す手を止めて、顔の向きを変えた。

 ああ。やっぱり、カワイイ。天使だ……。

 横顔も良いけど、やっぱり、正面のお顔が一番カワイイ。


「キミ、名前、なんていうの?」

「その制服、似合ってるねー。どこの学校?」


 男子二人組は矢を飛ばすように、次々と少女に話しかける。

 僕もあんな風に話しかけられたら……。

 二度目のため息を吐き、僕はこの場から離れようと思っていると……。


「ん?」


 少女は男子二人組から話しかけられているのに、なんの返答もせず、なんの反応も示さなかった。

 むしろ、気のせいだろうか?

 それとも、自意識過剰なんだろうか?

 少女は、真っすぐと僕を見つめていた。


「え?え?」


 僕の背後になにかあるのかと思い、振り返った。なにもない。

 少女は男子二人を相手にせず、その紫色の瞳を僕に向けている。

 え?なに?なんなの?

 まさか、僕を見つめているんじゃ……いや、そんなわけあるはずが……。


 あった。


 少女は男子二人を振り切って、その場から離れた。

 そして、僕に向かって駆け足で近づいてきた。


 僕の脳はなにが起きているのか理解できず、情報を処理し切れなった。


 少女が今、僕の目の前に立っている。

 マジで?嘘でしょう?

 なんで、天使のようなキミが僕の前に立っている!?

 すると、少女は口を開いた。


「え、えと。あ、あなた、き、昨日、ふ、古本屋さんに居ましたね?」


 少女はたどたどしく言った。

 どこか、外国から来たばかりなのかな?

 日本語が不慣れな感じの喋り方だった。


「た、確か、昨日、鼻に、テープ、貼ってました、ね?」


 うん。

 昨日は体育の時間、顔にボールがぶつかり、鼻に絆創膏を貼っていた。


「そして、大きな、黒い本、を手に取ろう、として、私と、手が、ぶつかりました、よね?」


 なんてことだ。

 少女は、僕のことを覚えている!

 そして、なおかつ話しかけてくれている!

 心臓の鼓動が早くなる。

 僕は返事した。


「は、はい。そでしゅ……」


 緊張しすぎたのか、ありえないことに脳が対処しきれなかったのか、僕は噛んでしまった。

 僕は自分の舌を恨んだ。だが、恨みはすぐ消えた。

 少女は目を大きく見開き、そのか細い両手で僕の右手を掴んだ。


 え?


 少女は僕の右手を包み込むように握りしめ、


「わ、わたし、あ、あなたのこと、さ、探してました!!」

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