EP.04「バッドビップボーイ」
いつもの通学路を、西川くん、南城くんと歩く。
西川くんは今日も体調が優れないのか、なんだかフラフラしているように見える。
南城くんはまだ菓子パンを食べている。
「それにしても、東園氏」
「ん?」
西川くんが足を止め、話しかけてきた。
つられて、僕も南城くんも足を止めた。
「今日は、なにか良いことでもありましたか?いつもより、雰囲気が明るいのでありますか?」
「えっ、そう?」
「はい。いつもはドヨヨンとした雰囲気なのに、今日は春の陽気のように明るい感じでありますよ」
ドヨヨンとした雰囲気ってなんだよ……。
暗いをストレートに言わず、かなりオブラートに包んでくれたのか?
「別にいつも通りだよ……。特に変わりは……」
変わりはないと言おうとした時、金髪の少女が頭の中に浮かんだ。
確かに、僕はいつも通りではない……。
あの少女のことが気になっている。
そして、あの少女を思い出しただけで、ちょっと顔が熱くなるのを感じる。
「……東園氏。顔がだんだん紅潮しているでありますぞ……」
「ハゥ!?」
西川くんにそう言われ、一気に顔から熱が引いた。
探る様に、西川くんが見つめてくる。
「なにかあったでありますな?」
す、鋭い。
「い、いや、なにも!なにもないよ!!うん!!あー、そういや、今日はちょっと風邪っぽかったんだよ!うん!でも、大丈夫だよ!」
「……」
西川くんから疑惑の目を向けられている。
別にあの少女のことを話しても良いんだが、普段、映画の話しかしない僕が彼らに、昨日、古本屋で会った見知らぬ女の子に一目惚れしちゃった……って言うのが、なんか気恥ずかしかった。
ここは強引にでも、話題を変えよう。
「あっ!そういえば、今日の部活で観る映画はなににする!?」
強引すぎる話題の切り替え方だと、我ながら思った。
西川くん、南城くんがじっと僕を見つめている。
話題の切り替えが強引すぎたか?
「あっ!そういえば、そうでありましたよ!東園氏!!」
僕から目を離し、西川くんは自分のカバンを開けた。
よっしゃあ!話題を切り替えられた!!っしゃあ!!
西川くんはカバンから『プレーンデッドリーマイフレンズ』のケースを取り出した。
「昨日はディスクを忘れてくるという失態をしたでありますが、今日はちゃんとディスクも持ってきたでありますぞ!」
そう言って、西川くんはケースを開いた。
確かに、ケースにはディスクが入っている。
「おおっ!これが、『プレーンデッドリーマイフレンズ』のディスク!!神々しい!!神々しいよ!西川くん!!」
と、テンションを上げてリアクションするものの、何故か、昨日のような高揚感はあまりなかった。
既に『プレーンデッドリーマイフレンズ』のパッケージを見てしまったせいなのか、それとも……。
また、僕の脳裏にはあの金髪の少女の顔が浮かんだ。
更に西川くんはニヤリと笑う。
「フッフフ……。東園氏。ワタクシの昨日の失態を挽回するには、これだけでは物足りないでありまする……」
「え?」
「……実はもう一つ、お見せしたいものがあります故に……」
西川くんが、また自分のカバンの中に手を入れた。
え?なんだ?と思い、僕は西川くんのカバンを見ていた。
すると、カバンからまたDVDのパッケージが出てきた。
僕は驚愕した。
「ま、まさか、それは!?」
西川くんがそのDVDのパッケージを天に掲げた。
「その、まさかでござる!あのポーター・ジョンソンが大学生時代に制作した幻の『バッドビップボーイ』でありまるよ!!」
「な、なんだってぇー!!?」
僕は大声で叫んだ。
西川くんは高笑いをした。
南城くんはアンパンを食べている。
さすがに、これには驚きが隠せなかった。
「マジかよ!嘘でしょ!!それは、まだポーター・ジョンソンが映画監督ではなく二十歳の大学生だった頃!大学のサークル仲間たちと自主制作で映画を撮影し、地元の映画館でのみ公開されたが、あまりの完成度の高さに口コミで話題になり、全米の映画館で公開されたという幻の映画じゃあないか!?しかも、ストーリーは金持ちの青年がある日、突然狂気に走り、次々と残虐な殺人事件を起こすという衝撃のスプラッター!低予算で学生が撮ったとは思えない程に映画の完成度が高く、グロテスクで暴力的な描写の数々、残酷すぎるストーリー展開で、口うるさい映画ファンや評論家たちを唸らせまくったという!!そして、この映画がカルト的ヒットをしたことでポーター・ジョンソンはそのまま映画監督としてデビュー!この映画は、ポーター・ジョンソンが映画監督になるキッカケとなった幻で伝説のスプラッター映画じゃあないか!?」
昨日と同じく、僕はまた興奮して、長々と語ってしまった。身体中に血が駆け巡っている。
西川くんが『バッドビップボーイ』のケースを僕に渡す。
僕は、パッケージのイラストを目に焼き付けんばかりに凝視した。
ケースには傷や汚れのひとつもない。ほぼ新品状態。
一応、ケースを開けて中身を確認した。ディスクもピカピカだった。
「ど、どこでこのDVDを!?全米でカルト的ヒットしたとはいえ、日本では未公開だったんで『プレーンデッドリーマイフレンズ』よりもDVDが生産されなかったはずだよ、これは!?新品はもう存在せず、中古では何十万以上にも高騰してて、マニアの間でも入手困難と言われている映画だよ!!」
鼻息を荒くして、僕は西川くんに聞いた。
たぶん、今の僕の目は血走っているだろう。
「フッフフ……。昨日、東園氏が去り、南城氏と別れた後、ワタクシはアルバイトへと向かったのでありまする」
前から思っていたが、西川くんは一体なんのアルバイトをやっているのだろうか?
「そして、アルバイトが終わった夜の9時!ワタクシはいつものリサイクルショップに寄ったのであります……」
いつものリサイクルショップ……。
正式名称は『万物中古市場』。朝9時から深夜1時まで営業している。
その店は、本やゲーム、CDにDVD、おもちゃ、古着にブランド品、古くなった家電など、要らなくなったモノを幅広く買い取り、販売する店だ。
たぶん、全国区に点在しているリサイクルショップだと思われる。
僕らは、よくここで中古の映画DVDや冷蔵庫などの備品を買っている。
実際、僕の部屋や部室にある映画のDVDなどはここで買っている。あの『仮面ニンジャー対悪魔のトカゲ人間』も。
西川くんはメガネをクイっと上げた。
「そして、いつもの映画DVDコーナーに寄りましたところ、この『バッドビップボーイ』のDVDがあったのであります!!」
「おおっ!すごい!凄いよ、西川くん!!昨日は『プレーンデッドリーマイフレンズ』と見つけたりと、運が良すぎだよ!!」
「フッフフ!」
西川くんは笑う。
だが、僕はなにか薄らと違和感を感じていた。
「ちなみに、『バッドビップボーイ』はネットオークションとかだと、何十万にもなってたけど、いくらしたの?かなり高かったでしょう?」
西川くんはより一層高笑いをした。
「フゥハハハでありまする!!な、なんと、このDVD!こんなに美品状態なのに、たったの千円で買えたのでありますよ!!これは、まさに奇跡でありまするよ!!東園氏!!」
その言葉で、僕の身体から血の気が引いた。
さっきまで、身体中を駆け巡っていた血液が一気に鎮まっていく。
……おかしい。
さすがに、おかしいだろ、それ。
レアな映画のDVDを目にした喜びよりも、違和感の方が優ってしまい、僕は顔が固まってしまった。
生産された数の少なさとカルト的な人気から、ネットオークション、中古市場などで価格が高騰している『バッドビップボーイ』のDVD。
それが、たったの千円で買えた?ケースやディスクの状態も美品なのに。
更に言うと、昨日の『プレーンデッドリーマイフレンズ』も同じだ。『バッドビップボーイ』よりは高騰していないが、アレも数が少なくて、そんなに出回っていない映画だ。
なのに、何故あのリサイクルショップにあって、希少なのに千円と安価で買えたんだ?
そういえば、西川君が『プレーンデッドリーマイフレンズ』を入手したのは、一昨日と言っていたよな……。
一昨日と言えば、僕が『仮面ニンジャー対悪魔のトカゲ人間』のDVDを購入した日……。
……。
やっぱり、なにかがおかしい……。
急に僕が黙り込んだせいか、西川くんと南城くんが不思議そうな顔をした。
「どうしたでありますか、東園氏?どこか具合でも?」
西川くんは青白い顔でフラフラしながら言った。
君の方が具合悪そうに見えるんだが……と言いたかったが、僕はある疑問を口にせずにはいられなかった。
「西川くん……聞きたいことがあるんだけど」
「ゴホン!……し、失礼」
西川くんが咳をしたが、僕は話を続けた。
「一昨日、『プレーンデッドリーマイフレンズ』のDVDを購入したって言ってたよね?それって何時?」
西川くんはまた咳をした。
「……えーっと、あの日もワタクシは夜の9時までアルバイトしており、確かリサイクルショップに着いたのは30分後ぐらいでしたかな……。流星群を見ていたので……」
……。
確かに流星群が流れてきたのは、夜の9時ぐらいだった。
そのあと、僕は気絶した。
「流星群が終わった後、あのリサイクルショップに着くと、なんと我々が探し求めていた『プレーンデッドリーマイフレンズ』のDVDが……」
西川くんは一昨日の夜9時半頃にリサイクルショップ『万物中古市場』でDVDを購入した。
そして、夜9時に流星群……。
……話をまとめるが、一昨日、僕も『万物中古市場』に行っていた。
確か、夕方の6時頃。そこで『仮面ニンジャー対悪魔のトカゲ人間』のDVDを見つけた。
だが、その時、『プレーンデッドリーマイフレンズ』のDVDは店にはなかった。
僕が見落としたのかもしれないが、この店に来るたび、珍しい映画が入ってきていないか、じっくりとDVDコーナーを見ているので、もし『プレーンデッドリーマイフレンズ』のDVDがあったら、間違いなく見つけ出しているはず。
そして、僕は買い物などを済ませてから、夜7時頃に帰宅した。
晩食を済ませ、夜7時半から『仮面ニンジャー対悪魔のトカゲ人間』のDVDを観始めた。
映画の時間は約90分。
観終わったのは、夜の9時頃。ちょうど例の流星群があり、そして、西川くんのバイトが終わった時間。
そのあと、僕は流れ星に激突して気絶。
そして、西川くんは夜9時半に『万物中古市場』へ。
そこで西川くんは『プレーンデッドリーマイフレンズ』のDVDを入手する。
……。
僕は夜の6時に『万物中古市場』に居た。この時、『プレーンデッドリーマイフレンズ』のDVDはなかった。
西川くんは夜9時半に『万物中古市場』で『プレーンデッドリーマイフレンズ』のDVDを見つけ、入手した。
……。
やっぱり、なにか引っかかる。
たった3時間半の間に、店の棚に『プレーンデッドリーマイフレンズ』のDVDが置かれるのだろうか?
ありえない話ではないと思うが、貴重な映画のDVDが夜9時半ごろに棚にあり、価格が高騰しているのに千円で買えたなんて、そんな話ありえるだろうか?
しかも、昨日の夜には『プレーンデッドリーマイフレンズ』より貴重な『バッドビップボーイ』のDVDを千円で購入している……。
2日連続で欲しかったレアなDVDを入手とか、いくらなんでも、運が良すぎる……。
まるで、『魔法』か、『奇跡』のように運が良すぎる……。
なにか、変だ。
DVDを購入しているだけなんだが、なにか変だ。
西川くんの運が異常なぐらい良すぎる……。
西川くんがまた咳をした。
「どうしたでありまするか、東園氏?なんだか、顔が怖いでありますよ」
考え込んでいる内に、僕の顔は強張っていたようだ。
「え、い、いや、なんでもないよ……。ちょっと羨ましいなーと思っちゃって……アハハ」
「そうでありましたか!ハハ!ワタクシも二日連続でポーターのレアな作品を入手したので、自分でも自分の運が怖くなっていたところでありますよ!フハハ!ゲホッ!」
西川くんは笑いながら咳をした。
……。
しかし、まあ、本当に西川くんはただ運が良かっただけかもしれない。
たまたま、ポーター・ジョンソン作品のDVDを集めていたが、なんらかの理由で手離すことになった人が居て、それを店側が買い取り、二日続けて棚に並べたのを運良く見つけた可能性だってある。
千円と安価なのも、店員が『プレーンデッドリーマイフレンズ』と『バッドビップボーイ』の価値をわかっていなかったという可能性だってある。
それに誰かが仕組んだとしても、西川くんにレアなDVDを与えて、なんのメリットがあるのか?
ちょっと、僕の考えすぎかもしれない。
……だけど。
なにか、こう……妙な違和感がある。
まるで、見えない力が働いているかのような……。
「それでは、今日の部活動は『プレーンデッドリーマイフレンズ』と『バッドビップボーイ』。幻のポーター・ジョンソン作品の連続上映会で決定ありますな!」
と、西川くんは腕を上げた。
それに合わせて、南城くんも腕上げた。
だが、僕は……。
「あのさー。二人とも……」
「ん?どうしたでありますか、東園氏?」
盛り上がっているところに水を差すようで申し訳なかったし、僕だって、ポーターの『プレーンデッドリーマイフレンズ』と『バッドビップボーイ』が観たい。
しかし、その前にどうしても気になることがあって、それを解消したかった。
「大変申し訳ないんだけど、今日の部活動はポーター作品の連続上映会じゃなく、リサイクルショップに行かない?」
西川くんと南城くんはポカンとした。
僕は確認したかった。
この異常なまでの西川くんの運の良さが、本当に偶然なのか。
「え?東園氏、あんなに楽しみにしていた『プレーンデッドリーマイフレンズ』と『バッドビップボーイ』を観なくても良いのでありますか?」
本音を言うと、かなり観たい。
今すぐにでも観たい。
今日、学校を休んででも観たい。
しかし、この異常なまでの西川くんの運の良さの方が気になって仕方ない。
もし、今日もリサイクルショップへ行き、西川くんがレアな映画DVDを入手したのなら、これは絶対になにかある。
出来なかったら、本当にただ運が良かっただけの話になる。
だから、確認したかった。
この西川くんの異常なまでの運の良さを。
だが、その前に言い訳しなくては……。
「あー、えっと……。に、西川くん、二日連続で珍しい映画をゲットしているから、もしかしたら、今日もあのリサイクルショップにレアな映画のDVDがあるんじゃないかなー……と思ってさぁ……」
西川くん、南城くんが僕の顔を見つめる。
ヤバイ……。苦しい言い訳だったか……?
すると、西川くんは、
「なるほど!確かに、最近あの店の中古DVDコーナーには、神が降りて来ているでありまする!『プレーンデッドリーマイフレンズ』と『バッドビップボーイ』を入手出来るなんて、まさに奇跡そのものでありまする!もしかしたら、二度あることは三度!今日もレアなDVDがあるかもしれませぬな!!ゲホッ!」
と咳をしながら、テンション高く話に乗ってくれた。
南城くんはパンを食べながら、右手の親指を立てている。
オッケー……ってことで良いんだよな?
こうして、苦し紛れの言い訳が通用し、リサイクルショップ『万物中古市場』へ行くこととなった。
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