EP.03「金髪で紫色の瞳の少女と出会った日」
夕陽が沈み、真っ暗になった路地。
呆然としながら、僕は見知らぬ街歩いていた。
あんなに、あんなに楽しみにしていたのに……。
顔面にボールが直撃しても気にしなかったぐらい、楽しみにしていたのに、なんで……。
僕はそう思いながらフラフラと歩く。
西川くんは『プレーンデッドリーマイフレンズ』のケースは持ってきたのだが、ケースには肝心のDVDディスクが入っていなかった……。
昨日、『プレーンデッドリーマイフレンズ』を購入した西川くんは帰宅後、すぐに『プレーンデッドリーマイフレンズ』を観た。
そして、映画を観終わった後、西川くんは感動のあまり、ディスクをケースに入れるのを忘れてしまったのだ。
なので、僕があれほど観たがっていた『プレーンデッドリーマイフレンズ』は今、西川くんの家のブルーレイ・DVDプレーヤーの中にある……。
「ごめんでありまする……」
ディスクがないとわかった時、かなり申し訳なさそうな顔をして、西川くんが謝った。
肝心のディスクがないのだから、こうして『プレーンデッドリーマイフレンズ』の鑑賞会は中止になった。
喜びが大きかっただけに、ショックも大きかった。
僕はフラフラしながら部室から出た。
西川くんは僕の背に向けて、何度も謝っていた。
僕は学校から出てフラフラと駅まで歩き、電車に乗ったものの、ぼーっとしていたせいか、アパートのある風見駅を過ぎてしまい、見知らぬ駅に降りてしまった。
乗り直そうと思ったが、変なこと続きだったので気分を変えたく、この見知らぬ街に降りることにした。
この街の名は『
駅前は商店街だったので、とりあえず適当に歩いてみた。
途中、チェーン店のレンタルビデオ屋を発見。
寄ってみたが、特に目新しい物はなかった。
ダメだ、もう頭の中が『プレーンデッドリーマイフレンズ』のことでいっぱいになっている。
今は他の映画を観る気力がない……。
レンタルビデオ屋から出ると、向かい側には古本屋があった。
店の看板には『古本の江野』と書かれている。
チェーン店の古本屋ではなく、個人で営業してる古本屋のようだ。
店の入口にはワゴンがあり、雑多に本が置かれてある。
ワゴンには「どれも一冊100円」と貼り紙がされていた。
「本か……」
僕は、あまり本を読まなかった。
だって、映画の方が好きだから。
漫画だってあまり読まないし、活字の本も読まなかった。
本を読むとしても、映画のパンフレットか、映画の情報誌ぐらいだ。
……あ、そうだ!
意外とこういう古本屋とかに、珍しい映画のパンフレットや、映画の貴重な資料集や雑誌が置かれてあったりするんだよなぁ。
僕はちょっとしたお宝探しの気分で、この古本屋に入ってみることにした。
ガラガラ……と、店の戸を開けた。
「いらっしゃい……」
坊主頭で髭面の中年男性が不愛想に出迎えた。この店の店主だろうか?
狭い店かと思ったが、意外と店内は広かった。お客さんが三人ぐらい居た。
そして、四方八方に本棚があり、ぎっちりと本が並べられてあった。
棚に入りきらなかった本は、空いたスペースに山積みにされている。
右を見ても、左を見ても本が山のようにあった。
まるで、ここは本の森のようだ。
そして、僕はこの本の森に舞い込んだ旅人……。
……。
くだらんこと言ってないで、映画関係の本はないか探してみよう。
一応、本は大雑把にジャンル分けがされて置かれているが、とにかく本の数が多い。やや乱雑になっている。
漫画の隣に昆虫図鑑があったり、真面目そうな哲学本の隣にアイドルのグラビア写真集があったりした。
本当に、本の森だな、ここは……。
僕は、どこかに映画関係の本はないかと探す。
すると……。
「ん?」
店の奥。茶色い分厚い本が並ぶ本棚に、妙に存在感のある本があった。
黒いハードカバーの本だ。
何の本か、背表紙を見てみる。
『忍者入門書 〜これで、あなたも明日から忍者〜』
胡散臭っ!
隣にある本はなにかの専門書か、哲学書みたいな固い感じの本なのに、なんでこんな胡散臭い本が並べられているんだ?
そもそも、忍者入門書って、なに?なにに使う本なの!?
すると、脳裏に昨日観た『仮面ニンジャー対悪魔のトカゲ人間』の映像が流れてきた。
あの映画を観てから、僕は星にぶつかったんだよな……。
別にあの映画のせいで、星にぶつかったわけではないが、なんか忍者に対して嫌なイメージが上書きされてしまった。
それにしても、どんな本なんだよ、忍者入門書って……。
なにが書かれているんだよ……。
そう思って、僕は忍者入門書を取ろうと、手を伸ばした。
すると、
「あっ!」
僕の手が、誰かの手とぶつかった。
「あ、すみません……!」
すかさず、僕は謝り、手を引いた。
そして、手がぶつかった相手に顔を向ける。
僕は言葉を失った。
そこに居たのは、小柄な少女だった。
金色の髪の毛を後ろに結び、肌は白かった。
服は白いシャツの上に同じく白のブレザーを着ていて、首元には青いリボン。チェックのスカートに、黒いニーソックスとローファーを履いている。
さっき、僕とぶつかった手は白くてか細かった。
身長は168センチの僕より低く、身長150センチぐらいだった。
そして、なにより印象的だったのが、吸い込まれそうに大きな紫色の瞳だった。
「……」
僕の口から、次の言葉が出てこなかった。
隣に立っている少女を一目見ただけなのに、僕の身体は顔面に飛んできたボールよりも、昨日、衝突してきた星よりも強い衝撃を受けた。
1秒、1秒が長く感じる。
もう僕の眼と心は、少女から離せなくなっていた。
少女は、自分の手をじーっと見つめている。
僕の手とぶつかった時、どこか痛めてしまったんだろうか?
すると、少女は、
「あっ、あ、あ、ご、ごめん、なさい!」
金髪の少女は勢いよく頭を下げ、駆け足で、この場から去った。
金色の髪の毛を揺らして去っていく少女の後ろ姿を、僕はただ茫然と見つめていた。
少女は開いたままの店の戸から、出て行った。
……なんなんだ?
一体、なんなんだ、この衝撃は?
なんなんだ、この気持ちは!?
僕は今まで感じたことのない不思議な感情が芽生え、思わず、店の中で叫びそうになったがギリギリ抑えた。
あの少女!
あの少女は一体、なんだったんだ?
僕の心臓は激しく脈を打っていた。
身体中に血が巡っている。
かってないほどの衝撃が身体中を駆け巡っている。
……。
時間が経ち、少しだけ心臓の鼓動が落ち着いた。
落ち着いたと同時に、僕は本棚に目を向けた。
『忍者入門書 〜これで、あなたも明日から忍者〜』
……。
僕はこの本を取ろうとして、あの少女と手がぶつかった……。
つまり、あの少女も、この本を手に取ろうとしたのか……?
この『忍者入門書 〜これで、あなたも明日から忍者〜』を……。
外はすっかり暗くなっていた。
古本屋から出た後、そのまま駅に行き、電車に乗った。
そして、僕の住むアパートのある風見町で電車を降り、駅から出てすぐのスーパーで買い物を済ませた。
夕飯の弁当や飲み物が入った袋を持って、アパートの部屋へと帰る。
アパートに着き、部屋に入り、灯りをつけた。
テーブルの上に買い物袋を置き、座布団の上に座る。
「……」
今日は変な一日だった……と思いながら、弁当を食べ始めた。
特に、あの古本屋で出会った金髪の少女。
あの異質な感じの紫色の瞳をしたあの少女。
『忍者入門書』を手に取ろうとしていたあの少女。
一体、何者だったんだろ?
同い年ぐらいで、白いブレザーの制服を着ていた。
本郷町にある高校に通っているのだろうか?
だが、あの白いブレザーの制服は見かけたことがない。
一体、どこの学校に通っているんだろう?
……と考えている内に、気づいたら、もう弁当をすべて食べ終えていた。
危うく、あの緑のギザギザの草の形をしたアレを食べようとしていた。
風呂に入って、一息ついた。
風呂場の鏡で自分の顔を見る。
今日、顔面にボールが当たった時に貼った絆創膏を剥がした。痣はないし、傷もない。
風呂から上がり、パジャマに着替え、タオルで頭を拭きながら、ベッドの上に腰を下ろした。
……。
あー!やっぱり、あの女の子のことが気になって仕方ない!!
何者なんだ?
どこの学校へ通っているんだ?
好きな映画はなんだろ?好きな映画のジャンルは?好きな映画監督は?
こんなにも、誰かのことが気になるなんて……。
どうも、落ち着かなかった。
この状態だと、たぶん眠れない。
僕は立ち上がり、今まで集めた映画のブルーレイ、DVD、VHSが並べてあるコレクション棚に向かった。
棚には、100から先は数えるのをやめたぐらいの数の映画のビデオがあった。棚に入りきらなかった分は、学校の例の部室に置いてきた。
こういう気持ちが落ち着かない日は、映画を観るに限る。
そう思い、僕は今の気分に合いそうな映画をコレクションの中から探し出す。
ふと、一本の映画に目が止まった。
『仮面ニンジャー対悪魔のトカゲ人間』
……。
昨日、流れ星にぶつかる前に観た映画がこれだった……。
そして、今日、『忍者入門書』を手に取ろうとしたら、あの少女と手がぶつかった……。
……。
僕はなにか因果的なモノを感じた。
「ニンジャ……」
僕は『仮面ニンジャー対悪魔のトカゲ人間』の隣にあった『恐怖のメカゴリラ人間!ニューヨークへ行く!』というB級モンスター映画のDVDを手に取った。
今日はこれを観よう……。
翌朝。
風見駅のホームに僕は立っていた。
今日は寝坊もせず、朝食もしっかり食べてきた。
昨日はいろいろあって疲れたのか、映画を観終わった後はグッスリと眠ってしまった。
ふと、周囲を見渡してみる。
周りには電車を待つ会社員や学生たちなど、多くの人々が居る。
昨日、古本屋で出会った金髪の少女がここにいるかも……と甘い期待はあったが、さすがに居るはずはないか……。
だが、あの少女は白いブレザーを着ていたので、他にも白いブレザーを着た学生は居ないか探してみた。
白いスーツ姿の会社員は居たが、白いブレザーの学生はこの駅内には居なかった。
そもそも、この街に来てから、白いブレザーの制服を着た学生を一度も見た事はない……。
あの少女、一体、どこの学校の生徒なんだろう?
そもそも、あの白いブレザーは学校の制服ではなかったのだろうか?
んー……。ちょっとしたミステリーだ。
それにしても、あの少女……。
可愛かったな……。いや、美しかった……。いやいや、美し可愛かったな……。
そう思い出してしまうと、思わず顔がニヤついてしまう。
周りに変だと思われないように、顔を両手で叩いた。
電車が来るのを待っていると、またもや、他校の女子高生たちの声が耳に入ってきた。
「え?ウソ!それ、本当の話!?」
「今日の朝、ニュースでやってたじゃん」
「うん。だから、パパが今日は真っ直ぐ家に帰れって」
「でも、ヤバくない?犯人、この辺うろついてたりするのかな?」
「やめてよー。そういうのー。怖いからー」
……?
……犯人?
なんだか、穏やかじゃない会話のようだ。
僕は映画は観るが、TV番組はあまり観なかった。
彼女らの会話を聞くに、ニュースになるような事件がこの辺で起きたのか?
盗み聞きするようでなんだが、彼女らの会話に聞き耳を立てようとすると、タイミングよく電車がやってきた。
なんの話をしていたんだ?と思いながら、電車に乗った。
加美野駅に降りる。
駅の改札口から出ると、
「あ!東園氏!!」
目の前には、西川くんと南城くんが立っていた。
二人とも、自宅から歩いて学校に通っており、駅前は通らないはずだが、今、目の前に居る。
相変わらず、西川くんの顔は青白かった。そして、なにか申し訳なさそうな顔をしていた。
南城くんはスティック型の菓子パンを食べている。
僕は、二人の近くに駆け寄る。
どうしたんだ?いつも顔が青白い西川くんの顔が、より青白く感じる。
「やあ、西川くん、南城くん、おはよう」
「おはようであります、東園氏……」
「モグモグ……」
「二人とも、どうしたの?駅まで来て……」
すると、西川くんが頭を下げた。
「東園氏!昨日はすまなかったでありまする!!」
「えっ!?」
僕はいきなりの謝罪に驚いた。
「昨日、東園氏が楽しみにしていた『プレーンデッドリーマイフレンズ』のディスクを忘れてしまい、本当に申し訳ないでありまする!」
「え、ちょっ、西川くん!?」
ああ、そうだった。
昨日はそんなことがあったんだ。
いろいろありすぎて、忘れていた。
昨日は観たかった『プレーンデッドリーマイフレンズ』が観れず、確かにガッカリはしていたが、そこまで謝らなくても良いのに……。
「昨日は、ワタクシがうっかりしてしまい……」
「いやいや!謝らなくても良いよ!!むしろ、僕の方こそ、そこまで気を遣わせてしまって申し訳ないよ!!」
いくらガッカリしていたとはいえ、こんな風に謝られたら、こっちが申し訳ないよ。
西川くんは物凄い勢いで頭を上げた。
「許してくれるので、ありますか!?」
「許すもなにもないよ!むしろ、僕の方こそごめん……」
西川くんが、まるで祈るかのように手を組んだ。
「おおっ!東園氏!なんたる懐の広さ!ワタクシ、感激でありまする!!」
「いやいや、本当にもういいから!」
周囲の人々の視線が、そろそろ辛くなってきた。
「と、とりあえず、学校に行こう、学校へ」
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