EP.02「プレーンデッドリーマイフレンズ」
僕は
駅から出て、15分ぐらい歩くと校舎の近くに着いた。
『私立聖アルジェント学園』。
ここが僕の通う高校。
ちょっと変な名前だが、至って普通の私立高校である。
ただ、ちょっと普通じゃないのが……。
「おおー!東園氏!!グッモーニンでありまする!!」
この甲高い声は……。
僕の振り向いた。
そこには、ちゃんとご飯を食べているのかと心配になるぐらい細身で青白い顔をした長髪の眼鏡くんと、ご飯食べ過ぎじゃないかと思うぐらいにポッチャリボディで坊主頭の眼鏡くんが居た。
「西川くん、南城くん、おはよう」
僕は彼らに挨拶をした。
「おやおや、東園氏。あまり顔色が優れないようでありますなー。ちゃんと、朝食は食べたでありますか?」
君こそ、ちゃんとご飯食べてるのかな……。
この細身で長髪の眼鏡くんの名前は、
僕と同じく映画マニアだ。
「モゴモゴ……」
このポッチャリの坊主頭くんは、
彼は口数が少ない。というか、出会ってから一度も喋っている姿を見たことがない。
いつも、西川くんの隣に居て、なにかを食べている。
今も10円で買える棒状のスナック菓子を食べている。
彼も僕と同じく映画マニアだ。
この西川くんと南城くんは僕と同じクラスで、一緒に「映像科学研究部」という部活を行なっているメンバーだ。
活動内容は、ただ放課後に三人で映画を観るだけである。
……。
活動内容は、ただ三人で映画を観るだけである。
大事なので、二回言った。
この映像科学研究部……略して、「映研部」は学校に非公認で行っている。
それは、そうだ。
映画を観るだけで、特になにもしないのだから……。
「今日は寝坊したんで、朝はなにかを食べる余裕なかったよ……」
「いけませんぞ、東園氏!朝食は人間にとって、一番大事な食事でありますぞ!余裕がなくても、ちゃんと朝食を食べないとダメでありますぞ!」
青白い顔の君がそう言っても、なかなか説得力がない。
というか、西川くん。テンションは高いんだが、さっきからフラフラしている。大丈夫なのか?貧血気味なのでは?
「西川君の方こそ、あんまり顔色が良くないけど?ちゃんと、ご飯食べてるの?」
「ムフフ。ちゃんと食事はとってありまするので、お気になら去らず。ただ、体調がちょっと優れないだけでありまする」
ちょっとどころか、かなり体調が優れないように見えるんだが……。
「ところで、東園氏は見たでありまするか?昨日の流星群」
「え。うん、僕も見たよ、うん……」
昨日、流れ星にぶつかった話をしたかったが、さすがにそんな話、信じるわけないだろうな……。
西川くんは話を続ける。
「ワタクシも昨日は、あの摩訶不思議な流星群を見たのでありまする。いやぁ、アレはちょっと不気味でありましたなぁ……。まあ、そんなことよりも、昨日は思わぬ収穫がありましたぞ……」
そう言いつつ、西川くんは自分のカバンをごそごそと漁り始めた。
南城くんは、ひたすらスナック菓子を食べ続けている。
あれ?さっき、南城くんが食べてたのは、「コーンポタージュ味」。
だが、今食べているのは「めんたいこ味」……。
え!いつの間に、味を切り替えたんだ?
いや、そんなことはどうでもいい。
僕には、西川くんと南城くんしか、友達が居ない。
この学校に入学したばかりの頃。
いろいろあった中学時代のことは忘れ、気持ちをリセットして、クラスのみんなと友達になろうと、いろいろ行動してみた。
……だが、なかなか上手く行かず、クラスのコミュニティの輪の中に入れなかった……。
友達が作れず、クラスの中で浮いてて、一人ぼっちだった僕に話しかけてくれたのが、この西川くんと南城くんだった。
まあ、この二人もクラスから浮いていたんだけど……。
西川くんと南城くんは良い人なんだが、ちょっとズレているというか……なんというか……。
そう思っていると、西川くんはカバンからDVDのケースを取り出した。
僕の目は、そのパッケージに釘付けになった。
ま、まさか……そ、それは……。
西川くんが不敵に笑う。
「フフフ……。ついに入手したでありますぞ、東園氏!幻のアレを!」
「う、嘘だろ、ま、まさか……そ、それは……」
「その、ま、さ、か、でありまするよ……」
西川くんが、僕にそのDVDのケースを渡した。
やっぱり!!
「こ、これは!」
思わず、大きな声を出してしまった。
だが、興奮を抑えられなかった。
このDVDは、伝説の超カルト映画『プレーンデッドリーマイフレンズ』!!
「マジかよ!?ウソだろ!?そんなバカな!!超大ヒット作『腕輪物語』の監督、ポーター・ジョンソンが撮ったゾンビ映画である『プレーンデッドリーマイフレンズ』のDVDじゃないか!!あまり生産されなかったせいか、新品での購入どころか、中古での購入も難しく、ネットオークションなどで1万円以上に高騰している代物でしょ、これぇ!!」
「フフフ」
「ど、どうして、この『プレーンデッドリーマイフレンズ』のDVDを!?」
眼鏡をくいっと上げる西川くん。
「昨日の夜でありまする……。アルバイトが終わった帰り道。偶然、あの流星群があったので、ワタクシ、しばらく星を眺めていたのでありまする……。流星群が消えたあと、いつものリサイクルショップに寄ってみると、な、な、なんと!そこに、このDVDがあったのでありますよ!!東園氏!!しかも、千円で!これは、まさに奇跡!!私は迷わず、即ゲット!!……したのでありまするよ、東園氏……」
「嘘!千円で売られてたの!?凄い!凄すぎるよ!!西川くん!!」
興奮する僕を、南城くんはスナック菓子をボリボリと食べながら見つめている。
僕はDVDのケースを天高く掲げる。ケースには傷ひとつなかった。一万円以上に高騰している代物なのに、こんな美品を千円で買えたなんて……確かに奇跡だ。
あ、ああっ!なんて、なんて神々しいんだ!
「あの人気映画シリーズ、『腕輪物語』で一躍ヒットメーカーになったポーター・ジョンソン!しかし、ポーターは『腕輪物語』の監督に抜擢される前はB級ホラー映画ばかりを撮っていた時期があり、その時に生み出したのが、この『プレーンデッドリーマイフレンズ』!!ある日、突然ゾンビになった友達との残酷で哀しい友情を描いたストーリー性の高さ!更に、低予算とは思えない腐臭漂うようなグロテスクなゾンビメイク!そして、なにより大量のチョコレートを使って再現した噴水のように飛び出る流血描写!!まさに、これは伝説のB級カルトホラーの決定版だよ!!最高だ!最高だよ!!」
僕は早口でベラベラ喋った。
興奮すると、つい早口になってしまう。
心臓の鼓動と鼻息が荒くなる。
「西川くん!放課後になったら、絶対に観よう!!是非観よう!!必ず観よう!!」
体中に血がみなぎってきた。
いや、まるで血が沸騰しているようだ。
本当なら、今すぐにでも観たい!
でも、これから学校が、授業がある!
ああん!!早く学校が終わればいいのに!!ウキー!
「あ、あのー。東園氏……。東園氏……」
西川くんが困惑した顔で、僕を見つめている。
「ん?」
僕は西川くんの顔を見た瞬間、急に冷え切った空気を肌で感じた。
この空気は冬の寒気ではない。
なにか別の、精神的なものから来る冷気だ。
沸騰していた血がだんだんと鎮まっていく。
僕は我に返った。
周囲を見渡す。
いつの間にか、僕らの周りには人だかりが出来ていた。
学校の生徒から、会社員、更には幼稚園の子どもたちや、その親御さんたちまで居る。
全員が白い目で僕らを見ている。
「うわ、キモッ」
「あれが、この学校で噂の映画オタク三人衆?」
「ゾンビであんなテンション上がるとか、マジキモいっていうか、ヤバくない?」
「こら!目を合わせちゃダメです!」
老若男女、様々な人々から辛辣な言葉が飛び交う。
中には、子供の目を塞ぐ親御さんまで居る。
……先程の発言は撤回しよう。
西川くん、南城くんより、僕が一番ズレているのだ……。
こうなってしまうから、僕はなんかダメなんだよ……。
珍しいカルト映画を見つけると、ついテンションが上がって周りが見えなくなってしまう……。
西川くんも困っている。
「早く、ここから立ち去るでありますよ……」
「う、うん……」
顔がゾンビみたいに青白くなった僕と西川くんは、足早にこの場所から去った。
人々は道を歩く僕らを、次々と避けていく。
南城くんはスナック菓子を食べながら、ゆっくり歩いていた。
スナック菓子はチーズ味に変わっていた。
放課後。
僕ら三人、映像科学研究部……略して映研部の部室は校舎から離れた場所にあった。
ワケあって、もう使われなくなった屋外プールの着替え室が部室だ。
この学校に入学してから、数ヶ月後のある日。
映画好きという共通の趣味を持っていた僕らは、映画鑑賞を部活動にしようと思い、映研部を立ち上げる。
そして、学校から映研部を正式な部活動として認めてもらうべく、僕ら三人で申請書を出した。
だが、学校からは、
「映画を観るだけの活動を部活動は言わん」
と言われ、突き放された。
ですよね……と、僕ら三人は思うしかなかった。
だが、それでも、僕らは学校でマニアックな映画が観たいという熱い思いが止められなかった。
なので、僕らは非公認で部活を行うことにした。
それで、この使われなくなったプールの着替え室を無断で勝手に使わせてもらうことにした。バレたら、ヤバい。
着替え室にあった備品はすべて、外に出し、室内を掃除。
それから、使えそうなロッカーと棚を利用して、TVとブルーレイ・DVDプレーヤー、ビデオデッキなどを設置。
更にロッカーには、僕ら三人が自分の部屋から持ってきた映画のブルーレイ、DVD、VHSソフトや映画関係の本を収納。
殺風景だったので壁一面には名作映画のポスターを貼った。
あとは、古くなってゴミ捨て場に捨てられてあった長机と椅子を持ってきて、リサイクルショップで買った冷蔵庫を置いた(代金は三人で出し合った)。
こうして、部室……というよりは、僕らの秘密基地のような映画鑑賞空間が出来上がった。
ちなみに、肝心の電気はどうしてるかは……。
うん、これは秘密にしておこう……。
一応、勝手に使っているのがバレないようにと、僕ら三人以外の誰かが室内に入らないよう、入口のドアノブと窓は鎖と錠前でロックがされている。
さらに『立ち入り禁止』の立て札も付けてある。
鍵は、僕ら三人がそれぞれ合鍵を持っている。
なので、この部室に入れるのは、僕、西川くん、南城くんの三人だけだ。
放課後。僕ら三人はこの部室に集まった。
僕らは片手に冷えたペットボトルを持って、椅子に座っていた。僕はメロンソーダ。南城君はコーラ。西川くんはウーロン茶を持っていた。
そして、テーブルの上には、ポップコーン。
やはり、映画といえばポップコーンだ。キャラメル味と塩味の両方がある。
完璧だ。
「フフフ……。皆の衆、お待たせしました……」
西川くんがカバンから『プレーンデッドリーマイフレンズ』のDVDケースを取り出した。
「おおっ!待ってました!!」
僕は盛大に拍手した。
いよいよだ……。
僕はこれを観るのが楽しみすぎて、今日の授業は全然、頭にも耳にも入ってこなかった。
「ところで、東園氏……。顔は大丈夫でありますか?」
「……」
この映画を楽しみにし過ぎたせいか、体育の時間にぼーっとしてしまい、どこからか飛んできたバスケットボールが顔面に命中。
今、鼻に絆創膏を貼っている。
星に続いて、ボールにぶつかるとか……。
いや、でも、今はそんなことはどうでもいい!!
「僕のことは、気にしなくていいよ!さぁ、早く!早く『プレーンデッドリーマイフレンズ』を観ようじゃないか!」
「は、はぁ……。わかったでありまするよ、東園氏……」
西川くんはケースを開けた。
僕の心臓が激しく脈を打っている。
ついに、ついに、あの幻のカルト映画が観れる!!
僕はテンションが上がりすぎて、目と鼻から血が噴き出しそうになっていた。
「まったく、東園氏は映画のことになると、人が変わり……あ」
西川くんはケースを開けた瞬間、固まった。
「ん?」
西川くんの顔から大量の汗が流れてきた。
どうした?なにがあった?
なんか、物凄く嫌な予感がする……。
西川くんはケースを閉じた。
そして……。
「……たった今、皆さんに謝りたいことがありまする……」
西川くんのその言葉で、僕のテンションはどん底まで下がった。
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