1章 奇人①
思えば、中学生時代の自分は相当スノッブな奴だったと思う。少しばかり勉強ができて、学校の授業を先取りする学習塾に通っていた俺は、ことあるごとに知識をひけらかしていた。ああ、またやってしまった。スノッブというのは鼻持ちならない、浅学の癖に気取っているような奴のことだ。なんて、これ見よがしに聞き齧りの英単語を使ってしまうあたり俺はやはりスノッブなのだ。
ありがたいことに、そんな俺にも友達がいた。もちろん数少ない友達だ。だが少数精鋭で、なんでも話せる友達が一人でもいれば幸せなことだろう。うわべの付き合いが100人いるよりよっぽど良い。と、思っていた。
話が逸れたが、その数少ない友人というのが
その直樹の幼馴染が
彼らは家が隣り合っていて、幼稚園・小学校はもちろん、生まれた病院まで一緒という筋金入りの幼馴染だ。だがよく見ていると、二人が一緒にいる時間は長くとも言葉を交わしている時間は驚くほど短いことに気がつく。なぜかって、もはや相手の考えることが手に取るようにわかるのでわざわざ会話をするのが面倒らしい。自分が一言発せば、相手がなんと返してくるか、それに対して自分がどういうボケをして、どういうツッコミが来るか、あるいはボケ返されるのか。数手先まで読めるから面白くないという。だから彼らの日常会話は、珠玉に面白いと思ったことをぼそっと言いあう、客観的には気持ち悪いものだった。
俺がそんな彼らの間には入れたのは、つまり、彼らの会話がマンネリしていたからだと思う。シュミレーションしつくされたゲームに不確定要素を放り込もうというのだ。
先ほど述べたと通り、学校で測られる学力はさておいて直樹はとても地頭が良い。俺は普段から彼の成績がひどいのをからかっていたが、彼が一体何に躓いているのか全く理解していなかった。ところが秀悟を交えて話していると、直樹がいかに賢く、俺がいかに愚かなのかと言うことが馬鹿なりにうっすらと分からされた。だが、中学生男子の自尊心はそれを認めなかった。
直樹は、大勢の人間が「これはこういうものだ」と教わり、そう信じ切っている物事が、なぜ「そう」なのかを追求していた。先ほどの数学の授業でのエピソードには続きがある。
中学3年夏休み前日の下校時、俺たちは思い出話をしていた。俺は修吾に、一年次時のあの数学の授業でのエピソードを面白おかしく語った。「あの時はまだ仲良くなる前だったけどほんと笑ったよ。こいつイカれてるなって。まさか友達になるなんてな。」すると、ムッとした直樹はこういう例え話をし始めた。
「じゃあさ、例えばさ、右手に饅頭一つ、左手にもひとつ持ってるとするだろ?」
「うん、というか持ってるね」
俺たちは帰り道に十円饅頭を買い食いするのが常だった。
「あわせていくつ?」
「2個」
「ほんとか?」
直樹は両手の十円饅頭をぐちゃりとぶつけた。褐色の薄皮が放射状に破れ、黒々とした餡子が飛び出した。彼の長い爪が食い込むと、ネチっと音を立て毛むくじゃらの太い指の隙間からにゅるりと這い出してくる。ちぎっては潰し、ちぎっては潰し、これでもかと弄ばれて十円饅頭は汚いマーブルの団子になってしまった。
「な、一つだろ?」
得意げに二十円団子を一口に放り込むと、「うむ、普通に食ったほうがうまいな」と真顔で言う。
秀悟はげらげら笑い、「きったねえな」と腹を抱えていた。
俺は顔をしかめていた。だがそれは、屁理屈にむかついたのでも、直樹が最後にいつ手を洗ったかを気にしたのでもない。どこか拭い去れない、底知れない不安を感じていた。だからなのか「普通に重ねときゃ2個じゃん」という反論は自分でも驚くほど小声だった。「いや、おんなじことだね。反論するならさ、大きさは二倍だとか言わないと」それからニヤケ顔をひっこめて、秀悟はつぶやいた。
「それにしても1って何なんだろうな」
はぁ?1は1だろ。心のなかではそう思ったが、理科を除いて今学期オール5の秀才に口答えするのははばかられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます