第5話 徹底的な亀裂と蜘蛛の糸

第5話


どういう事だ!?


何が起きている!?


しかも、彼女の目は…


…恐怖に満ちていた。


アレはまるで、化け物を見ているかの様な目だ。


「ははっ、何の冗談だ?エイプリルフールは九ヶ月前に終わったし、次のにはまだ3ヶ月もあるぞ?」

「冗談じゃありません!私は貴方みたいな人は知りません!」

「はぁ?」


余計に混乱してきた。


そして、何より怖かった。


直感的に思ってしまったのだ…


…彼女の中に、俺が居ないと。


ははっ、妄想も大概にしないとな。


そんな訳がない。


彼女の中から俺が消える訳がない。


「ふざけるのも大概にした方が良いぞ、陽葵。」

「触らないで!」

「えっ…」

「だから、貴方なんて知らないって言ってるでしょ!」

「そんな、嘘だ!」


と、俺は思わず彼女の肩を掴もうとする。


その瞬間、誰かが割って入り…


「がっ…」

「二崎さん、大丈夫?」

「ありがとう、高崎くん!」


俺は目の前の男に右頬を殴られた。


普段ならこんなの訳ないのだが、立ち上がる事が出来ない。


何より、目の前で起きている光景が信じられなかった。


陽葵が、彼女が知らない男に頬を赤く染めている光景が…


それからはもう覚えていない。


何も聞こえなかったし、何も見えなかった。


俺は唯倒れ伏し、泣き続けた。


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「人識くん!」

「…音崎か?」


気が付けば、隣に心配に見詰める音崎が居た。


あれ、陽葵は…


…居ないか。


…アレは本当に彼女なのだろうか?


嘘つけ…


…アレは別人じゃないのか?


誤魔化すなよ…


…アレは俺の見た幻覚なんじゃ?


そんなバカな現実逃避があるかよ…


…うん、解ってる。


アレは現実だ…


紛う事なき現実なんだ…


「ごめん…」

「何でお前が謝るんだ?」

「見ちゃったんた、さっきのやりとり…」

「そうか…」


彼女にはどう映ったのだろうか?


さぞ、滑稽だったろうに…


これ程、嗤いがいのある道化は居ないだろうからな!


「知らない奴に、陽葵を寝取られた。俺の居場所が無くなってたよ。」


舞い上がってたのがバカみたいだ。


本当に泣きたくなるよ…


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


唯、無償に叫びたくなった。


それしか出来なかった。


そんな俺に、音崎は黙って側に居てくれた。


そして…


「音…崎……!?」


彼女は私を強く


「人識くん、私に甘えて。」

「えっ………」

「全部、私にぶつけて!変わりでも良い!八つ当たりでも良い!全部、全部、私に吐き出して!」

「それは…………」

「私が全部、受け止めるから!」


意識が遠退いていく。


考えが纏まらない。


もう、良いや…


彼女の言う通りにすれば…


…楽になれるのかな?


だから、気が付かなかった。


俺を抱き締めている彼女の顔が…


…とても嬉しそうに嗤っていた事を。


続く

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