第8話 風月

「月雫様改めて自己紹介をします。私は風月と申します。キリさんとお呼びするように風月と呼び捨てで申してください。月雫様が向かわれている白露の城で以前から勤めていて、城の管理兼護衛をしております。」


なるほど風月さんは元々白露の城で働いていたらしい。

通りで手筈が早いはずだ。

そういえば私達家族は長らくあの城から離れて暮らしていた。1番新しい記憶で3年前の夏である。

春の国は昔ほど激しくは無いが、多少の季節がある。年中、桜が咲いている訳ではなく、青葉の生い茂る季節にもなるのだ。


夏の感覚のない私達一向は暑さの緩和剤、そして娯楽を楽しむために、1番過ごしやすい冬の国へよく観光に行った。


「いつ頃から勤めているのかしら?」

私は気まずそうにする風月さんに尋ねた。

「2年前からです。日は浅いですが、今では老夫と2人で管理出来るほどになりました。」


老夫…おそらくずっと前から雇っているたつ爺のことであろう。たつ爺は季節が別れる前から存在している人であり、理想的な優しいおじいちゃんであった。

なによりたつ爺は拘りの強い人だ。


幼い私はとても懐いていた。


「そう。たつ爺は元気にしているかしら?」

「はい、たつさんも久々に月雫様に会えるのをとても喜ばれていましたよ。老化により多少体にがたつきがきているようですが、私よりよっぽどご元気です。」

「それは良かったわ。」

たつ爺と会えるのは楽しみだ。

たつ爺は子ども好きで、大人であったから私は常に話しかけていた。


はどうして白露の城へ?」

シンプルな疑問を出す。

今は考えているより話している方が心が楽だ。

いつでも心が安心する方を選ぶのがいいに決まっている。


「そうですね。」と悩ましげな様子を浮かべた後、視線を少しづらし、再び申し訳なさそうな顔を向けた。

そんな風になることを聞いたのか。


「…春の国の国王様が、私が国を追われ困っていた所、職を下さったのです。」


なるほど。風月さんが気まずそうにしていた理由が分かった。

父上の名前を出すのを躊躇っていたのだろう。

この国で王族が処刑を受けることがあったが、国外追放されたのは初めてだ。

それも最も辺境な地である冬の国の奥地。知らないはずがない。

そんな所に老夫と共に大きな城に住んでいる人に憐れみを受けたくはないが。


「国王様はまた酷いことをなさるのですね。」

あの城はそういう場所に少なくとも私の瞳からは見えた。

訪れるのは楽しいが、住むのは不便である。


「いいえ。私は感謝しています。」

変わり者だ。

そういえば友人の風月も口調とか態度とかは似ても似つかないけど、とても変わっていた所はよく似ている。

髪色も髪型も違うし、こんなに体格に恵まれては居なかったけれど、彼は嘘をつく人ではなかった。

そのため多くを語らないし、誰とも交われずにいたけど。


それにしても彼も国を追われている。

「ふふ。」と小さく笑うと、風月さんは

「すみません!身勝手なことを!」

慌てて応える。


「違うの。私も国を追われてあの地に戻る。何だかそれが嬉しくて。」

こんな自分と似たような人がいる。それだけでこんな自分では無くなる。

そんな気がする。


「勿体ないお言葉を。……月雫様は仮眠を取られないのですか?」こちらの目をはっきりと見つめて風月さんは言う。

「どうしてかしら?」

「現在の時刻は真夜中です。失礼ですが月雫様は最近眠られていないようで、隈がくっきりと見えます。寝不足は長旅、そして冬の国では毒です。お休みになられた方がよろしいのでは?」


隈か。父上は気づかれたのかしら。

あの処刑式で顔を上げさせ、私の顔を見た時にどう思われたのだろうか。


きっと気づいていないだろうな。美しいと言っていたし。


「あ!安心してください。月雫様が睡眠前後はキリさんと運転を変わるので、私は同室致しません。」

どんな勘違いだろうか。


「そんな心配はしていません。でも確かにキリとは交換した方がいいですね。昨日は寝られてないようでしたから。」

私が顎に手を置く。

「月雫様は眠られないのでしょうか?」

風月さんは大変不安そうに、かつしつこく聞いてくる。

友人の風月も似たようなところがあった。

気になることは自分がすっきりするまでしつこく聞いてくる。

こう考えるととても似ているな。


「月雫様?」

「あ!ごめんなさい。」

風月さんの言う通り私は元々睡眠不足であったが、ここ1週間はさらに深刻化していた。

でも私だって寝るのが億劫な理由がしっかりある。

きっと友人の風月なら理由まで言わないといけない。

「最近、家族の夢をよく見るの。母上と父上、蒼人兄さん、湊音兄さん、茉依。そこはとても幸せな空間で夢の中では楽しいのだけどね。醒めると現実に戻って、とても悲しい気持ちになるの。それにその夢には陽葵がいなくて、それも嫌なの。」


現実は残酷だ。母上は今は他界していて、父上には追い出される。

陽葵を殺そうと目論んだ私にはお似合いな現実なのかもしれない。

でもそれに耐えられる程心は強くない。


「月雫様はお優しいのですね。でも大丈夫ですよ。今宵は1人ではございません。例えどんな夢を見ようとも、大丈夫です。」


きっと風月では無いのだろう。

風月はそんなことを言えない。でもどうしてこんなに風月さんといると比べてしまうのだろうか。


話していたから気づかなかったけど、相当眠くなっていたらしい。

ウトウトと眠りの世界に誘われた。

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