第5話 キリの誓い

私は父上にキリが将来、馬車士になりたがっていることを伝えた。

そしていつかキリを雇いたいとも父上に報告した。

すると父上は複雑そうな顔して、少し悩ましげに顔を歪ませた。


「どうしてそのような顔を為さるのでしょうか?」

「俺は今とても複雑な気持ちなんだ。だからこんな顔をしているんだよ。」

父上は子どもの私に優しく教えて下さりました。

どうしてだろうと疑問に思っていると、それが伝わったらしく父上は言った。


「キリは女だから馬車士の道は大変難しい。」

私はその時、悪しき習慣の『家庭』という概念だと感じて、父上がそんなこと言う失望感とキリのことを否定する怒りが込み上げた。

父上の話をさえぎって私は言った。

「女がお家に留まっていないといけないというのは理由にはなりません。」

「月雫、それだけで俺はキリのことを否定することはないよ。国王として私はキリの両親に大変世話になった。」


私はとても不思議に感じた。

「ならどうしてでしょうか?」


「女の人は男の人より力が弱いんだ。盗賊や輩に狙われることが多い王家の馬車士は相当の力が必要だ。きっと今のキリならやり遂げることができるかもしれないけど、私はキリの両親を思い返すとそんなことは望んでいなかった。キリの両親は廃業しても構わないとよく言っていた。キリの両親はただ娘の安全と平和を祈っていたんだ。」


私は国王様としての父上の話を聞きながら、あの幸せそうなキリの両親が頭をよぎった。

国王様はきっと正しいことを言っていらっしゃる。

そして父上は私に国王でなく父上として同じように思ってくれている。

嬉しさと複雑さが相まっていた。

きっとキリの真剣さを知ってしまったからだろう。


「しかしながらキリにそのようなことは。」

「そうだな。馬車士はとても難しい職業だから、男でも中々簡単ではない。語学の堪能さ、教養、礼儀、そして最も重要なのは体力いわゆる力だ。キリの父親は本当に凄い男だ。

加えて周囲の偏見により窮屈な想いをするかもしれない。」

「お言葉ですが、きっとキリはそんなこととっくに分かっているように感じます。キリは私達よりもよく父親を見ていましたでしょうから。それに私はキリの夢を応援したいのです。」


父上は少し驚いたように目を開くと、陽気に笑い頭を撫でた。

「ハッハッハ、月雫は本当に友達想いだな。誇らしいぞ。それに父上としてキリが前向きになれたことはとても嬉しいのさ。」

私の幼い頃は父上はそういう風に接してくれていた。



それから私は父上が仰っていた言葉がよく理解出来るようになる。

本当にキリは苦労していた。

そしてキリは昔の名を捨てた。馬車士として新しい名前が必要だったらしい。

幼い私はそれがとても辛くて、捻くれ者のように駄々を捏ねに捏ねまくった。

キリの両親がつけてくれた、残してくれた大切なものの1つ。

しかしそんな私とは全く違った反応をキリは見せた。

私の頬をパーンと叩き、挟んだ。


「月雫聞いて。月雫に私の名前をつけて欲しいの。明日から月雫に対して敬語を使って、主従関係を法律的に結ぶ。だから最後に友人としての月雫がつけてくれた名前が欲しいの。」


キリははっきりとボロボロになっている私に伝えていく。


「それは親がつけてくれた名を捨てるのは悲しいけど、私はそれを最初から知っていた。覚悟が出来ていた。まさかそんなに月雫がなるなんて想像もつかなかったけどね。」


キリの覚悟について父上に訴えた私は全く把握しきれていなかった。キリの覚悟は私の想像を激しく上をいっていた。


「月雫は私に沢山の物を与えてくれた。月雫や両親が居なきゃ、スラム街でボロボロになっていた。馬車士には月雫とパパが導いてくれたんだよ。だから私は月雫を守る。それにほら月雫は身分とか偏見とか気にしないでしょ?」


小さなモヤが晴れていくような気がする。今から3年前、15歳の私はとても辛い経験をしたばかりだった。

キリは私の汚い部分や醜い部分を霧のように綺麗な気持ちで隠してくれた。


それから私は例えどんなことが起ころうと彼女を雇い続けた。

山賊に沢山襲われようと、腐った連中に舐められた陰口を言われようと、キリの守ると言った言葉が私の心を本当に守ってくれた。


◇ ◇ ◇ ◇

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