第3話 出発

馬車が用意されているところまで着く。

生暖かい空気がゆっくりと流れていく。

後ろを振り返り城を見ると、何だか寂しい気持ちになってしまう。


こんな場所でも育ってきた家だ。それなりに愛着があったかもしれない。

もう戻ることがない。抗うことの出来ない事実が余計寂しくさせているのかもしれない。


火事で家を無くした人にもっと辛い想いをしている。

きっと振り返ったときには全焼だっただろうから。


名残惜しく家を見ていると、窓から父上と目が合った。私の家は2階建てでとても大きな敷地を有している。父上専用の別館があるのだが、何故あのような場所にいらっしゃるのだろうか。


2階の隅の部屋は書斎であった。あらゆる資料がおいてある。


「月雫姉様!」

玄関からトコトコやってきたのは陽葵だった。

私が殺そうと企んでいた第2王女である。

陽葵はその名に似合った性格をしており、太陽のような人だった。

テラコッタ色の髪色をありのまま伸ばし、大きく真ん丸な黒い目、とても可愛らしい。

第2王女でありながら、誰に対しても優しく強く振舞っていた。

そして国のシンボルとして愛されていた。

そんな強さがありながら、素直に頼れる甘えられる才能まで持っていた。


「湊音兄さん、荷物を運んでくれてありがとう。」引越しのための荷物を運んでくれたことにお礼を言うと

「このくらい大丈夫だよ。他に忘れた物があれば、家から送るからね。」と笑って返した。


湊音兄さんが馬車に荷物を積んでくれたようだ。馬車士は不服そうな顔をしている。


私はきっと馬車士より不服そうな顔をしているだろう。陽葵に対して私は自分とは思えない程、性格が悪くなってしまう。


「月雫姉様どうしてこのようなことに。」

と泣きながら伝える陽葵。

本当はこのまま馬車に乗り込んでしまいたかったが、そういう訳にはいかないだろう。

これ以上悪者にはなりたくない。


「陽葵、私のような者に話しかけてはいけませんよ。あなたを殺そうと思案したかもしれないだから。」

私は心を整えながら冷静に話す。


「しかしこの家に月雫姉様がいなくなることの方がほどがよっぽど辛いわ。それに本当に――」

「それ以上は何も言ってはいけません。」


すると先程まで我慢していた茉依までこちらに来て泣いてしまった。

これでは先が心配になってしまう。

幼い茉依には優しく、2歳年下の陽葵には厳しく言おう。


陽葵は実質第一王女になるのだから、餞となる言葉をあげよう。


茉依の身長に腰を下ろしハンカチを目にあてる。

「茉依、私はあなたに会いに行くことは決して出来ないけど、あなたから私の元に訪ねることはできるのよ。白露の城があるところは雪がずっと降っているような場所だけど、逢いたくなったら何時でも来ていいのだからね。」

「うん。きっと行くからアァ。」

「待っているわね。」


こうやって見ると茉依はとても可愛らしい。茉依はよく虚勢を張るが、まだ12歳。

よく兄弟姉妹の部屋に訪れていたな。

きっと湊音兄さんがいるから大丈夫だろうけど。

頭を撫でる。


立ち上がり陽葵の方を向く。

突然父上がこちらを見ていたことを思い出し、視線を気になる。

「陽葵は私が居なくなるということは、あなたが第2王女ではなく第1王女になるということ。」

ずっと私が背負ってきた重り。

「このように人様の前で泣いてはいけません。白露の城にも来ない方があなたのためよ。」

「そのようなことを仰らないで。」


どうして今になってそういうのであろうか。

処刑式のときに手を挙げて止めてくれば何か変わったのかもしれないのに。

でも上げられない気持ちはわかる。

何度も私はあげようとしたが、成功した試しがない。


蒼人兄さんは父上に気づいているのだろう。唇を触り、少し考えるような素振りをしている。蒼人兄さんがいればきっと陽葵も平気だろう。


「それでは行くね。何時までも待たせる訳にはいけないわ。」

馬車に乗り込んだ。


湊音兄さんに言われた通り、しっかり戸締りをする。

すると窓をコンコンとノックする音がした。

前を見ると蒼人兄さんがこちらに何かを言っている。


窓を開けると蒼人兄さんが言い直した。

「月雫、俺は例え父上がどんな罰をお与えになろうとお前は俺が死ぬまで妹だ。落ち着いたら茉依や湊音を連れて来る。何か困ったことがあれば、俺でも湊音でも連絡を寄越しなさい。」

「ありがとう。待ってるね。」


蒼人兄さんのこういう所は結構好きなところではあった。

でももっと早く言ってくれていたらと考えてしまう。しかしこれは傲慢な願いだ。


私が窓もしっかり閉じ、カーテンを閉めた。


「白露の城までよろしくね。」

「それでは出発させて頂きます。」


その声共に馬車は動きだした。

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