第27話体質問題

 ルアザが村の中に入り人が多く見える場所まで届くと、村の皆は余所者であるルアザに注目する。


 ルアザの容姿から忌み子だとわかると、皆活動的だった動きも止まり、家の中に駆け込むように入り込む人もあれば、遠巻きにルアザを目で追う者もおり三者三様な動きを見せていた。


(おもしろいね)


 ルアザはその様々な姿を興味深く視線だけ移し、ルアザも村人達と同様に注目していた。


 ルアザは愉快な気持ちになりつつも、体に無駄な力みが入る緊迫感を感じていた。


(視線が怖い)


 ルアザは村人達を注目しているが、互いの視線を合わそうとしなかった。

 全身に襲いかかる謎の圧力がルアザを不安にさせるエネルギーとなっていた。


(慣れるだろ)


 ルアザは己の誓いを達成するための方法を考えていた。

 恐怖に膝をつけないという誓いを。


 恐怖の対応方法でルアザが最も安定する方法は慣れだと導き出した。

 つまり、場数を踏み努力で恐怖に対抗しようと考えた。


 何かきっかけで恐怖に対して耐性を得るということは、きっかけでその耐性が崩れ去るということでもある。

 何かに思いや力を集中させるのはそれ事態が強みであると同時に弱みとなってしまう。

 強みは確かに良いが、弱みを忘れてはいないため、もっと完璧な対応方法が慣れだと考えた。


 ルアザは怯えていないで、対処方法が確立すれば、視線の圧力もだいぶ軽くなるのを感じる。こちらを見ている者に対してウィンクと花がパッと咲くような笑みを向けられる余裕も生まれる。


 向けられた人物は何を思ったのか顔を赤くさせて反らす。


 ルアザはその反応をクツクツとおもしろがり、他の物に視線を移すと記憶を探る限り見たことが無いものばかりであった。


 ルアザは己の無知を初めて感謝した。

 知っていたら、身を熱くさせるような興奮を抱かないからだ。


 そして、しばらくの間、ルアザ達は歩いていると、他の建物と比べ少々大きめな一軒の建物の前で止まる。


「ここで待て」


 女性が静かにそう告げると、女性はその建物の中に入っていく。


 ルアザはとても小さな微笑みを崩さず、周りを見る。

 すると、ルアザはこちらに近づいてくる人影を捉える。


 その方向に目蓋を細め、目を凝らせば、最初罵倒した男性が近づいてくるのがわかった。


 ルアザを囲む男達もその男に気づき、一人が近づく男性の元へ向かう。


 何か騒がしく話していると、ルアザへと向かい進むのを止めなかった。


 来る男性にルアザは少々警戒心を宿す。


 ルアザも彼の初対面の印象から、自分にとっては良い印象を抱けなかったからだ。


 そして、とうとうルアザと対面をする。

 しかし、前のような険しさを持った顔付きではないことにルアザは気づき、一種の怪訝感を覚える。


「…………すまなかった」


「…………え?」


 男性はルアザに謝罪の言葉を吐いた。

 ルアザは戸惑い、何が目的なのかわからず、思考が惑う。


「俺の息子を救った者に対して、自分の誤解であんな酷い言葉を投げてしまったことを謝りたい」


 ルアザは戸惑う思考を隅に追いやり、まず話を聞こうと思った。


「お前は忌み子だとしても息子の恩人だ、何かお礼をしたい」


 ルアザは最初の印象が崩れ、剥がれ落ちる。

 剥がれその先には信用に値する新たな印象が広がっていた。

 ルアザは思い出す。


(この人は子供をまず守ろうとしたな。自分も愚かな事を。よく知らない相手を決めつけ無意識に否定をしてしまった)


 彼が子供の前に立ち庇う姿を。


「いえ、気にしておりません。正体不明な人物が自分の子供に近づいているのですから警戒するのも仕方ないことかと」


 ルアザもその雄姿ある者に対して敬意を払い、相手を尊重し、持ち上げる。

 気にする点は自分が立ち向かわれる立場であることだが。


「お礼に関して…………いや……忌み子と呼ぶの止めてくれませんか?」


 お礼を断ろうとしたルアザは少し考え込んだ後に今自分が望むことを願い言う。


「わかった。気分を害してしまう言葉だったな」


 彼はルアザの願望を了承する。


 そして、仲直りしていると、建物から女性が出てくる。

 先程までいなかった存在に目が行き疑問に思うが、すぐにどうでもよさそうにルアザに向ける。


「リャムラ様がお待ちだ。入れ」


「そのリャムラ様というのはどちら様でしょうか?」


「我々の村の魔術師の長だ。下手な真似をするなよ」


「逆に何をするんですか……」


 そうして、ルアザと女性だけが入っていく。


 中に入ると力の渦とも言える強烈な波動を感じたルアザは感心を示す。

 周りを見ればその力をコントロールするための道具や触媒そして刻み付けられた術式をルアザも魔術師の一人として、興味が引かれる。


 何よりも興味深いのはそれを繊細かつ大胆に操る人物だ。


 その人物は進む先にいることはルアザはすでにわかっている。


「リャムラ様。例の者をここに」


 女性が背を見せて術式を構築している老婆に

 声をかけると魔術を行使しながら、こちらを振り向く。


「ご苦労様。いつもの務めに戻るといいよ」


 そう言うと、女性はルアザの側から離れ建物から出ていく。

 一人になったルアザは案内役が消えて少々戸惑いながらも、老婆の動きを見る。


「初めましてだね。私はリャムラ。この村の魔術師の一人さね」


「えっと。初めまして。私はルアザ。えー、…………旅人です。人里が見えたので気ままに参った次第です」


 ルアザは丁寧な自己紹介が始まり、ルアザもそれに習いたどたどしく自己紹介をしていく。


 リャムラはルアザの顔や体をじっと見る。

 ルアザは何かついてると思い、体を捻ったりと背中まで見回る。


「珍しい見た目だから、思わず観察してしまったよ。私も長く生きているけど、お前さんのような姿は二度目だね」


「はあ」


「一人旅かい?」


「あ、はい。一人で旅をしています」


「…………そうかい」


 リャムラはルアザの返答に僅かに目を細め視線を上に向ける。


「さっきの娘は私の後継者の一人でね。真面目な娘だから怒らないでいてほしい」


 老婆は話を切り替えるように、先程の女性の事に関して喋る。


「大丈夫です。特に気にしていません」


 ルアザは女性の対応は手厳しいが、彼女の立場から見ればルアザは不審者だから、敵と判断されても仕方ないことだろうと予想していた。


「悪いけどお前さんのせいで妖精共が騒いでいるから、この村から出ていくか、お前さんがなんとかしてほしい」


 唐突に告げられる厳しい言葉にルアザは一瞬、顔を歪ませるが、すぐにいつもの表情へと戻す。


 ルアザは服の中に隠した縛った自分の長髪を取り出し、腰に付けたナイフを手に持ち髪の一部を慣れた手つきで切る。


 そして、手に持つ純白の髪を精霊魔術で燃やし、その煙が空気中に溶けると、リャムラは目を僅かに見開き、ニヤリと笑う。


 年を取ると筋肉の減少が起きるため、満面な笑みというものを作るのにも一苦労する。

 だから、ニコリがニヤリになってしまうのだ。


「見事な物だね」


「どうも」


 ルアザは髪を整えた後、服の中にしまいこむ。


「もう用はないよ。お前さんの行動を見る限り村の者達を傷つけることもないだろうしね」


「あの、質問が一つあります。なぜ自分は忌み子と呼ばれるのでしょうか?」


 ルアザはこれからの行動と選択肢を分けることになるであろう質問をする。

 聞く覚悟自体は既にできている。


「魔術師の一人としてわかるだろう。妖精の影響力を」


「……ありがとうございます」


「話は終わりかい」


 ルアザは見た目と予想していたが、先程謝罪をしてきた男性の反応を見る限り、容姿自体に大きな影響はない。


 純白であり無色そして鮮血であり紅玉の瞳という表面的特徴は副次的効果でしかなく、最も効果を生み出す中身こそルアザの体質の特徴だった。


 ルアザの体質はその場にいるだけで妖精を反応させる。


 妖精は自然や属性の化身だ。

 自然の動きを予測できますか? と聞かれればできませんと答えるだろう。


 つまり、不確定要素やリスクが増えるということだ。

 安定していた均衡を崩し、不安定で乱れた空間を作り出してしまう存在。

 それがルアザの体質だ。


 特に魔術師はこの影響を痛いと考える。

 術式は基本的に繊細であり、無駄という無駄を省くことを目的として改良されている。

 術式に定められている属性代入量から外れないようした方が良いのだ。

 なぜなら、失敗する可能性が大きくなる。


 もちろん悪い事あれば良い事もあるが、使い勝手が悪いのだろう。


 ルアザはその事を考えながら、建物から出ていく。


「一人……ね」


 リャムラはいつもの務めに戻りながら、別の事に思考の海へと潜らせていた。

 何かを抱いた時のように優しく、気を使った手つきをする。


「ナベロン様」


「なんだ?」


 リャムラがその名を呼ぶと荘厳な声が空間に響く。


「終わりましたよ」


「そうか!? あの男はいないよな!?」


 声の主の正体はナベロンという名の精霊。

 先程の荘厳な声が嘘のように、焦燥感に満ちた声を響かせる。


「えぇ、彼一人です」


 リャムラは慣れたような口調で返答をする。


「む? 一人? そうか……」


 ナベロンもリャムラと同じ様子でどこか懐かしむような声を発する。

 ナベロンは安堵の声も含んでいるが。


「妖精達の様子はどうでしょうか?」


「あぁ、先程大人しくなったから、安心せよ」




 ◆◆◆





「普通だと思っていたな」


 ルアザが魔術を使用するときは、なるべく魔術の使用を避けた方が良い状況だ。

 それがルアザにとって当たり前だから何も疑問に思わなかった。

 今思うと、母親とクラウは内心、必死に属性をコントロールしながら魔術を使用していたと思うと、若干の罪悪感を感じる。


「ということは、あの時母さんが見せてくれた精霊魔術は自分が原因か?」


 ルアザは初めて精霊魔術を見せてもらった時を思い出す。

 小さなな水球を出そうとしたが、なにが原因か際限なく大きくなってしまったことを。


 ルアザはその原因を自分だとなんとなく悟る。


「これは対処しておかないと」


 ルアザは自分の体質を上手く利用する手段や押さえ込む方法を発見しておかなければならないと使命感を抱く。


 ルアザも妖精によって苦しめられた憶えがあり、その苦痛が不特定多数に向くのは、望むことではない。


 しかし、現在大きな被害があるわけではないが、軽妙な被害が起きた。

 今回は軽妙だから良かったもの、何も対処せずに進めば頭を抱える事態になる。


 毎回自分の髪を切るのは、良い気持ちにはならないから止めておきたい。


 ルアザは頭を抱えずに青空の下、前を見て歩み進みたいのだ。


 ただ、今はこの地で笑えることに喜ぶ。

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