第28話子供達は救い
ルアザは今は悩むよりも、楽しもうと切り替える。
顔を上げ、瞳孔を合わせる。
ルアザは村を見渡す。
冒険と言えば、まだ見ぬ前人未到の場に至るもしくはその過程の事を言うが、ルアザは前人未到の場所には興味があるが、人里を知る方が心が跳ね、踊れる。
大自然の美は生まれてから、ずっと見てきた物だから後回しでも結構。
それに、村の探索の方があらゆる意味で有意義だからだ。
まだ動かないで、その場にいるだけで、新鮮感を覚える。
視覚に未知なる物が、聴覚に新たな声が、嗅覚に刺激的な匂いが、味覚に不思議な味が、触覚を鋭敏とさせる刺激が、魂覚には平穏が、と。
それ以外にもある感覚を含めて、感じる全ての物が心を弾ませる力となり、足を軽やかに動かす燃料となる。
ルアザはこのワクワク感がとても気持ちの良いものだった。
未知なる物を恐れないこの感覚はルアザが求めている物の一種だ。
(血潮が熱い!)
今では自分の中身の感覚でさえも、鮮明に読み取れる。
手を静かに握れば、手の中に火がついていていた。
ルアザは足を前に出し、探索を再開する。
村中を特に方向を定めず、気ままに歩きながら、ルアザは己の情報と現実を擦り合わせ答え合わせをしている。
家一つでも、ルアザにとっては目が吸い込まれる。
使っている材木、設計から、何を目的とした建物なのか、あらゆる物に対して意味を探る。
食べ物だってそうだ。
ルアザはパンという物を見たことがない。
だから、今見たパンをルアザはこう印象付ける。
(土の塊?)
パンは基本的に黒や茶色だ。
初めて見る人はそう捉えられてもおかしいことではない。
「メェェェェーーー」
また初めて聞く音にルアザは振り向く。
腰よりも下の高さの小さな体長を持つ、角と大量の白い毛に包まれた動物だった。
その動物は羊という物だが、ルアザは知らないためモコモコの動物が近づいてきた、という印象を持つ。
「なにこれ?」
ルアザは無警戒で呑気に鳴いている羊に、警戒を示す。
ルアザが警戒の眼差しを向けているのに、草を食べ始める羊の図太さにルアザは小さく驚く。
ルアザが近づいても、何も反応せずに口を動かし続けていた。
試しにルアザは大量に生えた毛に触ってみたが、印象通りのモコモコではなくゴワゴワとした感触だったことに仰天する。
柔らかい毛だと予想していた毛が固く油ぎっていたからだ。
表面的な部分だけでは誤解を生むことをルアザは再確認する。
「そこに居たのか」
横から子供特有の高音の声が羊に向けて放たれる。
子供はルアザが助けた少年だった。
ルアザと子供はそれに気付く。
ルアザは微笑みを向けて、子供は困惑するように目を泳がす。
しかし、まばたきを一回して大きく息を吸い込むと泳がせている目から迷いを無くし、ルアザの方へと向かってくる。
「えっと、あの。……あの時助けてくれてありがとうございました」
どこか恐れ気のある小さな声だが、はっきりとルアザの耳に届き鼓膜を震わせていた。
「いや、当然のことさ。怪我とかない?」
子供の感謝にルアザが浮かべている微笑みの深さが一層増す。
「大丈夫です」
「それは良かった。怪我がないことが一番だね」
「あの、聞きたいことがあるんです」
先程の目を伏せながら言いに来る様子とは違い、今回はルアザの目と合わして、どこか光を含ませながら言う。
「なにかな?」
「旅しているんですよね?」
「そうだよ。それがどうかしたの?」
「その旅のお話を聞かせてください」
子供は興味津々という燦然させた眼差しをルアザに向ける。
奇しくも先程までルアザがしていた目であった。
(まずい……! 森の中歩いてましたと、は絶対に言えない……!)
今のルアザには不相応の子供からの重い期待を背負わされた。
普通の旅人ならば、一つや二つ話せる話題があるが、ルアザに一切ない。
「……悪いってわけじゃないけど、何で聞きたいの?」
ルアザは何が案を出すため思考を巡らせるための時間稼ぎに出る。
ルアザのこの数ヶ月の生活は、正直目が死ぬような生活をしていた。
代わり映えのない景色にルアザが反応する事が少なかったからだ。
だから、憶えていることが少ない。
「暇だから」
子供は正直に理由を言った。
理由の内容がルアザをさらに焦らせる。
ルアザは子供にとって暇な時に現れたちょうど良い玩具に近い存在だろう。
だから、ルアザに執着することは火を見るより明らかだった。
「わかった話そう。つまんなかったらごめんね」
「そんなことないですよ。どの旅人さん達もおもしろい話でしたし」
「…………ははは」
ルアザは乾いた笑い声を出してしまう。
──期待されるとは、こんなにも圧迫されるとは思いもしなかった。
──だが、決して悪い感覚ではない。
ルアザは覚悟を決めながらそう思った。
「おーい、なにやってんだ?」
さらに横から複数人の子供の集団が子供に声をかける。
「このお兄さんに旅の話を聞くんだ!」
ルアザは嫌な予感がした。
ルアザの予感に反して子供は自慢するかのように胸を反らしながら言う。
「えっ! いいな! 俺達も聞かせろよ!」
「うーん、お兄さんいいですか?」
子供達の信頼と期待に満ちた瞳をしていることは見なくてもわかるほどの眼差しの圧を感じたルアザは苦笑しながら静かに頷く。
「いいって!」
「やった!」
子供達は激しく平和に喜び合う。
その喜びは無邪気で、誰もが目指すべき場所と断言できる喜びであった。
ルアザはその光景を見ているとルアザもどこか嬉しくなる。
自分の話をあんなにも楽しみに期待するから話し手としては必然的なのだろうか。
しかし、それを自覚させると同時にその光景を見ていられなかった。
「秘密基地で聞こうぜ!」
子供はルアザを囲みながら手を引っ張る。
「いいの?」
秘密基地は子供の秘密だ、それが大人に知られるのはなるべく避けたい事だから、子供の一人が発案者に聞く。
「別に良くね?」
「まぁ、いっか」
「バレても新しいの探せばいいし」
彼らにとっては秘密基地とは遊び場の一つにすぎないようだ。
「お兄さん、大人に言っちゃダメですよ」
真面目そうな子が、ルアザに忠告をする。
「わかってるよ」
ルアザは爽やか笑みを浮かべながら同意する。
ルアザも自身の秘密基地を持っていたため子供達の気持ちがよくわかる。
「ちょっと! あなた達なにやってるの!」
またもや、横から子供の声が響く。
今回は女の子のようだ。
声の質から僅かな怒気を含んでいる
「お前こそ、なんの用だよ!」
男子達の先程ルアザと助けた子供に声をかけた、リーダー格の男子が女子に負けずと叫ぶ。
「パパとママから頼まれた仕事が終わっただけよ。あんた達は?」
「俺達も終わったよ」
「あら、そうなの。で、何してるの?」
「この旅人さんに、旅の話を聞くんだよ」
「って。忌み子じゃない」
女子のリーダー格がルアザを見て、周りの女子を守るように軽く手を広げる。
そんな怯えた女子の反応を男子は笑う。
「忌み子なんて、ただの噂だって。証拠にほら何もない。それに、この人はこいつを助けてくれたんだぞ」
男子はルアザの事を心の底から思っていることを、女子に語る。
当然のようにルアザを味方する姿に男子一同はそうだ、そうだ、と同じような態度をする。
ルアザはこの事に膝を抱えて涙を流しそうだった。
理想が今、叶ったからだ。
男子が喋る言葉一つ一つがルアザの涙腺を刺激し、眼球に薄い涙を染み渡らせる。
ルアザは心の内でどこか諦観していた。
確固たる理性が望みが薄いと判断し、意識があるなしにも関わらず、自動的に断念をしていたのだ。
ルアザは感謝している。
自分の判断を否定してくれた子供達に。
「アハハ、ありがとね。でも、そこまでしてまで味方してくれなくてもいいよ」
ルアザは味方がいるだけで、満足していた。
それが非力な存在だとしても。
いる、という事が大きな力なのだ。
「ダメだぜ、旅人さん。理由をあっても相手をバカにするのは間違っていることだ」
子供は正しいことを知っている。
ルアザは未だに何が正義なのか、まだ知らない。
しかし、雰囲気と言葉で正義を為しているこたはわかってしまう。
それほど、男子は正義の炎から発する陽光を纏わせていた。
「僕があの子達と対応しよう」
ルアザは名も知らない者が自分のために憤っていることに申し訳なかった。
子供だから、というわけではない。
自分がまだ、何も言えてないことに責任感を感じる。
それにルアザも彼が放つ陽光に当てられ、行動を移す原動力が動き出す。
英雄の片鱗とはまさにこのことだ。
「ねぇ、何が怖いのかな?」
ルアザはクラウがいつもしていた人を安心させる微笑みで問う。
そして、話し易いように膝を曲げ、目線を合わせる。
ルアザが彼女らの年であった頃、母親がこの形でルアザの話を聞いていたからだ。
今思うと、話してしまう形だった。
同じ高さの目線になることで、聞く気があると判断でき、目を合わせることにより、疚しいことがあれば、目を合わそうとしない。
この性質が無意識に現れる聞き方だと、ルアザは分析する。
「そ、それは……」
彼女はルアザから目を反らし、口ごもる。
彼女もわかっているのだ、男子が言ったことに納得をしていたのだ。
己の良心が、己の行動を否定していることに。
「まぁ、いいよ。自分は危害を加える人ではないよ」
ルアザは少しだけだが、罪悪感を感じているのは伝わった。
彼女の揺れた価値観に決定打を打つ。
ルアザは妖精の鞄から、一口で食べ終われる果物を一つとり手の上に乗せる。
「どうぞ」
ニコッと笑みを放つ。
彼女は恐る恐るだが、その実を取り口に入れる。
顔をしかめることは無く、時折小さな笑みを浮かべるため美味しい実だとわかる。
「旅人さん! 俺達もそれくれよ!」
「わかった、わかった。君達の秘密基地で渡そう」
「よっしゃー、お前ら行くぞ!」
「ちょっ! 待ちなさいよ! 私達も聞かせなさい!」
「さあ、お兄さんも行きましょう」
「あぁ。今いくよ」
子供達と共にルアザは秘密基地へと歩む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます