第25話自分は悪者
「さぁ、速く帰るぞ。それと貴様、二度と俺達前に姿を現すな!」
「……」
ルアザは何も言えず固まり呆然とその言動を否定をする言葉を喋られなかった。
子供は大人に手を引かれ、ルアザから遠ざかる。
子供は口を開け閉めし、何か言いたげな表情で大人とルアザを交互に目をやる。
ルアザは子供と目が合う時、反射的に口角を上げ、優しい笑みを浮かべた。
その笑みを見た子供は気づくか、気づかないレベルで微かに口元を曲げる。
そして、二人はルアザの視界から掠れていき、この場には、ルアザ一人だけが残り、花弁が散った花如く、ルアザの秘めていた警戒心がうすれる。
「……」
ルアザは地面に射った矢に手を伸ばし魔術を行使する。
そうすると、矢は地面から抜け、ルアザの手の中へと向かいルアザはそれを回収する
「何がダメだったのだろうか?」
ルアザは顎に手を当て先程の対面の時に自分の失敗を探す。
「わからない」
本気で探したが、見つからないし、心当たりがない。
「もしかしたら、初対面の人には罵倒から始まる文化なのかもしれない」
ルアザはまだ何も知らない。
滑稽無糖な案でも、十分にあり得る案と認識できる、いや、してしまうのだ。
柔軟な思考とは少し違うが。
「よく知らないけど、仲の良い人とは口が悪くなる傾向があるらしい。つまり、あれは仲良くなりたいということか?」
『貴様、二度と俺達前に姿を現すな!』これをルアザは予測に則りこう解釈する『貴方は何度も私達の元へ訪れてください』と。
ルアザはそう思うと、口から笑い声が溢れてくるのであった。
そう、しばらく笑ったが、ルアザは笑みを目から突如消して、冷たい表情となり、震えていた体も落ち着きを取り戻し停止する。
「なかなか、面白い文化じゃないか。こんな人を誤解しやすい文化はないぞ。…………って歓迎されているわけがないだろ! 自分でもわかる。あれは、拒絶されている」
ルアザは自分がこうであって欲しいという、思い描く幻想だと、理解し自覚する。
あの強烈な迫力から鑑みると、自分にとって都合の良いことはないと。
ルアザの精神の柱に強い衝撃を受け、体も罵倒された時はふらつきそうだった。
しかし、体はふらついても声は、力があり、決して諦めているような口調ではないことは確実だった。
「でも、嬉しい! あんな酷い対応でも、なんか嬉しいな。表情がコントロールできない……!」
ルアザは初対面は最悪だとしても、家族以外の人と出会い、コミュニケーションをとった。
それだけで、胸の中は喜びを太陽と養分とし花を咲かせる。
数ヶ月の旅をし、あらゆる物が新しかった。
空気が熱い、空気が澄んでない、樹木が高い、生き物が生気に満ちている、などと五感の全てがルアザを興奮させる感覚を開いていた。
ルアザにとっては全てが新鮮で世界が色付いて見えるのだ。
その中でも何年も前から期待し、希望、目標、と言える人との関わりがついに叶った。
何年も熟成し洗練された、弾け飛びそうなこの思いを表には出さずにいられない。
見た目では予測不可能な毒茸でさえも蜂蜜のように甘味で果物のように渾然一体とした美味とでも感じられる。
「そしてそれを感じている自分に悲しみを覚える」
喜びを感じていると同時に苦痛を感じている自分がいるのをルアザは気づいていた。
毒茸を食べて喜ぶ自分がおかしいとわかっていた。
この喜びと悲しみの混同感にルアザは顔を硬直させる。
「きついな……。明るい未来が見えない」
ルアザは思わず膝を抱え込んでしまう。
あまりの人との対話の難易度の高さに。
初対面で罵倒、これにルアザは希望が見いだせなかった。
「認められないというものが、ここまでくるとは」
人は誰しも他人に認められて幸せを感じるようになっている。
なので、拒絶はどんな人にも会心の一撃となる。
「まぁ、考えようによっては、明るくなるしかない未来だとも言えるな」
別の言い方をすれば、墜ちるところまで堕ちたとも言う。
微かな光明も無い真っ暗な暗闇はこれ以上暗くなることはないから、変化は明るくなることしかないないのだ。
ルアザの考えでほんの微かだが、暗闇の空間に、道のような曖昧な輪郭を捉えることが可能な光が空間に浮き上がる。
「原因はなんだ? 忌み子と言ったな。忌みなる子。嫌悪、憎悪、呪い、災い? どれだ? 全てか?」
忌み子という言葉にルアザは注目する。
忌みという言葉に関連する言葉やイメージを頭の中で並べるが、忌みという言葉が曖昧であり、抽象的すぎるため、答えが出ない。
「…………とりあえず自分は悪者と思った方がいいな。で、肝心な何が悪いのかだ」
抽象的でも悪だということはわかるため、悪だと前提して動くことにする。
「見た目……か、な?」
第一印象はやはり見た目が大きいだろうと、ルアザは想定していた。
そして、自分の見た目は今回の出会いで確信した。
自分の肌と髪は白すぎることに。
親の二人は白い肌という点では変わらないが、ルアザのように白雲、雪など無機質的な白さはない。
植物でもルアザ程の白さを持つ物は少なく、隅々まで血管がひいている生きた色を親の二人にはあった。
「髪もよく見ると透明なんだよね」
ルアザは自分の髪を掴み、毛先を目を凝らし、細くさせて見ると、自分の髪色は白ではなく透明だということがわかる。
ルアザは髪色と肌色に小さな差もなく、ルアザはこの白さを透明というよりかは。
(無色と言った方が正しいな)
「赤い瞳も恐怖心を煽るのだろうか?」
ルアザは等身大程の水鏡を作りだし、その中に写る自分を見つめる。
薄く青い水鏡に目立つ、紅の瞳に手を近づける。
この部分だけは生気に満ちている。
血のような赤さでも、鮮血と言うべき、比較的に明るい赤であった。
家族も宝石のように美しい瞳だと、言ってくれた。
だが、赤ではなく紅色だ。
見たら火と血どちらが、安心する? と聞かれれば火の方が安心をするだろう。
「悲しいものだ」
ルアザは己の価値観が否定されたようなものだ。
そして、これが世間一般の常識だとしたら、世間に巨大な不安と進むのを止めたくなりそうな恐れを覚える。
だが、ルアザは価値観が否定されても、それを簡単に認める程、脆い価値観を積み重ねていなかった。
そのため、ルアザはあの大人に哀れみを覚える。
たかが見た目で、人の良し悪しを判断するとは愚かな人だな、と。
「でも、気持ちはわかる。生理的にきつい物だってあるからね」
ルアザは何も知らないが故に何も初めていないのに否定するのは辞めようと考えている。
否定するかどうかは、それを詳しく調べ、時と状況で物事の良し悪しを判断すると決めていた。
「とにかく、何が気にくわないのか知ろう。とりあえず見た目が今考えついた候補だから、隠す方法を何かしら実行しなくては」
ルアザは子供と大人が向かった先へと視線を向けながらそう言う。
正確に言えば、地平線の僅かに盛り上がっている部分を注目して。
すでにルアザの脳内では人里の場所が刻み込まれていた。
◆◆◆
小さな焚き火を中心に囲い、何人かの人物達が話し合っている。
「何? 忌み子だと? あの、幽鬼のような白い髪と肌に血のような紅蓮の瞳を持つ者か?」
「そうだ。白い髪に赤い目だ。俺の子が隣にいて、心臓が止まる気分だったぜ」
その報告を聞いた、年寄りの人物が小さく唸ったあと、隣に座っている飾りを多く付けた服装の老婆に語りかける。
「リャムラよ。ナベロン様はどのような様子で?」
「妖精達がざわついていると、おっしゃっていたね。原因が忌み子であれば、排除するしかなかろうよ」
「わかった。ひとまず、現れたら捕らえてその後どうするか考えることにしよう。下手に殺して後はどうなるか予想がつかないからな」
ルアザが妖精をざわつかせる原因であれば、ルアザが消えれば、元に戻るとは関係ないと、予想した。
だから、方針を決める立場にいる年寄りは慎重にならざるおえない。
「……。(忌み子ね……。あの時の子供かしらね?)」
次の議題に進む会議の中、老婆は忌み子のことが気になっていた。
◆◆◆
次の日となり、ルアザはついに人里の姿形をその目に捉える。
ルアザは外套を少し加工し、フードのような物を付け、それを顔が隠れるまで深く被り体を隙間なく覆う。
顔には視界を確保するために穴を二つ開けた飾り気が皆無な仮面をつけていた。
それに加え魔術でただ重ねただけの幻を乗せる。
「これ、本当にほとんど見えないな。〈物体探知〉を視界代わりにして、やっとマシになる」
ルアザの視界は暗い夕方、明け方の時くらいの明るさに空間そのものに砂嵐が吹き荒れたような霞んだ世界を捉えていた。
周りの環境を感知する魔術である〈物体探知〉を使ってやっと真っ直ぐ歩くことに不安が無くなるようなレベルであった。
それに、光を頼る視覚が無力なため、ルアザには曇りのような常に漠然とした不安感を感じているが、そんな闇の重圧を打ち払えるような心の躍動感を内に秘めていた。
ルアザも時間をかけて丁寧に準備したかったが、一刻も速く人里に入りたいという思いの方が強かった。
この体全体を引っ張るような好奇心にルアザは抗えなかった。
だが、こういう薄い興奮状態が一番危険な状態だと、理解していた。
感情で物事をなるべく判断しない、理性で物事を判断するべきだと。
今回は拘る場合でもない、諦めて他の人里を探せばいいのだ。
一人はもう慣れている。
慎重にまず情報収集をする。
最初が最悪だからこそ、最高の二度目にしなくてはならない。
今はまだ準備段階だ。
この旅の中でも最も困難な壁の一つだろう、あらゆる事に対して備えるのだ。
大地を踏みしめ人里へと向かって行く、不安と興奮を理性の織機で織り重ねた布を纏いながら。
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