第14話一人暮らし

 エウレアは母親としてルアザの幸せに繋がる道はなんなのかと常に眉間にシワを寄せ、隙間時間があったらどうするべきか、思考を巡らせていた。

 考えに考えたエウレアはすでに決断をしたクラウに話をつけ、そしてもっと肝心なルアザに話をつける。

 きっと息子ならわかってくれると信じて。


「ねぇ、ルー。お母さんとクラウ少し遠いところ行くから、一ヶ月くらい一人でいられる?」


「外に行くなら、僕も連れててってよ」


 ルアザは突然一人になると聞かされれば、もちろん了解するわけでもない。

 それ相応の理由があるなら別だが、無い場合は認めない。


「ダメ。行く場所はとっても危険な場所だから」


「そんなヤバそうな場所、行かない方がいいと思うけど」


「いや、今ならきっと安全になっているかもしれないけど、もしもの事があるといけないから、ごめんね」


「そもそも遠いところってどこなの? というか、何しに行くの?」


 ルアザは母親の説明に具体性が少なさすぎて、不満を持ちもっと詳しい説明を求める。

 ただ、ルアザ自身では気づいていないが、不安を不満に変えていることを。

 不安を不満に置き換えることにより、原因は親側となり、責任を追及できる正義側と立つことが可能だからだ。


 ルアザとしては頼るべき人が長い間いなくなり、ひょっとしたら二度と同じ姿を見れなくなるかもしれないからだ。

 とにかく、この不安を解消させてくれる答えが欲しい。


「ごめん、ルー。今はまだ話せないの。遠い場所に行って確認することがあるの。その後、必ず話すから、本当にごめんね」


 エウレアはルアザの正論が胸に刺さるが、その痛みに耐え、答えをはぐらかし出そうとしない。

 剣を刺してくるのはルアザだけではなく、罪悪感に苛まれる自分の姿もあった。


「……どうしても?」


「ごめんね……」


「はぁ、もういいよ。気をつけて行ってきてね」


 ルアザはこれ以上聞いても聞き出せないと悟り、諦める。

 約一ヶ月後には話が聞けるため、今知らなくとも死ぬわけでもないし、自分でも諦めの早さに驚く。

 それに、母親がこれ以上聞くなと雰囲気的な物で伝わったから話を切った。


「ありがとう……」


 ルアザへの罪悪感と自身の安心感がエウレアの目的を惑わす泥やヘドロが入り交じった汚水を濾す膜となる。

 聖なる純水を皆で飲めるよう願い、努める。




 ◆◆◆




 そしてとうとう、出発の日がやって来た。

 一ヶ月程、ルアザが一人でも生活できるように、食料の貯蔵やその他の細かい重要な習慣と知識をルアザの頭の中へと押し込み、準備をしていた。


「じゃあ、行ってらっしゃい。こっちの事は心配しないでね。シャナさんも二人をよろしくお願いします」


 エウレアとクラウはいつものラフな軽い服装とは違い、様々に荷物を体に引っかけ、重厚な服装を身に纏っていた。


「うん、じゃあ行ってきます」


「安心して待っていてください」


「それじゃあ、いきましょう」


 ルアザはいつものように笑みを浮かべ、必ず帰ってくると信じて手を振りながら思う。


 そして、ルアザを除いた三人は虚空に足を入れると空間が体に飲み込まれるように姿を消す。


 全てが飲み込まれる前に親は少しこちらを振り返る。

 一瞬見えたその顔はいつもの笑みを浮かべていなかった。


「……行ったか。……洗濯物を洗って、干そう」


 そして、言い付け通りルアザは生活に戻る。

 一人だが、不思議と心と体を高揚させワクワクしているルアザがいた。


 ルアザの目の前で空中に浮いている水球がある。

 ただし、中には衣服が竜巻のように激しく暴れ回っている。


「手で洗った方が全体的に良くなるけど、魔術を使ってもたいして変わらないと思うけどね」


 当然、衣服に強力な流れを利用し洗うとすれば、強力な流れの力が衣服を襲い、汚れも取れるだろうが、衣服の繊維にもその力はかかり、弱い繊維は切れていく。

 その結果、衣服の寿命が少なくなってしまい、すぐに着れなくなってしまう。


 ルアザもそれは想定しているため、見た目じゃわからないが、水球の中身は意外と衣服に優しい流れとなっている。


「よし、もう良いだろう」


 その証拠にルアザは水球の中に手を突っ込み衣服の一枚を取り汚れが取れているか、確認する。

 残っている染みなどを目を凝らし、よく探して、もし染みがある場合はそこは手洗いで汚れを落とす。


 そして、もう汚れはないと判断したら、干しに行く。


 洗濯ロープに洗濯物を吊るして、風と日光の熱で乾かす。


 ルアザの濡れた手に吹く草原の涼しげな風が、濡れた手を冷やし、作業して熱くなった体に気持ちの良さを届ける。


「ただいま。…………………おかえり、自分」


 やるべき作業が終わり、ドアを開けると人の気配が自分以外完全に消えている家の中に少し驚き、その場で止まってしまう。


 日光もなぜか機械的に見え、暗いところに無意識に目が行く。


「本当に一人だな。これが寂しさか……」


 ルアザは改めてここには自分しかいないと、理解し思わず苦笑してしまう。

 寂しそうに目を細めている自分に気づき、何度かまばたきをして、寂しさをまぎわらせる。


 だが、家に居てもなんとも言えない寂しさがあるため、家の中へと入らず、外の木へ向かい幹に腰かける。


 草原が吹く風がいつもより、新鮮で涼しかった。

 新鮮さに気づく。


「だが! 良いぞ! なんだろうね、全てが新鮮に見える。小さい頃に戻ったようだ」


 滅多にない状況だと、昨日までの感覚が嘘のように全てが輝いて新鮮に感じる。

 風一つ、草一つ、匂い一つに全ての価値が総変わりしたのだった。


 ルアザは白い歯を見せ、空に響く大笑いをする。

 ルアザの視界内にはないが、近くに飛んでいるであろう鳥がルアザの大笑いに応えるように鳴いていた。


「アハハハハハハハ、ヒャハハハハ! これこそが自由! 制限など消えた時こそ真なる自由だ!」


 この新鮮さと何をやっても怒られない、注目されない状況が組合わさり、ルアザはテンションを急上昇させ、今までの穏やかなルアザとは対照的な迫力ある笑みを浮かべていた。


 そして、地面を蹴り、空へと飛び立つ。

 すでにルアザは飛行の魔術を開発している。

 ルアザが開発した飛行魔術は数多ある飛行魔術の一つだ。

 ルアザの飛行魔術の仕組みとしては結界を体に纏って、結界を動かして、中身の術者が飛んでいるように見える。

 ただ、ルアザは結界にある程度の柔軟性を求めたため 結界の堅固性は失せ、衝撃には脆い結界となってしまった。

 そのため、飛行速度が速すぎると、結界が空気に持っていかれ、結界が剥がれるという事態が起こる。

 当然、結界の移動を空中にさせただけの魔術のため結界が無くなったら、飛行速度のまま地面に向かい落ちて、速度と高さによっては肉片が飛び散り、赤い液を垂れ流す肉塊へと変わる。


「アハハハハハハハ!!」


 狂ったように笑いながら、周りには土を吸い上げる竜巻を引き起こし、空には雑だが、巨大な花火が上がり、地面は揺れる。

 ルアザは超ハイテンションのまま調子に乗って小規模な天変地異を起こしていると、突如、ルアザの飛行魔術の根本であり全てを支える大黒柱の結界が消える。


 ルアザの燃えるテンションは一気に鎮火し、さらに冷やされる。

 顔を青く変え、頭を下にして浮いている状態だった頭から地面へとまっ逆さまに落ちて行く。


 幸い高さは十メートルくらいだったため、すぐに壊れる脆い結界を数枚その間に挟めば、多少は衝撃を緩和されるため、ルアザは焦りつつも冷静に結界を構築して、頭を地面にぶつける前に地面に手をつき受け身を取る。


 一応、ルアザは何かしらの事故でもし飛行魔術が機能しなくなり落ちた時の対処法は考えていた。

 その対処法の一つが、今回の結界を挟み衝撃を柔らげる方法である。


「調子のってました。すいませんでした」


 結界を消された原因は妖精である。

 妖精は自然界を住居としている自然の住人である。

 その住居をルアザは己の欲求に従い、荒々しい魔術を使い、荒らしていた。

 属性が一種類の魔術を使うだけたったら、まだ許してもらえるが、ルアザは何種類ものの属性を操り、混ぜ混ませていたため、妖精の居心地が悪化してしまい、その原因であるルアザへ罰を与えた。


「痛てて。ごめんて。髪あげるからこれで許して!」


 ルアザは謝っても妖精は許してくれず、軽い頭痛を引き起こしくる。

 そして、ルアザは許しを乞うため、己の髪の一部を切り、中に舞わせる。

 ルアザの白い髪は、太陽の光に反射して輝きつつも日光に飲まれるように消えていく。


 そうすると、ルアザの頭痛は止み、息を吐き安心する。


 ルアザの体は精霊、妖精に好まれる体をしている。

 そのため、それらからのちょっかいが多く、それに対応するために、髪や爪などの比較的に取りやすい体の一部を捧げて、おとなしくしてもらっている。

 だから、わざわざ、邪魔でもルアザは髪を多少は残し、その結果長くなっている。

 だが、ルアザ本人はその髪型に不満は持っておらず、気に入っているため、そのままにしている。


「いやー、うん。調子に乗ってたね。誰だよあれ」


 妖精に罰せられ、謎のテンションに嵌まっていた思考が覚め、元に戻る。

 ルアザ自身も妖精にわざわざ罰せられる程暴れる自分に驚きを隠せない。


「意外と親の影響は大きいのかもしれないね」


 ルアザは今回の件で親の自身への影響力の強さを実感する。

 自分という獣を縛る鎖でもあると確認する。

 鎖が解き放れた瞬間、暴れたから、本当に自分は獣だな、と苦笑する。

 故に、ルアザは思う。

 己の予想以上に強かった欲求を押さえ、コントロールする強い理性を求める。

 それは、簡単だと予想する。

 自分は産まれて来て12年間程、ずっと出さずに溜まっていた何かをさっき吐き出したため、少しずつ出せればこの問題は解決すると。


「でも、当然か。産まれてからずっと三人だし。母さんとクラウは大きいだろうな」


 後に、二人の前では絶対に言わないが、と続く。


 長い間日向にいると、体が辛くなるため日光を遮る家の中へと帰る。


 今回、家の中に入っても、昨日と変わったところはなく、溜まっていた何かを出したため、体全体がスッキリしているからだろう。


(やはり、子供の頃に戻っていた)


 子供のように何事も楽しみ、何事もすぐに飽きる。

 だが、楽しければ良いじゃないか。


(短事とは享楽の秘訣かもね)


 ルアザは一種の楽を悟る。





 ◆◆◆




 ルアザの一人暮らしも半月程たち、作業の順番が決まってきて、一人の生活にも慣れた頃となる。


「今日は何しようかな」


 慣れると、新たな暇な時間が作りだされるようにとなり、いかにして時間を潰すか頭を悩ます。


 だが、こういうのは考えても思いつかないため、とりあえずルアザは立ち上がり、家の周りを回る。


 特にこの行動に意味がない。

 ただ、体に動けと命令して脳が示した曖昧な方向へと足を動かすだけの、機械的の行動だ。


「はぁ、暇だ。何か考えるか。根源的な哲学でも」


 暇すぎて、考えに耽ることにした。

 それで、暇が解消されるなら、何でも良い、期待はしてないが、もしかしたら何か良い案がおもいつくかもしれない。


「そうだな。なぜ生きるのか? という哲学でも考えるか」


「まず、生きるとはなんだろうか? 死ぬとはなんだろうか?」


 まず、生きると死ぬの定義について考え始める。


「生物学的に考えれば、生きていることはわかる。心臓は今も順調に動いているし」


 ルアザさ自分の胸に手を置き、今見える、光を放つ太陽のようにしっかりと活動していると確認できる。


「だけど、心は生きているのか? と聞かれると死んでる、と答えるな」


 精神に活力が完全に消え去っている。

 だから、こんな死の淵で考えていそうなことを考えているのだ。

 多分、死の淵は今歩いている場所のように日陰なんだろうな、と思う。


「いや、それは死ぬのではなく、ただ陰の属性を含んでいるマイナスという状況なのかもしれない」


 死ぬという0を示す状況ではなくマイナスを示す状況なのかもしれないとも、思いつく。


「死ぬとはなんだ? 死ぬとはなんだ? 死ぬ、終わり、終焉、零。生きる状態が活力のあるプラスだと解釈すれば、やはり死ぬとはマイナスということなのか? じゃあ、その間の零とはなんだ?」


 プラスの生、マイナスの死ならば、その間の零とはなんだろうかと、悩む。

 この定義の零の自分な状態とはどういう状況なのか想像ができなかった。


「零とは、零とは、ないから零なのかもしれない。そうしよう。生とは零を除いたプラスであり死とは零を除いたマイナスのことである。そして零とは存在しないから零なのだ」


 今は黄昏時だ、地平線に沈む太陽が綺麗だ。

 ルアザはその沈む太陽と地平線を見ている


「…………でも、零は確かにある。不思議だ」


 太陽が自分自身だとすれば、地平線が境界の零だと認識できる。

 だが、夜と夕方の間を見ると境界らしき物は確認できない。


 その二つの状況を比べると、思わず喉から笑い声を覗かせ、先程のなんの活力がない死んだ瞳に活力を取り戻し生きた瞳へと変わる。


「そうだ、明日から冒険をしよう。世界をもう一度調べ直そう」


 ルアザはこの世界の創世記に出てくる属性を思い出す。

 全ての存在が混ざり合い、消し合う、全てがあり得る、真なる始まりの属性【有無表裏バベル】を。


(【有無表裏バベル】は意外と近い場所にあるかもしれないね。ただ、属性の組み合わせで上手くそう見えているだかかもしれないけど)


(我ながらロマンチストだ)


「ご飯を作ろう。お腹減った」


 この時代の哲学者は基本、暇人である。

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