第13話サヴァン祭と訪問者

 空を見れば、月末にしては珍しく、月が見えない夜だ。

 しかし、月の代わりに多くの星で形成されていた大河が煌々とした光の水を流している。


 地を見れば、夜露に濡れ湿る冷えた夜にそれとは対照的な熱と光を放つ焚き火が轟々と燃え盛り、この空間を上手く中和させている。


 弧線を描いた二つの目と一つの鼻と口、合計四つの穴が開けられた、カブが焚き火を中心にして多くの数、円状に並べられている。


 そして、焚き火の熱源となっている核とも言うべき中心点から小さな拳サイズの炎が飛び出し

 、周りに置かれたカブへと向かい飛んでいく。

 飛んだ炎は不思議な事にカブを燃やさず、カブの中へと入り、仮初の命が宿る。


 笑みの表情に明かりが灯された。


 カブに向かった灯火が魂へと変わり、魂は器であるカブを動かそうとする。

 何十個もあるカブが一斉にブルブルと震えだし、開いた目と口、鼻の穴から火花を撒き散らしながら炎を吹き出す。

 そして、笑みを浮かべているカブは穏やかに浮き出す。


 浮いたカブが灯火となり、さらに周りを光を与え、明るくさせ、光の領域が広がる。

 そして先程まで闇の領域にいたルアザ、エウレア、クラウは先程のカブに火が入る場面を一歩離れた場所で丸太に座り見ていた。


「毎年思うけどさ、なんであの笑みが不気味に思えるんだろうか?」


 ルアザは顎に手をつきながら、浮いているカブの表情を見る。

 カブの中身の方は明るく影は一切ないが、外側は明るいが物理的な問題で影ができるため、どこか不気味に見える。


「まぁ、笑みは笑みだよ。それで良いじゃない」


 ルアザが見ていたのは最も外側にある、明かりがあまり届いておらず、薄い明かりの場所にいるカブだった。

 真ん中の方を見れば、互いの明かりで影を無くしている安心させる笑みを持つカブ達が多く集まっている。


「作った時は最高の笑顔だ、と思ってたから母さんの言う通りかもね」


 カブは何ヵ月も前から用意しており、そのカブの中身をくりぬき、そして顔だとわかる穴を開ければ完成だ。


「もう、特にやることないので、そろそろ夕飯ケーナをいただきましょうか」


「待ってました」


 ルアザは浮いているカブと同じように中身に火を灯し、満面な笑みを浮かべ、立ち上がる。


 今日は祭りの日だ。

 すでに寝床へと横になっている時間でも、祭りのために起きて、夕飯が夜食とも言える時間帯にいただく。


 だが、それは決して悪いことではない。

 特別な日に悪いことなどない。

 変化が少ない生活にこういった行事は良い刺激となり、心の豊かさにも繋がり、時間感覚を思い出させてくれる。




 ◆◆◆




「もちろん祭りの儀式も楽しいけど、正直に言えば食事の方が楽しみなんだよね」


 そう言い、ルアザは口の中一杯に食べ物を詰め込み、喋る。

 ルアザは祭り自体は楽しいが、そこから生まれる副産物の方を目的にしている。


 外で焚き火を中心に漂っているカブを見ていても飽きないが、楽しいか?と聞かれてたら普通、と答える。


 祭りの食事は様々な食材を使っているためいつもより食材の量に比例して多く、豪華だ。

 当然、不味いはずがなく、現在ルアザの様子の通り普通に美味しい。


「食べ終わってから、しゃべりなさい。下品ですよ」


 ルアザは口の中にまだ多くの食材を入れながら喋るため、目を背ける物が多く見え、クラウに下品と注意される。


「ごめん、ごめん」


 ルアザは口の中にあるものを全て飲みきったあと、軽く謝罪する。


「〈ジャックの魂ジャック・オア・ランタン〉ってなんの妖精だっけ」


「死者の妖精ね。真実かどうかはわからないけどとあるお話を妖精が真似をしているらしいよ」


 〈ジャックの魂ジャック・オア・ランタン〉とは特定の日に特定の儀式をした時に現れる妖精の一つである。


 なぜか、精霊、妖精は人類が作った物語やお話の場面などを真似をしたりする習性がある。


「あぁ、たしか。ジャックという名前の男がしょうもない事で事故って、死にきれないにないから、魂だけでも近くにあったカブに宿ったってやつ?」


「いや、悪魔に魂を取られそうだったから、せめての抵抗で自分の魂を近くのカブに逃がしたという話ですよ」


「あぁ、それだよ、それ」


「だから、〈ジャックの魂ジャック・オア・ランタン〉は悪魔や悪霊へと対抗する破邪の力を持っていると言われています」


「精霊様達にしっかりと感謝するのよルー」


 サヴァン祭は夏の終わり頃にやる収穫祭だ。

 自然に宿る精霊や妖精に感謝を、そして次もお願いしますと祈りと贄を捧げる。

 だが、この日は死者など、見えない存在との壁が薄くなり、見えざる者がみえるようになる日だ。

 見えざる者の中には祖霊や守護者など善き者も多いが、悪き者共も多い。

 どちらも接触しやすい日のため近づいてくるのである。

 弱い人々は悪き者達に危害を加えられないように善き者達を捧げ物などで呼び、対価として家族や一族を守ってもらうのだ。

 だから、サヴァン祭は収穫祭という一面もあるが、厄災を祓ったりする一面もあるのだ。


「感謝はしてるけど。たまに悪戯してくるんだよね。辞めて欲しいよ」


 ルアザは安心と安全を提供してくれる精霊、妖精に日頃から感謝しているが、些細な小さな悪戯を仕掛けてくる。

 極たまに、夢の中にまで入ってくるから、しつこいと思っていた。

 そのような事がしばしばあるため、何が自分のミスで、何が妖精、精霊の仕業かわからなくなってきている。


「ルーはそういうのから好かれる体質ね」


 ルアザは見えざる者共から好かれている証拠だとエウレアは言う。


「でも今日は始めて会話ができる精霊に会ったんだよね」


「えっ! こんな僻地で!」


「エウレア殿」


 クラウはエウレアに諌めるような視線と声を投げ掛ける。


 ルアザにとってここは全てだ。

 記憶も思い出も全てが深く広く端まで関わっている。

 そんな、ルアザの全てとも言っても良い場所を僻地などというこの場所を貶める発言だったためクラウは諌めた。


「あぁ、そうだった」


 エウレアもそれに気付き、ルアザの顔を恐る恐る見るが、ルアザは今まさに口を大きく開け料理を食べようとしていた。


「あ? 何?」


 ルアザも母親がなぜか、自分をじっと見つめていたため、不思議に思う。


「いや、何でもないよ。…………ルーはここで暮らしてて幸せ?」


 エウレアの声はどこか湿っておりながらも表情は明るかった。


「んグゥ。……特に不満はないから幸せと言っても良いんじゃない?かな」


 ルアザは飲み込んだ後、少し考え、辛くはないと軽い口調で伝える。


「…………そう……良かった。ねぇ、ルーさえ良ければ、ここをはな──」


 それを聞いたエウレアは安心するような、柔らかい表情を浮かべる。

 だが、柔らかい表情から一転して固い表情で覚悟を決めたような顔でルアザに何かを言おうとするが、その途中で突如ドアを叩く音が家の中を響かせる。


「何でしょうか?」


 ドアを叩く音など、ここで暮らしてきて一度もなかった。

 それに、常に家の周りに張ってある結界に反応がなく、クラウの声には張りがあった。


 クラウは腰に差してある剣へと視線を移動させ、椅子から立ち上がり音が鳴ったドアの方へと向かう。


「こんばんは。おや、お出迎えは【四宝の一人、王の光剣クラウ・ソラス】とは光栄ね」


 クラウはドアを警戒しながら開けると、今日ルアザ出会った精霊が微笑みながら、挨拶をしてくる。


「!? 貴様何者だ!?」


 親しげな微笑みを浮かべる精霊とは対照的にクラウは精霊を強烈な視線で睨み付け剣へと手を当て、いつでも抜き放ち切り払えるように力を入れ、構える。


「その反応を見る限り、あの子は君の教育を忠実に守っているようだね」


 精霊はクラウの反応を見て苦笑をする。


「何の用だ!」


「しかし、悪い所として、いきなり攻撃体勢に入るのはダメね。まず相手の正体を得た上で次の行動に移さなきゃ。君の元職業上仕方ないかもね」


「じゃあ、質問に答えろ」


「私は精霊。用はハッピーサヴァンと言いにきただけよ」


「…………………申し訳ありませんでした。私ができる事ならば何でもやりますから、お許しください」


 クラウは精霊だと聞いた瞬間、即座に頭を下げて謝罪する。

 考えてみれば、この自分が気づかない程の気配を隠せるのは精霊しかいないことに気づく。

 クラウは今日はいつも以上に警戒していた。

 悪き者共が近づいてくるかもしれないからだ。

 悪き者ならば、こんな堂々と危害を加えることなくもっと陰湿に危害を加えるはずである。


「アハハ、言う事がそっくりで君とあの子はまるで、親子のようね。こちらも言葉が足りなかったから、お互い様ということで」


 謝罪する様子が、ルアザと重なる。

 重なった姿を見て精霊はおもしろおかしそうにし気分を良くさせる。


「もしかしてシャナ?」


 部屋の向こうから、クラウの張り詰めた声が聞こえたため、心配になって顔を除かせるエウレアが精霊の顔を見て目を見開く。

 そしてその精霊の事をシャナと呼ぶ。


「たしか、……エウレア?」


 精霊はシャナと呼ばれたことにエウレアと同じように目を見開き、自分の名前を呼ばれた事に藪から棒だったようで驚く。


 シャナはエウレアの顔をじっと見つめ、目を凝らす。

 そしてエウレアの名前を思い出す。


「クラウ、彼女は敵じゃないわ。私の知人よ」


「そうそう、エウレアちゃんが子供の時に出会ったのよね」


「シャナ、息子がいるから過去の話はあまり話さないで」


 エウレアはシャナの元に近づき、奥の部屋を一瞬視線を投げ掛け、ルアザに今話している会話を聞こえぬよう小声でシャナに釘を刺す。

 シャナは口が軽いため何を言うかわからない。

 こちらが、深く悩んでいることを軽く対応するため、信頼はできないのだ。


「あの、ドジっ娘だったエウレアちゃんも変わったわね……」


「色々あったのよ。まぁ、歓迎するわ。今日はなにしに来たの?」


「さっき、言った通りだけど、それに一つ追加してエウレアちゃんの息子に会いにきたの。あ、そうだ」


 シャナは思い出したように、その場で止まり振り返る。

 ドアの外側へと向かい、ドアの隣で何かをまさぐっていると、大量の荷物を抱えて入ってきた


「なにこれ?」


 エウレアはシャナが覆われる程高く詰められた荷物に驚く。


「お土産」


 荷物の中には色々とあった。

 赤、白、青、黄、紫とあらゆる色が揃った華麗か花々に、本能に訴えられる甘美な香りを周りに解き放つ、様々な品種のシロップや蜂蜜があった。


「さすが、精霊。ありがとね」


 エウレアは豪華なお土産に驚きはしつつも、どこか納得しており、感激するほどの心の弾ませなかった。

 だか、しっかりとシャナに嬉しくてご機嫌な気持ちは伝わった。


「どこに置けば良いかな?」


「じゃあ、こっちに。ルー、どうしたの?」


 大量のお土産を置く場所を案内するため、部屋の方へと向かうと、蜂蜜やシロップの甘い香りに誘われたのか、ルアザが近くにやってきていた。


「何か、良い匂いするな、と思ったから」


 案の定ルアザは虫のように甘い香りに誘われ、その欲望に従いやって来た。


「じゃあ、これ持って。あそこに置いてきて」


 ルアザに手渡されたのは荷物の半分の量だった。

 上の方に積み上げられている軽い荷物だったため、幸いかなり重いというわけでもなく軽く持てた。


「……良いけど。(いや、なんで泉の精霊いるの?)」


 内心、ルアザはめんどうだったが、お客さんの目の前だったため遠慮せずに素直に手伝った。

 そして、先程から聞こえてくる声と姿を見て、今日、泉であった精霊だとわかり、少し気にする程度だが、僅かに警戒をする。


 ルアザも含めてだいたいの人はそうだが、自分のプライベート空間に入ってくる人は悪い事をしてないのになぜか、警戒してしまう。


「あの子の名前は?」


 去って行くルアザを見たシャナは微笑ましそうだ。


「ルアザよ」


「ルアザ。ルーとヌアザを組み合わせたのかしら?」


「よくわかったね。その通りよ」


「良い名前ね。(でも、戦いの意味合いもあるからどんな運命に導かれても強くあれと願った名前かしら)」


 シャナはルアザという名前に込められた意味を察し、どちらの物も希望に満ち溢れた意味なため好評価だ。

 だが、全てが善良な意味があるわけでもないため、ルアザにさらに興味を持つ。


「ルー、クラウ、彼女はシャナ。仲良ししてね」


 そして、皆が席に座った後にエウレアからシャナの紹介をする。


「半日振りだね。少年」


 シャナはルアザの方を泉で出会った時と共通して安心させるような声の調子と顔色で話しかける。


「こちらこそ」


 ルアザはシャナに良い印象を抱いていない。

 母親の知人だから、警戒はかなり緩み、気も許しているが、やはり精霊という立場と泉での茶番がある。

 ルアザはシャナの事を「いきなり何をされるかわからない謎の女性」くらいの感覚で見ている。

 そのため、返事も短く冷たくなる。


「ルーは始めて見る他人だから、恥ずかしがっているのよ」


 ルアザの反応を見たエウレアは苦笑しながらシャナに解説する。

 ルアザはその言い方を否定するように無言の目線を母親に向けるが、気づかれない。


「ルアザ君が好きそうな、甘い物とか沢山持ってきたから沢山食べてね」


「ありがとうございます……!」


 先程からルアザは時折、シャナが持ってきた贈り物に視線を向けていたため、自分のために持ってきたと、読み取れる言葉に笑みを浮かべる。

 そして、早速食べようと贈り物へと足を運ぶ。


「ダメですよ。もう、遅いですし、ルーは寝てください」


 だが、そこに待ったをかけるクラウがいた。

 ルアザは不満そうに目を細めるが、クラウはいつもとは違い微笑えんではおらず、真顔で言われたため、仕方なく言うことに従う。


「わかったよ。おやすみ」


 結んだ髪を解き、寝床へと向かう。





 ◆◆◆



 ルアザが静かな寝息をたてて寝ている時に、大人三人はシャナが持ってきたお酒を軽く嗜みながら話ていた。


「喧嘩とは言っても、すぐに仲直りするわよ。ただ、クエレブレにも反省して欲しいから、数年間ほっとくわ」


 愚痴や日頃から募らせる不満を吐いたりと、悪い部分もあるが、互いに解決案を出し合い結果的には良い方向へと転がっていく話だ。


「ねぇ、シャナ。ガルト地方はどうなったの?」


「ダーナ家方々や他の四宝はどうなっているのでしょうか?」


 ついに、二人はこの話を切り出した。

 お酒を飲んだ、ことにより理性がいつもより抑えが効かなくなっていることも原因だ。

 しかし、お酒を飲んでいなくとも、別れる前必ずこの話をするであろう。


 二人はルアザに見せる優しい顔ではなく、大人の会話をするとき特有の真剣な表情で、シャナに聞く。


 シャナは二人の表情を見て、目を伏せ影を作るが、その影を払うように二人の顔を正面から見て意を決して言う。


「ガルトは──────────よ」


「そ、そんな……!」


「くっ!」


 二人はシャナの言う事を聞き、現実を疑わせるよう知らせに驚く。


「……貴女のことを信用していない、というわけでもないけど、信じられないわ」


(信じたくないと言った方が正しいのだろう)


 シャナは一瞬にして二人の胸中を悟る。

 その胸中に不憫な物だと、こちらも心を痛める。

 だが、現実だとわからせた方が良いと判断する。

 もうすでに虚構の幸せへの道へと変わった予定になんの意味がない。

 虚構は、形がないため決して触れもししない、ただ見えるだけだ。

 だから、新しく幸せの道を作らせなければならない。

 誰かが不幸になるのは嫌いだ。


「じゃあ、行ってみる?」


「できるの?」


「できる。それにまだ最悪な状況というわけでもないしね」


「……ちょっと考えさせて」


 エウレアとクラウは目配せをし、互いの考えが共通していることを理解する。


「ルアザ君の事を思うなら、なるべく早い方がオススメね」


 シャナもこの案を提案したため、相手がどう思うか想定済みだ。

 だから、決断を迫らせる言い方をし、焦らせる。

 焦らせた方が良い結果を得れると確信しているからだ。

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