第15話元の日常へ

 ルアザが一人暮らしを始めて1ヶ月がたつ。


 ルアザは哲学という現実にそこまで影響力のない物に一時期嵌まっていたが、その他にも嵌まった物がある。


「ふっ! はっ!」


 結界でできた剣を上から下へと、右から左へと的確に振っている。

 的確に振るわれいるため、自ずと切れ味は鋭くなり、地面に刺さっている傷だらけの氷にさらに切り傷がつく。


 そして、さらに剣をあらゆる方向、順番から氷を切り裂き徐々に削っていく。

 削りカスが氷の周りに積み重なり、地面を濡らしている。


 ただ、ルアザは赤い瞳を見せずに目蓋を閉じて剣を扱っていた。


「どうだ?」


 しばらく、氷塊を相手に切っていると、ルアザは眩しそうに目蓋を上げ、赤い宝石のような瞳を見せる。


 氷は長い時間切っていたため、最初に製材した形である円柱から形を変えていた。

 ただし、対象物である円柱の氷を見ないようにしてルアザは任意の形で変えようとしていた。

 今回は三角柱に形を変えようとしており、多少は歪だが上の方は細く下の方は太い、大雑把な三角柱の形をした氷は作られていた。


「ここ、なんか凹みすぎてるから、まだまだだ」


 ルアザがやっているのは何かしらの道具を使い、氷を自分が望む形に削り変えているのだ。

 だが、そのままやってもただの彫刻をしているだけで、つまらないから、暗闇の視界の中を勘という名の気配察知、頭の中の想像図だけで彫刻をすることにした。


 頭の中の想像図と同じようにするために迷いのない太刀筋と手先の動き、力加減などの技量が求められる。

 そして、手で触って確認するのはルール違反のためできないから、当たる時だけで今どのような形をしているか予測しなくてはならない。

 ルアザも最初は氷を一撃で切るのではなく、砕いたり、したが諦めずに練習し続けていった。

 武技や気配、芸術性も鍛えられ非常に得となると実感したからだ。


「突きが最後の方多くなるな」


 この鍛練方法は細かい調整をする必要がある。

 突きは当たる面積が狭いため、細かな調整がしやすい。

 だから、大まかに目的の形にしたら、次は細かな調整のため突きの技を多用する。


「最初は大きく切り、最後に突く。これって意外と実戦でも、そうじゃないか?」


 ルアザは唐突に気づく。

 実戦でも最初は大きなダメージを与え、最後に止め突き刺す。

 このパターンが全てとは言わないが、共通するなにかを悟る。


「いや、実戦は最初から突き抉るだな」


 実戦はいかにして速く相手を処理するかが問われるため、最初から必殺技を出す可能性が大きい。

 様子見がその前に入ったりすることもあるが、様子見が終わった次の瞬間、必殺の一撃を何度も繰り出すだろう。


「頭が回らん、疲れたな。休憩しよう」


 頭を抑え、涼しげな日陰へと歩いて行く。


 ずっと日向で体を動かしていたため汗を多く排出しており体が少しベタつくため、魔術で水を作り上から滝のように流し、汗を洗い流す。

 服は結界で保護しているため、濡れることは

 ない。

 結界内でも乾燥の魔術を使い、染み込んだ汗を乾かす。


 そして、体を乾かした後、木の幹に寄っ掛かり、目を瞑るとそのまま寝てしまう。


 見えないということは、全て頭の中の予測で実行しなくてはいけないため、常に思考を回し、考え続けなければならない。

 だから、予想以上にこの鍛練方法は頭を使い、疲労が溜まる方法だから、すぐに疲れる。

 頭は体で一番エネルギーを消費しているため、そこでさらに消費量が増えれば、当然眠気が出てくる。

 それに加えてルアザは日光に弱い体質なため、日光を遮る物がない中ずっと体を動かし続ければ体にも負担が積み重なる。

 だから、ルアザも自分では気づかない内に意識を落としてしまったのであろう。




 ◆◆◆




 木の幹を背に当て、夢の世界へと旅立っているルアザの元に二つの人影が忍び寄る。


「ルー、起きて」


「ん? あ? あ、おかえり」


 夢の世界から旅立ちから母親の声で引き戻される。

 そうすると、目が覚めて、赤い瞳を母親とクラウに見せる。

 久しぶりの親の二人を目にして、眠気の代わりに深い地中の中に眠っている宝物をやっとの思いで掘り出した時の達成感に似た、夢が現実に実現したような、情に訴える感情がルアザを襲う。


「「……」」


 親の二人はルアザがここに確かに、絶対にいるとわかるように、黙って目視している。


「なんか、母さんとクラウを見るのは久しぶりだな。そうか! これが懐かしいという感情か」


 その感情を懐かしいという感情だと理解し、ルアザは懐かしいとは良い物だと感じる。


「「……ただいま」」


 母親とクラウの顔は太陽の光で影に塗りつぶされているため、輪郭くらいしかわからないが、声はどこか、力がなく無機質だった。


「…………どうしたの?」


 その無機質な声に違和感を覚えたルアザは二人にどこか調子が悪いのか、と思い、大丈夫か確認する。


「「……」」


 そして、二人は無言でルアザを抱き締める。

 それは強く、密着して背中に垂れ下がっている髪も掴んで。


「……………。(なにこれ?)」 


 ルアザは強く抱き締められているが、ルアザ本人の感覚では逆に弱々しく感じていた。

 すぐに離れていきそうな脆弱さにルアザは戸惑い、呆然とする。


「……」


「……もう夕方だ。いつものように、皆でご飯を食べよう」


 ルアザは抱きしめている二人の手を放し、二人の手を引き、家へと帰る。


「すみません。こんな醜態を晒してしまうとは恥ずかしいですね」


 二人は立ち上がり、ルアザに引かれてついていく。


 そのとき、ルアザの内心は驚いていた。

 掴んでいる手が力がないことに。

 母親の手には暖かさはなく、冷たく感じ、クラウの手には大小の傷がついており、どうしても気にしてしまう。

 この変化に違和感を持ち、いつものように沈む太陽も普段と異なるように見えた。


「今日はなんか二人共疲れているみたいだから、今日の夕飯ケーナはこのルアザが作ります。期待してね」


 ルアザは二人の違和感を感じさせる変化の原因はきっと疲れているからだと、予想した。

 疲れているなら、今日は二人に何もさせず、先程眠って疲労も回復した自分が全てやろう、と考えた。

 全て一人でやるのは一ヶ月間やっていたから、慣れたことだ。

 食事は作る量が二人増えただけのことだ。


「うん、ありがとう、ルー」


 エウレアは申し訳なさそうにする。


「そういえば、シャナさんは?」


「家についたら、別れて消えたからわからないわ」


 ルアザは寝ていたため、気づかなかったが、出発するときと同じように何もない空間から体を出現して帰ってきたのだ。

 そして、行き帰りをしてくれたシャナは家についたらすぐに別れ、どこかに消えた。

 もしかしたら、すぐ近くにいるかもしれないし、人には決して到達できない場所にいるかもしれない。


「先日取った鳥肉を焼いてと」


 結界の上に岩塩を塗り込ませた鳥肉を置いて、結界の下に炎を生み出し、焼いている。


 結界の長所は術式の変化が顕著な点であり、様々な効果を付与し変質することが可能。

 今回のように熱だけ通す結界を作れば、鍋代わりになるため、結界一つあれば、器にもなり非常に便利だ。

 結界は別に障壁などの壁型だけが、結界と呼ばれるわけでもないのでどんな魔術よりも万能で発展性が高い魔術である。

 結界は一見地味だが、最強、最高、最良説が何度も唱えられている。


 そもそも結界は何で構成されているかと言うと、属性を操作するときの力そのもの。

 呼び名は念力、魔力、霊力、気、オーラ、マナ、チャクラ、とう呼ばれており地方によって千差万別で違うため、呼び名は統一されていない。


「スープは色とりどり入れて。疲れが取れる薬草も入れよう」


 スープはさすがに結界では不便なため、鍋であり、その中に根野菜や葉野菜、そして葉っぱとは思えない青寄りの色をした葉っぱを細かく切り刻み放り込む。

 全ての材料に火が通るまで煮れば、香りが台所に広まってきて食欲をそそる。

 その匂いにルアザは満足する。


「肉は中まで焼けたかな?」


 そう言い、スープの温かい匂いとは違い、本能が絶対に旨い、と言わせるような暴力的な匂いを肉が放つ。


 魔術で中の部分がやけたか、探知してしっかりと焼けたようだから、皿に乗せて食べやすいように小さく切る。


「できた。焼いた肉と美味しいスープ」


 そして、出来てばかりの湯気と共に匂いを空気中に振り撒く料理を、机の上に乗せる。


「わぁ、美味しそうね。ありがとうルー」


「良い匂いです。ルーの言う通り期待しましょう。ありがとうございますルー」


 二人はルアザが作った料理が運ばれてくるのを見て、その料理の匂いが鼻に入ると二人とも笑顔となり、先程の虚ろな様子とは違い、生彩さを見せる。

 ルアザもその二人の笑みを見て、隠していた緊張感が弛み、安泰ないつもの日常に戻ったのだと、再確認する。


「まぁ、速く食べよう」


 不安が消えると、ルアザは唐突に食欲が湧いてきて、ルアザは自分で作った料理を目を微かに見開き凝視する。


「うん、美味しいです。ちゃんと全てに火が通っていますし、柔らかいです」


「ルーもこの一ヶ月で、すごく料理の腕が上がったね」


「一ヶ月も一人で料理してるとさ、飽きるからなんか色々と入れみて、一番美味しい味付けと材料が今日のこれというわけ」


 ルアザの料理は思いついた物を組み合わせる実験と材料を無駄にしてきた失敗から生み出された研究と努力の料理だ。

 そのため、概ねルアザの料理は好評だ。


 ルアザはこの一ヶ月の生活の苦労や興味深いことなど、様々な話を親二人に喋る。

 一ヶ月間、誰とも話さず、時には一回も喋らないでいる日もあったため、それらが、反動となり今回のルアザはかなり喋る、話す。


「畑もさ、虫が大量発生したときもあって、その時は大変だったね。あいつら全部処理しても次の日には復活してるんだよ。意味わからん」


「そういうタイプの虫は地中に隠れている場合があるので、次は少し地面を掘ればマシになるかもしれませんね」


「そうか! あいつら! 土の中にいたのか!どうりで復活するわけだ」


「ルー、畑は無事なの?」


「損害は多少はあったけど、ちゃんと守りきったよ。なかなかの強敵だったね。彼らのしつこさは見習うなにかがあるよ」


 ルアザはその後も育てている畑とそれを食い攻める虫との攻防戦記を熱く語る。

 虫が出す謎の粘つく液攻撃の厄介さを語ったり、それに対抗するために虫レベルの細かい属性、術式操作を鍛え上げ対抗した話など、虫とルアザの攻防を飽きずに語る。

 それほど、炎天下の中、熱い戦いがあったのだ。


「──で、最終的に何が言いたいのかと言うと、彼らは殉死してもその肉体は畑の栄養となり、畑の作物に実をならせることとなるんだ。たかが、虫でも新たな命を生み出すことが可能なんだよ。つまり、自然に無駄はない。それがこの一ヶ月で自然から学びとったことだ。フゥ、喉乾いた」


 長い話が終わり、ルアザはコップに冷たくした水を入れ長く働かせた声帯と空気が何度も出入りした喉を潤す。


「なるほど、私達がいない間、自然と相手をしていたのですね」


 クラウは一人で、草木虫鳥獣とあんな熱い展開になるなら、一人でも問題はなかったようだな、と思った。


「あ、そうだ。そっちはどうだったの? 僕は外に出たいから外の情報を知りたいな」


 ルアザは自分が多く話したため、二人の話を聞きたいと思う。

 特に小さな時から憧れ焦がれている外の情報を知りたいのだ。

 何度、外の世界を想像したか、わからないほどだ。


 そのため、ルアザは目を輝かせて聞く。


 外の情報を求める質問をルアザがしたとき、エウレアは椅子を倒しながら勢いよく立ち上がる。


「ルー!!! 貴方は外のことなんて知らなくて良いの!! それに外に出たい!? そんなこと認めるわけがないしでしょ!! 貴方はずっとここにいるの!! いい!!? わかった!!?」


 そして、狂ったようにはち切れそうな大声でルアザに言葉の衝撃を遠慮なくぶつける。


 ルアザは母親が放つ殺気も含まれていそうな迫力と鬼の形相で叫び放つ母親に体をビクリッと弾ませ驚愕する。

 それと同時に、その変わり果てた姿に恐怖を抱く。

 クラウの方を見ると、普段通りで当然のように何事もなかったように、食事を続けていることにも恐怖を抱き、クラウは助けになりそうもないと早々と悟る。


「そ、それはそうとして、一ヶ月後には必ず話すと言ったやつ話してくれない」


 その恐怖から逃れるように話を変えようとする。

 約束した話なら母親も無下にせずに怒りも収まるだろうと予測する。


「話をはぐらかさないで!! お母さんは貴方にわかったか、と聞いてるの!!?」


 だが、今の母親には約束事は関係ないらしく、一切話を変えようとしない。

 そんな、母親にルアザは今、違うことを話しても無駄だと理解し、さらに叩きつけてくるような叫び声で自分に言い放つのは目に見えている。

 今でさえ、狂った目付きでブツブツとなにか喋っており、明らかに危険物だとわかる。


「わ、わかったよ。ごめんなさい」


 この言葉を喋った時点でエウレアは気づくべきだった。

 ルアザの赤い瞳に怯えの涙が僅かに溜まっていたことを。


 そして、ルアザはそれから全く喋らず、逃げるようにルアザは食べ終わり、ベッドへと走り去る。




 ◆◆◆



 

 ルアザは頭まで、布団を被り静かな寝息をたてて寝入る頃に人影が忍び寄る。

 その人影の正体はエウレアだった。

 

「ルアザ」


 ルアザを起こさないように穏やかで月の光のように優しい、相手のことを気を使った声でルアザの名前を略称せずに呼ぶ。


「ルアザ、もう貴方だけしかいないの」


 そっと布団をずらし頭から上を見えるような形にする。

 そして、光が一切ない真っ暗な部屋だが、エウレアの青い瞳には光が含まれており、明確にルアザの眠り顔が見えていた。


「ルアザは希望なの。もう、何もない私には貴方しかいないの、全てなの」


 布団からはみ出したルアザの手を掴み、おでこに当てる。

 ルアザの手の温もりも感じ、口元に弧を描く。


「!?」


 手を触っていると、突然自分の手を強く掴み、離さない。

 それに驚き、もしかして起こしてしまったのではないかと無言で焦る。

 だけど、すぐに優しい手つきになったため、寝ているとわかり、安心する。

 この時だけは心が休まなかった。


「うっ、うっ、うぅ……。ルーぅ……」


 焦りの緊張感が解かれると、ルアザが自分の手を掴むという行為に既視感を覚え、その既視感の正体を思い出すと、懐かしい感情と同時に光を反射し煌めく涙が布団を濡らす。


 思い出したのは、ルアザがまだ産まれたばかりの赤子の頃だった。

 今とは段違いに小さくて柔らかい手を触ると、大人にとっては弱々しくて心配になる強さでこちらの手指をギュっと掴んで来る頃を。

 産んだ張本人だから、小さい息子にとっては一生懸命握っていることがわかる。


 こちらが顔を正面に見せれば、無垢な笑顔で手をこちらに伸ばして喜んでくれるあの頃を。


「手も身長もこんなに大きくなって。来年にはお母さん抜かされちゃうかな」


 ──全てが懐かしい。

 ──本当に大きくなった。

 ──こんなにも健康で元気に。

 ──どんな事も守ってやらなければならなかった何よりも愛しい我が息子が。

 ──元々、自分は優秀だったが、心が弱く、才能頼りで良い人とは言えなかった。

 ──だが、愛しい我が子がいたから、全てが頑張れた。

 ──しかも、我が子には自分の才能を継いでいた。

 ──それも今、自分の実力が越えられそうだった。

 ──決して悲しいことではない、喜ばしいことだ。

 ──願わくはこの子に幸せと更なる力を得ることを。


「おやすみ、ルー。よく寝てね」


 エウレアはルアザがまだ小さな頃に歌っていた子守歌の鼻歌を歌いながら、その場を去る。


 ──……。




 ◆◆◆




 とある森の中、シャナが丘となり開けた場所に佇んでいた。


「アッハッハッハッハッハ! アーッハッハッハッハッハ! ヒヒャヒャヒャヒャヒャッヒャア!」


 シャナのような声をした狂った笑い声が月に向かい吠えていた。


「全く、愛のおかげであんな偶然が我々にとって奇跡となり得るのだから、感謝ものだわ」


「愛は狂気を産み、狂気は混乱を産む。自分は愛によって産まれた精霊」


「愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛あーーーーいっ! ぼくわたしぃもみぃんなぁ!大大大しゅきぃいー! いー! iー! ヰー!!」


 シャナの顔がドロリと崩れ、空気に溶けて消えて行く。

 月光がその空間を射していた。


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