第10話一人を目指して①
ルアザは特に大きさ怪我や病気にかかる事なく順調に成長していき十一歳となった。
まだまだ子供のルアザだが、幼さが薄くなり黙って真剣な顔をしていれば大人も無視できない程にはなった。
「そろそろ、いいだろうか」
視線の先にある鬱蒼とした森を視界の中に捉えながら、そう言った。
佇んでいたルアザは足を前に出しエウレアとクラウの元へと向かう。
◆◆◆
「母さん、そろそろ僕一人で森の中に入りたい」
「えっ、一人で森の中に行きたい!?」
エウレアはその言葉を聞き口を開け驚く。
「……」
ルアザは前々から一人で森の中に入りたいと思っていた。
まだルアザが小さな頃、危険な目にあったため母親とクラウから一人で森の中に入らないと制限を受けていた。
それを律儀に守りながらも、ルアザの本音としては一人の方が楽だから一人で行動したかった。
それにルアザの年頃になれば絶対に口には出さないが、一人でやりたいことが一つは二つはある。
やりたいことは親にも見せられないし、見られたら死にたくなるようなことだ。
だから、ルアザは完全に一人になる機会が欲しかった。
「いいですよ」
「じゃあ、早速いってくる」
クラウの了承をもらったルアザは早速身を翻し、森へと向かい走っていく。
「条件があります」
「えっ? (絶対面倒なやつだ)」
ルアザはクラウの言葉に足を止め、振り返る。振り返った顔は先程まで自分の要求が通ったことにより笑みを浮かべ、白い歯が見え隠れする口を閉じる。
先程まであった目の輝きは霧のように薄くなり、空気になり飛ばされる。
「ルー、嫌かもしれませんが、貴方は自然と対抗する力はまだありません」
「別に対抗しないから、普通に負けるから、散策レベルだよ」
「自然の脅威というものは意識から外れた場所にあり突発的にくるものです」
危険というものは予想外という場合が多い。
何の疑いもなく大丈夫だというものが突然大丈夫ではなくなるというのはよく見て、経験もする。
特に自然界は他の状況と比べてもかなりそのような場合が多い。
色鮮やかかつ華やかで、いかにも美味しそうな実を食べてしまい、その実は毒を持っており、体に強力なダメージを与えてしまう場合もある。
「そういうの結構あるね」
ルアザも一回だけ、木の実を口に入れたことがある。
その結果、腹痛を催したため、よく知らない物を不用意に拾ったたり、採ったりしたものを体に摂取しないようにしている。
「対抗という言葉が悪かったかもしれません。対策と言った方がいいでしょう」
「なるほど、それは必要だ」
ルアザも自然の脅威は知っているため、クラウの提案には納得し、賛同する。
自然の中で暮らしているとそれなりの頻度で自然の脅威に晒されるのだ。
「ですから、ルーには狩りをしてもらいます」
狩猟とは動物を狩る事だが、当然簡単なことではない。
なぜなら、何が起こるかわからない自然を構成する一つなのだから。
「…………期限は?」
ルアザにとって狩りは始めてだ。
山菜の採取くらいなら何度もやっているが、生きた動物を殺めるというのはめったにない。
だから、ルアザもこの試験を合格するには、多くの時間がかかると予想する。
「特にありません」
「ふーん、わかった。いいよ(それって実質、森の中で一人で入れるということだよね。でも何かしら監視の目は存在すると思うし、どちらにせよ試験は合格しなくてはな)」
ルアザは自分が望む最低限の願いは叶えられたが、その願いに一緒に付いてくるのは親の目だというのを予想し、結局やることは変わらないと考えた。
◆◆◆
次の日となり早速、ルアザは試験に合格するために森の中へと足を入れ始めていた。
そして家のある平原が見えなくなったところで足を止める。
「さてと、どうするべきか……」
ルアザは今着ている服装と持っている道具を見る。
自分の身を纏うマントに、よく切れるナイフと、狩猟用の弓、あとは細かい物だ。
最初は剣を持っていこうとしたが、自分にはまだ大きく扱いきれなく、何より森の中では剣は十分に振れなく重く邪魔だと判断をした。
それに代わる代用方法もある。
「まずは水のあるところを探すか」
ルアザは道具を見ても獲物を探すための道具はなくどれも狩るための道具ばかりだったため、自らの力で獲物を探すしかないと決めた。
早速、探知の魔術を行い水辺を探す。
ちなみに探知の魔術で獲物を探すことは可能だが、試験内容に獲物を探すため探知の魔術を使うことは使用不可と言われたため、獲物を直接探すのはできない。
それ以前に使っている探知の魔術の効果が動物を探すのには向いていない。
正式名称は〈特定属性方向探知〉。
ルアザが使った探知の魔術の効果はまず属性の感知するための魂感の強化と探知範囲の目的の属性の方向を知ることだ。
動物は魔術的に見れば、多くの属性が絡まり合う非常に複雑な作りをしている。
そのため、特定の属性を探すとなると難しい形となる。
一応【生命】という生命体特有の属性を所持しているが、その【生命】の属性は植物にもあるため、森の中で生命探知の魔術を使用すれば周りの全てということになる。
そもそも【生命】という属性自体がまだ研究途中でよくわかっていないため、探知の魔術の術式に【生命】属性を組み込むのは今のところ不可能とされている。
「……西か」
魔術によって知らされた方向は西にあると知り、早速西へ体を向け周りを警戒し注意深く歩みはじめる。
そして少数十分歩き始めていると、空気に潤いが付きはじめ川のせせらぎの音が聞こえると同時にルアザの視界内に流れる光を反射する透明な液体が入り込む。
「ふぅ」
ルアザはそこで立ち止まって、そばにある丈夫な枝がありそうな木をよじ登る
「この森の子らよ、我を仲間に」
ルアザはまだ、気配を消したり、隠したりする自力魔術を使えないため他力魔術の精霊魔術を使用する。
ルアザは森の精霊に精霊魔術特有の特殊な声を発し自分を自然の気配を精霊に纏わせるように頼む。
精霊魔術はルアザの願い通りの効果を発揮する。
端から見れば自然の中にいてもルアザの雰囲気、気配や所持している人工物の違和感を無くし、気配が自然と一体化する。
「ありがとう」
ルアザは精霊に笑みを浮かべ感謝の言葉を述べる。
精霊や妖精に言葉は通じているかわからないが、精霊魔術を使用する場合は必ずお礼を言うことにしている。
枝の上から息を殺しながら周りを見渡す。
探しているのは、自分と同業者だ。
自分と同じく、狙った獲物を己の糧にする存在とその狙っている獲物が自分と定めている狩者を。
まず、自分の安全と状態を知る。
安全は絶対必要であり、自分を狙う狩者がいた場合は逃げて見失わせるか、返り討ちにして逆に狩る。
それに、狩る時が一番の隙が生まれることを知っているためその隙を狙われないようにもするためである。
(見たところいないか。たぶん)
ルアザは確信はない。
今の自分より気配を消すのが上手い動物など、腐るほどいると知っているし、狩りの素人が産まれてから死ぬまでハンターの動物に勝てるわけがないからだ。
だが、近場にはいないと確認できた。近場にいて襲ってきた場合、反応しても対応できないかもしれない。
遠くの場合はまだ反応でき対応も可能のためまだなんとかなる。
(念のため結界を張り直すか)
自分の何重かになって纏われる結界を内側から張り直していく。
もしかしたら、相手から魔術を受けているのかもしれないからだ。
その事により、知らない間に結界が弱体化している可能性もある。
結界があれば、結界が盾となるため余程のことがないかぎり即死は回避はできる。
ルアザは木から飛び降り、魔術で音を無くしながら着地する。
落ちている枯れ葉を潰す音や小枝を折る音は森の中に流れる風とその風が揺らす葉音が大部分な森の中は目立つ。
そして、流れる小川のもとに訪れ流れて来る上流とそこから下の下流を交互に見て何かいないか探す。
「なんか、川見てると遊びたくなるな」
唐突にルアザは言った通りの思いが心から出てくる。
一応、親の目はあるが、居場所だけわかるものだからその場所でなにをしてようが、わからない。
でもルアザはそれでも、何かあると感じてしまうため充分に満足していない。
「おぉ、冷たっ!」
自分の足首程度の深さの小川に手を入れ、ルアザは思ったより冷えていることに驚く。
そして魔術を使ったりしながら、水で遊んでいると上流から一枚の羽が川の流れに乗ってきた。
「これは……!」
ルアザはその羽に気付き、流れ落ちる前に拾う。
自分の顔と同等な大きさを持つ茶色の羽だった。
ルアザはこの羽の持ち主を知っている。
名前は知らないが、クラウが狩ってきて、羽は全部抜かれ、焼かれた肉となって皿の上に乗せられた姿でだが。
その姿を思いだし、それと同時に香ばしい匂いと匂い通りの味も思い出す。
「まだ、匂いがある」
ルアザはその羽からまだ匂いがあることに気づく。
匂いがあるということは、まだ充分に川の水で洗われていない。
洗われていないということは、近い場所にこの羽を持ち主がいるのかもしれない。
ただ、単に落ち毛という可能性もあるが、調べればすぐにわかる。
「よし行くか」
絶好のヒントが運良く流れてきたから、遊ぶのを止め、やる気に満ちた軽やかな足で早速上流へと向かう。
同時に〈物体把握〉という周辺を地形や物をだいたいだが、知ることが可能な効果がある魔術を使った。
この行動を見るとルアザの本気度がよくわかる。
川沿いをよく見ながら羽の持ち主の足跡を探す。
水を飲むために降りていれば近くに足跡らしきものがあるはずであり、なければ他の動物の痕跡を探す。
水辺は水を得るために飲みに訪れる動物が必ずいるはずだからルアザは最初、水のあるところを探していた。
そしてルアザの予想通りに遠くない場所に羽の持ち主である鳥の足跡を見つけた。
羽と足跡の大きさから予想すると自分に匹敵する大きさだと予測できる。
そしてクラウが取ってきた鳥と同じ鳥だった場合その鳥は雑食性な鳥だと予想する。
(とりあえず、近くに張り込むか)
また訪れるのを期待し、ルアザは近くの茂みに身を潜めいつでも狩れるように準備しながら待つことにした。
◆◆◆
そして、収穫がほとんど無い、ほぼ無駄な一週間がたった。
「母さん、自分がバカだった。そんな都合良く目の前に来るはずがないと少し考えればわかるのに一週間たってやっと自分は気づいた」
ルアザは母親の前で己の明るい顔と真逆な暗い顔をしながら首を垂らしながら、自分の愚かさを語っていた。
「最初は誰だってそんなものよ。だからそんな落ち込まなくてもいいんじゃない」
そんな消沈としている息子の姿を見ているエウレアは苦笑しながら、息子を励ます。
「いや、違うんだよ。そういう問題じゃないんだよ。素人でも三日あれば気づくのになんで7日もかけて気づくんだよ」
「大丈夫お母さんもあることだから」
ルアザは母親に視線を向けると胸を張り、自慢みたいに言う。
実際母親の言う通り、彼女はよくある。
「いやね、僕も五日目あたりからなんとなく勘づいていたんだけど、よくあるじゃん? 時間と労力をかけすぎてもう捨てられないみたいのが。僕はそれと一緒だと思う」
ルアザは五日目前後からすでに待っていてもこれ以上こないと予測していた。
しかし、自分の労力が無駄になるのを恐れそこで獲物が来るまで待つのを止めず、そのまま続行してしまった。
そしてズルズルと長引き一週間たってやっと動き始めた。
「いい?ルー。ルーが本当に後悔してるならそこでいかに反省するかが大事よ。ルーは何がダメだったのかな?」
「……方法が悪い、気づくのが遅い、判断が遅い」
機会がやってくるまで待機するというのは悪手だった。
他力本願な方法は全て運任せのため確実性が少ない。
待っていればいつかは正しいが、何年後の話だと、言うレベルの話なので良い方法とは言えない。
そして、何かやるにしてもスピードという物は基本的速ければ早い程良いとされている。
特に実戦では。
狩りという行為も一種の戦いだ。
暗殺という奇襲の色が強い、戦闘の時間が極めて短い戦いだが。
「じゃあ、どうするの?」
「準備をしよう。罠とか、とにかく情報を集めるよ」
短い時間で結果で出る事態には準備が大事だ。
あらゆるパターンを予測した万全な状態を維持するが大事だ。
ルアザは垂れていた首を上げ、前へと顔を見せる。
エウレアはいつもルアザに戻ったことに安心してしっかりやれるように応援をする。
「いってきなさい」
「うん、今度こそは大物をとってきてみせる」
ルアザは硬い拳を作りそう言う。
◆◆◆
ルアザのただ待っていた一週間は全てが無駄というわけでもなかった。
待って隠れている場所も一週間ずっと同じというわけではない。
探している鳥の行動パターンを少し得ていた。
ルアザはその少しの情報では不安なため、数日かけて新たな情報と細かい情報を調べた。
そしてその情報をもとに罠を仕掛けることにした。
そしてその罠に誘き寄せるための餌をとり罠と連動するように設置する。
餌は適当に採ってきた木の実や簡単に取れる小鳥などだ。
修正すれば良くなりそうな場所があるならそこを直し、それを毎日やっていった。
そしてとうとう、ルアザが思い描く通りに目的の獲物が取れる。
「クァッ、クアッ、クォウアッ」
「やったぞ、ついに捕ったぞ。長い一ヶ月だった」
獲物の足に罠の紐が引っ掛かっているのを視界に入れたルアザは手を握り感動し、努力が報われた時のどこか崩れたようの笑みをする。
そして早速、息の根を止めようと、その鳥の首を掴み、ナイフを首もとに当てる。
だが、ルアザはそこで止まる。
触った時の鳥の生々しい熱さと心臓の殴るような強烈な脈動がブレーキとなっていた。
未だに体を暴らせながら必死になってどの音よりも大きく、喉を震わせて鳴く鳥の目とルアザの目が合う。
ルアザは先程の笑顔を無くし顔を無表情となる。
まるで鳥の目は悲哀と懇願そしてなによりも恐怖に満ちた目だった。
その目を見たルアザは内心狼狽え、持っているナイフと同じナイフで首を切られているように心が傷んだ。
その時ルアザは狩りでかける前のクラウが厳しい顔で言った言葉を思い出す。
『殺る時は一瞬で逝かせなさい。苦しみは無くすように。それが殺す者の義務であることを肝に命じておきなさい』
その言葉を思いだしたら、鳥の瞳から視線を外し、首に視線を集中させる。
ルアザはナイフをこれまで生きてきた中で最も速く、刃物を振るった。
切ると同時にこう言う。
「ごめん……」
「ッ……………………………………………………………」
その声色は有情だった。
何の感情かはルアザだけが知っていれば良い。
ただわかることはルアザはクラウの言葉を理性で理解し感情も納得したことはよくわかる声だった。
ルアザの手には鳥の真っ赤な生命を司る液体が付着していた。
今はもう生命も何も含んでないただ赤い色をした液体だが。
ルアザは感情を整え、帰ろうとした瞬間手に持つ鳥がを引っ張られるような感覚が持つ手の触覚の上を走る。
そしてそのまま手の中から鳥は奪い盗られる。
ルアザもそれにすぐさまに気がつき、後ろへと勢い良く振り向く。
そして盗った犯人を見つけた。
「〈
〈
自らの力で動ける植物の総称だ。
見た目は何の変哲もないただの植物だが、最大の特徴である動くという行為をする植物である。
植物なのに動く、しかもそこらの動物とさほど変わらない速さで動くことが可能な植物である。
見た目が植物のため、見たり、触っただけではでは全く普通の植物と判別がつかない。
傷つければ、〈
〈
そんな〈
あっという間にルアザの視界から最初から何事もなかったように消えていく。
垂れている血さえも残っていない。
ルアザの視界は普通の森と変わらない景色を写していた。
「……」
ルアザは呆然としていた。
開いた口が閉じないとはまさにこのことだった。
突然の横取りに反応はできても予想外すぎて対応ができなかった。
ルアザは鳥を持っていた手を見る。
残っていたのは付着した血と僅かな羽毛そして鳥の匂いだけだった。
残った僅かな羽毛も風に拐われどこかへ吹き飛んでいく。
虚無な空気が手の中を支配していた
ルアザは泣きたくなった。
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