第9話強さの階段

 魔術を教えてもらうと同時に文字などを学び始め、数年たつ。

 ルアザはすくすくと成長していき、背も伸び少年の顔つきとなり、三人の家族と共に平和に暮らしている。


 その三人の家族が住む家の周りの平原に二人の男たちが木の棒を持ち、カッカッと、棒と棒が打ち合う響きの良い音を青空の下で鳴らしている。


「はぁー! 死にさらせ! クラウ!」


 言葉を察するに負け続けているルアザは物騒な物言いで木の棒を手に持ちクラウへと襲いかかる、ルアザの姿があった。

 そして、ルアザの視線の先にはクラウがいる。クラウはルアザと同じく木の棒を持ち、正面から襲いかかってくるルアザを難なく受け止める。


 下段に受け止められた棒を滑らせて、上段の位置にある、クラウの頭へと向け、切り上げる。

 それをクラウは難なく頭を傾けることにより避ける。

 クラウは避けると同時に足をルアザの足を払うように

 向け迫る。

 それに気付いたルアザは避けられないと悟り、伸びきった体からいかにしてこの状況を捌くか考える。

 その結果、ルアザら前へも活路を切り開くことにし、クラウへと向かい体当たりを仕掛ける。


 しかしそれさえもクラウは翻すように避け、ルアザは前へと倒れこみ、受け身を取り立ち上がる。


「……体格的な問題があると思うんだけど、そこんとこどう?」


 立ち上がったルアザは先程の戦いを回想し、自分の頭はクラウの胸程しかない身長差に前提条件として不公平と表する。


「ドラゴンと戦う場合はそんな言い訳通じませんよ」


 小さくとも数メートルはある巨大生物ドラゴンと今の比率の差を比べれば誤差だと述べる。

 実際の戦場では、運が良くても、半分以上は不利な条件で戦いが始まるなんて、腐る程ある。

 ルアザもそれは理解している、安心、安全は結構な対価をようする。


 自分はだいたいの事に関しては才能があることは、自覚している、母親とクラウに小さな頃からお前は才能あると、言われ続けたからだ。

 最近、クラウに勝てそうもないし、比較対象が周りにないから懐疑的だが。


 言いたいことはそれじゃない。


「いや、世界最強、最高の生物と戦う前に逃げるよ」


 ルアザの考えは合っている。

 そもそも命のやり取りである戦闘に誰が好きにやるか、という話である。

 命のやり取りをするのだから、危険過ぎる。

 その危険性を越える利益を得るときなど、自分も命に関わる程の利益を得る時だろう。

 代表例としては食料を得る時だ。


 それに加え命を奪う忌避感もある、人によってはトラウマになる。

 トラウマはなくとも忌避感はある人は多いだろう、いずれは忌避感に慣れるかもしれないが、命は尊く大事だということは忘れてはいけない

 そんなクラウみたいにガンガン行こうぜ思考は少ない、ほとんどの人は命を大事に思考だ。


「私は昔倒しました。大丈夫、毎日戦うすべを学べばドラゴンだって戦え、討ち倒せますよ」


 そう言い、笑顔でサムズアップするクラウにルアザはなんとも言えない疑いしかない顔をする。


「それよりも、先程の戦いは見事でした」


「結果はあれだけどね」


「接近戦に関しては良い線行ってると、思いますよ。接近戦では剣の振り方も大事ですけど体捌きの方がさらに大事ですからね。特に武器も役に立たない至近距離となると」


 接近戦では武器などはあまり役に立たない、せいぜい息の根を止めるための道具にすぎない。

 それに接近戦は激しく武器を扱えず、逆に激しく扱えば、大きな隙を晒す事となり負ける。

 いかにして、最小限の労力でもって相手を無力化するかだ。

 足の位置、重心の安定度、体の向きで、力の方向性、加減の大半が決まる。

 この大半の力をいかに素早く、正確に変化させることで、戦っていく。


 至近距離となるとリーチが短いナイフや拳などが活躍する。

 このとき、互いに泥と砂を塗り合う取っ組み合いなりやすい。

 その時は基本的能力勝負だから、技術は意味をなさない。

 せいぜい、相手の弱点を知っておきおさえる程度である。

 意味を為すのは相手を押さえこむか弾き飛ばせるパワーのみ。


「正直、戦いの訓練やり始めた時はそんな奥深い物と思ってもいなかったな」


 ルアザは腕を組み、感心する。

 数ヶ月前のクラウが戦い方を教えられるのを思い出す。

 正直あのころは面倒だと、やっていたが、一ヶ月ほどやっていると、普段の体の動かし方に変化があることに気付きそこから興味を持ったことを思い出す。


「体捌きは力のコントロールに繋がりますし、極めれば流れるように相手に勝つ事が可能です。ドラゴンの倒し方もいかにして力を利用するかで決まります。だから、身体的、基礎的な差は技術で埋めなさい」


「技術を基礎にしろと? なかなか難しいことを言うね」


 その体捌きの大変さは、これまでの戦いで経験してきた。

 その経験から鑑みても、難しいと予想し、これからの訓練に憂いを持つ。


「いや、パワーとかの出力と言える物も一定のラインまで基礎を固めて、技術も一定まで固めなくてはいけませんよ」


 クラウはルアザの背中を叩き、上腕二頭筋の筋肉を摘まむ。


 技術は最低限の能力があって出来る物であり、能力はあればあるほど、出来る技術も増えていく。

 能力はあって損はない。


「アハハ、……はぁ~~。きついな。勘弁してくれよ。楽する方法ない?」


 ルアザは体を反らしながら面倒くさがる


「ないですよ。基礎的能力は技術よりも効果が高いですからね。技術は所詮は可能性を増やす物ですから。特に体力はつけた方が良いですよ。本当に体力はどこでも使いますから」


 普通の一般人が筋骨隆々な大男を制するのは、花があり夢がある。

 しかし、その花を咲かせ夢を叶えるには、かなりの難易度がある。

 パワーはスピードにも繋がりが深い物であるし、相応のパワーをつけるのも体力を使うため、パワーに比例して体力もつく。

 そのため力があるものは全体的に能力が高い。


 技術も力もない人は体力で勝負するしかない。相手の体力が尽きるまで逃げ回り、難から逃れ、相手が極度に疲れきったら何かアクションを起こして勝つ。

 持久戦にもつれ込み、殴られようが蹴られようが、スキが出るまで耐え続ける精神力も必要である。

 この戦い方は体力が持つ限り、必ず勝てる方法であるが、地獄を見ることになるため、ほとんどの人は降服し、負けを認める。


「体力は大事。それはわかる。体力は精神力なも繋がるしね。本当に、楽する方法ない?」


 日常生活で体力を使う場面が多数あるから、体力の重要性はしっかりと理解している。


 体力は辛くて厳しいことを沢山やれば、やるほど体力は多くつき、辛ければ精神、心も鍛えられる。

 体力は何かしら鍛えれば、付くし、その鍛えた部分は強くなるため、体力を付けるとは誰でもできる一石二鳥である。

 だが利益があると言っても、苦しい、辛い、だるい、と良い感情は絶対にないため皆やりたがらない。

 やるとしても、自分が耐えられ、少し余裕があるほどほどの負担でやる。


「そうですね。一応楽かどうかはわかりませんが、次の手を予測する事です。相手が次何を出して来るか考え、さらに次の次の次と予測し、別のパターンを考えつけて、戦士スタートラインです」


 予測。

 つまり考えながら戦え。

 一秒で生死を分ける接近戦に、その一秒の間に多くの攻撃を可能性を考え出さなければならない。

 可能性を多く見つけ、それをいかにして処理するかと、対応策も考えなければならない。

 さらにはその対応策通り、体が動くのか?と、いう前提条件も足される。

 最低でも確実に死に繋がる動きは予測しなければならない。

 それらを含めて予測し、最終的に行動へと移す。


 それらを出来て、戦う事を職業とする、戦士と名乗れる。


「身体能力、技術に知恵と……。ちっ! 何もかも足りていないな」


 まだ体が未発達の体と技術と知恵を付けるための経験量も知識量もたりない。

 このことを、頭に浮かんだルアザはため息を吐き、遠く空を見る。


「そうだ」


 空の先には、太陽と同サイズの豆粒のような月が浮かんでいる。

 それを見つけた、ルアザは「あ」と、口を僅かに広がり楽する案を閃く。


「ねぇ、クラウ。近距離じゃなく、中距離や遠距離で戦うとしたら負担が減るんじゃない?」


「ほぉ、なぜそう思ったのです?」


「そうだね。まず危険が減る。これは大事、何よりも大事だよ。しかも負担の大部分がこの危険だからね」


 中距離、遠距離にいるだけで命を失う可能性は大幅に減る。

 これだけで、本当に余裕が出る。

 身体能力の必要性は減少し、位置か離れているため近接戦よりは全体的に俯瞰しやすくなり、そのぶん相手の動きを予測しやすくなる情報が格段に増える。

 情報が増えるということは、予想だにしていないことが起きてしまう可能性が消え、戦いの中の不安が減り、それに比例し自信も増大し、戦闘方法も攻撃側に寄るようになる。


 基本的に身体能力、技術、経験が一緒で対等な条件での戦いは攻撃側の方が有利だ。

 なぜなら、戦いの主導権を握れるため、可能性を作る側に立つこととなる。

 相手を自分の好きなように振り回すことが可能である。


「確かに危険は避けられますが、ルーはまだ、近距離でも中距離でも遠距離でも未熟者ですから変わらないと思いますよ。ですから、私の言う事に従い変わらず今と同じようにしてください」


 クラウはルアザにとって厳しい現実を突きつける。

 実際そうだった。

 ルアザの能力、実力は格下だった。

 あの時の〈迷森妖精レー・シー〉と戦って奇跡でも起きない限り決して勝てはしない。

 クラウはルアザを虐めるために、唐突に厳しい言葉をルアザに投げつけたわけではない。

 ただ単に、クラウはルアザはまだ基礎はあるが低いレベルのため、全体的に薄く甘い。

 基礎ができていなく目的とは違う方向に手を出して、どれもレベルが低く、下手な器用貧乏という状態から避けたいためだった。


「なっ!? 未熟だと!? 二年間もやってきたのに!」


 ルアザは眉間の間を狭め強烈な気を放つ視線で下からクラウを睨み付ける。

 ルアザにとってはたった二年間だがルアザの人生には大きな割合も持つ時間の長さの努力が否定されたようなものだった。

 それにどう考えても自分の距離と危険度は比例する理論は正しいはずであり、クラウもそれを認めた。

 だが、それを否定するような物言いでルアザの言う事を否定してくる。

 正しいはずなのに否定してくる、それに対してルアザは強烈な憤りの炎を爆発させていた。


「はい、まだまだですよ。体も技術も何もかも」


 ルアザの高い怒りの反応をして予想外だったクラウは内心驚き、自分の発言と言い方が少しきつく直接的に良い過ぎたなと反省する。


(ちょうどいい機会でしょう。ここで大きな壁を見せてあげますか……)


 クラウはさらにきつい言葉をルアザへと向かわせる。

 意図して挑発させるような言葉を口から出した。

 ルアザがさらに冷静さを失わせることにより自分が先ほど描いた計画に運びやすいようにするためだった。


「っ!!」


 ここにはルアザが自分立ち位置を確認し知るための比べる物がないため、今自分はどのくらいの立ち位置に立っているかわかりようがない。

 クラウはそれを利用することにした。

 決して下卑た悪意はない。

 ルアザがさらに速く大きく高く樹木のように揺れずに成長するようにするためである。


 何もないから、目標点となるものを作ったらすぐにその目標を越えようと躍起になることはなんとなく予想は幾らかできる。

 それを利用し、クラウは自分という圧倒的で唯一な目標と位置させる。


 まずはクラウはルアザに自分は弱い、とまず認めさせる。

 認めさせるために自分という大きく高く厚い壁へとぶつけさせる。

 今のルアザでは厳正な事実として決してクラウには勝てないから計画通りになることはたいして難しい事ではない。


「じゃあ、ハンデあげますから、私に勝ったらルーの思い通りやってもいいですよ」


 ハンデがクラウにあったとしても、決して負けない自信はある。

 だから、この自分が圧倒的に有利な提案をした。


「言ったな? その言葉取り消すなよ」


 ルアザも頭が怒りの熱で充満しており、クラウの提案に違和感を持たず、逆にハンデがあるなら絶対に勝てるとも思い込んでいた。


 クラウはそんな簡単なことも気づかないルアザを見て、ため息を出す。




 ◆◆◆




「ルーは魔術でも、何でも好きなように攻撃してください。私は結界しか使いませんので。そして私がルーの頭に触れることができたら私の勝ちです。ルーが結界を全て破壊できたらルーの勝ちです。いいですね?」


「いいよ。さぁ、やろうか」


 ルアザのその言葉を始まりの合図として、結果的には決まっているような勝負が始まった。

 ルアザはそんな事には気付かず目をギラギラとさせてクラウの方へと視線を集中させて離さない。


 それと同時にクラウは薄い結界を五枚張り、姿勢を一切変えないで受け身の態勢とする。


 ルアザはそれを舐められていると感じ、早速攻撃を開始し放つ。


 放たれたのは水の大激流だった。

 魔術で戦う場合というのは基本的に集中力とその集中の持続時間があればあるほど有利だ。

 そして集中力も時間がたてば衰え、切れてくるから、初めから大技を出すのは当然の戦法だ。


 激流に方向性を付ければ一種の上流付近を流れる無数の石や巨大な岩を動かし、転がし、割る事が可能な激しく勢いのある急流へと変化する。

 それがクラウのもとへと流れ襲いかかる。

 かなりの水量でありどこにも逃げ場のないクラウは結界の形を変化させながら激流より上へと跳ぶ。


「ほっ、ふっ」


 激流の上を足下に薄く広げた結界で受け止め、最も水量がある半分を粘れば、水量は減るしかなく、難なく川の激流を対処し地面へと着地する。


 そしてその着地する瞬間を狙い、ルアザが豪速球で投げてくる石を身を沈めて難なく避ける。

 そして曲げた膝に力を入れ、真っ直ぐ一直線に先程の投石と同じ速さで向かう。


 高速で向かって来るクラウをカウンターを喰らわせるように、当たる瞬間でルアザは回し蹴りを勢い良くクラウへと力を込め蹴り振る。


 だが、クラウはカウンターを見越したのか、横に蹴り振るルアザの足を下から軽く弾く。

 そうすると、蹴りの力の方向がずれる。

 そのことにより、足一本でバランスをとり、支えていた体が不安定となり、ルアザは慌ててバランスを取り戻そうと必死となる。


「隙ありですよ」


 クラウはバランスを戻すのに集中しているルアザの胸元を掴み、投げ付ける。


「カハッ」


 受け身を取れずに背中を地面に叩きつけられ体の外部から内部まで体全体に衝撃の波が走り、ルアザの視界と思考が一瞬霞む。


 そして視界が治り、クリアになった時にはルアザの頭にクラウの手が乗っていた。


「私の勝ちです」


「…………またか」


 ルアザはクラウのいつも通りの表情を見ると、己の唇を押し潰し、悔しさを感情に滲ませるが、負けた悔しさというよりも、自分の弱さと愚かさに悔しがる。

 近づかれただけで容易く隙を生み出され戦場では死亡確定の状態まで持っていかれた。

 それを理解しているルアザは先程の戦いの反省点を探せば多くの反省点が見つかる。


「悔しかったら、強くなりたいなら、弱さを認めなさい。それは弱者の強さとなります」


 自分が弱いと知らない、認めない弱者よりも、自分が弱いと知っている、認めている弱者の方が強い。

 この弱者の強さ基本であり基礎、強者になるためにはこの己の弱点をいかに忘れず、修練するときに常に意識し続けるかが、真の強者への階段を昇るための杖や足を強くさせる秘訣だ。


「わかった。さっきは怒ってごめん」


 今日は特に理由もないが、ルアザは機嫌が悪かったとは言え、悪意のある言葉を吐いてしまい申し訳なかった。


「いえいえ、こちらこそ、ルーの気に触れる事を言ってしまい悪いとおもってますよ」


 そう言い、目の上に腕を置いているルアザの手を引っ張る。

 ルアザも目を隠すのは辞めて起き上がる。


 ルアザは一歩、強さの階段に足をかけた。

 ルアザはクラウがいる位置は決しててに届く位置には居らず、それどころかその姿さ全く見えなかった。

 永遠に近い強さの長い階段をいかにして速く、昇れるか考える一部のルアザがあった。



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