第11話一人を目指して②
「どうしたのルー?」
エウレアが洗濯物を干している時にいつの日かのように意気消沈とした姿で、森から出てきたルアザがいた。
それを見たエウレアはまた同じように声をかける。
「僕が捕った獲物を横取りされたんだよ」
暗く陰のある、もう声変わりが終わったのかと思う程の低い声で質問に答える。
「えっ!? 誰に?」
エウレアはルアザが狙っていた獲物を今回で諦めたから落ち込んでいると思いきや、予想以上の出来事に唖然とする。
「〈
「どうやって?」
「こう、後ろから力づくで」
ルアザは〈
「仕方ないね。よくあることだし」
自然界で狩った獲物の横取りなど常套手段だ。
自分で狩るよりも、相手が狩った物を奪いとる方が圧倒的に労力を消費せずに、食料を得ることが可能。
狩りで疲れたあと、数を揃えて皆て囲めば、相手を逃げ出させるなどたいして難しい事ではない。
「わかってる。でもね、悔しいよ本当に」
ルアザはそれを知識として知っているが、やられた方だから、感情が納得しない。
多大な努力と労力を無に帰し、そして利益も掠め盗られて、最も苦労した側なのに手元には何の成果も存在しないのだ。
これで納得しろと言われて納得できるはずがない。
だが、その鬱憤をどこかに当てても現実は何一つも変わらない。
それを理解しているルアザはその感情を妥協させる。
それがこういう理不尽な時の対処法としている。
「切り替えていこう。そういう方法があるとルーも頭に入れておけばいいの」
「それだ!! …………いや、やっぱ無理だな」
母親の言う通り、ルアザは自分も適当な相手から横取りすれば良いんだと、〈
なによりも、肉が腐ってる可能性の方が高そうだからやめた。
見た目と匂いを想像するだけで目を反らし、吐き気が体内から沸き上がってくる。
人としての誇りがルアザにはあるのだ。
「あ、クラウお、…………帰り」
おぞましい景色を脳内で見ていたルアザは自分と同じように狩りに出掛けているクラウが森から出てきたことに気づく。
しかし、クラウの手に持っていたのは見覚えのある茶色の羽毛に覆われた鳥だった。
その鳥を見たルアザはお帰りの『お』の口の形で表情が固まり、次の声がしばらく出なかった。
「ねぇ、クラウ。その鳥はどこで見つけたの?」
「さっき、「〈
〈
特定の「〈
草や花だったら〈
さらに細かくなるとその特定の植物の名前がつく。
楓の木なら〈
「うん、それで」
「その、〈
クラウは笑いながらに自慢気に話す。
「……なるほど」
その自慢話を聞いたルアザはほとんど確信していたが、今完全に確信する。
(僕の鳥…………)
心の中の自分が泣きながら、クラウが持っている元自分の獲物に手を伸ばしていた。
現実の自分も手を伸ばしそうだった。
「どうしました?」
クラウはどこかいつもと違う反応を見せるルアザに疑問を持つ。
「いや、何もないよ。いやー、良かったよ。僕何て何も取れてないからさ。やっぱりすごいねクラウは。アハハハハハ」
ルアザはどこか乾いた笑い声でクラウを褒めちぎる。
ルアザは最終的には目的の獲物を得ることに成功したのだから、良いじゃないかと、感情の色を染め直す。
だが、染め直した感情は薄い青が混じっていた。
それを後ろから優しい目付きで見守っていたエウレアはルアザの意を汲み取って、クラウに真実を告げないようしてあげようとした。
最初はルアザの反応を見て、行先をハラハラとしながら見ていたが、話は終わりルアザがこの結果で良いならそれに沿うことにした。
◆◆◆
次の日となり、ルアザは昨日あのような目にあったのに負けじと今日も森の中へと入る。
そして、先程発見した獣道の上にルアザは立っている。
少し離れたところから見れば何の変哲もなく違いはわからない道だが、ルアザは一ヶ月少し、獣道と予測される道を毎日探ししていれば、自ずと何が通った道だとわかるようになる。
「これは鹿かな?」
鹿もしくはそれに類ずる生物の足跡を見つける。
枯れ葉などで一部、跡が残っていないから断定はできない。
「何か毛とか鱗とか落ちてないかな?」
足跡以外にも生物の痕跡を探そうと地面や周りの木や茂みを目を凝らして探す。
「これは…………いや、違うか。ただの虫の死骸の何かか」
虫の死骸やら、まぎわらしい物はあるが、獲物を探す要素となりえる物は確認できない。
ルアザはそこから離れ、足跡から予測される行動した方向へ体を向け、その方向に合わせ静かに歩いていく。
そして、しばらく歩いても全く成果がないため、魔術を使い、近い時間にできた確かな痕跡を知ることにした。
直接獲物を見つけだすのは不可だが、痕跡を知るためなど間接的に使えば使用は可能だ。
「───同胞の欠片を現の彩りを染めあげよ」
精霊魔術を使い探す。
ちなみに、精霊や妖精などの視点では人も動物も差はなく平等で同じ存在だと認識されている。
だが、人を含めた知的生命体は知性は高度なコミュニケーションを取ることが可能なために力を貸してもらえる。
その証拠に人はそれらを奉る行事と儀式がある。
この森しかない場所でもルアザ、エウレア、クラウというたった三人でも祭りは一応やっているのだ。
だから、森の精霊や妖精の力を貸してもらえる。
「…………あれ? 発動しないな?」
ルアザは精霊魔術を使かったが、現実に効果は現れなかった。
「最近頼りすぎたかもな」
ルアザはこの一ヶ月そこそこの頻度と数で精霊魔術を使っていた。
そのため精霊は疲れて自分に力を貸してくれないのかもしれないと予見する。
「仕方ない、地道に探すか」
できないものはできないとルアザは納得しすぐに判断する。
魔術を使えば狩りはだいぶ楽になるが、魔術を使えなくなる場合も想定して、ちょうど良い機会だと切り替える。
そして今日も狩りに励む。
一度も狩り終わったことはないが。
◆◆◆
そして半月程たつ。
その半月の中で、とうとう努力の成果がやって来た。
長い時間をかけた努力の果実が、生きた動物となって実がなる。
ルアザの目の前には矢が体を貫いている頭部や腹部などに鱗の生えている鹿である。
地面にはこの鹿の血でできた黒が入り交じる紅の線がひかれていた。
その線の長さと色を見るかぎり、大量の血を時間をかけて流した事は察しられる。
その量の血と鹿の活力は反比例している。
鹿は立つ事さえ難しくなっており、瞳に生気はかすれており、瞳孔を動かす力もなかった。
ただただ、狩人に命を奪われることを待つしかなかった。
ルアザは無言で鹿に止めを刺す。
鹿の瞳はなにを見たのか、止めを刺す瞬間、瞳を雲が浮かぶ青空へと向けた。
「申し訳ないことをしたな。長い苦しみを与えてしまった」
ルアザが放った矢は相手を貫いたが、一矢でしとめることはできなかった。
それ故に相手は逃げ出してしまった。
しかし追うのは困難な事ではない。
森の中で様々な面で目立つ血を流していたから。
そしてその血を辿れば歩いてでも勝手に獲物の居場所のもとへと辿り着く。
そして先程命を頂いた。
「まぁ、これで試験はクリアだ。約二ヶ月。今日で終わりだ……」
狩ったあとの処理をしながら、これまでの苦労を思い出す。
何も抵抗できずに獲物を盗られたり。
自分で作って、仕掛けた罠に自分がひっかかるという不様過ぎて、感情の波が干からびたり。
油断していたせいか獲物に反撃され最後の最後で逃してしまったりと、何度、辛酸を舐めたり、自分を嫌いになったか。
だが、ルアザは感慨深くなっていると同時に周りに視線や耳を向けて警戒していた。
狩りとは獲物を仕留めて終わりではない、家に帰るまでが狩りというものだ。
何よりルアザは人を丸飲みできそうな大蛇がやってきても、立ち向かい、打ち倒す気持ちで周りを警戒している。
特に今回は絶対に失敗は原因が何であろうとも許されてない。
(ちっ、来たか。運悪すぎる!! 匂いで追ってきたのだろう。人間の自分でも血の匂いを感じ取れたから、動物には色がつくほどの匂いなんだろうな)
ルアザの警戒範囲に一つの反応があった。
その方向を魔術で大きさ、色、形を探ると、熊ではないかと、予想される。
こちらに徐々にゆっくりとだが、その足と目先はこちらを向いており、迷いはないと判る。
ルアザはその熊に大声で罵詈雑言という文句を言い放ちたかった。
しかし、そんなことしても意味がなく、こちらが不利になる事は理解できる理性がある。
それに今のルアザは気分が良い。
あと一歩で目標を達成できるのだから。
気分が非常に高揚している。
だが、油断は一欠片もしていない。
熊の大きさは推測だが、自分を二人並べるくらいだ。
ルアザが正面に立ち見れば、熊の影でルアザを黒く染めるだろう。
だが、ルアザが考えているのは熊を逃がさせるつもりだった。
こちらの方が決して敵わない程強いと見せる。
今のルアザの実力なら熊と戦えば、勝利する可能性は大だが、戦うとなれば自然が舞台の何でもありがルールとなるの殺し合いをしなくてはならない。
当然殺し合いなどお断りのルアザは脅しという手段に手を出す。
そしてとある魔術の術式を組み、あとは行動に移すのみだ。
その場から立ち上がり、大きく息を吸う。
「ワアアァァァアァァァァァアァァ!!」
地を震わせる爆発のような莫大な音量が全てを巻き込む土砂崩れ如く熊へ放たれる。
周辺の鳥はあまりの音量に迷いなど一切なく飛び立ち、翼を虫のように視界にはっきり捉えきれないスピードで上下させ飛び去る。
使った魔術は拡声の魔術。
それと、結界を周りに張った。
ルアザが出す声を何十倍、何百倍へと変える事が可能な魔術。
大きな音は武器となる。
相手を怯ませたりして、相手に隙を生み出す事が可能であり、怯まなくとも思考に本能的一瞬の隙間が生まれる。
ルアザは熊がこの大音量で怯み、こちらの方が強いと、認識させる。
ただし、この拡声の魔術を使う場合は必ず体を何かしらで保護すること。
まず、絶対に耳を保護すること。
なぜなら相手を怯ませる音量はかなり自分にも衝撃は来る。
そしてその衝撃が耳の中の鼓膜を破り、そうなれば、聴覚を失い、使用者の音の世界は消えてこれからの生活に影響が大きすぎて壊れてしまうからだ。
それに加え、音が衝撃と言っても良い音量の場合、体にもその衝撃は走る。
それにこの衝撃は外傷などはあまり付けないが、体の中には激しい衝撃が通るため、内臓が酷烈な状態になる可能性がある。
だから、強力な効果を生み出す魔術程、危険で使用者に一番被害が降りかかるため、保護を司る結界の魔術は絶対に必要である。
逆に言えば、結界魔術を使えない者は魔術を使う権利はないのだ。
「あぁぁー。フゥーーーー~。どうだ?」
ルアザは熊に向ける目を先程の注意するような目ではなく、敵と判断している強い眼差しを向けていた。
熊は爆音に毛でできた黒い塊となり、うずくまって怯み、眼球を周囲に激しく動かしていた。
その激しさは混乱の度合いを表しているのか、
それとも冷静に周りを観察しているのか。
答えは前者。
なぜなら、本当に冷静なら一目散に逃げている脅しだったはずだからだ。
熊は冷静ではない。
食欲に熊の行動は支配されていた。
熊の行動を普段は逃げるはずの力を見せつけられ足を後ろへと下げない勇気と呼ぶべきか、ただ食べたいという絶対的な欲求に従った本能と言うべきか。
「自分は自然界じゃ、弱いらしいな」
ルアザはその逃げ出さない熊を見て、自分の弱さに驚愕する。
実際は弱くはない。
十分強いが、相手が欲望を優先しすぎて危険感知が鈍っているからだ。
「グウォオウォォォォォォ!!!」
熊はルアザを狙いに定めると強靭な牙を見せつけるように雄叫びを上げ、生えている茂みや草花を踏み潰し、吹き飛ばしながら襲いかかってくる。
「舐めるなよ!! 」
ルアザも熊の雄叫びに負けじと気合いを入れ直し、熊と立ち向かう。
まさにその瞬間の光景は絶対的な強者に立ち向かう弱者という図だった。
◆◆◆
勝負の結果は普通にルアザが勝った。
いや、戦いにもなっていないかった。
ルアザは熊を見つけた時にあらかじめ落とし穴を作るため、自分と熊の間の地中に大きな空洞を何個か作っていた。
その一つに足を置いた熊はそのまま落とし穴に落ちて、落ちた瞬間をルアザが止めを刺した。
「……獲物が二つに増えたと思えばラッキーな出来事なのかな」
ルアザは顔が大岩で潰れた熊を見下ろしていた。
ルアザの顔は特に悲しむわけでもなく、怒りでもなくいつもの表情を浮かべていた。
強者とはルアザであり、弱者は当然、熊のことである。
ただの熊はこの魔術のある世界では弱い、披捕食者という立場だ。
「でも、これを運ぶのは一人では大変だな。クラウを呼ぼう」
そう言い、手を空へと向け赤い火の槍を生み出し発射される。
火の槍は何の障害もない上空へとたどり着いたら大きな音をたてて爆発する。
ルアザの方に僅かな爆風が吹いて、軽く髪を舞わせる。
◆◆◆
「試験は合格です。おめでとう」
「おめでとう、ルー。長い間よく頑張ったね」
「辛いときもあったけど、正直暇潰しになったから、楽しかったかな」
「他に感想などは?」
「そうだね。強さというのは、知識とか技術に勝らないというのがよくわかったよ」
ルアザは今回の試験であらゆる物を学びとった。
その学びの中には戦いに基礎的な身体能力についてはたいして役に立たないものだと。
基礎的な身体能力は動物相手じゃ敵わない。
身体能力は人間を相手にしたときだけ有効だ。
つまり対等な条件では重要ということだ。
「必要なのは、どこにでもいける高い機動力と戦闘力。決して疲れない持久力だよ。仕上げにどんな時も冷静に正しい判断と行動があれば完璧だね」
最低限の身体能力とは高い崖を登れ、どんな細い道も走れる程の身体能力だ。
実際、ルアザは自分じゃ行けないところに行ってしまった時もあったため、悔しい思いをした。
持久力は当然、体力のことだ。
相手をずっと追い続けられる、もしくは逃げ続けられる膨大な体力。
人はその体力をうりにした、しつこさが最大の武器だ。
見つけて、殺るまで決して逃がさない。
だから、今日まで敵という敵を己の生存圏から排除し、抹殺し、人類は発展し続けられている。
正しい判断と行動は突発的事態に対応するためである。
ルアザが求めていた強さというのは、どんな時でも完璧にいつも通りの動きができるということだ。
ルアザは前までは力さえあれば、どんな物も対処可能だと思ったが、その力とやらは意外と隙間だらけだということに気づいた。
それによく考えてみれば、現実的にその力を得て保ち続けるのは非常に困難であるということにも気づく。
だから、別の方法を考えた結界が正しい判断と行動だった。
「自然は良い師になったようで、良かったです」
「まだまだ、学ぶことは多くあるさ。全てが興味深い物だったね」
ルアザの愛する美しい世界にまた一つ色が塗られる。
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