第5話魔術とは

 ルアザ、エウレア、クラウの三人で共に食事をとっている時、ルアザは一つあることを思い出す。


 ルアザはスプーンを動かすのを止め、少し集中したあと、握っていた手を開くと子供サイズの小さい手の上に水の玉が浮かんでいた。

 その水の玉は歪んでいるが、周りの景色を写しながらしっかりとルアザの手の上に存在していた。


「これなに?」「「ブゥゥ!」」


 ルアザが、突如スプーンを動かすのを止めたと思ったら、教えてもいない魔術を使ったことに、思わず口に入れていたスープを吹き出してしまう。

 エウレアとクラウは咳を抑えて、口元を拭い宙に浮かぶ水を本当かどうか調べるかのような凄烈な目で見開き、見つめる。


 それほどルアザのやったことは凄まじいことだった。


 三人ともスプーンを動かすのを止めてしばらくの時がたち、まずルアザが口を開く。


「母さんが毎朝使ってるから憶えたけど、その使っているこの力?技?はなんなの?」


 料理、飲み水、洗濯と水を出す機会は朝だけではなく多くある。

 母親やクラウは多くの水の魔術を行使し、その数だけルアザは見てきた。

 子供というものは大人がやっていることを真似をしたくなる生き物だ。

 自分には到底できなさそうな物をいとを簡単にやってのける。

 それに妬みなど一欠片もない憧れの瞳を持ち、それを目指そうとし、まずは真似をし始める。

 だが、実際にそれを真似して実行できるかというのは別問題だ。

 目指すと実行は違うからだ。

 結論から言えば非常に困難である。


 それが、出来てしまった。

 真似をして実行できてしまった。

 見ただけで。

 人は何も教えてもらえずに見ただけで何かを習得するのにどれだけ大変か。

 たった一言、言えば解決する問題も教えてなければ、多くの時間をかけてそれを学習しなければならない。

『見て盗む』この言葉にロマンを多く感じるが、無駄が多大で非常に非効率と断言できる学習方法だろう。

 才能があることを前提としており、才能を潰すことが目的のような学習方法である。


「………………あーうん。それは魔術という技だよ」


 エウレアとクラウは停止していた頭の原動機をかけ直し、とりあえずルアザの質問に答える。


「………………ルー、それはどんな感じで覚えましたか?」


「そうだね。……魔術?を使っている時にその周りの何かが集まっているのを感じんたんだよ。で、驚くことにその何かは自分の思った通りに動くから、その魔術を使う動きと同じ動きをしてみたら水が出た」


「じゃあ、ルーこれやってみて」


 エウレアの指先の周りの何かが指先を中心にし渦を巻いているのを感じたルアザは母親と同じように渦を巻いて見せる。

 そうすると、エウレアとクラウは目を合わせて頷く。


「すごいじゃないルー! 才能があるわね。それもとびっきりな」


「いやはや、ルーがこんなに才能があるとは思いもしなかったですよ。まぁ、とにかくルーはすごいですね」


「いや、お母さんは産まれた時からわかっていたわ。この子はすごい子になると」


 二人がなぜかすごく褒めちぎって絶賛してくるから少々困惑の表情を浮かべる。

 ルアザにとってはそこまで難しい事ではないから、そんなに褒める理由は見つからないのだ。

 それでも満面な笑顔で称賛してくる。

 褒められて嫌な気分にならないため、とりあえず口端を上げて、嬉しそうな顔をしておく。


「アハハ……、ありがとう。そんなに誉めるとなんか照れるな」


(ルーの体質的に魔術的素養が高いとは聞いたこはあったけな。でも、こうも簡単に魔術を使うとなると、正しければ知識と技術が必要ね)


「ねぇ、ルー。魔術の凄さを見てみたいかな?」


 ルアザ唐突にそんな事を聞く母親に一瞬戸惑うが、魔術というものを詳しく知らない。

 凄みを放ちながら言う母親にルアザは少し疑問を持つが、今はそんなどうでも良さそうな事よりも母親が期待させるような言い方で言ってくるから、その興味深い誘いに乗ることにする。


「うん、見てみたい」


「じゃあ、食事が終わったら見せてあげるね」


 ルアザは心を早速にワクワクさせて、再びスプーンを動かし始める。

 その興奮度に合わせるようにスープを掬う速度も速く、加速していく。

 ルアザは心を踊らせながら、母親はなにを魅せてくれるのか待ち望む。



 ◆◆◆




 食事が終わり、少し昼休憩したあとに家の外の草原で魔術がどういった物なのかルアザに教えようとしている。


「じゃあルー見ててね」


 安全のために少し離れた場所で座ってみているルアザに合図をしルアザも笑いながら手を振る。


 そしてエウレアは一息つき集中して真剣な表情へと変わる。

 すると周囲の地面から何本かの大木のような太さの水柱が渦巻き、青い空を写しながら天へと、うねり昇る水が噴き出た。 


「おぉ……」


 ルアザは母親の周りに何か集まってるなと思ったら泉の水が湧き出すように生まれた水柱に素直に感銘を受ける。

 そしてその水柱がまた何かに力を加えられるのを感じ、その方向に視線を向けると、驚くべきものが悠々と佇んでいた。


 力を加えられる前に戻る。

 水は太陽と同じ位置に巨大な水球になろうと、集まり始める。

 全ての水が集まり終わると、そこには青い水ではなく、太陽の光で染められた白く歪みながら光を放つ、手が届きそうなもうひとつの太陽が作られた。

 日光も本物の太陽のように強烈ではなく脈動するかのような水の歪みにより中に閉じ込められている。

 時折、光が漏れだことで、幻想的な雰囲気が波立ち、光の波動を地面へと向けていた。


 そしてエウレアが指を鳴らすと、爆散し、煌めく雨が降り注ぐ。

 七つの色彩を持つ架け橋が奥行きがある立体的にその空間が塗られる。

 その空間はまるで、神が無知で無力な哀れな人類に豊作を確約するような祝福に満ちた光の煌めく空間だった。


 それに感動していたルアザは何か巨大な力の動きを感知しその方向を探ると、上空に災害級の巨大な力が蠢いていた。

 上を見るとほんの僅かだが、浮かんでいる白い雲が不自然に歪んでいるように見え、それを確かめるために目を細くする。

 そして空を観察すると同時にその謎の力を感知していると、徐々に地上へと力が繋がっていることに気づく。


 その繋がりをつたっていくと隣で悠然と静かに立っているクラウに辿り着く。

 そしてルアザがクラウに上空にある巨大な力の正体を聞こうと口を開いた時、突如ルアザの隣にいたクラウは空へと手を伸ばすと、その漠然とした迫力のある手を地面に向かい力を込めて振りかぶる。


 すると煌めきの雨は真っ直ぐに地面へと向かい落ちるのではなく、角度と鋭さを付けて斜めへと落ち始める。


 上空を見れば渦巻いた空気が重力に従い降ってきて雨を吸収しながらも巻き散らすように荒々しい空気があった。


 上を見上げると周りの風と空気は降ってくる竜巻に支配される。

 その証拠に騒がしく轟々とした音を鳴り響かせ、猛烈な高速回転により風を吹き荒らす。


 それに対してエウレアは空中に浮かぶ巨大な水の壁を生み出す。

 そして落ちる竜巻は守る水壁へと衝突する。

 爆音と衝撃が発生し、竜巻の回転により先程の優しい雨とは違い、暴力的で豪快な水しぶきが四方八方へと飛び散る。


「ぶべっ!」


 ルアザも体全体にその水しぶきに当たりびしょびしょになり、水をし垂らせる。

 服は白い肌に張り付き、白い髪も水の重さにより潰れて頭が全体的に縮んだ気がする。


 ルアザは横のクラウと向こうの母親に目をやると水の一滴も濡れておらず、疑問に思う。

 結構派手な形で大量に飛び散ったはずなのに、なぜ濡れてないのかと。


 そう思い考察していると、あることを思い出す。

 水が顔にも当たり、視界が遮られたが、二人の前に何か薄い力の固まりが展開されていたことを。

 地面やそこに生えている草も展開されている場所より後ろは濡れても水もしたっておらず、いつも通り少し湿って潤おんでいる。


 それから鑑みるとこの薄い固まりが障壁となり飛び散る水から濡れるのを守ったのではないかと結論がつく。


 でもルアザ切実にこう思った。

 自分も守って欲しかった。

 そのくらいの威力と規模の魔術を作れるなら、自分の前にも広く展開して欲しかった。

 濡れてしんなりとしているせいか、どこか呆れたような顔をしながら。

 でも目の奥は星形を作っておりキラキラとしていた。


「まぁ、こんな感じです」


 エウレアとクラウはルアザの方を向き、自慢話を語る時のような雰囲気を持ちながら鼻高々にしている。

 だが、大人の尊厳という名の肥大化したプライドを持っている。

 その大人の尊厳上、口には決して言わないが、ルアザの輝く目と眩しい笑顔で褒めてほしいのだ。

 大人になると悲しいことに褒められることは少なくなる。

 やって当然、出来て当然、厳しく虚しい世界だ。


「使い方を教えて欲しいんだけど」


 ルアザの口から出た言葉は称賛ではなく教示を求める言葉だった。

 もちろんルアザは称賛と絶賛の気持ちもあるが、自分も使ってみたい、という気持ちの方が強いため、自分の欲求を素直に要求した。

 これにはエウレアとクラウは目を見開き、想定外の答えに驚く。


「他には?」


 この時のエウレアとクラウと内心は何か褒めて欲しかった。


「…………母さんが言う通り凄かったよ。で、教えてくれるの?」


 ルアザのあまり称賛の感情を込められていなかった短い一言だったが、二人はその一言に満足した。


「もちろん、そのために見せたからね」


 元々、なぜこのような華々しく、派手なパフォーマンスをしたのか言うとルアザに魔術というものを大まかに知って貰うこと。

 それに加えて魔術がどれだけ素晴らしく、あらゆる物に貢献しているのかとその魔術の高い危険性を知って分かって貰いたかった。


 先程の常に術式を細かく調整された繊細さと美しさが含まれた水の魔術とわかりやすくシンプルな術式で作られた荒々しさと豪快さが含まれる風の魔術を行使した。


 前者の水の魔術は上手く使えば美しく、見栄えの良い一種の芸術作品というべきものを想像通りの物を作れるが、後者は間違えて人に向けた場合、肉片が飛び散り周りを真っ赤にさせ、屍も残らない大惨事になることを伝えたかった。


「ふーん、なるほどね」


 それをルアザは言葉じゃなくて何か精神的な心で理解する。


「ねぇ、ルー。何で魔術は『魔』の術と表すのかな?」


 エウレアはニコニコと笑みを浮かべながらそうルアザに問題を出す。

 その笑みは間違えたら何か嫌な事が起きそうな何か迫力が含まれた笑みを浮かべていた。

 その迫力を感じ取ったルアザはこちらも無言の迫力のある笑みを対抗するかのように思わずぶつけてしまう。


「それは、危ないから。たぶん」


 ルアザは上の方の空間を見上げ、少し不安気になりながら言う。


 先程の魔術の威力を思い出すと、水の魔術もある程度勢いがある。

 その勢いだけで、地面を水という極めて柔らかい物質だけで深く削り取れると考えた。

 それに加えて風の魔術も明らかな災害とも言うべき物だから、どちらも共通する点としては物理的な威力が非常に高い。

 そのため、間違えれば文字通り一溜りもなくなくるから危ないと求められる。


「正解。そう魔術の『魔』は危険とかどこか怖い物を指す言葉ね。だから魔術を意味通りに翻訳すると、非常に危険なため取扱注意の技術、ということになるからちゃんと覚えてね」


 エウレアとクラウは迫力のある笑みに迫力が消え、どこか安心感のある笑みへと変化する。

 変わると同時にルアザも大人しくする。


 魔術とは危険な技術だという意味合いがある。

 ただ世の中危険な物程、利用価値が異様に高い。

 それは魔術も同じであり、安全性をかなり重視している技術である。


「ちなみに東方の方では魔術を霊術と言うらしいですけどね」


 クラウが一つ注釈をつける。

『霊』とは神聖で尊いという意味合いがある。

 魔術も霊術も仕組みは同じだが、大事にするという一面は同じ言葉でも意味が違ってくる。

 文化の違いがここに現れる。


「とりあえず魔術といのはどんな物かわかった?」


「うん、わかった。とりあえず気をつけて使えば良いんでしょ」


「その通り。じゃあ明日から魔術について教えるからね」


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