第3話帰れない②

「ちっ! どこだ! どこにいる!? 姿を見せろ!!」


 見たものを刺せるような鋭く、視野全体が活性化し、視力が一時期に良くなりそうな怒気を含んだ目をしていた。


 一言で言い表すならば殺気に満ちた目だった。

 そんな殺意しかない目で狙われる〈迷森妖精(レー・シー)〉も姿を見せろと言われて素直に出ていく程バカではなく、深い森と一体化しながらいかにしてルアザを拐うか考える。


 〈迷森妖精(レー・シー)〉とは、主に森や林などの生命豊かな自然のあるところを、主な生息地としている妖精(シー)である。

 人間にとっては有害と言える存在である。

 軽い場合はイタズラレベルだが、最悪、誘拐され糧にされるかもしれないし、遊び道具としてボロボロにされるかもしれない。

 どちらにせよ、迷惑なため、忌避されている。

 その事から、山や森林に近いところに住んでいる村や町は子供に大人は森の奥に行かないように口をすっぱくして、子供に言い聞かせ、教育する。


 植物が生い茂る深い森の中を歩いているとき後ろから何か気配を感じたら、それは〈迷森妖精(レー・シー)〉かもしれない。

 そしてその気配を追い振り向いても、高速で移動し視界内から姿を消す。

 高速移動以外にも体を樹木のように大きくなれ、木葉のように小さくなれる能力がある。

 それに加えて、方向認知能力を落として、森の中を迷わす能力を持っているため、非常に厄介な妖精(シー)である。


 そんな便利な能力を持っているこの〈迷森妖精(レー・シー)〉は標的を拐うことにしている。

 今は警戒されているから、しばらく時間がたち、警戒心が緩むまで待つ。


 内心では正直〈迷森妖精(レー・シー)〉は舐めていた。

 なぜなら先程あの慌てて逃げた様子から、少し怖がらせれば、見てて滑稽な面白い反応をしてくれる、と推測しているからだ。


 ──あんな必死になっちゃって、本当笑える。うん、そうだな。おもちゃにしよう。今は先程と反対の雰囲気だけど、まぁ、いいだろう。こんなに様子が急激に変わるなんておもちゃにぴったりだ。……うん、そうしよう、そうしよう。あ、でもその前にもう少し遊ぼう。


 要約すればこんな事を思っている〈迷森妖精(レー・シー)〉はついに動き出す。

 最初と同じく狩人と獲物と同様な関係を作り出し持っていく。


 あの、溺れた動物が決して陸へと届きそうもなく、無駄だと理解しつつも、必死になってもがくように逃げた様子は笑い物だから楽しませてもらう、つもりであった。


 妖精(シー)にとっては善とか悪とか関係ない。

 前提などそもそも存在しなく、そんな二元的な概念もない。

 あえて言うならば、ほぼ無限の数であり無限に変化する都合の良い多元的概念が前提概念だ。

 楽しければ良い、何か利益さえ出れば良い、とにかく己の快楽を満たす物ならなんでも良いのだ。


 〈迷森妖精(レー・シー)〉は妖精(シー)内では位が低い方である。

 そのため、知能的な物は低いため〈迷森妖精(レー・シー)〉は自然界では動物よりの妖精(シー)である。

 ただし、そこらの猿よりは知能はあるため全然油断できない。


 おもちゃ(ルアザ)の後ろへと一瞬で移動する。

 それに加え、先程よりも恐怖心を煽るようにもっと大きく体のサイズを変化させる。

 〈迷森妖精(レー・シー)〉は叫んでやりたくなるが、それを必死に押し込み目を見開き期待する。

 おもちゃ(ルアザ)がどんな反応をするか、どんな愉快な顔と行動をするかと、今か今と待ちわびる。


 ルアザはまず気付く、自分の影を塗り潰す巨大な影に。

 次に悟る、自分の後ろにはこの影を作り出す巨大な〈迷森妖精(レー・シー)〉がいると。

 最後に振り返る、夢だと願いながら、ゆっくりと臆しながら。


 視界の隅に入って姿を一瞬確認した瞬間、すぐさま走り出す。


「!?(サイズ大きすぎるだろ)」


 ルアザが見えた物は周りの木と同等のサイズをした〈迷森妖精(レー・シー)〉だった。

 最初から化物に見えた妖精だったが、次は本当に化物へと変化し、ある意味不気味という感覚は無くなった。

 そのぶん恐怖はまた新しく積み立てられていく。

 しっかりとルアザは〈迷森妖精(レー・シー)〉を〈迷森化物(レー・シー)〉と認識した証拠である。


「なっ!」


 ルアザの目の前にはいつの間にか〈迷森妖精(レー・シー)〉が立っていた。

 自分が振り返る短い間でだ。

 確かに、自分が振り返る瞬間微かに空気が動いた気がした。

 先程、灰のように消えかけた不気味さが、良く燃える枯れ木が追加されたかのように復活した。


 やっていたことは〈迷森妖精(レー・シー)〉の高速移動で逃げ出すルアザを回り込み逃げれなくさせていただけだ。


 またルアザは逃げるを選択するが、先に回り込まれて逃げられない。


 それを何回も繰り返す。


 そしてとうとうルアザも体力が切れ始める。

 それを見た〈迷森妖精(レー・シー)〉は遊びに飽きたのからそれともおもちゃが壊れ始めたからなのか、ついに連れ去ることにする。


 ルアザの足を老人のような細い手で掴み、持ち上げる。


「のわぁ! は、離せ! 今すぐ手を離せ、化物め!」


 引っ張られる時のルアザは必死になって、生えている草を握るが、草の繊維が切れる音を鳴らす。

 切れなくてとも、草が土からもげて希望が飛び散るかのように土が散る。

 残った少量の土が付着した草が虚しく拳を握りしめている。

 その草を払い捨て、何度も草を土を掴むが、同じ結果が残り続け、荒い線が地面に刻まれる。


 頭を下に足を上にと、逆さまの状態になりながらも、相手を叩く、引っ張る、暴れるなどをするが、子供の矮小な腕力では無意味な抵抗だ。

 髪がただ激しく舞い、余計に体力を使い疲れるだけだった。


 少し前までの恐怖が思い出される。

 あの脳内が混沌と化す、あの恐ろしさを。


 ルアザは怒りなど忘れ、怯えへと変化し、自分はこれからどうなるのかと、未来への強烈な不安が思考を侵食し始める。


 悲哀の涙が涙腺から作り出される。

 まだ幼児、児童と言える年の年代のルアザはよく耐えた方だと言えるだろう。

 そして今まで我慢して耐えてきた暗く、暴れそうで不安な感情が爆発する。


 まさに決壊、涙の濁流がその中に眠る思いが、全て流れ落ちる。

 まつ毛や眉毛、前髪を濡らしていく。


「お母さん! クラウ! 助けて!」


 決壊した先に残ったのは母親とクラウの顔が残っていた。

 それを見たルアザは泣き叫び、涙をさらに多く流し、助けを懸命に呼び続ける。

 周囲の音をルアザの泣き声でのみこみ、完全に支配するほどの大音量で泣き叫ぶ。


 〈迷森妖精(レー・シー)〉もその反応を面白がる。

 静かな森の中にいると、こういう暴力的な音は滅多にみかけない。


 いつだっただろうか、昔、何かの動物と遊んでいたら、甲高い音を響かせながら、鳴いて?いたっけなと、思い出す。

 それを何回もやって学んだことは、痛めつければ大声で鳴くことを学習した。


 最初はただ耳障りでうるさかったが、たまにやると楽しい。

 そして今回は声も行動も少し違うから期待できる。


 そんな事を想像しながら歩いて行く〈迷森妖精(レー・シー)〉は完全に油断していた。

 勝負にもならない実力差に油断も何もないが。

 実力差が大きく離れた相手と相対したこともないし、したくもない。


 で、突然だが、今その実力差が大きく離れた相手と出くわした。

 クラウ・ソラスという武力、知力と上回る強者に。

 彼はルアザの死をも厭わない絶対的な庇護者。

 そして対価が無くとも際限なく力を与える保護者。


 しかも、その強者の腕の中には自分が捕まえたおもちゃが存在している。

 ん?というか、なぜ自分の視界はこんなにも下がっているのだろうか?


 自分の足がなぜ見える?


 〈迷森妖精(レー・シー)〉は突然の出来事に理解しきれなくとも視界の中は枝のように伸びる葉脈を持つ葉が見えたはずなのに、今は地表を覆う苔と草の中に埋もれていた。

 突如たる出来事に戸惑い、思考を回しても結果が出なかった。


 〈迷森妖精(レー・シー)〉は首を斬り落とされた。

 クラウの持つ剣によって。

 気づかぬまま、振るわれ、鋭い刃により一瞬にして。


 そしてクラウは手の中に青く高熱な光を生み出し〈迷森妖精(レー・シー)〉へと向ける。


 光が空気を壊すような音を響かせながら目にそれが認識した瞬間、自分よりも実力差がある存在により滅される。


 〈迷森妖精(レー・シー)〉にとって実力も何もかもが理不尽だが、自然界で生きている以上こういう虫けら如く潰されるのはよくあることだろう。


 ルアザは自分が死ぬほど苦労した相手がクラウによって一瞬にして撃退されたことに驚く。


「く、クラウ!」


「ルー、怪我とかはないですか!?」


 ルアザの肩を掴みルアザの身に何か異常がないか必死になって探し、我が身のように心配する。


「あ、うん。たぶんない」


 クラウのいつも穏やかな雰囲気から真逆な慌てた様子を見せた様子から驚きを隠せない様子で返事をする。


「あぁ、良かった。いつまで経っても帰って来なかったから本当に気が気でなかったですよ」


「う、うん。心配させてごめん」


 クラウの仰々しい反応に申し訳ない気持ちがこぼれる。


「母君殿も顔が青くなるほど心配していましたよ。あ、それと同時に怒ってましたよ。顔を赤くさせながら」


 ルアザは青いのか赤いのかどっちだよ、と思いながらも最愛の母親にも迷惑をかけてしまったことは本当に悪いことしたなと思う。

 表情もどこか暗かった。


「……怒られるのは嫌だなぁ。でも謝らないと」


「おとなしく怒られると良いでしょう。まぁ、危ないところでした。さあ、家に帰りましょう」


「うん」


 クラウはルアザと手を繋ぎ、ルアザを安心させるように笑顔で家へと帰って行く。

 ルアザもそのいつもよクラウの表情を見て、やっと恐怖の呪縛から解放され、恐れの重りが外れ、体が軽く感じる。

 心拍数も元に戻り、温度も常温へと戻る。


 ルアザの始めての冒険は大人も裸足で逃げ出すトラウマ物だったが、人生で最も美しい景色を見、夢を人生の明確な目標を持った。


 目標を持てば、飽きっぽい子供もつまんない地道な努力や勉強し続けやすい。

 その長く努力してきた結果、長年修正し続けた隙のない力を身につけることが可能となる。

 目標や夢を持つことは少年期にとって、非常にためになることである。


(妖精(シー)はどうやってここに来たのだろうか? いや、妖精(シー)はどこにでもいるから不思議ではないか? とりあえず結界を張りますか)


 クラウは妖精(シー)について考えるが、クラウの知識内では妖精(シー)についてまだ不確定でまだわからない事だらけのため、とりあえず今できることをする。

 エウレアとルアザを守るのは自分の任務だからだ。

 今できることは全力で確実に。

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