第2話帰れない①
身を翻して元の道を戻っているルアザは苔や茸などが生え、木漏れ日が漏れる森の中を歩いている。
気候上、この森には数十メートルする高い樹木はないが、子供にとってはよじ登るのも一苦労する、十分な高さの樹木が代わりに多く生えている。
そのため、ルアザにとっては光をさえぎり暗く、密度の高い鬱蒼とした森に見えた。
「……おかしい。いつも草原が見えないな。困った……」
予定通りにいかず困惑した表情を浮かべる。ルアザはその場で立ち止まり、辺りを見渡す。
記憶の中には全く見覚えがない、場所だった。
横に倒れている倒木もこんな、重なりをした物はなかったはずだ。
自分の勘違いだろうかと、悩ます。
正直、自分も百メートル前の風景と今の風景を比べるとせいぜい木の配置が横にずれたり斜めったりしている程度だ。
でも違うところは一輪の花がここには咲いている。
「……」
ルアザは周りをもう一度よく見て、己の記憶の中にある風景と今この場の風景を比べる。
そして最後に花を見てその周りを観察する。
(白い花なんてあったけ?)
方角はわかっているのに迷うなどあり得ないはずだ。
理論上大きく方角が外れて無ければ、いつにくはずだ。
行きと同じペースで歩いているのに帰りはなぜこうも時間がかかるのか疑問に思う。
ルアザは悟る。
自分は今この鬱蒼な森の中を迷っているのではないか、と。
理論が正しくとも、現実が理論いかなかったら、それは理論が間違っている。
『方角さえ正しければ大丈夫』理論が。
今、森のどこに平原からどれだけ離れているかもわからない。
方向を調べる方法も一切知らないし憶えてない。
「……」
一度そう悟ると、不安と憂慮が湧きだし、頭の中をグルグルと激しく流れ回る。
頭が何かに抑えられたかのような気分だった。
思考の硬直は体の硬直に繋がりがあることを実感してくる。
表情も歪み、それを無意識に直そうとして表情筋に力を入れるが、上手く直らない。
先程まで当然のように家へと帰れる余裕と安心感が顔から抜けて、微かに震えているようにも見える。
顔の次は体へと影響し、冷えた汗が体温を低下させる以外の精神的な働きを引き起こし、ブルリと体全体が震える。
そして乾いた布が雨で少しずつじわりじわりと染み込むように、涙腺に刺激が入り始める。
ルアザはこの陰っぽい状況と心の不安感を打破するために、元の道へと戻り最初から出直すことにした。
(帰りなら、さっき通った道だ。跡が残っているはずだ。一度戻れば確実のはず……)
そのまま前に進んで、さらに迷うような危険な道を通るよりも、先程歩き何にもなかった安心安全とわかっている道を選ぶのは必然であり、今選べる選択肢は限られているからでもあった。
リスクのない安全性のある道を進むが、なぜか緩和されない不安感は取り戻せていない。
いつもよりも速く歩き、少しでも安心感を取り戻すため、これ以上悪くならぬように真っ直ぐ静かに進む。
ルアザはこの離れる気配のない粘り付くような、不安という感情を持つのは始めてである。
だから、まだこの不安を上手く理解できずいた。
ルアザの立場からいえば『未来に希望を見いだせずにいる。だけど、なぜ見いだせないのかわからない』。
そんな状態だった。
そのため、まだ不安感が完全に根元的な感情へと変わらず、限界に達していない。
だから、体を曲げてうずくまらずに真っ直ぐに背を伸ばして一歩一歩と歩み続けられている。
「!?(今!何かいた! 見間違いじゃない。見た。ま、まさか、あ、あれが〈迷森妖精(レー・シー)〉なのだろうか?)」
ルアザの視界の中に黒い影を纏う人影が写し出された。
その人影はルアザが視界内に捉えたとたんに、高速でその場から消え失せ、ルアザの視界内から消える。
だが、ルアザははっきりとその姿を視認していた。
緑豊かな自然の中に、不相応であり不自然な彩色を持つ〈何か〉を。
未知は不安感を足し算のように、増大させ、その影響は体に起こり、ルアザは足が顔と同じように少しだが、確実に震え始める。
「は、速く出よう」
不安は完全な恐怖へと変わり、その恐怖から離れるためにルアザは折れた枝や地表へと出ている木の根が地面を覆う不安定な地面でも走り出す。
走ることにより、草木を強く踏み潰し、自分がここを歩いたと確固とした証拠を残すかのように土を踏みしめ、森の外へと向かう。
それが、今できる安心感を得る方法だ。
恐怖とは未知を深くさせ、その未知を理解しようと調べる行為も気を失せさせる。
それに加え、正しく知っていたことも疑い、正しい知識は過ちだと認識させ、惑わしてくる。
人は恐怖を自覚すれば、全てを疑う、疑心暗鬼と化し、恐怖の根元を断ち切るきらなければ五里霧中の穴から出れなくなる。
まさにルアザは今そんな状態だ。
いくら安心感を得ようとするが、ほんの少しの安心感のため、さらに巨大となる不安と恐怖からは逃げられない。
目に見えない後ろからは、一切緩みも離れもしない強烈な視線を感じ、耳に入る音は〈迷森妖精(レー・シー)〉が自分を追いかけて来ているのではないかと、思ってしまう。
本当に〈迷森妖精(レー・シー)〉がルアザを追いかけて来たとしても、性質上もっと静かに追って来る。
恐怖は静かさに混沌とした騒がしさを混ぜ込む。
ルアザの耳の奥は土石流のように荒々しく塞ぎとめれなく、めちゃくちゃでなにが何だかわからない。
ただ今は全力で走っているため、疲労によりその恐怖感を薄くさせていることが唯一の幸いなことだろう。
ルアザは集中している。
ただ走るという行為に、小さくても障害物となりえるものを気をつけることに。
集中すると頭はそれだけの事しか考えられなくるが、まだ不快感を催す恐怖よりはマシだ。
長く動き続けていると疲れる。
疲労しているということは、走る速度が下がっていることを表す。
子供は無限の体力を持っているが、身体は無限ではなく有限だ。
ルアザは徐々に徐々にスピードを落としていく。
見てないから、いるか、いないか、わからない背後から迫る追尾者の気配が近づいていることをなんとなく感じとり、素早く首を回し後ろを確認する。
「▷◁▨▩◇◆◁◁」
まぁ、実際〈樹木妖精(レー・シー)〉はルアザを追いかけているのだが、恐怖をさらに沸き立てる意味不明な声を発しながら。
「うわぁアァアァぁ!? やっぱいるじゃん!」
視界のど真ん中に入ったのは、口を大きく開け、多くの毛に覆われた毛むくじゃらな老人のような姿だった。
そして毛で覆われた顔に一つの隙間があり、そこには黄色の瞳が嵌まっており、その存在感が際立つ目とルアザの怯えて少し濡れた赤い目が合う。
この瞬間は二人の瞳孔はピタリと止まる。
片方は覇気と活力に満ちた目。
もう片方は沈鬱で慄然に満ちた目。
共通しているのは瞳孔が広がることだけだ。
どちらも胸の奥を鼓動を上げ興奮をしているからだ。
ドキドキ、バクバクと。
「わぁぁぁあぁあ!」
ルアザは叫びながら目を反らし、体もそれに合わせて反転させてまた駆ける。
〈迷森妖精(レー・シー)〉の覇気にのまれそうになったルアザだった。
覇気に呑まれたら二度と帰れなくなれそうだった。
後ろをチラリと見ると、〈迷森妖精(レー・シー)〉の姿はなかった。
不思議と恐怖が合わさり、血は熱いのに冷たくなるような感覚がルアザの血管内を巡る。
熱はどこに行ったのかというと、眼球の奥の方に熱は移動し溜まり、それを冷やすための塩気のある液体が滲み出てくる。
その液体はついに目蓋から溢れ出し、重力に従い、頬を濡らす。
ルアザは袖でその液体を拭う。
視界が景色が進みべき方向が歪み、足を前に出すのを止めてしまうかもしれないからだ。
体にある冷たさと限界まで運動した体の疲労感が体を支配してくるようになると、体は動かなくなる。
体が繊維が切れる程伸び縮みした筋肉が、気道が乾燥してくる程空気が出入りした肺が回復するための休息期間を設ける。
ルアザは森の土の特有の柔らかい地面に向かい体を支えるのを止めて重力に従い勢い良く体を落とす。
柔らかな土がルアザを受け止め、衝撃を吸収する。
有限の身体に足りなかった空気を少しでも速く、多く取り入れるためにルアザは通常の鼻呼吸ではなく、口呼吸で息をする。
一番、空気が足りなかった思考を司る脳へと空気の中の必要な属性が届く。
届くことにより、ルアザの思考は澄んでいき、不安と恐怖を薄れさせて、冷静になる。
「ハァ、ハァ、もう、ハァ、いないだろ、ハァ、なんか、勝手に、ハァ、消えた、ハァ、し」
ルアザは見えない、それつまり、いないと、判断したルアザは体の緊張を緩ませて、体全体に入っていた堅さを溶かし、弛緩させる。
慄然に満ちていた目も、勝利を含んだ目へと変わりながらも油断せずに周りに何かないかと、忙しく視線を移す。
体全体を地面へと接して視界が緑の枝葉と青い空へと変わり、青い空や土の匂いを感じ、ルアザは希望を抱き安心する。
その瞬間目に日光が射し込む。
ルアザは目蓋を閉じ、頭を反らして、眩しさから逃れようとする。
目蓋を開けた瞬間目に入ったのは自分の小さな手のひらと同サイズの〈迷森妖精(レー・シー)〉が視界に入る。
先程と似たような状況が形作られる。
二人は驚愕しいてるが平静な目をしている。
しばらくした後、ルアザの目は驚愕から怒気へと変わり、その怒りを表すかのように、大きく開いた口をそのまま〈迷森妖精(レー・シー)〉のもとへと迫り襲いかかろうとする。
この恐怖の源を後欠片もなく消滅させなくては安心できない。
小さい体の視界から見る人間の子供の口の中は奈落や深淵の類いのように目で捉えた〈迷森妖精(レー・シー)〉は逆に驚愕を大きくさせ、平静を失わせる。
だが、思考力は働かなくても、体は反射的に働き〈迷森妖精(レー・シー)〉特有の目に止まらぬ超高速移動でこの場から消える。
そしてルアザは何も存在しない虚空を噛み砕く如く迫る。
ガチリと歯と歯が叩き合う。
〈迷森妖精(レー・シー)〉がこの咬合力で噛みつかれたら確実に滅されて、ひとたまりもなかっただろう。
空振った羞恥心と目の前から消えて驚いた顔色をする。
いつもは優しげな目がつり目へと変わる。
即座に立ち上がり、目を頭を体を上下左右と忙しく動かし、〈迷森妖精(レー・シー)〉を探し当てる。
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