廃ホテル③
田村を抱えるようにして部屋を出たその時、背後からミシミシッと音がした。
振り向くべきではなかったが、俺は思わず振り向いてしまった。
「……!!!!」
目を見開き、口角を上げた長い髪の女がそこにいた。
口からは血が噴き出しており、下半身は蛇のような形状でぬらりと光っていた。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」
こだまする女の笑い声。
俺と田村は悲鳴にならない悲鳴を上げながら階段を駆け下り、ホテルの外に飛び出した。
「おい、大丈夫かよ!」
青山に引っ叩かれ目を覚ます。
青山と島田、林が心配そうに俺達を見ていた。
全く記憶に無かったが、俺と田村はホテルから出た瞬間に気を失い、そのまま青山の家に運ばれていたらしい。
「お前、林から着信あっただろ?なんですぐ出てこなかったんだよ」
「え?着信?」
携帯を確認したが、林からの着信履歴はない。しかし青山の話によると、青山達がホテルを出てからすぐに、林が俺と田村に電話をかけたのだという。
「ホテルの中にいた時は見えなかったけど外に出たら見えちゃったんだ。ホテルに、大きい黒い蛇みたいなのが巻き付いてるのが……」
真っ青な顔で林が言うと、島田も頷いた。
「俺も、姿は見えなかったけどホテルの敷地内に入った段階で変な感じがしたんだ。何か大きいものにずっと睨まれてるような……だから林に霊が見えないか確認したんだ」
俺は三階の客室で見たものを思い出した。
「そうだ、田村はまだ目を覚ましてないのか!?」
田村は俺の隣に寝かされている。
「お前と同じように引っ叩いたりしたんだけど起きないんだよ……」
島田が暗い顔で呟いた。
その後、俺達は田村の親に連絡し、救急車を呼んで田村を病院に連れて行った。もちろん起こったことも全て隠さずに伝えた。
俺達は田村の両親から怒られることを覚悟していたが、メールの履歴で田村が言い出しっぺであることを知ったからか、俺達は何もお咎め無しだった。
それどころか「迷惑をかけて申し訳ない」と謝られてしまった。
その後も田村はしばらく昏睡状態が続いたが、ある時田村の親戚が霊媒師のような人を連れてきた。
俺達はお祓いの様子を見せてもらうことはできなかったが、どうやら数日にわたるお祓いの末にやっと目を覚ましたらしい。
田村はしばらく休んでから学校に復帰したが、あのホテルで見たものについてはまるっきり忘れているようだった。
その後特に何かあったわけでもないが、田村とは自然と疎遠になっていった。
林は相変わらずビビりだったが、あれ以来霊の姿を見ることはなくなったと言っていた。
島田も懲りたのかヤンチャな遊びはしなくなったし、もちろん俺も青山もあれっきり心霊スポットには行っていない。
あの廃ホテルも取り壊されて今はピカピカのビジネスホテルが建っている。
あれから10年。
最近、変な夢を見るようになった。
夢の中で俺は、あのホテルの客室をひとつひとつノックしている。
そして三階の客室、田村がいたあの部屋をノックすると、ゆっくりとドアが開く。
いつもそこで目が覚める。
「兄貴、昨日変な夢でも見たの?」
いきなり弟に声をかけられドキッとした。
「え?俺うなされてた?」
「うなされてたっていうか……気になって部屋覗いたけどなんか様子が変だったよ。目をかっ開いてさ、眼球がなんかグルグルしてて、口元はニヤーって笑ってて、アヒャヒャヒャヒャって笑ってて……」
終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます